日々草子 サブ・ローザ 5

サブ・ローザ 5





「あのさ、琴子。」
直樹が声をかけても、琴子から返事はなかった。
見ると琴子は珍しく本を読んでいる。医学書や看護学の類の本ではなさそうであった。
「琴子。」
「ん?あ、ごめん。なあに?」
二度目で琴子はやっと直樹が呼んでいることに気付いた。
「…何を熱心に読んでいるんだ?」
「これ?」
琴子が読んでいた本は最近の政治をわかりやすく説明した薄い本であった。
「ほら、政治家の担当だから、ちょっとは知っておいた方が色々便利かなって。」
「別にお前が秘書になるわけじゃないだろ。」
「そりゃそうだけど。でもこの前入江くん、もう少し政治に興味を持てって言ったじゃない。」
「言ったけれど。」
だからといって、何も今読まなくてもいいのではないかと直樹は少し不満に思う。
「で、どうしたの?コーヒー?」
「いや…。」
直樹は琴子から本を取り上げた。
「ちょっと、今読んでいるのに。」
「衆議院の優越について説明してみろよ。」
「衆議院の優越感?何、それ?」
「読んでも頭に入ってねえじゃん。」
「今読み始めたばかりだし…んっ。」
本を取り上げて直樹は琴子にキスをした。
「…それじゃ、参議院の人数は?」
「…わかんないよ。」
「じゃ、追試もんだな。」
「追試?」
キョトンとする琴子の体を直樹は軽々と抱き上げた。そしてそのままベッドへと直行する。
「ちょっと入江くん。」
「だあめ、ここからは追試の時間。」
「…追試は服を脱ぐ必要、ないよね?」
すでに上半身脱がされた琴子が恨めし気に直樹を見ている。
「緊張感が必要だろ?」
ニッと笑うと直樹は自分も上半身裸になった。
「入江くんの意地悪。」
「何とでも言え。」
軽口をたたく直樹であったが、本当は何を琴子に言おうとしたかったのか。それに考えを寄せる暇もないほど、琴子は直樹に夢中になっていった――。



「…入江先生はお父さんが医者ですか?」
様子を見に来た直樹に、寺崎が何の気なしに訊ねた。病室には息子の理志も他の秘書もおらず、医者と患者二人きりであった。
「いいえ、違います。」
「そうですか。医者も家代々という人が多いと聞いたことがあったものですから。」
直樹は笑うだけだった。
「しかし、入江先生のような方が息子さんでしたらお父さんも鼻が高いでしょうね。」
「さあ、それはどうでしょうね?」
大学へ入る時から父親の意向には逆らってばかりである。医者になる時もどれほどの騒ぎになったかと思うと直樹はそう答えるしかできない。
「寺崎さんも息子さんはご立派じゃないですか。」
「さあ、どうでしょうね?」
直樹と同じ台詞を口にし、寺崎は笑った。



「そっかあ。琴子ちゃん、違うお部屋にいるんだね。」
「そうなの。ごめんね、咲ちゃん。」
琴子が話をしているのは、小児病棟のプレールームで相手をしていた患者だった。
検査に出て来た咲というその患者と偶然顔を合わせた琴子は、そのまま小児病棟まで送るつもりで車いすを押していた。
「どんなお部屋?」
「うん?大人ばかりのお部屋よ。」
「そっかあ。琴子ちゃん、いじめられてない?怖い人とかいない?」
「怖い人?」
そう言われ思わず波名子の顔を思い浮かべ、琴子は苦笑いをしてしまった。
「いるの?」
「ううん、いないよ。大丈夫だよ、ありがとうね。心配してくれて。」
琴子は咲の頭を優しく撫でた。
「…いつ戻ってくるの?もう戻ってこないの?」
咲が心配そうに琴子を見上げた。
「少ししたら咲ちゃんたちの所に戻るよ。そしたらまたお人形遊びしようね。」
「うん!」
「あ、でも咲ちゃん、退院できる日が近いんだよね。」
今度の検査結果次第で退院ができそうだという話だった。
「そうだよ。退院するときは琴子ちゃん、一度会いに来てね。」
「分かったわ。」



咲を小児病棟へ送って行き、琴子はVIP病棟へと戻った。
寺崎の様子を見に行こうと思い、廊下に出た時だった。

「…理志くんも次の選挙の出馬に備えて、準備しとかなあかんな。」
「いえ、私などまだまだです。」
「しかし親父さんがあの状態だと、まあなあ。」
「大丈夫です。ただの過労ですから。ご心配おかけしてすみません。」
和服姿の初老の男性が理志の肩をポンポンと叩いていた。
「一階までお送りします。」
「ええよ、ええよ。子供じゃないんやし。ここで大丈夫や。ほな。」
男性は扇子を掲げて、愛想よくエレベーターに乗り込んで行った。それを理志は頭を下げて見送っている。
「相原さん。」
病室に戻ろうとした理志は、そこに立っていた琴子に気が付いた。
「…後援会の会長なんです。やはり地元だけに父の入院の話を聞きつけたらしくて。」
直樹が前に琴子に説明した通り、政治家にとって病気入院は一大事、外部に漏れてはいけない秘密事項らしい。表向き、寺崎は過労入院ということになっていた。
「親父はもう再起不能のような受け取り方をしているようで。」
「そんな!」
琴子は理志を見た。
確かにあの言い方は寺崎はもう引退、さっさと理志に跡を継げという感じである。
「理志さんだって、あんなにお父さんのことを。」
そこで理志の足がピタッと止まった。
「…もしかして、俺が親父を心配して後援会会長にあんなことを言ったと思ってますか?」
「え?」
琴子の目に映る理志の顔はいつもと違う、影のある表情であった。
「あの…理志さん?」
すると理志の顔にいつもの笑みが戻った。

「先程、車椅子の女の子と楽しそうにおしゃべりしてましたよね?」
「え?見てたんですか?」
話題を変えてもらえたので、琴子はホッとした。
「ええ。相原さん、子供にあんなに慕われているんですね。」
「そんなことは。ただ、子供が好きなだけです。」
「謙遜しなくてもいいです。子供は正直だから、本当にいい人じゃないと懐きませんよ。」
「ありがとうございます。」
「あと、この前から俺のこと名前で呼んでますよね?」
「あ、ごめんなさい!」
父親と区別するために理志を名前で呼んでいたのだが、考えてみたら本人に何の断りも入れていなかった。
「馴れ馴れしいですよね。本当にごめんなさい。」
「そんなことないです。」
理志が笑って琴子の頭を上げさせる。
「何か相原さんに名前で呼ばれるとホッとするんです。」
「そうですか?」
「ええ。家でも呼ばれたらどんなにいい気分かなあと。」
「家?」
「何でもないです。とにかく名前で呼んでもらって大丈夫ですから。」
「よかった。」
鈍感な琴子に理志も同じ気分であった。



「…俺だって呼んでもらってないんですけれどね。」
二人の会話をこっそりと聞いていたのは直樹だった。
「人の女房だと知らずに、無意識にプロポーズしてるんじゃねえぞ。」
それに気づかない鈍感な琴子でよかったような、気づいてはっきり断る勘の鋭い琴子であってほしかったような、複雑な気分の直樹である。
「人の気も知らねえで。」
そして直樹は自分の手を見つめると、その手をグッと握りしめたのだった。



「上田さん、今日って日勤だったよね?」
スタッフステーションに戻ると、直樹は上田という看護師にめずらしくシフトを確認した。
「はい、そうですけれど?」
「俺、この病棟のナースをまだよく知らないんだよね。今夜空いている人たちと一杯やりたいなと思ってるんだけど。」
「えっ!!」
まさか直樹から誘われるとは思っていなかった上田を始めとする、その場にいた看護師たちが一斉に驚きの声を上げようとするより先、声を上げたのは何と琴子であった。

「…相原さん、何か?」
直樹が殊更、他人行儀に琴子に訊ねた。
「え、ええと…私はその…ちょっと残業があるのですが…。」
「そう、それは残念。それじゃあ相原さんはまた機会があったら。」
直樹は琴子をあっさりと無視し、
「どう?付き合ってくれる人いるかな?」
と他の看護師たちに訊ねた。
「勿論!」
「喜んで!」
「何なら一晩中でも!」
日勤の看護師たちに異論があるはずなかった。中には予定があっても早々とキャンセルをすることを決め込む者までいた。
「今日休みの子にも連絡してもいいですか?」
「いいよ。できるだけ顔とか知っておきたいし。」
直樹がニッコリと笑うと「キャーッ!」という歓声まで上がる。
その傍で琴子は涙目になりながら、電子カルテの入力をしていた。

「相原さん、寺崎さんの検査結果見せて。」
「…はい、どうぞ。」
直樹に席を譲り琴子は立ち上がった。と、その時琴子のポケットに直樹が何かを入れた。
気付いた琴子は急いでステーションを出た。

「んもう、入江くんたら。皆の前では意地悪なのにこうしてお手紙を入れてくれたんだから。」
メモ交換こそ、院内恋愛の醍醐味。琴子はウキウキしながらメモを開いた。
きっと「悪いな、今度デートしよう」とか「愛してるよ」とか書かれているに違いない。
しかし書かれていたのはこの一言だった。

『ザマーミロ。』

「な、何よ、これ!どういう意味なわけ?」
怒りで琴子の手が震える。
「ザマーミロって、何よ。私、何かしたわけ?」
琴子は顔を真っ赤にしてメモを破ったのだった。




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水玉さん♪
連休中は野暮用で拝見できませんでしたので、本日まとめて読ませていただきますね♪
たくさんの更新ありがとうございます!!!!!!

もう!!直樹君のすねた感じがとても笑えて、私的にはとっても嬉しいです!!←ナオキストだけど少しいじめっ子の要素がある、わ・た・し♪
ザマァーミロで真っ赤な琴子ちゃんも目に浮かびますので
読んでいてとっても楽しいです♪
秘密の院内恋愛最高!!

紀子ママさん、ありがとうございます。

やっぱりその方を想像しますよね?(笑)
どっちかっと兄の方かも(笑)
あんまりいかついイメージではないんですけれどね。
入江くんはずっと「入江くん」だからいいのにね~何を今さら気にしているんだか。

ゆうさん、ありがとうございます。

お久しぶりです~♪
ご訪問ありがとうございます♪

いやいや、正体ばらしたらこのシリーズ終わっちゃうので(笑)
確かにばらせばすべて丸く収まるんですけれどね^^
まあ、こんなに隠せるわけないですけれどね~。
うふふ。

カスガノツボネさん、ありがとうございます。

そうですよ、このあいだカスガノツボネさんに褒められたばかりだというのに、この始末!!
ザマーミロなんてしかもメモで。
琴子ちゃん、そりゃあ怒りますよね。
入江くんも自分と同じくらい琴子ちゃんにヤキモチ焼かせたいのかもしれませんね!
そうそう、私たちお姉さんたちは琴子ちゃんの味方です!

たまちさん、ありがとうございます。

普段はクールなくせに、琴子ちゃん絡みになるとお子様状態になるんですよね。
これに気付いていないのが琴子ちゃんだけという。
学習できてないんですよ。琴子ちゃんがどんどん自分から背を向けてしまうことに。
そんでもって、あとから恐ろしいことに…。
たまちさんのワクワクぶりが、こちらまで伝わってきます♪

まあちさん、ありがとうございます。

まあちさん、お久しぶりです!
色々大変そうですが…大丈夫ですか?無理しないでくださいね。
まあちさんだけですよ、このザマーミロ入江くんに甘さを感じているのは(笑)
そこにまあちさんの入江くん愛を感じてしまったのは私だけでしょうか?

トトロンさん、ありがとうございます。

わ~胸がドキドキしてるなんて!
ありがとうございます!
頑張りますね!

emaさん、ありがとうございます。

この大人げないというセリフを幾人の方が書かれたか(笑)
本当に今回の入江くんは大人気ないのです!

レイナさん、はじめまして。

はじめまして!コメントありがとうございます。
そうそう、入江くんのお子様ぶりは半端ないですよね。
琴子ちゃんを何度泣かせたら気が済むのか…。
これからもお気軽にコメント下さると嬉しいです!

sayuさん、ありがとうございます。

楽しんで下さっているようで、ありがとうございます!
コメントはどこに書いて下さっても大丈夫ですので、気にしないで下さいね!
更新に心が躍るなんて、うれしいことを…頑張って続きを書きますね!

ゆみのすけさん、ありがとうございます。

連休、楽しまれましたか?
私はぎっくり腰で動けず…手だけをパソコンで動かしてました(笑)

そうそう、ゆみのすけさんは喜んで下さると思ってましたよ!
私たち、直樹いじめ同好会の会長と副会長ですもんね!
秘密の院内恋愛、だんだんこじれていく予定、むふふ。
プロフィール

水玉

Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
そっと見守っていただけたら嬉しいです。

※当ブログに掲載されている文章及びイラストの無断転載・使用はご遠慮下さい。

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御訪問ありがとうございます
このブログについてのお願い
当ブログは、『イタズラなkiss』の二次創作をメインとしておりますが、時折管理人の趣味や日々の出来事についての記事も書いております。

原作者様や関係各位とは一切関係ありません。

二次創作については、いわゆる原作の隙間をぬった作品もありますが、主人公以外のキャラクターをメインとしたものや オリジナルキャラクターが出てくるものもございます。

そして、原作と違った時代(平安や明治やその他の時代を舞台にしております)、異なる設定(主人公を医者と看護師じゃない職業にしております)で書いてあるものが多いですが、原作を冒涜しているつもりは全くございません。

二次創作が苦手という方及び原作のイメージと合わないと思われる方はどうぞお引き取り下さいますようお願いいたします。

コメント及びメールなどでの苦情及び批判は公開、非公開を問わず、私へ告げることはご遠慮いただけますよう、お願い申し上げます。

このブログ及び掲載されている話が嫌いだと思われたら、黙ってあなた様の中から、このサイトの存在を消去していただけますよう、お願い申し上げます。

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