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2013.07.12 (Fri)

サブ・ローザ 3


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寺崎は検査の結果、手術をするかどうかは本人の体力次第でしばらくは安静のため入院ということに決まった。

しかし、政治家というのはそうやすやすと休養できるわけではないらしい。

「先生、こちらの書類を。」
「先生、○×先生よりこちらの確認をと。」
秘書たちが持ち込む書類に目を通し、ベッド上は事務所の机とさして変わらないのではという状態である。

「これでは入院している意味がありませんね。」
これには直樹も一言言わずにいられない。
「いくら落ち着いているとはいえ、また無理をすると血圧も上がります。」
「申し訳ない、先生。」
寺崎は直樹の注意を素直に受け入れ、仕事の量を減らすことになった。
このように注意されれば素直に受け入れてくれるし、食べ物も出された物だけを口にしている。寺崎はかなりいい患者には違いないと直樹は思う。

「先生、東京の事務所に連絡を入れてきました。あ、入江先生。」
そこへやって来たのは、息子の理志であった。
「今、仕事を少し減らすようにと先生からお叱りを受けたところだ。」
「そうですか。入江先生から注意して下されば父も言うことを聞くでしょう。」
理志は直樹に笑いかける。
―― この笑顔は、政治家になった暁には最強の武器となるな。
父親の跡を継ぎ立候補する時が来れば、理志が今自分に向けた笑顔はどれほどの有権者を虜にするだろうかと直樹は考えた。



「ほら、この記事もすごいよ。」
その頃、休憩室の琴子は同僚に一冊の週刊誌を見せられていた。
「“政界の二世特集”…大きく取り上げられているんだ。」
その雑誌は現在の国会議員たちの息子たちの様子を特集として取り上げていた。そのトップを飾っているのが寺崎理志であった。
「“小学校から大学まで名門X大…大学ではヨット部に所属”うわあ、本物のお坊ちゃんだったのね。」
同僚が感嘆の声を上げる。
「“現在は父親の秘書を務め、やがて後を継ぐだろう”だって。相原さん、政界のプリンスとお近づきになれるかもよ?」
同僚が「この、この」と琴子の肘をつついた。
「そんなことないって。」
琴子は笑って否定する。

「でもお父さんもいい患者さんよね。わがまま言わないし。」
「そうなの。」
VIP病棟ではこれまでも様々な患者がいた。中には金持ちであることを鼻にかけ無理難題ぶつける患者、看護師を顎でこき使う患者も多かったという。
そういう患者たちに苦労してきた看護師たちにとって、寺崎は稀な患者らしい。

父親だけでなく、息子の理志も鼻にかけたところがなかった。
息子であるが三人の秘書の中では一番の下っ端であることを常に自覚しているのか、使い走りのような仕事を進んでしている。なので病室にいる時間は他の秘書たちに比べ一番短いかもしれない。
そのベテラン秘書たちも寺崎に仕込まれているのか、物腰の低い男たちであった。
寺崎が検査に出向いている間、琴子と少し話した時に自分たちは寺崎が初当選した時からの秘書だと言っていた。そして理志が寺崎の跡を継ぐまでの教育担当でもあるとのこと。

「それにしても、最近のVIP病棟は華やかよね。」
「華やか?」
同僚の言葉に琴子が不思議そうに返した。
「だってそうじゃない。政界のプリンスに加え入江先生!」
「ああ…。」
「ああって相原さん、ノリが悪いなあ。」
「え?だって…。」
「あ、そっか。入江先生とは東京の病院で一緒だったんだもんね。もう見慣れてるか。」
「見慣れているっていうか…入江先生、そういう風に騒がれるの嫌がる先生だから。」
「そうなの?そのクールさがいいんじゃないの。入江先生がうちの病棟の患者の担当になるなんてラッキーだってみんな言ってるのよ?一日に一度は入江先生のご尊顔を拝することができるし。」
「…よかったね。」
自分の笑顔が引きつっていないか、琴子は不安だった。
「相原さんはさ、政界のプリンスとお近づきになって構わないから。その代り、私たちに入江先生ってことで。」
「いや、理志さんとはそういう…。」
「理志さんだって!いやん、もうそんな仲?」
「違うって、これは!」
「いいって、いいって。」
同僚は琴子の言い分に全く耳を貸してくれなかった。



政界のプリンス云々はともかく、琴子にはふと気になることがあった。
「…いるんだよねえ?」
寺崎のカルテの家族欄に琴子は目を止め首を傾げた。
そこには『長男・理志』の他に『妻・波名子』と記載されている。寺崎が運び込まれて早一週間が経とうとしているが、その妻が一向に姿を見せる気配がないことが琴子は気になっていた。

「色々事情があるんだろ。」
例の仮眠室で琴子がそのことを相談した時、直樹の返事は素っ気ないものであった。
「でもお義母さんはお義父さんが倒れた時、パニック状態だったわ。普通ああなるんじゃない?」
「…政治家の妻は何が起きてもいいよう、どっしりと構えているんじゃねえの?」
「そうかしら?」
「政治家の入院なんてトップシークレットだからな。」
「何で?」
「お前、そんなことも知らねえのかよ。」
直樹は呆れた。
「どっか悪くして倒れたってことになると、その政治家にはもう重職は任せられないってことになるだろ。そうなると政治家としての将来はもはや消えたも同然なんだ。家族だってそれを周囲に気づかれないようしなきゃならねえんだよ。」
「そうなんだ…。」
それでは簡単に病院にも行けないということか、我慢を重ねて倒れるのも無理はないと琴子は思った。
「けど、理志さんは東京から飛んで来たし…。」
「秘書として今後のこともあるからだろ。」
「そんなことないわ。息子としてお父さんが心配だからじゃないの。」
「…何、ムキになって庇ってるんだ。」
直樹はギロリと琴子を睨みながら、思い出していた。

直樹が仮眠室へ入る一時間前のことである。
何となく視線を感じる中、直樹は寺崎のカルテを見ていた。
「かっこいい…。」
「目の保養。」
小児病棟でもいまだに耳にする自分への言葉。それはVIP病棟でもどうやら同じらしい。
直樹は気にせず無視していた。
が、無視できない言葉が飛び込んできた。

「どう?相原さんとジュニアの様子。」
「くっつきそう?」
「いやあ、まだまだよ。」

―― 何だと?
思わず直樹は顔を上げそうになったが、それを堪えた。

「一生懸命プッシュしてみたんだけど、相原さんは真面目だし。ジュニアはお仕事に夢中だし。」
「うーん、小児病棟のナースから頼まれたんだけどなあ。」

―― あいつら、何を頼んだ!
小児病棟の看護師たちの顔を思い浮かべ、直樹は罵る。

「相原さん、本当に真面目だもんね。」
「あたしたちにも謙虚だし。」
「ああいう子見ると、いい人をお世話してあげたくなるっていうか。」
「うん、うん。」

―― てめえらは世話焼きの仲人婆さんか!
顔に出さぬよう、直樹はまたも罵った。

「人の噂している暇があれば…」とやんわりと注意しようと思った直樹であるが言い出せなかった。
VIP病棟の看護師たちだけに、口と同時に見事に手が動いている。
「入江先生、何か?」
手を止めずに頬を染めるという器用な芸当をしながら、看護師たちが直樹を見た。
「いや…。」
直樹は何も言えず、またモニターに目を戻すしかなかった。



ということがあり、琴子の口から理志の名前が出ると心穏やかではない直樹であった。



直樹に素っ気なく返されても、琴子は疑問を抱き続けたままであった。が、その答えは翌日明らかとなった。

最初に気づいたのはVIP病棟のクラークであった。
「チン」というエレベーターの到着の音に気づき、事務作業をしていた彼女は顔を上げた。
しかし、
「うっ!」
彼女は強烈な匂いに鼻を押さえた。
「な、何なの、これは…。」
足音が聞こえてきたため、彼女は何とか平静を保とうと鼻から手を離す。
「まったく、気が利かないわね。」
「申し訳ございません。」
やがて平伏する男たちを従えた女が、クラークの前に姿を見せた。と同時に匂いは強烈なものとなった。クラークの後ろにいる看護師たちは全員、「鼻が曲がる」と思ったがそこはプロ、顔色一つ変えず作業を続けた――。



「平熱ですね、落ち着いていますね。」
「先生の言いつけをちゃんと守っていますから。」
寺崎とそんな会話を交わしながら、琴子は午後の検温をしていた。珍しく病室には理志しかいなかった。他の秘書たちは仕事だろうと琴子はさして気にしなかった。

コンコン。
扉のノックの音に理志が立ち上がった。
しかし理志が開けるより先に、ドアは開いた。と、同時に強烈な香水の香りが病室へと流れこんだ。

カッ、カッ、カッ…。

病院だというのに高いヒール靴を履いてきたため、足音が病室に響き渡る。

香りの主は寺崎のベッドの前に立ち、彼を見下ろした。
きっちりと結い上げられた黒髪、テカりという言葉を知らないかのような完璧なメイク、高級ブランドのスーツにクラッチバッグを合わせている。そして香り。

琴子は何とか鼻を押さえるのを堪えていた。そっと理志をうかがうと、理志は顔色一つ変えていない。他の秘書も同様である。
しかし、一人だけ不快感を露わにした人物がいた。

「…病院にそのきつい匂いはなんだ?」
ベッドの寺崎であった。
「耳障りな音といい、その悪臭といい、マナーってものを知らないのか。」
寺崎の言葉を病棟クラークや看護師たちが聞いたら心の中で拍手喝采だっただろう。
「…わざわざ東京から来てあげたというのに、その言い方はないんじゃありません?」
香りの主も負けてはいなかった。
「別に来てほしいなんて頼んだ覚えはない。むしろどうして来たと訊ねたい。確か美容院とエステの予約があるから無理だと言っていたんじゃないのか?」
「一度くらい顔を見せないと後援会やこの人たちの手前、まずいでしょう?一応戸籍上はあなたの配偶者なんですから。」

配偶者…配偶者っていうのは確か夫とか妻とかのことだったと、琴子は思い出す。
ということは、この女性が寺崎の妻、波名子ということか?琴子は「嘘!」と絶叫したくなった。
更にすぐに神戸に来られなかった理由が、美容院とエステ。
倒れた夫より自分の美容を維持することを優先させるのかと、琴子は驚かずにいられなかった。




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 |  2013.07.12(Fri) 18:00 |   |  【コメント編集】

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 |  2013.07.12(Fri) 19:26 |   |  【コメント編集】

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 |  2013.07.12(Fri) 20:28 |   |  【コメント編集】

★紀子ママさん、ありがとうございます。

暑い中コメントありがとうございます♪

髪を結いあげるでそこまで想像!(笑)
確かに登場の仕方は吉本新喜劇に近いくらいのオーバーっぷりですね!
同僚に愛される琴子ちゃん、それだけあなたの妻はいい子ってことなんですよ~入江くん(笑)
水玉 |  2013.07.13(Sat) 18:35 |  URL |  【コメント編集】

★まあちさん、ありがとうございます。

暑い中コメントありがとうございます♪
そしてお久しぶりです!ブログを覚えていてくださってありがとうございます。
まあちさんもお元気そうで何より^^

やーん、そんなに楽しんでいただけているなんて嬉しいです。
ちょっと自信をなくしていたところだったので。
水玉 |  2013.07.13(Sat) 18:36 |  URL |  【コメント編集】

★佑さん、ありがとうございます。

暑い中のコメントありがとうございます♪
佑さん、お久しぶりじゃないですかあ。お忘れかと思っていましたよん。
琴子ちゃん、入江くんの心知らずで院内恋愛とお仕事と充実した日々を送っております。
そうそう、まーくんもまた書くのでよろしくです。
水玉 |  2013.07.13(Sat) 18:37 |  URL |  【コメント編集】

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 |  2013.07.27(Sat) 21:50 |   |  【コメント編集】

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