日々草子 サブ・ローザ 7

サブ・ローザ 7









「素敵なお宅ですね。」
元の応接間に戻っても様子がおかしい理志に気を遣い、そしてこの気まずさを何とかしようと琴子は口を開いた。
「祖父、いや曾祖父の時に建てたものらしいですけれど。」
理志もそんな琴子の気遣いを無にするような態度は取らなかった。
「内部もそれなりにリフォームはしているんですが、古さはどうにもならなくて。廊下や階段の軋む音とかは嫌いな人は嫌いみたいです。」
それは波名子のことだろうかと琴子は思った。自分の母親だというのに、まるで他人のような言い方である。
「…今、相原さんの考えている人のことですよ。」
理志がフッと笑った。
「あ…お母様のことでしたか。」
隠しようもないので琴子は答えた。
「…母じゃありません。」
「え?」
「あの人は俺の母親じゃありません。」
理志は腕を組み、窓に目をやる。
「俺は父が外で生ませた人間なんです。」
「…。」
聞いてはいけないことを聞いてしまったと琴子は思った。と同時に、まるで小説かドラマの世界に自分がいるような気もする。

「あの人がこの家を拒否しているのは、古いからだけじゃないんです。俺がいるからです。夫がよそに作った子供の顔を見て過ごすことに耐えられないだけなんですよ。」
ぶっきらぼうな理志の物言いが、琴子は悲しくなった。
「ごめんなさい。」
琴子はそれしか言えなかった。
「いえ、相原さんが悪いわけじゃないので。」
「いいえ、私が変なことを言ったから…お邪魔しちゃったから。」
「そんなことありません。俺の方こそすみません、変なお話を聞かせてしまって。」
場の雰囲気を変えるつもりが、とんだことになってしまった。

「ところで、相原さんはどうしてこの家に?」
今度雰囲気を変えようと口を開いたのは理志であった。
「そうだ」と琴子は本来の目的をここでやっと思い出した。
「あの、寺崎さん…お父様のことで。」
「…やっぱりね。」
今の理志にとっては父の話題もあまり口にしたくないものらしい。
「お父様、食事もあまり取られなくなってしまって。精神的なものが原因だと思うんです。その…理志さんが顔を見せなくなったことと何か関係があるのかなと思って。」
「関係、あるでしょうね。」
理志は事もなげに言った。
「でしたら、一度顔を見せてあげてください。何があったかは私は知りませんし、お尋ねするつもりもありません。」
「俺が顔を出したところで、あの人の食欲が戻るとは思えませんけれど。」
少し前までは甲斐甲斐しく世話をしていたはずなのに。いや、東京から飛んで来たあの時の理志はどこへ行ったのだろうか。

「…まあ、相原さんがここまで来て下さったのですから、そのお気持ちには何とか報いることができるよう努力はします。」
すっかり落ち込んでしまった琴子を思いやって、理志が言った。
「私はどうでもいいのですが、お父様を…。」
「相原さんがそこまで言ってくれるのなら。」
ここでやっと理志は笑顔を見せた。疑問は残るが、そう言ってもらえたことだけでも来た甲斐はあったと琴子は思うことにした。

「それでは、私はこれで。」
「送ります。」
「大丈夫です。来た道を戻るだけですから。」
「ですが暗くなってしまいましたし。」
「あ…。」
窓の外を見ると、すっかり暗くなってしまっている。
「危ないですから。」
理志はポケットから車のキーを出している。

そこに、
「失礼します。お夕食の支度が整いました。」
と、家政婦がやって来た。
「ああ、そうか。その時間だ。」
理志が時計を見る。7時を過ぎていた。
「召し上がって行かれるかと、お二人分ご用意しておりますよ。」
人のよさそうな家政婦がニコニコと笑っている。
「相原さん、よかったらどうでしょう?」
「でもそこまでは。」
遠慮する琴子に、
「まあまあ、遠慮なさらずに。さあさあ、どうぞ。」
と家政婦が勧める。
既に準備もしてもらっているのに断るのもと思い、琴子は結局寺崎家で夕食を食べて行くことになってしまった。



「すっかり遅くなってしまいましたね。すみません。」
「いいえ、こちらこそご馳走になってしまって。」
結局、理志に車で送ってもらうことになった。
駅まではすぐだと思いきや、どういうわけだか理志の車は最寄駅を通過してしまった。
「相原さんの家の傍までお送りしますよ。」
「いえ、とんでもない!」
それは困ると琴子は焦る。
「大丈夫です。家の近くの駅までで。」
「そうですか?では、お宅の最寄駅までということで。」
きっと琴子は一人住まいの家を知られたくないのだろうと理志は受け取ったらしい。

「…前に週刊誌で拝見したのですが、ヨット部だったんですよね?」
「ああ、あの記事ですね。」
クスッと理志が笑った。
「それで今でも?」
「はい。西宮のマリーナに泊めているヨットは俺の金で買ったんです。学生時代にバイトして、あとは今の仕事の給料を貯めて。」
「それじゃあ、大切なヨットなんですね。」
「はい。俺の宝物です。」
ヨットの話をする理志はまるで少年のようだった。聞いている琴子も嬉しくなる。
「いつか琴子さんを乗せられたら…。」
「え?」
ちょうど賑やかな通りに出て来たところで、琴子の意識はそちらへと向いてしまっていた。
「何か?」
「いえ、ヨットは気持ちいいですよって言っただけです。」
「そうでしょうね。」
琴子の笑顔に、理志は今はまだ気持ちを打ち明ける時ではないと思った。



理志は琴子に病院に顔を見せると言ってくれたのに、それから数日経っても現れる気配がなかった。
「やっぱり溝が深いのかなあ。」
他人が口出ししてもしょうがないことなんだと思いつつ、琴子は下膳される寺崎の食事を見て溜息をつく。このままでは点滴になってしまうのではないかと心配でならない。

そして直樹との仲もこじれたままであった。
小児病棟の方が忙しくなったことで、最近は病院に泊まり込みしている直樹である。仮眠室で休息を取っていることは間違いないので、そこまで琴子も行ってみたことは多々あったのだが、どうしてもそのドアを開けられずに引き返してしまっていた。

そんな時、事件は起きた――。



「相原さん、ちょっと。」
看護師長が厳しい顔をして、琴子を手招きした。
何だろうと思いながら、琴子は師長について行く。

「…これ、もう見ましたか?」
カンファレンスルームで師長が出したのは、週刊誌であった。付箋が貼られている個所を琴子は開いた。
「これは!」
そこには『政界のプリンス、恋人とドライブ』というタイトルの小さな記事が書かれていた。
理志は実名であったが、琴子のことは名前は書かれていなかった。ただ寺崎の入院先病院の看護師ではないかと憶測されている。そして写真まで掲載されていた。正面を向く理志に対し、琴子は後ろ姿しか写っていなかったが、知っている人間には琴子だと分かるに違いない。
「まあ…どなたと交際しようが本人の問題ですけれど。」
VIP病棟の看護師長は琴子が直樹と結婚していることは知らない。
「独身同士ですしね。ただ…寺崎さんは著名人でいらっしゃるから。」
「申し訳ありません!」
琴子は頭を下げるしかなかった。
「院内では行動に気を付けて下さいね。特に患者さんご本人の前では。」
こうなった以上、担当を変わった方がいいのではというのが師長の考えであった。
「せっかく頑張ってもらっていたけれど。」
「…私もそうさせていただいた方がいいと思います。」
寺崎があのような状態の時に担当替えということは心苦しい。しかし琴子も責任を取らねばならないことはよく分かっていた。



師長と琴子は揃って、寺崎の病室を訪ねた。寺崎のベッドにはやはり、週刊誌があった。
「まことに申し訳ありませんでした。」
二人そろって寺崎に頭を下げる。
「担当看護師を変更いたします。」
「その必要はありません。」
寺崎の言葉に、師長と琴子は「え?」と頭を上げた。
「相原さんは別に悪くありませんから。」
「しかし。」
「むしろ息子に問題があるのです。政界のプリンスだとちやほやされて、立場を自覚していなかった。一般人のお嬢さんをこんな目に遭わせること自体、あいつのミスです。」
寺崎は琴子に優しい目を向けた。
「私は相原さんにこれからもお世話をお願いしたいと思います。相原さんは本当によくしてくれています。いけませんか?」
患者がそこまで言うのなら、こちらも異存はないということで、師長も琴子に引き続き寺崎の担当を任せてくれることになった。



そしてこの記事によって、さすがに理志が病院に飛んで来た。
「本当に申し訳ありません、相原さん。」
誰もいないVIP病棟のエレベーターホールで、理志は琴子に頭を下げた。選挙でもこんなに深く頭を下げたことはないのではというくらいである。
「まさか俺をマークしていたとは。」
「いえ、私も悪いんです。お宅にお邪魔してしまったことが原因ですから。」
「とんでもない。本当に申し訳ありません。」
寺崎にも理志にも迷惑をかけてしまったと思う琴子であったが、こうしてやっと理志が病院に姿を見せてくれたことは嬉しかった。

とりあえず病室へ行こうと琴子が理志を促した時であった。

チンッ。

エレベーターの到着を知らせる音と共に、その扉が開いた。

「…何をしているの、こんなところで。」

中から降りてきたのは、何と寺崎波名子であった。

「こんな記事が出たから飛んできたら…案の定…。」
波名子の手には週刊誌が握られていた。琴子を睨みつけ、そして理志の前に立つ。

バシッ!!

乾いた音がエレベーターホールに響いた。波名子が丸めた週刊誌で理志の頬を叩いたのだった――。





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紀子ママさん、ありがとうございます。

こちらこそ、暑い中のコメントありがとうございます。

キーボードで軽やかに舞っているって(笑)
まあ否定はしませんけれど(笑)でもコメディの方が軽いですよ~。
心の狭い夫と湯婆って、何かそれだけでも琴子ちゃんの置かれている状況が可哀想すぎます(笑)

レイナさん、ありがとうございます。

暑い中コメントありがとうございます。

わ~オタク部のメンバーと再婚って、何の罰ゲームですか!
それはそれで笑えるけれど(笑)
そうそう、琴子ちゃんは入江くんがモテるが故に色々な目に遭ってきましたよね。
入江くんもそこまでの復讐は…しないかと???

佑さん、ありがとうございます。

暑い中のコメントありがとうございます。
おかげさまで、指が軽やかに動いております(笑)
そっか、入江くんの出番が少ないですね。
でも佑さん、読んでくれていたんですね~よかった。

たまちさん、ありがとうございます。

暑い中のコメントありがとうございます。

院内恋愛は意味があるんですよ~私的に(笑)
これが終わったら、この神戸シリーズも終わるので。
二次デビュー作なもんで、思い入れがあるのでなかなか終わらせたくないんですよね。

寺崎家のお宅訪問(笑)なんか渡辺篤史が出てくるんじゃないかって思っちゃいました。
香水と怒りを撒き散らす、いい表現です!

カスガノツボネさん、ありがとうございます。

暑い中コメントありがとうでありんす。

おお、幸運の女神を読み返して下さっていたんですね。
私も実は密かに秘密を読み返しておりました。いや、どんな設定にしてたっけと確認したりして(笑)
入江くんはこの先がとんでもない人物になってしまっております。

こちらこそ、よろしくでありんす♪
プロフィール

水玉

Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
そっと見守っていただけたら嬉しいです。

※当ブログに掲載されている文章及びイラストの無断転載・使用はご遠慮下さい。

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このブログについてのお願い
当ブログは、『イタズラなkiss』の二次創作をメインとしておりますが、時折管理人の趣味や日々の出来事についての記事も書いております。

原作者様や関係各位とは一切関係ありません。

二次創作については、いわゆる原作の隙間をぬった作品もありますが、主人公以外のキャラクターをメインとしたものや オリジナルキャラクターが出てくるものもございます。

そして、原作と違った時代(平安や明治やその他の時代を舞台にしております)、異なる設定(主人公を医者と看護師じゃない職業にしております)で書いてあるものが多いですが、原作を冒涜しているつもりは全くございません。

二次創作が苦手という方及び原作のイメージと合わないと思われる方はどうぞお引き取り下さいますようお願いいたします。

コメント及びメールなどでの苦情及び批判は公開、非公開を問わず、私へ告げることはご遠慮いただけますよう、お願い申し上げます。

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