日々草子 入江法律事務所 17

入江法律事務所 17







日曜日。
待ち合わせ場所にて琴子は、何度も腕時計を確認していた。
「あと5分か…うわあ、緊張してきちゃった。」
この場所に到着したのは、待ち合わせの時間より30分前であった。ギリギリに出て電車のトラブルに巻き込まれて遅刻したら大変だと思ったし、息を切らせて走って来て直樹に汗臭いと思われるのも避けたかったからである。

「深呼吸、深呼吸…。」
「あの、すみません。」
琴子が深呼吸を繰り返していた時、一人の若い男が声をかけてきた。
「この店に行きたいんですが、どう行けばいいでしょうか?」
男が差し出したメモに琴子は目をやると、
「ごめんなさい。私もこの辺よく知らないので。」
と申し訳なさそうに答えた。
「あ、そうなんだ。」
「はい。」
「それじゃあ、一緒に探そうよ。」
「は?」
男の言葉に琴子はキョトンとなった。
「雰囲気いい店らしいんだ。君、一人でしょ?」
「いえ、待ち合わせしてます。」
「どうせ来ないって。」
男の態度に琴子はムカッと来た。来ないなんてどうして他人に分かるのか。
「ね、ほら。」
男は強引に琴子の腕を取ろうとした。

「来たけど、文句あるか?」
背後から聞こえた声に、男はギョッとなった。振り返ると、自分など足元にも及ばない、そして見たこともないイケメン。身長も自分より高い。
「道を聞きたかったら、あそこに交番があるから行け。」
「は、はいぃぃぃっ!」
イケメンの凄味のある言葉に、ナンパ男は転がるように逃げて行ってしまった。

「先生!来てくれたんですね!」
助けてくれた直樹に琴子が喜びの声を上げた。
「約束は守るって言っただろ。」
「えへっ。そうでした。」
嬉しそうな琴子を直樹はじっと見た。
―― ったく、露出しすぎだろ。だから変な野郎に目をつけられるんだ。

いつも事務所に出勤してくるときは、来客対応に気を遣うためかシンプルなワンピースなど比較的、おとなしめな格好である。しかし今日はショートパンツスタイル。スラリと伸びた白い足には直樹も眩しさを感じる。

「先生、私の格好おかしいですか?」
琴子の不安そうな声に、直樹はハッとなった。
「別に。そんな大根足出していて蚊に刺されまくって大変だろうなと心配してやっただけだ。」
「大根足って、ひどい。」
プーッと膨れた琴子で会ったが、すぐに気を取り直して、
「先生の今日のファッションのコンセプトは何ですか?」
と直樹に訊ねた。
「コンセプト?そんなもんねえよ。」
「ないんですか…。」
「引き出し開けたら一番上にあった服を着てきただけ、以上。」
「そうですか…。」
自分はあれこれと店を回り、一生懸命選んだ服だというのに。直樹にとっては今日のデートは大したことじゃないのだと琴子はがっかりした。

「…どうせ俺はお前の引き立て役にすぎねえから、気張った格好してもな。」
「へ?何ですと?」
「いや、何でもない。で、どこへ行くんだ?」
と、直樹は誤魔化した。
「そうですね。まずは先生の行きたい所に行きましょうか。」
「俺の行きたい所?」
「ええ。プライベートで先生はどんな所へ行くのかなあって。」



ということで、直樹が琴子を連れて行ったのは大型書店であった。
「これ、買っておくか。」
「これも読みたいな。」
法律書から始まり、ノンフィクション、ビジネス書など直樹は琴子の持つカゴの中へと入れて行く。
「先生、これ全部持ち歩くんですか?」
ずっしりと重くなったカゴを抱え琴子が訊ねると、直樹は壁を指した。
「“ご自宅まで配送サービス”…なるほど。」
それにしても直樹の読書はすごいと琴子は感心する。本を選ぶ直樹の横顔を見ているだけで琴子は嬉しくてたまらない。

「次、お前の本だ。」
「私の本?何ですか、それ?」
首を傾げる琴子からカゴを奪いながら、直樹はエレベーター傍のポスターを指した。

『ガラスの能面 最新刊 絶賛発売中!!』

「あーっ!!出てたんだ!!」
「ほら、行くぞ。」
「はいっ!!」
お気に入りのマンガの新刊が出ていたことよりも、直樹が自分が読んでいるマンガのことを覚えていてくれたことが何より嬉しい琴子だった。



「…シュールな背表紙だな、おい。」
コミック売り場で、ズラリと並んだ『ガラスの能面』の背表紙を見て直樹は唸った。
少女マンガなのに『ガラスの能面』の背表紙のタイトルの上には様々な能面が描かれている。
「あった、あった。最新刊80巻!!あれから79巻も出たんですよ?」
「あ、そ。」
直樹は一巻を手にして、適当な返事をした。表紙には翁の面を手にした少女が描かれている。
「…ホラーマンガの間違いじゃねえの?」
「79巻は、主人公のマヨが紅天狗になりきるために鞍馬山に籠るところで終わったんですよ。」
「…牛若丸か?」
「ああ、続きどうなるんだろ?」
直樹の冷静な突っ込みは琴子には聞こえていなかった。
「先生、どうなると思います?」
「…精神科へ通うんじゃねえの?」
「精神科?」
「大の大人が天狗になるって山籠りって、それもう精神科レベルだろ。」
「…何て夢のないことを。」
「はあ」と盛大な溜息をついて、琴子は80巻をひっくり返してあらすじに目をやった。
「えっ!!」
「な、何だ?」
琴子の声に直樹は、棚に戻そうとした1巻を落としかけた。
「どうしよう、先生!!」
「何だ、420円も払えないほどお前の財布は空っぽなのか?」
財布を忘れてきたのかと直樹は琴子は見た。
「“鞍馬で天狗となったマヨ。その時、紫のカトレアの人はとうとう結婚式を…。”あ、紫のカトレアの人っていうのは、マヨが好きなのに政略結婚で…。」
「天狗を好きになるって物好きだな。」
「いやあん、どうしよう!マヨが可哀想!結婚しちゃうのかしら?先生、どうなると思います?」
「夢のない俺に意見を求めるのか、お前は?」
「今はそんな場合じゃないので。」
「紫の何とかって男は政略結婚をしたが、相手が美人なので大満足。“あー、俺、天狗になるとかいう変な女と結婚しないでよかった”って安心する。で、天狗女は生涯を鞍馬山で過ごしてめでたし、めでたし。」
「…聞くんじゃなかった。」
「だったら、聞くな。ついでに読むのが嫌なら買うな。」
「いや、買います。読まないと!」
「あ、そ。」
直樹は琴子の手から『ガラスの能面』80巻を取り上げると、さっさとレジへと歩いて行く。
「先生?」
そしてお金を払うと、
「ほら。」
と、琴子に渡した。
「え?いいんですか?」
「こうでもしないと、お前うるさいから。」
「…ありがとうございます!」
琴子は大事そうにマンガを胸に抱きしめた。




「次はお前の行きたい所へ行ってやるよ。」
自分の好きな場所を優先してくれた琴子を直樹は気遣った。
「どこだ?」
「ええと…見たい映画があるんですけれど。」
「映画か。」
そして二人は映画館へと向った。

「…つまらなそう。」
映画のポスターを見て、直樹はげんなりとなった。
「そんなことありませんよ。」
琴子が見たいと言った映画は、弁護士とその秘書が事件に立ち向かうという、ありふれたストーリーであった。
「様々な危険を乗り越えて行くうちに、きっと二人は愛し合っていくんでしょうね。」
「こういうい映画って、事件と恋愛、どっちも中途半端に描かれてしょうもない話になってるんだよな。」
「もう、決めつけないで下さい!」
「とりあえず、中へ入りましょう」と琴子は文句を言い続ける直樹の背中を押して行く。

それから二時間後――。

「いやあ、本当に決めつけるもんじゃないな。」
満足した顔で直樹が外へ出てきた。
「ありきたりのストーリーかと思ったら、最後のどんでん返し!」
「…そうですね。」
後ろからついてきたのは、直樹とは正反対の様子の琴子である。
「まさか、秘書が全ての黒幕だったとはな!」
「…そんな映画だと知っていたら、見なかったのに。」
琴子ががっかりするのも無理はなかった。
弁護士と秘書が事件に立ち向かう…という所まではよかったのだが、実は一番信頼していた秘書が最大の敵だったというストーリーだったのである。
「この映画の教訓は“秘書を信用するな”だよな?」
「そんなことないですぅ!信用して下さい!」
「俺も寝首をかかれねえよう、気をつけるわ。」
「かきません!私はかきませんよ!」
からかっているだけなのに、本気にしている琴子が面白くて直樹の口は止まることを知らなかった。






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佑さん、ありがとうございます。

暑い中のコメントありがとうございます。

そりゃあそうですよね。
普段とは違う琴子ちゃん、入江先生もクラクラでしょう。
もうひとつのお話に色々思うだろうと、こちらで一服していただきたくて書いてみました。

たまちさん、ありがとうございます。

暑い中のコメントありがとうございます。

ナンパは鉄板ですよね!
そこを助けるのもお約束~。
映画は琴子ちゃん的には失敗した感じですけれど、ドンマーイってところでしょうか。
私も一度見たことあります、ガラスの仮面ですがz(笑)
というか、掲載雑誌の付録がすでにガラスの仮面のギャグとなっていて…毎回表紙を本屋で見る度に「すごいことに…」と笑っています。

emaDXさん、ありがとうございます。

暑い中のコメント、ありがとうございます。
そうです、そういう意味なんです。だから過去作とかぶっているという(笑)
ガラスの能面…自分で書いていて、なんかすごいなあと思ってしまいました。

カスガノツボネさん、ありがとうございます。

暑い中のコメント、ありがとうでありんす♪

うんうん、そうですよね。あの入江くんはとび蹴りしたくなる人も多いかも。
神戸編では我慢している分、こちらでは弾けて書いております~。
ヘタレ直樹も爽やか毒舌直樹もどっちもいいですよね~!!

トコさん、ありがとうございます。

暑い中のコメントありがとうございます。
うわ~フトンと同じくらい大好きなんて、とても嬉しいです!!
とりあえず、次回でデート編は終わります♪ぜひ楽しんでいただけたらと思います。
プロフィール

水玉

Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
そっと見守っていただけたら嬉しいです。

※当ブログに掲載されている文章及びイラストの無断転載・使用はご遠慮下さい。

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