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2013.03.11 (Mon)

縁ありて 24(最終話)


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「どこまで歩かせれば気が済むんだ?」
「あと少しですよ。」
この日、直樹とお琴は連れ立って出かけていた。
「おいしい大福を作るお店を教えていただいたので。」
ぜひとも買いに行きたい、それも直樹と共にとお琴の懇願に負けてしまった直樹であった。
「お前は食い物となると、異常な執着を見せるな。」
「そんなことありません。おいしいものは師匠と一緒に食べたいんです。」
「俺は甘い物は食わねえぞ。」
「はいはい。」
直樹は大福は口実で、お琴は自分と出かけたかったのだろうと推測していた。このところお琴には心配かけ通しであったからたまには付き合ってやるかと思っていた。

「ええと、この辺だけど。」
お琴はあたりを見回す。
「大福の店なんてなさそうだけどな。」
辺りは静かな雰囲気に包まれていた。店など一軒も見当たらない。
「お前、ちゃんと道を教わってきたんだろうな。」
どうせ紀子か渡辺屋辺りに噂を教えてもらったのだろうと直樹は踏んでいる。
「ええ、あ、そうだ。」
お琴がパタパタと小走りでどこかへ向かっていく。
「おい、待て。」
まったくどこまで浮かれているのかと呆れながら直樹がその後を追いかける。

「師匠、このお寺。」
お琴の前には寺があった。
「寺で大福を売っているのか?」
最近の寺はそんな商売まで始めたのかと直樹は訝しんだ。
「いえ、義母上様に教えていただいたのですが、大層お花の綺麗なお寺だそうです。」
「ふうん。」
「ぜひ師匠と一緒にご覧なさいって仰っておいででした。」
成程、紀子もたまには妻孝行をしろということでお琴に大福だの花の綺麗な寺だのを吹き込んだということかと直樹は合点した。
「さ、行きましょう。」
「ったく。」
こうなったら今日はお琴にとことん付き合うかと直樹は覚悟を決め、寺の門をくぐった。

「花って、あれか。」
寺の庭に咲いていたが、わざわざ足を運んでまで見るほどではないと直樹は思った。
「えと…ちょっと聞いてきますね。」
どこか別に花が咲き誇っている場所があるのではと、お琴は人に訊ねに行く。
境内は静かで風が木の葉を揺らす音だけが響いている。

「師匠、こちらですって。」
お琴が息を切らせて戻ってきた。
「あ、そ。」
あまり期待はしない方がよさそうだと思いながら直樹はお琴の後ろを歩き始めた。



「…。」
お琴に案内された場所で直樹は言葉を失った。
そこには花は咲いてはいなかった。生けられていた。そして『藤波』と書かれた墓石。
「お前、俺をここに連れてきたかったのか。」
「はい。」
お琴の声が緊張を帯びたものになっていた。
「師匠の…お母様のお墓です。」
「俺の母は…。」
「分かっております。入江の義母上様を師匠が大事に思われていることを。」
お琴が直樹の言葉を遮った。
「だったら。」
「師匠、ご存知ですか?」
戻ろうとする直樹を止めるようにお琴が声をかけた。
「入江の義父上様と義母上様が度々、こちらにいらっしゃっていることをご存知ですか?」
「え…?」
直樹が足を止め、振り返った。
「師匠が入江家の息子となられてからお二人とも、こちらにいらっしゃるそうです。義父上様がお役目などでいらっしゃれない時は義母上様がお一人で。」
直樹にとって初耳のことであった。言われてみたら、時折両親が出かけていたことがあった。夫婦仲むつまじいゆえ、どこかでゆっくり過ごしているものと大したことに考えていなかった。

「お二人とも、師匠をご自分たちの元へ連れて来てくれたことを感謝していらっしゃるそうですよ。そして師匠をこの世に生んで下さったことに感謝していらっしゃるそうです。」
お琴は一生懸命直樹に話した。

「…母上に俺をここへ連れてくるよう言われたのか?」
直樹がお琴に訊ねると、お琴はゆっくりと首を振った。
「私が勝手にいたしました。」
「なぜ?」
「生みの母上様に、師匠がご立派になられた姿を見ていただきたくて。」
勝手なことをして申し訳ないと、お琴は頭を下げた。

「師匠。」
墓をじっと見つめる直樹にお琴が声をかけた。
「藤波様は師匠が邪魔で入江のご両親の元へ連れて行かれたわけではありません。」
直樹をいつも見ているお琴は、直樹が藤波に会わないと決めている理由の片隅に、自分が捨てられたと思っていることがあるのではと考えていた。
「私の勝手な推測ですけれど。」
「またか。」
直樹はクスッと笑った。それを見てお琴は話しても大丈夫と少し安堵して、
「藤波様は奥方様…師匠の実の母上様をとても大事に思っておられたと思います。」
「理由は?」
「旗本のお家です。師匠を育てようと思えば乳母に任せてもいいし、後妻様を迎えられても問題はなかったはずです。」
確かにお琴の言う通りであった。後妻を迎えるのは至極当然のことである。
「それなのにずっとお一人でいらしたのです。きっと亡くなられた奥方様を大事に思われ、妻は奥方様ただ一人と決めておられたのでしょう。それをずっと貫かれた。お優しい方だと私は思います。そんなお優しい方がお子を捨てるつもりでご養子に出されるとは考えられません。」
直樹は黙ってお琴の話を聞いていた。
「師匠が大事なお子だったからこそ、信頼するお方の元へご養子に出されたのだと私は思います。」
お琴の父も早くに正室であるお琴の母を亡くしていた。その後男子がいないというのに継室も側室も迎えることなく今まで来ている。そのような父を知っているからお琴も藤波に思いを馳せることができるのだろうと、直樹は思った。

「今日は師匠と出会えたことに感謝を申し上げたくて、こちらに来ました。」
お琴は一人膝を折り、手を合わせる。直樹はその横顔をじっと見つめていた。
お琴は直樹に手を合わせることを無理強いするつもりは毛頭なかった。そのようなことをしても藤波の亡き妻は喜ばないと分かっている。

直樹の実母の墓については数日前、お琴が本のお礼に紀子を訊ねた時に訊ねたことであった。
紀子は躊躇いなく、寺の場所から自分たちが墓参していることなどをお琴に話してくれた。
その様子からして、紀子がいかに直樹の存在、そしてその直樹をこの世に生みだしてくれた藤波の家に感謝をしているかお琴にはよく分かった。



お琴は立ち上がった。こうして直樹の姿を見せることができただけで満足である。
「師匠、それでは…。」
言いかけたお琴の口が止まった。
直樹がお琴が先程まで膝を折っていた場所で、同様に膝を折っていた。そし手を合わせると目を閉じた。

「…この人のおかげで俺はこうして生きているわけだからな。」
目を開け墓を見つめたまま、直樹が口を開いた。
「…はい。」
お琴は胸がいっぱいになった。重樹と紀子の思いが直樹に通じたと確信する。
「武士ではなく、物書きになった俺を見てどう思っているかは知らないが。」
「きっと喜ばれておいでですよ。」
お琴の答えに直樹はクスッとまた笑った。
「俺を生んでくれたおかげで、お前と出会えて幸せになれた。その礼を述べたよ。」
「師匠…。」
お琴が目頭を押さえる。直樹はそのようなお琴に優しい眼差しを向けていた。



「…立派な息子になったものです。」
墓参を終え手を取り合って歩く直樹とお琴を遠くから見つめる人物がいた。
「これも入江殿、そして奥方のおかげです。礼を述べます。」
「とんでもございません。」
礼を述べているのは藤波である。そしてその前にいるのは紀子であった。
「奥方様も喜ばれていることでしょう。私も嬉しく思います。」
紀子の言葉に藤波が穏やかに笑う。
「…こうして遠くから姿を見られた。もはやそれだけで十分です。」
「そうですか…。」
「はい。直樹は入江家の長男。もはや私の出る幕はありません。これで心置きなく隠居できます。」
全ての役目を返上し、藤波は静かな場所にて隠居生活をこれから送るつもりである。
隠居として暮らす屋敷に向かう途中妻の墓参に立ち寄ったところ、偶然紀子と会ったのだった。
そしてそのようなことを知らない直樹とお琴が寺にやってきた。まこと不思議な巡り合わせであった。
「どうやら良き妻も迎えることができたようだし。」
「ええ、ええ。それはもう!」
紀子の目が輝き出す。
「可愛らしくて優しくて。直樹さんが見つけた最高の嫁ですわ。」
紀子の言葉に藤波が破顔した。
「私共にあのような立派な息子を授けて下さり、本当にありがとうございます。」
落ち着きを取り戻した紀子が藤波に礼を述べた。
「これからも直樹をよろしくお願い申し上げます。」
藤波も頭を下げたのだった。



「さて、大福を買いに行かないと。」
「それ本当だったのか。」
てっきり墓参のための出まかせだと思っていたので直樹は驚く。
「本当ですよ。すごくおいしいお店だって。小豆がまた何とも…。」
「よだれをふけ、よだれを。」
「失礼な!よだれなんて出ていません。」
プーッと膨らんだお琴の頬を直樹が笑いながら突いた。


お江戸イリコト



「今度、相原の母上の墓参でも…。」
「本当ですか!」
お琴の目が輝いた。
「ええ、ええ。父上もお誘いして三人で参りましょう。」
「え?」
「墓参でもしてきたらどうだ」と言おうとしていた直樹は面食らった。いくら婿とはいえ、旗本の息子が大名の正室の墓参などできるのだろうか。
「大丈夫ですよ、父上はそういうこと気にされませんから。」
お琴がケラケラと笑って直樹の心配を吹き飛ばす。
確かにそうだろうなと直樹もつられて笑った。

「大福はおうめ婆さんの分も買ってあげましょう。」
「喜ぶだろうな。」
「ええ。師匠のふんどしの代わりに。」
「…まだその戦い、続いていたのか。」
「きっとずっと続きますよ。負けませんけれど。」
「よっ!」と気合を入れるお琴に直樹は苦笑するしかない。

「あっ、あそこですよ。」
お琴の示す先に菓子屋らしき店構えが見えた。
「師匠、並んでます!」
「待て、走るな!」
「売り切れちゃう!」
走る恋女房を直樹が急いで追いかけて行ったのだった。













二年前、大変だけどここをオアシスのように思っているとか、余震が大きくて怖いけれどお邪魔していますよとかいうコメントをいただいたことがあります。
そんな大変な状況でここに来て下さるなんてと感激し、少しでも心が落ち着くことができたらいいなと思いながら当時話を書いていたことを思い出しました。

また、このブログにはアクセス解析機能がついていまして、どの都道府県からアクセスがあったかということがおおよそ、わかるシステムになっています。
本日アクセスしてくださった方の中には宮城、岩手、福島、茨城、千葉、長野など被災県も含まれています。
そういった県にお住いの皆様は、今日は本当に口にならない気持ちをお持ちの方々が多いのではないかと思います。
そのような日に、こちらに来て下さりありがとうございます。

そして最終話、ぴくもんさんのイラストで華を添えていただきました。
ぴくもんさん、今回もありがとうございました!!
髷姿の入江くんもいいわ~と、一人ずっとむふむふしておりました(笑)
一人でずっとむふむふしていたかったのですが(直樹がお琴ちゃんの話を世間に知られるのを嫌がったように)、でもこの素晴らしさはやはり皆様と分かち合わなければと思いまして(笑)

最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。









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 |  2013.03.12(Tue) 00:22 |   |  【コメント編集】

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 |  2013.03.12(Tue) 05:41 |   |  【コメント編集】

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 |  2013.03.12(Tue) 06:23 |   |  【コメント編集】

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 |  2013.03.12(Tue) 09:14 |   |  【コメント編集】

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 |  2013.03.12(Tue) 09:15 |   |  【コメント編集】

★まさに縁ありて、ですね!

水玉さん、こんにちは。
大変ご無沙汰しております。随分暖かくなりましたよね。
(今年も絶賛花粉症の毎日です^^; マスク、空気清浄機が大活躍!)

この季節に心も温まる素敵なお話を今回も読ませていただきありがとうございました(*^_^*)

連載中、ハラハラする場面の数々に「え!?どういう事!?」と思わず叫びそうな気持ちにかられながらも、どこかこの二人ならば大丈夫とずっと思っていた気がします。
それはきっと、水玉さんがこのシリーズでそれぞれの登場人物の絆を丁寧にしたためられてきたからだと思います。
琴子と直樹はもちろん、琴子と重雄、直樹と渡辺屋。
お梅婆さんと琴子、琴子と裕子姫・・・それ以外にも本当に沢山。

沢山の縁と絆で人は結びついているんですよね。
それは水玉さんのお話もさることながら、こちらに集まる読み手の方達もそうだと思います。
昨日、皆様がそれぞれの思いを胸に過ごされたことでしょう。
そして色んな思いを持ってこちらにご訪問されている。
目には見えない繋がりですが、大切にしたい縁・絆ですよね。

このたびもイラストを描かせて頂いてありがとうございました!
(水玉さんのファンの皆様には度々出張ってしまい申し訳ありません)
こちらは実は元々は一昨年の水玉さんのブログバースデーにお祝いとして差し上げたものです。
当時はまだデジタルに手を出していなくて、スケッチブックに描いたものを写メしてお送りしたのですが、今回の連載が始まった時、加工しなおしたい!と欲がふつふつと沸いてきて、思わずやってしまったんです^^;
髷の直樹、皆様のイメージを崩してしまっていないといいのですが・・・。
でもこうして描かせて頂いて本当に嬉しいです。

長々としてコメント失礼しました。
水玉さん、いつもこうして素敵な作品を読ませて頂いてありがとうございます!
今回もお疲れ様でした^^
ぴくもん |  2013.03.12(Tue) 11:08 |  URL |  【コメント編集】

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 |  2013.03.12(Tue) 15:58 |   |  【コメント編集】

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 |  2013.03.12(Tue) 17:53 |   |  【コメント編集】

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 |  2013.03.12(Tue) 20:44 |   |  【コメント編集】

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 |  2013.03.13(Wed) 19:06 |   |  【コメント編集】

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 |  2013.03.14(Thu) 19:51 |   |  【コメント編集】

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 |  2015.06.26(Fri) 16:44 |   |  【コメント編集】

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