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2013.07.18 (Thu)

サブ・ローザ 8


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理志は波名子に殴られても、何も言い返さなかった。
「まったく…どこまで寺崎家を汚せば気が済むの?」
殴っても波名子はまだ怒りがおさまっていないらしい。
「やっぱりあの女の産んだだけあるわ。だから私は引き取ることに反対したというのに!」
「そこまで言わなくとも」と琴子は言いたかった。だが、ここは琴子が口を挟む場面ではないこと、挟んだらもっとこの場が悪くなることはよく分かっている。


ここで波名子が琴子に顔を向けた。
「…何が望みなの?」
「…え?」
「違います、相原さんは関係ありません!」
ここで理志が割って入った。
しかし、波名子はとんでもないことを次に口にした。
「金で買われた人間は黙ってらっしゃい!」
「金で買われた」――琴子は耳を疑った。品物じゃあるまいし、それはどういう意味なのだろうか。
「お前は金で買われた身なのよ?そこをわきまえるべきだというのに泥ばかり塗って!恩を仇で返す真似をして。」
理志が怯んだ隙に、波名子は琴子の肩を掴んだ。
「寺崎の名前?財産?看護師として寺崎に取り入って全てを手に入れようという魂胆なわけね。そんな虫も殺さぬ顔をして恐ろしいこと!」
「わ、私はそんなことは!」
「嘘おっしゃい!」
波名子は一歩も引かなかった。
「この売女!」
波名子の手が高く掲げられる。琴子は殴られると思い目を閉じた。

「…その辺にしておいたらどうですか?」
久しく聞いていなかった声に、琴子の目が驚きと共に開いた。
「は、離しなさいっ!」
「院内で暴力沙汰はお断りします。」
高く掲げられた手をしっかりと掴まれ、波名子は顔を真っ赤にして怒りに震えている。その手を握っているのは、直樹であった。
「ここは病院です。患者が安静にすべき場所です。暴れるならば帰っていただけますか?」
「暴れるって、私は!」
「あなたがその手を下ろすというのならば、解放しますが。」
他に答えを選ばせないというような、直樹の視線と腕の力に波名子も敵わないと認めざるを得なかった。



「病室へ行きます。」
波名子は寺崎の特別室へと向かおうとした。
しかし、
「面会はお断りします。」
と、直樹がその前に立ちはだかった。
「あなた、担当医だからとそこまでの権限があるとでも?」
「ええ、あります。」
「何ですって?」
「今のあなたを寺崎さんに会せたら、間違いなく病状が悪化するでしょう。病室でキーキー喚くことは目に見えている。違いますか?」
「余計なお世話でしょう?家庭内の問題に口出しは無用です。」
「あなたの家庭の問題に首を突っ込みたいとは思いません。ですが、私は担当医として患者の体を守らねばなりません。悪化すると予測できるのに面会の許可は出せません。」
きっぱりとした、有無をいわせぬ直樹の口調。波名子は睨むことしかできなかった。
「…お帰りを。」
「…最低な病院だこと!」
波名子は週刊誌をその場に投げ捨て、高いヒールの音をさせエレベーターに乗り込んで行った。
直樹は波名子の捨てた週刊誌を拾い上げる。
「あの…。」
何か言おうとする琴子に、直樹は無言で週刊誌を押し付けた。
「捨てておいて。」
「…はい。」
直樹はそのまま、二人から去って行った――。



「入江…先生っ!」
スタッフ専用の通路にて、琴子は直樹を捕まえた。幸い、他には誰もいなかった。
「…誤解するな。」
直樹は首だけを琴子へと動かし、冷たく言った。
「俺がお前を守ったのは、妻だからじゃない。共にこの病院で働くスタッフだからだ。」
「…はい。」
「妻だからじゃない」という一言が、琴子の胸に突き刺さった。
「話は帰ってからだ。」
「…分かりました。」
直樹はあの週刊誌を読んだのだ。琴子は今はっきりとそれを確信した。



まさか、こんな形で顔を合わせることになるとは。何日ぶりかに、琴子と直樹は家で顔を合わせることになった。
二人の間のテーブルには例の週刊誌が置かれている。
「ごめんなさい…。」
原因は全て自分にあることは、琴子はよく分かっていた。だから謝ることしかできなかった。
「まさか、お前がこんな手段を取るとは思ってなかったよ。」
直樹は週刊誌を横目で見た。
「こんな手段?」
「こうして、既成事実を作ってこいつとよろしくやるつもりなんだろ?」
週刊誌の理志の写真をトントンと直樹は叩いた。
「既成事実って、誤解よ!」
直樹は自分を完全に誤解している。
「私はそんなつもりは全然…。」
「どうだか。」
わざとらしく直樹はオーバーに首をすくめた。
「“家に行きました、写真撮られました、ということで私はこの人と結婚します”ってことだろ?」
「違うわ。私はそんなつもり全然ない!」
琴子は直樹の誤解を解こうとした。
「家まで行ったのは、寺崎さんが心配で…。」
「普通行かねえだろ。」
直樹の言うとおりであった。確かに行ってはいけなかった。
「…ごめんなさい。」
「もう聞き飽きたよ。」
琴子がいくら謝っても、直樹の態度は変わらなかった。

「…で、家で何をしてたんだ?」
「何って、寺崎さんのことを話しに。」
他に何をするというのかと、琴子は直樹を見た。
「それで、解決したのかよ?」
琴子は首を横に振った。
「…本当に話だけかよ?」
「え?」
琴子と直樹の視線がそこでぶつかった。

「男が一人でいる家に、のこのこ出かけて行って何もなかったと考えられると思うか?」
「ちょっと…待って。」
琴子は信じられなかった。直樹は何を言っているのか。
「お前、隙だらけだもんな。」
「隙だらけって、私はそんなふしだらな人間じゃないわ。」
「情に流されるとか?」
「流されないわよ。それにそういう考えって理志さんにとても失礼だと思う。」
「またその名前か」と直樹は溜息をついた。

寺崎家に行ったことは責められるべきことではあるが、何でそういう考えになるのかと琴子は信じられなかった。
考えてみれば、この間から直樹はおかしかった。わざとらしく琴子の前で同僚たちを飲みに誘ったり、落ち込む琴子をさらに落ち込ませるようあんなメモを入れてきたり。琴子が寺崎家に行く前から変なことばかりしている直樹であった。
そう考えると、琴子の中にも怒りが湧きあがって来た。

「…入江くんだって似たようなこと、していたじゃない。」
「俺が?」
「そうよ。入江くんだって、神戸で前に患者さんとそのお母さんと病院の外で会ってたよね?」
「奈美ちゃんか?」
研修医時代に直樹が担当していた患者、奈美とその母親のことであった。
「そうよ。私があれを見てどれだけショックだったか。」
「だけど俺は家まで行ってはいない。」
直樹もムッとして言い返す。
「ついでに写真も撮られたりしてない。」
それを言われると落ち度のある琴子は黙るしかない。

黙り込む琴子を見て、直樹は考えていた。
琴子は長年一緒にいた自分より、理志のことに夢中になっている。果たしてそれは看護師として患者を心配しているだけなのか。もしかしたら心配が愛情へと変わって言っているのでは。そしてそれに琴子本人が気付いていないのではないだろうか。

長年片想いをしていた、だから今でも直樹のことが好きである。琴子は自分にそう無理矢理言い聞かせているのではないだろうか。



「入江くん、あのね…。」
「少し距離を置こう。」
琴子の言葉を遮り、直樹が言った。
「お前、俺と離れて少し考えてみた方がいい。」
「考えるって何を?」
「本当にお前が傍にいたいのは、一体誰なのか。」
「え…?」
「無理しなくていい。色々あってお前だって思う所もあるだろうから。」
そして直樹はあっという間に服などをバッグへと押し込み始めた。
「あれを出してくれ。」
バッグを手に直樹は琴子に手を出した。
「あれ?」
「結婚指輪。」
「どうして?」
琴子は首からいつも下げている結婚指輪をギュッと握りしめた。
「それを持っている限り、お前は本心と向き合えないだろうから。ほら。」
直樹は真剣だった。琴子はネックレスにしている指輪を震える手で直樹に差し出す。
「それじゃ、当分帰らないから。」
直樹は指輪をポケットへ突っ込むと、玄関へと歩き出した。

バタン。

ドアが閉まる音を琴子はどこか遠い世界のように聞いていた。
行かないでと縋り付くこともできず、そのまま座り込んだままであった。
どうしてこんなことになってしまったのか。
答えはすぐに出た。自分が全て悪いのである。
琴子は直樹を裏切ることは一切していない。だが、そうしているかのように思わせた自分が悪いのである。
患者のために行き過ぎたことをしたことも悪かった。だが、あのまま何もせずにいることもできなかった。
しかし結果として、周囲の人間全てを苦しめることになってしまった。

琴子は泣くことすら忘れ、ただ茫然と座っていることしかできなかった。





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 |  2013.07.18(Thu) 21:44 |   |  【コメント編集】

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 |  2013.07.18(Thu) 22:31 |   |  【コメント編集】

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 |  2013.07.19(Fri) 10:40 |   |  【コメント編集】

更新ありがとうございます!!

歯車がかみ合わなくて・・・・
大変なことになっちゃいましたね。。。。

琴子ちゃんは直樹さんを裏切ることは確かにしていないんだよねぇ~
ただただ一生懸命で周りが見えなくなっちゃうんだよね。。。
直樹さんもねぇ~お子様のようにひがんで、自分で収拾つかなくなったよ・・・・
もう!!どうしたら上手くのかしら???水玉さぁ~ん!!

政治家一家の動向も気になりますよ!!
ゆみのすけ |  2013.07.19(Fri) 13:55 |  URL |  【コメント編集】

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 |  2013.07.19(Fri) 16:06 |   |  【コメント編集】

★sayuさん、ありがとうございます。

暑い中のコメントありがとうございます。

いえいえ、そんなに夢中になっていただけて嬉しいですよ~。
入江くんへのお叱り、ごもっともです。
よかった、琴子ちゃんへの非難が殺到するかと内心ドキドキだったので。
水玉 |  2013.07.22(Mon) 18:35 |  URL |  【コメント編集】

★紀子ママさん、ありがとうございます。

暑い中のコメントありがとうございます。

そうなんです、全て裏目に…。
琴子ちゃんも一生懸命過ぎて失敗してしまいました。結果入江くんもとんだことに。
琴子ちゃんスキーな紀子ママさんですが、さすがの冷静な分析、素晴らしいです!
水玉 |  2013.07.22(Mon) 18:36 |  URL |  【コメント編集】

★まあちさん、ありがとうございます。

暑い中のコメント、ありがとうございます。

ドナドナスパイラル、ええ、始まっているかも。
というか、今回は入江くんからドナドナに…。
琴子ちゃんが入江くんを見限ることなんてないんですけれどね。
続き、楽しんでいただけますように~♪
水玉 |  2013.07.22(Mon) 18:37 |  URL |  【コメント編集】

★ゆみのすけさん、ありがとうございます。

暑い中のコメント、ありがとうございます。

よかった、お一人だけでも政治家一家の動向を気にして下さって(笑)
なんか完全にどうでもいい存在になりつつあったので…ちょっと嬉しいです。
琴子ちゃんは入江くんを裏切ってなんていないんですよね。
ただ、一生懸命すぎて、ただそこが魅力的で、ただそれでモテてしまうだけという。

うふ、今回も直樹いじめ同好会の会長さんに楽しんでいただけて嬉しいです♪
水玉 |  2013.07.22(Mon) 18:39 |  URL |  【コメント編集】

★たまちさん、ありがとうございます。

暑い中のコメントありがとうございます。

本当に今回は不幸のエスカレーター、別々の方向に乗ってしまいました。
交わる時が来るのか…。
そうそう、元々は離婚話で神戸にやってきた二人だというのに(笑)
かえって喧嘩が増えているという(笑)

周囲に内緒にしている関係だけに、相談相手も協力してくれる人もいませんしね…。
水玉 |  2013.07.22(Mon) 18:41 |  URL |  【コメント編集】

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