2017年10月 / 09月≪ 12345678910111213141516171819202122232425262728293031≫11月

2013.07.22 (Mon)

サブ・ローザ 9


【More】




プライベートでは距離を置くことになったものの、職場では担当医と担当看護師として、変わらぬ生活を送る二人だった。仕事の話は普通に交わすことも変わらない。

琴子の耳にとんでもない話が飛び込んできたのは、直樹が出て行ってから一週間が過ぎた頃であった。

「相原さん、VIPはどう?」
職員食堂で1人食事をしていた琴子に声をかけてきたのは、小児病棟の看護師の伊藤だった。
「相原さんだったら、真面目に勤めているだろうってこっちは思ってるけれどね。」
どうやら週刊誌のことは知れ渡っていないらしい。
「そっちは変わらない?」
なるべくVIP病棟の話は避けようと琴子は思った。
「うん、特にね。あ、そういえば。」
伊藤の眉間に皺が寄った。
「何かあったの?」
「ほら、ええと…相原さんは知らないかな?黒田さんってナース。」
「黒田さん?」
小児病棟にもVIP病棟でも聞き覚えのない名前であった。
「内科のナースなんだけどね、まあ、この人はすごい人なんだわ。」
「どんな風に?」
「“私は将来儲かりそうな医者と結婚することが目標だ”って公言してる人なんだけど。」
思わず琴子はクスッと笑ってしまった。そんなことを口にしていたナースが東京に確かいた気がする。もっともあちらは金儲けとはとんと縁のなさそうな融通の利かない外科医と結婚する可能性が大であるが。

「で、その黒田さんがどうしたの?」
「ああ、話がそれちゃったわね。黒田さんがね、今朝、同じ服を着て出勤してきたのよ。」
「同じ服?」
意味深な伊藤の口調に、琴子もそれがどういう意味かは理解できた。
「誰とデートだったの?って聞いても内緒って笑うだけでね。ところが、うちの山県さんが昨夜、黒田さんを見かけたらしいの。繁華街で。誰と一緒だったと思う?入江先生だって!」
「えっ?」
琴子の手から箸が転がった。
「ほら、相原さんだってびっくりよね。あの入江先生が黒田さんと朝まで一緒だったんだもの。」
「う…うん。」
琴子は平静を装うため、目の前の食事を口へと運ぶ。が、味が全く分からなった。

「で、こうなったら真相を調べないとって、うちら小児のメンバーは思ったわけよ。」
「真相って?」
「入江先生も昨日と同じ服だったら確定ってことでしょ?」
「ああ…そうね。」
「それで、山県先生にこっそり聞いてみたのよ。」
山県は小児科の医師である。
「でも、男の先生が服なんて覚えてないでしょう?」
はっきりとした真相が分からないようにと願いながら、琴子は伊藤に訊ねた。
「ううん。山県先生、入江先生の昨日の服覚えていたのよ。」
「そうなの?」
「そう。おしゃれなシャツを着ているなと思って覚えていたんだって。で、そのシャツを今日も着てきたんだって。これはもう、確定よね。」
伊藤はがっかりとした顔で溜息をついた。
「まあ、しょうがないか。入江先生だって東京から1人神戸で暮らすなんて寂しいだろうし。腕いいから開業したら儲かるだろうし。あーあ、黒田の奴、うまいことやったわね!」
「そうね…。」
とてもこれ以上聞いていられないと、琴子は席を立った。
「ごめんね、そろそろ時間だから。」
「あ、そっか。たまにはこっちにも顔を見せてね。」
「うん、ありがとう。」
不審を抱かれないよう、琴子はにっこりと笑って食器を下げに向かった――。



自分以外の女性と朝まで一緒…着替えもせずに…その事実は琴子の心をズタズタに傷つけることになった。

―― でも、仕方ないよね。自分が撒いた種だもん。

最初に疑われるようなことをしたのは自分なのだから、直樹が何をしようととやかく口に出すことはできない。

気付いたら、琴子は例の仮眠室の前にいた。
ドアを開けようと手をかけたが、どうしてもそのノブを回すことはできなかった。



「はい、楽にして下さい。」
採血を終え、琴子は寺崎に笑いかけた。
「やっぱり、これは慣れませんね。」
注射類が苦手(好きな人間はいないだろうが)な寺崎は苦笑いをしている。

「秘書さんたちは、お忙しそうですね。」
今日も病室には誰もいなかった。
「地元であちこち飛んで回ってもらっています。」
そんな話をしていると、病室のドアがノックされた。

「…おはようございます。」
現れたのは理志であった。あの騒動以来、理志は顔を見せるようにはなったものの、親子関係はしっくりいっていないらしい。その証拠に、寺崎の食欲はまだ戻っていなかった。

「お訊きしたいことがあるのですが。」
今日の理志は顔が険しかった。
「それじゃ、私はまた後で。」
「いえ、そのままで結構です。」
遠慮しようとした琴子を今度止めたのは、理志であった。
「ですが…。」
「相原さんは家まで来ていただくくらい、親身になって下さっているので。」
そのような理由でこの場にいていいのかと琴子は思ったが、
「…どうもいい話じゃなさそうだ。相原さん、看護師として待機していてください。」
と、寺崎にまで頼まれてしまった。
仕方なく、琴子は部屋の隅に待機することにした。

「昨夜、後援会の松方会長がうちに見えたんだけど。」
理志がこのような口調で寺崎と話すのは初めてではないだろうかと、琴子は思った。
「次の選挙は俺が出るって、どういう意味?」
「どうもこうもない、そのままだ。」
「ふざけるな!」
理志の怒鳴り声に、琴子は思わず身体を震わせた。しかし、寺崎は表情も変えなかった。
「ふざけてなどいない。お前は私の跡を継ぐために…。」
「そうやっていつもあんたは、俺の将来を決めるんだ。」
理志はベッドに両手をついて、寺崎を睨んだ。
「理志、落ち着きなさい。」
「優しい顔して、スキャンダルもなく。理想の政治家とか持ち上げられて。だがその実態は息子の学校も将来も全て自分で決めて。俺はあんたの望み通りに生きてきてやったが、これだけは譲れない!」
「理志さん、声を押さえて下さい。」
状態がいいとはいえ、寺崎は心臓が弱っている。琴子は理志を止めようとしたが、理志の耳には届いていない。

「とどめは俺に相談もせずに次の選挙に出す?何で俺は他人からそんなことを聞かされなきゃならないんだ。あんたはいつまで俺を自分のおもちゃにすれば気が済むんだ?」
「おもちゃになど…。」
「いい加減にしてくれ!」
理志はうんざりとした顔でベッドを叩いた。
「あんた、勝手に外で女作って俺を産ませて、本妻との間に子供ができないって分かったら大金積んで俺を母さんから引き離したんだぞ!」

「理志さん、相手は病人です!」
琴子は止めに入った。が、遅かった。

「私はお前を…っ!」
寺崎の顔色が真っ青になっていった。胸を押さえ呼吸が荒くなってきている。
「寺崎さん?」
琴子は理志を突き飛ばすようにベッドから離し、寺崎の傍へ近寄る。
「寺崎さん?聞こえますか?」
寺崎が危惧した事が起きてしまった。琴子は呼びかけながら、ナースコールを押した。



すぐに飛んで来たのは直樹だった。寺崎の様子を見に来たところだったらしい。
直樹が来てくれたことで安心した琴子であったが、ふとその手つきに気になる所を見つけた。

―― 震えてる?

一瞬だったが、処置をする直樹の手が少し震えているような気がした。が、直樹はテキパキと処置をし、琴子にも指示を出してきた。

―― 気のせい…かな?
処置に追われながら、琴子はそれ以上直樹のことは気にしなかった。

寺崎の様子は何とか落ち着いた。



「…病人相手に何をしているんですか。」
別室で理志と琴子から事情を聞いた直樹は、呆れ果てた。
「いくら親子とはいえ、あまりに度が過ぎます。病人だという認識はお持ちなのですか。」
「…申し訳ありません。」
少し落ち着きを取り戻した理志は神妙な態度で謝った。
「この間の騒ぎといい…いくら家族とはいえ、面会謝絶にしますよ。」
「…今後気をつけます。」
直樹の言うことはもっともであった。



この夜は直樹が念のために病院に残ることになった。琴子も後ろ髪を引かれる思いで夜勤の同僚に後を託すことにした。



病院から出たら、一気に疲れが出てきた。
今日は色々なことがあり過ぎた一日だった。寺崎と理志の関係も気になるし、自分と直樹のこともどうなるのか。

とりあえず家に戻るしかないと思い、駅までの道を歩こうとした時だった。
「琴子さん。」
名前で呼ぶなんて一体誰だろうと、琴子は驚いて振り返った。

「…前田教授!」
琴子に向かって笑顔で手を振っているのは、直樹の研修医時代の恩師、前田教授だった。





関連記事
18:00  |  サブ・ローザ  |  CM(11)  |  EDIT  |  Top↑

*Comment

★管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
 |  2013.07.22(Mon) 18:37 |   |  【コメント編集】

★管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
 |  2013.07.22(Mon) 19:20 |   |  【コメント編集】

★管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
 |  2013.07.22(Mon) 19:24 |   |  【コメント編集】

★管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
 |  2013.07.22(Mon) 20:04 |   |  【コメント編集】

★佑さん、ありがとうございます。

暑い中のコメントありがとうございます。

あら~とうとう佑さん、二人三脚脱落!?
そんな~本当にそれを楽しんでいるくせに~(笑)
水玉 |  2013.07.27(Sat) 23:23 |  URL |  【コメント編集】

★管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
 |  2013.07.27(Sat) 23:23 |   |  【コメント編集】

★紀子ママさん、ありがとうございます。

暑い中のコメントありがとうございます。

そうですよね。今の琴子ちゃんには入江くんにあれこれ言うことはできませんよね。
自分を責めていますし。
ここであの先生を出してみました。
この先生が琴子ちゃんに何を話すかがキーです。
水玉 |  2013.07.27(Sat) 23:25 |  URL |  【コメント編集】

★トトロンさん、ありがとうございます。

暑い中のコメントありがとうございます。

入江くんの嫉妬話は結構書いているので、もうみなさん慣れて「こんなもんか」と思ってらっしゃると思っておりましたが(笑)、苦しいというのはうれしいお言葉です♪
でも重い話を書いていると、私も笑える話を書きたくなるので…やっぱり書いている方も重いと思っているのかもしれません。
トトロンさんもお体、ご自愛下さいね!
水玉 |  2013.07.27(Sat) 23:27 |  URL |  【コメント編集】

★カスガノツボネさん、ありがとうございます。

暑い中のコメントありがとうございます。

私なんて水分取りすぎてなんかすごい体になりつつ…(笑)
もはやお腹のラードでハムとかジュージュー焼いて力を付けたいくらいです(笑)

その歌、容疑者Xの献身の主題歌でしたよね?私もダウンロードしました!
うふ、福山さんが作ったはず♪
入江くんは琴子ちゃんがほかの人を心配していることすら、不安になってしまうんです。
琴子ちゃんがずっと自分だけを見ていると信じているからですよね~。

このシリーズはそんな入江くんが苦しむシリーズでもあるので、私もカスガノツボネさんと同感です!
水玉 |  2013.07.27(Sat) 23:30 |  URL |  【コメント編集】

★いたさん、ありがとうございます。

暑い中のコメントありがとうございます。

いたさん、これまでのお話にほぼすべてのコメント、ありがとうございます!
本当にお疲れの所、申し訳ありません。
そっか、苦しくて読むのが辛かった…なるほど!
常連のいたさんもまだ、私の拙い話にそんな風に思っていただけるんですね。
ちょっとうれしかったです。

ゴルゴ時計、うふ。
前から出したり引っ込めたりしてて、今回久々に登場させてみました。
だから気づかないのも無理はないんですよ~。
水玉 |  2013.07.27(Sat) 23:32 |  URL |  【コメント編集】

★管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
 |  2015.06.16(Tue) 21:34 |   |  【コメント編集】

コメントを投稿する

URL
COMMENT
PASS  編集・削除するのに必要
SECRET  管理者だけにコメントを表示  (非公開コメント投稿可能)
 

▲PageTop

 | BLOGTOP |