日々草子 入江法律事務所 18

入江法律事務所 18







映画館を出て、二人は街をぶらつき始めた。
「あの、ちょっとすみません。」
「まさか男連れにナンパか」と直樹は嫌な顔をして振り返った。

「すみません、こういう雑誌の者なんですけれど。」
男の手にある雑誌を見て悲鳴を上げたのは琴子だった。
「わあ!これってすごい人気のある雑誌だ!」
どうやら女性ファッション誌らしい。それで直樹も顔を元に戻した。
「今ですね、カップルのデートファッションという取材をしているんです。ちょうどお二人、お似合いだったものですからご協力いただけないかと思いまして。」
「協力?」
「はい。写真を数枚撮らせていただいて、こんな感じで掲載をと。」
記者がページをめくって説明すると、琴子の目が輝き始めた。
「カップル…。」
「お二人、本当にお似合いですよ。さわやかですし。」
気をよくしている琴子であったが、直樹は違った。
「あんまり、そういうのは好きじゃない。」
雑誌に出ることも気が進まないが、琴子のこの格好が全国に出回ることが直樹は気に入らなかった。
―― ったく、せっかく俺のことを考えてこいつがめかしこんできたってのに。
つまり、琴子のことを独占したいということであるのだが、直樹は自分の気持ちに相変わらず気づかない。

「そうですね。先生がそういうなら。」
直樹が気乗りしないのならと、琴子もあっさりと諦めた。
「先生?もしかして先生と教え子のカップルとか?」
記者が興味深く突っ込んできた。
「いえ、違います。そもそもカップルとかじゃないんで。」
琴子がブンブンと手を振った。
「違うんですか?」
「はい。ええと…。」
「弁護士と秘書」と言うのもまずいかと、琴子は変な気を回した。

「…先生は私にお金を払ってくれて、私は先生に尽くすって関係?」

一瞬、辺りが静まりかえった--。

「…それって、援助何とか?」

「行くぞ!」
何ていう説明だと、直樹は琴子の手を引っ張ってその場から逃げたことは言うまでもない。



「…ごめんなさい、変な説明で。」
「まったくだ!」
夕食の席で直樹に叱られた琴子はしゅんとなっていた。
「だってああいうところで弁護士とかって言わない方がいいかなって。」
「言ってくれた方がよかったね。経営者と従業員って言えば済むのに。」
「そっか。」
落ち込んだ琴子であったが、すぐに気を取り直すのが利点でもある。

「私、先生から頂いたもの、全部一つの箱に入れてあるんですよ。」
話題を変えた琴子である。
「今日のマンガもそこに入れておきますね。」
「入れる前に読めよ。」
「分かってますって。」
愛おしそうに買ってもらったマンガを抱きしめる琴子。
「前に先生が買ってくれた鼻リッチも一箱、ちゃんととっておいてるんです。」
「変な奴。」
「どんな箱に入れてあるか、興味ありませんか?」
「ないって言っても、説明始めるだろ。」
「エヘヘ。」
琴子が頭に手をやった。

「あのね、トマトの箱なんです。」
「…トマト?」
「はい。鼻リッチが結構大きいでしょ?だから蓋つきの箱は難しかったので、スーパーでトマトの空き箱をもらってきたんです。で、きれいな包装紙を貼りました。」
「…おまえ、婆さんか?」
老婆が包装紙やら空き箱やらを押し入れにため込むレベルと、ほぼ同じではないかと直樹は思った。
「あん、でもちゃんと先生に気を遣ったんですよ?」
「トマト箱がか?」
そんな所に入れられて、大事にされているんだかされていないんだか直樹には疑問である。
「キュウリの箱もあったんですけれどね。先生、キュウリ嫌いでしょ?ちゃーんと、気を遣いましたよ。」
「…そりゃどうも。」
喜んでいいのだろうか?

「俺、いいこと思いついたわ。」
「いいこと?」
今の琴子の話を聞いて、直樹がニンマリと笑った。
「お前、俺がやったものはどうやら大事にしまっておいてくれているらしいな。」
「はい!」
「てことはだ、給料も銀行振り込みじゃなくて手渡しにしたら、お前は大事にしてくれるってことだよな?」
「給料?」
「俺が毎月、お前に手渡しすれば“先生からもらったお金~”って大事にして、無駄遣いも減る。違うか?」
「…お金はちょっと違うような気が。」
「そうか?一緒だと思うけれど。」
「違いますよ。」
「それじゃ…指輪でもやるか。」
自分がふと口にした言葉に、直樹は驚いた。

―― 指輪って、何だ、それ?

まるでプロポーズではないか。なぜ自分が琴子にそんなものを渡さなければいけないのか。

「先生…それはちょっと…。」
そして琴子からもがっかりとした声が返って来た。
琴子の自分への気持ちは、やはり恋愛感情ではなかったということだろうか。
だとしたら、今の自分の言葉は完全に失敗である。

「いや、今のは…。」
「先生、首輪はいりませんよ。」

琴子の言葉に、周囲の客が直樹を見た。

「首輪だって。」
「何、あんなにイケメンなのに首輪プレイ要求?」
「そりゃ断るって。」

「チョーカーとかだったらいいですけれど。首輪って犬や猫じゃないんですし。」
周囲の反応をよそに、ケラケラと笑う琴子。
琴子の聴き間違いに感謝すべきか、恨むべきなのか--。



「ったく、お前のボケのせいで散々な一日だった。」
「…すみません。」
あの後、首輪なんて一言も言っていないと怒った直樹だった。ただし、指輪については言わなかったことにした。
「でも、楽しかったですよ。」
「そりゃよかったな。俺は疲れた。」
「またよかったら…。」
「考えておく。」
そんな会話をしながら琴子の自宅まで歩く二人。

「ん?」
直樹は視線を感じた。横を見ると、すれ違う男が琴子の足を見ていく。琴子は車道側を歩いているため、足が目立っていたのだった。
「ったく、男ってやつは…。」
直樹は琴子の体を車道側から自分の左側へと強引に移動させた。
「先生、どうしたんですか?」
男たちに見られている事に気づかない琴子が直樹に訊ねる。
「そっち、犬のフンが落ちているんだよ。」
「ええっ!!」
途端に琴子は飛び上がった。
「俺、踏むの嫌だから。」
「そんなあ、私だって嫌ですよ!」
「お前は少しくらい“運”を付けた方がいいよ。」
「そんな“運”はいりません!」
恐る恐る道路を歩く琴子を庇いながら、直樹は琴子の家へと向かった。



「それじゃ、先生。送って下さってありがとうございました。」
「明日、寝坊するなよ。」
「はい。とても楽しい一日でした。」
「まあ、俺も退屈しのぎにはなったな。」
と言いつつ、直樹もかなり楽しんだデートではあった。

「琴子、無事だったのか!!」
挨拶をしていた二人の所に、家から飛び出してきたのは琴子の父、重雄だった。
「お父さん?」
「琴子、よかった!ああ、本当に良かった!」
泣きながら娘を抱きしめる父に、直樹も唖然となる。
「直樹くん、ありがとう!」
「い、いえ、そんな大したことでは。」
自宅まで送り届けたことにこんなに感謝されるなんてと、直樹は戸惑う。
「君を信じていたよ!」
「はあ…どうも。」
「それじゃ」と直樹は琴子を抱きしめる重雄に頭を下げた。
きっと何か事件でもあったのかもしれない。そこに琴子が巻き込まれているのではと、重雄は心配していたのだろう--。



「あら、帰って来たの?」
戻った直樹を、なぜか紀子が面白くなさそうに迎えた。
「帰るのが普通だろ?」
「やだあ、今夜は帰らないと思ったのに。」
ここで直樹はピンと来た。

「もしかして、相原のおじさんに変なことを言ったか?」
「変なことなんて言ってないわよ。ただ、“琴子ちゃんは今夜戻らないかもしれません。大丈夫です、責任はちゃんと息子に取らせますから”って連絡を入れただけ。」
「おい!!」
道理で、重雄が泣きながら琴子を迎えたわけである。自分に対する言葉の意味も直樹はここでようやく理解した。

「だってデートでしょ?もう付き合って一年…。」
「雇って一年だ!」
「どっちも同じよ。こうでもしないと二人とも進展しないし。」
「進展するような仲じゃない。経営者と従業員、それだけ!」
「信じられないわ。本当に使えない変態弁護士。」
「じゃあ、使える変態弁護士ってのをここに連れてこいよっ!」

全ての元凶は母親であった--。
苛立ちを募らせ、直樹は自室に戻る。
「ったく、やっぱり今日は散々な一日だった。」
と呟いた所で、直樹の脳裏に琴子の足が浮かんだ。
「そうだ、あいつがあんな格好をしてきたのが悪い。」
変なことを口走りかけたのも、変態にされたのも、すべて琴子のせいではないか。

直樹は琴子に電話をかけた。

「先生、どうしたんですか?さっき別れたばかりなのに。」
「お前、二度と太い大根足晒すんじゃねえ!」
「え?え?」
きっと目を白黒させているであろう琴子を想像しながら、直樹は電話を切った。



翌日--。

冷静になったところで、琴子に悪いことをしたと直樹は反省していた。
「仕事モード、仕事モード。」
今日からはちゃんと冷静に琴子に対応しようと思いながら、直樹は事務所のドアを開けた。

「おはようございます、先生。」
直樹の手からカバンが落ちた。
「お前…それ…。」
「…先生に叱られて、反省しました。きっと女としての恥じらいはないのかって意味だったんだろうなって。」
しゅんとなっている琴子。その姿はなぜかジャージ。

「これだったら肌も露出しないし、大丈夫ですか?」
「あ、いや…それは…。」
「これもだめだったら、私着る物はもうないのですけれど。」
悲しげに自分を見つめる琴子。
「裕樹くんも経費で落としてくれるっていうし。」
「裕樹が?」
「はい。先生がジャージと指示したのなら、事務所の制服として経費で落としてくれるって。」
「…いや、昨日の電話は忘れてくれ。」
「どういうことですか?」
「悪い…ちょっとお袋と喧嘩して、八つ当たりした。」
「え?おばさまと喧嘩?先生、それはおばさまが可哀想ですよ。」
自分がネタとも知らず、琴子は紀子を心配する優しさを見せた。
「お前が心配するような人じゃないから。とにかく、俺が悪かった。忘れてくれ。元の格好で何の問題もない。昨日の格好も可愛かったし。」
「…本当ですか?」
琴子の目が輝き始めたところで、直樹は自分の台詞に気づいた。
「可愛かったって、本当に?」
「…まあな。」
「…うれしい!」
琴子はジャージ姿でピョンピョン飛び跳ねた。
「でも、事務所ではショートパンツはやめておきますね。やっぱりお客様の前では変だし。」
「そうだな。」
ここで直樹がやっと笑った。

どうやら琴子は事務所でジャージに着替えたらしい。
着替えるというので、小さな事務所、直樹は遠慮して外に出た。
「そうだ、裕樹の奴。」
直樹は携帯を取り出して弟の番号を押す。
「お兄ちゃん、どうかした?」
「…どうかしたじゃねえ、この使えねえ経理野郎が!!」
仕事の能率を下げる気かと、直樹は弟を怒鳴りつけたのだった。



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紀子ママさん、ありがとうございます。

暑い中コメントありがとうございます。

いやいや、あれは読まなくても大丈夫ですよ~。
もはやあの作品自体がネタになってますよね。かくいう私も途中で買うのをやめたのですが。
もう終わらないし進まないし…あらすじだけはたまにネットで調べたりしますけど。
これだけお互い鈍感だと、本当に進まないものも進みませんね。

佑さん、ありがとうございます。

暑い中のコメントありがとうございます。

いえいえ、佑さんはおかしくなんてないですよ。
琴子ちゃんは足がきれいですよね~。

好き好きビーム全開な入江くん、どうして気づかないかなあ、琴子ちゃん。

カスガノツボネさん、ありがとうございます。

暑い中のコメントありがとうございます。

おお、こちらにもビームが(笑)
このシリーズの入江くんは本当に素直ですよね。それに気付かない琴子ちゃんは一体(笑)
そうです、夫婦漫才を目指しているんでありんす!

ぴくもんさん、ありがとうございます。

暑い中のコメントありがとうございます。

以心伝心~嬉しい~!
私もそんなカップル見たら、あちこちでしゃべるかも(笑)
使えない変○弁護士の入江くんにも受けていただけてうれしかったです。
もうぴくもんさんこそ、本当に最近は新しい境地を…ぷぷっ。
あんなかわいらしいぴくもんさんが書かれる、そのギャップが楽しくてたまりませんっ!
サブローザは…まあ、タイトルの由来は後日お話しましょう(汗)

ユリアンさん、ありがとうございます。

暑い中のコメントありがとうございます。

こちらこそ、そんなに楽しんでいただけてうれしいです!
何気にいい雰囲気になりつつありますよね。まあ、一波乱二波乱は用意するつもりではありますが(笑)
これからもこのシリーズ楽しんでいただけたらと思います。

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森のおうちさん、ありがとうございます。

お返事遅くなり申し訳ありませんでした。

このシリーズを大好きとのこと、嬉しいです。
忘れませんよ、私も書いていてとても楽しいシリーズですので。
そうなんですよね。鈍感琴子ちゃんが気づくとシリーズどうなるって私も困っています。
本当にこれで気付かないって一体…と笑えます。

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プロフィール

水玉

Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
そっと見守っていただけたら嬉しいです。

※当ブログに掲載されている文章及びイラストの無断転載・使用はご遠慮下さい。

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このブログについてのお願い
当ブログは、『イタズラなkiss』の二次創作をメインとしておりますが、時折管理人の趣味や日々の出来事についての記事も書いております。

原作者様や関係各位とは一切関係ありません。

二次創作については、いわゆる原作の隙間をぬった作品もありますが、主人公以外のキャラクターをメインとしたものや オリジナルキャラクターが出てくるものもございます。

そして、原作と違った時代(平安や明治やその他の時代を舞台にしております)、異なる設定(主人公を医者と看護師じゃない職業にしております)で書いてあるものが多いですが、原作を冒涜しているつもりは全くございません。

二次創作が苦手という方及び原作のイメージと合わないと思われる方はどうぞお引き取り下さいますようお願いいたします。

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