日々草子 公爵子息のプライド

2013.04.02 (Tue)

公爵子息のプライド


【More】




この日も彼は、とある店のテラス席に美しいレディと向かい合っていた。
「レディ、本当に君の瞳は何て美しいグリーンなんだろう。」
「まあ、男爵様…。」
グリーンの瞳のレディの手をそっと握っているのは、ガッキー・ウェスト男爵であった。
「僕はこんな美しい目をもつ女性に会ったことがない。」
「そんなことおっしゃって。」
「いや、本当だ。君こそ僕の運命の女性なんだ。」
「男爵様…。」
レディは頬を赤らめて男爵の顔を見つめた。
「よし、もう少しで陥落だな。」
男爵が今日も女性をまた自分の虜にしたと満足しつつあった、その時である。

「えろたーん!」
可愛い声と共にガシッと男爵の両足が拘束された。
「えろたーん、みっけ!」
「じゅ、ジュゲム!」
男爵の両足に抱きついていたのは、華美ではないものの品のよい色遣いの服を着た、貴族の子供と思しき男児であった。
「えろたん、何してるの?」
可愛い顔で自分を見上げる男児に男爵は、
「それはこっちの台詞だよ、ジュゲム。」
とレディを横目に聞き返す。

「男爵様、そちらのお子様は?」
突然現れた幼児に驚きながらレディが訊ねてきた。
「え?ああ、この子は友人の子でして。ジュゲム、一人…のはずないな。」
男爵はジュゲムに抱きつかれたまま、辺りを見回した。
「誰と来たんだい?」
「かあたま!」
「じゃあ、かあたまは?」
「ジュゲム、えろたん見つけていそいで来たの!」
答えになっていないと男爵は心の中で突っ込んだ。

「あの、男爵様?」
「はい?」
男爵はレディの顔を見た。
「あの…そのお子様、男爵様のことをその…何か変わった呼び方をしておいでのようですが?」
由緒正しき貴族の令嬢の口からはとてもその呼び名は言えなかった。
「ああ、これはその…。」
男爵は言葉につまった。
ジュゲムは男爵の友人(しかし相手はそうは思っていない)のイーリエ公爵の息子であった。公爵が自分を「エロ男爵」と呼んだのを真似て「えろたん」と呼んでいる、とは彼には答えることはできなかった。」

「ほら、あれですよ、あれ!」
男爵は上手い答えを見つけた。
「あれ?」
「幼児というものは、大人が眉を潜めたくなることを口にする時期があるでしょう。いくら叱っても変な言葉を連発して楽しむ時期が。この子は今、まさにそうなんです!」
「はあ、そうですか。」
レディは当然未婚、子供を育てたこともないので今いちピンと来ていない様子であった。それ幸いと男爵は続ける。
「まったくもう困ったもんです、ハハハ。」
「オホホ…。」
何だかよく分からないが男爵がそう言うのだからと、レディも合わせることにした。

「それにしても可愛らしいお子様ですこと。」
レディは男爵の足元にいるジュゲムに笑顔を向けた。ジュゲムもニコッと笑い返す。
「まったく、君のかあたまはしょうがないなあ。」
男爵の何気ない言葉にジュゲムの眉が動いた。
「かあたま、悪くないもん。ジュゲムがえろたん見つけたんだもん。」
「自分が勝手に行動した事は分かってるのか。」
せっかくの愛の語らいを邪魔された男爵はジュゲムの額を突いた。
「男爵様、お子様がお好きなんですね。」
「ええ、もうそれは!」
これはレディと一晩過ごすいい理由になると男爵が満面の笑みを浮かべなら答えた。
「いつかは僕も父親になりたいと思っています。そう、できればあなたによく似たきれいな子供の…。」
「まっ。」
またもや頬を染めるレディ。これはいい流れだとほくそ笑む男爵。
「よければ今宵、僕の邸にてシャンパンなぞを…。」
「ジュゲムも欲しい~。」
またもや邪魔が入ってしまった。

「何だよ、ジュゲム。」
男爵が足元のジュゲムを睨んだ。
「まったく、おむつも取れていないような子供が聞く話じゃないんだから。」

男爵は自分がNGワードを発したことに気付かなかった。
「おむつ」、それはジュゲムにとっての最大の禁句であった。実際おむつはもう大分前に取れているものの、早く父親のようになりたいと願うジュゲムは子供扱いを意味する言葉が何より嫌いであった。

男爵は忘れていた。
ジュゲムは素直で明るい母親そっくりの顔と性格を受け継いでいたが、誇り高きところも父親からしっかりと受け継いでいたことを。その誇りを傷つけられた時、ジュゲムがどうなるか――。


「ねえ、えろたん。」
「何だ?」
ジュゲムはレディの前にタタタと歩いた。
「…きれいなおねえたま。」
「まあ、嬉しい。」
幼児に褒められたレディが笑うと、
「ハハハ、レディの美しさは幼児にも分かるんですね。」
と男爵は機嫌を良くした。

しかしジュゲムの次の一言で、その雰囲気は一変する。

「この間のおねえたまもきれいだったね。」

「え…?」
男爵の顔が青くなった。手が震え置かれていたカップを倒してしまった。
「この間の…お姉さま?」
震えていたのはレディも同じであった。しかしこちらは怒りに肩を震わせている。

「な、何を言ってるんだい、ジュゲムや。この間なんて…。」
「この前、噴水のところにいたおねえたま。」
ジュゲムが言っていることは真実であった。
確かに男爵はこの前、公園の噴水で別のレディを口説いていた。まさかそこを見られていたとは。
「レ、レディ…子供の言うことです。何か勘違いを…。」
身を乗り出してレディに弁明しようとする男爵。しかしレディはその男爵をグイッと力強く押し返した。

「ねえ、この間のおねえたまってどんな人だったか覚えていて?」
レディはジュゲムにニッコリと笑いかけた。
「ええとね…髪の毛、キラキラ。」
「キラキラ…ブロンド…。」
グリーンの瞳のレディの髪はブルネットである。
「アリスって、えろたまがいってた。」
「アリス!!バーナビー家のアリスのことね!!」
おしとやかだったレディが一変した。
「男爵様、アリス・バーナビーにも声をかけていたんですね!どういうことでしょう?」
「そ、それは…ええと…。」
まずいことにアリス嬢とこのレディはライバル関係であった。
「そのですね、道をたまたま聞かれまして。」
「えろたん、そのおねえたまのこと、髪がキラキラしてきれいって。」
「んまあ!!悪かったわね、どうせ私の髪はキラキラしてないわ!」
「いや、僕はブルネットも魅力的だと…ジュゲム!どうしてくれるんだ。」

「ジュゲムちゃーん!」

「あ、かあたまだ!」
母親が自分を呼ぶ声が聞こえた。ジュゲムは「えろたん、ばいばい」と手を振ってそちらへと駆け出して行く。
「ちょっと待て、ジュゲム!バイバイとか…。」
ジュゲムの後を追いかけようとする男爵。その襟首をレディがむんずと掴み引っ張った。
「れ、レディ…僕たちも今日はバイバイした方が…。」
「…まだバイバイできるわけ、ないでしょう?」



「かあたま!」
「もう、ジュゲムちゃん!どこへ行ったのかとかあたまは心配していたのよ?」
飛び込んできたジュゲムを抱きしめて母コトリーナが「めっ」と叱った。
「勝手に歩いたら迷子になるって言われているでしょう?」
「ごめんなさい、かあたま。」
「そうだぞ、ジュゲム。」
コトリーナの腕からジュゲムをひょいと抱き上げたのは、
「とうたま!」
「先生!」
ナオキヴィッチ・イーリエ公爵であった。
「先生、予定より授業が早く終わったのね。」
「ああ。」
と、ナオキヴィッチはまず会えた喜びをコトリーナへのキスで表わした。
「とうたま、ジュゲムにも。」
せがまれたナオキヴィッチはジュゲムの頬にチュッとキスをする。

「かあたまの言うことが聞けない悪い子はケーキが食べられないぞ。」
大学の帰りに待ち合わせをしていた三人であった。
「ケーキ、食べるう。ジュゲム、悪い子しない。」
「本当かしら?」
クスクスと笑うコトリーナの傍を人が沢山、走って行った。

「おーい、あそこの店で修羅場だぞ!」
「女がパラソル振り回して男を攻撃しているって!」

「まあ…。」
「何て騒がしいんだ。」
ナオキヴィッチが眉を潜めると、
「ちゅばら?ちゅばらってなあに?」
と無邪気にジュゲムが訊ねてきた。
「先生、ジュゲムちゃんにはあまり聞かせたくないわ。」
「そうだな。」
子供には美しいもの、楽しいものだけをと願う両親は早々にその場を離れることにした。
まさか愛する子供がその修羅場を作った原因だとは知る由もない。

「ジュゲム、ケーキを食べに行くか。」
「ケーキ!ジュゲム、いちご!」
「ジュゲムはかあたまと好きなものが同じだな。」
「かあたまと同じ!」

「コトリーナ。」
「はい?」
と顔を動かした妻にナオキヴィッチは二度目のキスを落とした。
「俺たちに修羅場なんて縁はないな。」
「もう、先生ったら。」
そして三人はお気に入りの店に向かって和やかに歩き始めたのだった。


関連記事
14:17  |  私の美しい貴婦人(短編)  |  CM(7)  |  EDIT  |  Top↑

Comment

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
 |  2013.04.02(Tue) 21:00 |   |  【コメント編集】

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
 |  2013.04.02(Tue) 21:09 |   |  【コメント編集】

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
 |  2013.04.02(Tue) 21:50 |   |  【コメント編集】

最高に面白!!!!!
Kazigon |  2013.04.03(Wed) 00:46 |  URL |  【コメント編集】

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
 |  2013.04.03(Wed) 14:32 |   |  【コメント編集】

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
 |  2013.04.03(Wed) 22:23 |   |  【コメント編集】

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
 |  2013.04.07(Sun) 22:15 |   |  【コメント編集】

コメントを投稿する

URL
COMMENT
PASS  編集・削除するのに必要
SECRET  管理者だけにコメントを表示  (非公開コメント投稿可能)
 

▲PageTop

 | HOME |