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2013.02.24 (Sun)

縁ありて 20

お待たせしてすみませんでした。
お待たせした割には、あれれな出来で…申し訳ありません!!






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楽しい夜を過ごした客たちが眠そうな顔をしながら、吉原を出て行こうとしている。
そんな男たちとすれ違いながらお琴は歩いていた。
「お、一人で身売りか?」
「何なら俺が初めての客になってやろうか?」
女一人で歩くその姿はどうしても目立つ。それでもお琴はずんずんと歩く。その手には薙刀は握られていなかった。

「いい湯だった。」
風呂から上がった直樹は欠伸を一つした。
「あらあら、お行儀の悪いことでありんす。」
花魁がそれを見てクスッと笑う。
「もう一眠りしますかえ?」
「どうしたものかな。」
もう朝だというのにこんな調子でいいのだろうかと思いながら、直樹はまた欠伸をする。
「ほら、無理なさらずに。」
「そうだな…添い寝でもしてくれるのならば。」
「ま。」
そんなのんきな会話を交わす二人の後ろで襖がガラリと開いた。

「師匠!」
「お琴?」
これには直樹の目が一気に覚めた。
「お前、どうしてここに?」
お琴は直樹の問いには答えず、中へと入った。
しかし、ずんずんと歩こうとしたお琴の足が止まる。その視線の先には艶めかしい緋色の布団が一組、敷かれていた。しかもつい先ほどまで使われていたのか掛布団が乱れている。

「…分かっただろ、ここはお前の来る場所じゃないって。」
戸惑うお琴に直樹の容赦ない声が飛んだ。
「俺は眠いんだ、邪魔をしないでくれ。」
「眠いってもう朝ですよ?」
布団にひるんだお琴であったが、踏ん張った。
「ここで俺が呑気にいびきをかいていたとでも思ってるのか?お前だってあれ見ればここで俺が何をしているか分かるだろ?」
あれだけ言ったのに、また連れ戻しに来たのかと直樹は思っていた。どうしたら自分に愛想を尽かしてくれるのかと思う。

「ほら、お子様はさっさとお家にお帰り。」
「用があるから来たんです。」
お琴は直樹をまっすぐ見据えると、抱えていた風呂敷包みを直樹の胸に突き出した。
「これ、お願いします!」
「何だ、これ?」
「…私が書いたお話です!」
「そんなもんをこんな所まで!」
直樹は風呂敷包みをお琴へと押し返した。
「俺はもう話は書かない…。」
「師匠ならば弟子の書いたものを読んでください!」
お琴の悲痛な叫びに直樹の口が止まった。

「…私は師匠の弟子なんです。」
お琴はまた直樹に風呂敷包みを押し付けた。その手がプルプルと震えている。
「弟子を受け入れたのだから、最後まで責任を取って下さい。」
俯いているのは涙をこらえているからだろうと直樹は思う。
「…それだけです。それじゃ。」
お琴は直樹の前で顔を上げることなく、部屋を出て行った。
直樹は止めることもせず、茫然とそこに座っているだけである。



吉原の大門をくぐり外に出た途端、お琴の目から堪えていた涙が溢れ出した。
「ぐすっ…ぐすっ…。」
人目もはばからず、お琴は泣きじゃくりながら歩く。
直樹が自分以外の女と枕を共にしていた様子は、覚悟していたとはいえ、ああして見せつけられるとやはり傷ついた。
だが、それ以上に辛いのは、そんな直樹を見ても嫌いになれないことであった。
「師匠…やっぱり大好き…。」
そんな大好きな直樹の力になっているのが自分じゃないことが、辛くてたまらない。



直樹は花魁を遠ざけ、寝ることもなくお琴の持って来た作品を読み始めた。
散々見慣れたお琴の文字がとても懐かしかった。
「また突拍子もないことを書いているのだろう」と思いながら文字を追いかけ始める。


**********
とある大名家から物語は始まっていた。
そこにいるのは一人ぼっちの姫君だった。母を幼い頃に亡くし、父は国元と江戸を行き来する暮らし。姫君は大きな屋敷で奥女中たちに囲まれて暮らしていた。
奥女中たちは様々なことをして姫君を楽しませてくれたが、家族が傍にいないことの寂しさを埋めることはできなかった。
屋敷の広大な庭園を散歩しては、遠い塀の向こうはどのような世界なのだろうと姫君は思う。
そんな姫君の前に現れたのは、話をして楽しませることを生業とする男であった。
退屈な姫を楽しませるために江戸家老と奥女中たちが呼んだのである。

男は姫君が望むまま、江戸市中の話を面白おかしく話してくれた。姫君は自分の知らない世界に夢中になっていく。
そして姫君はいつしか、話だけではなく男自身にも魅かれ始めた――。

**********

「…自分のこと書いているのか?」
どう読んでもこれはお琴のことである。
「そうなると、この話をする男は俺?」
直樹は一体何をお琴は書こうとしているのかと思いながらも先を読み進めていく。



**********
そんな時、突然男は姫君の前から姿を消してしまった。
慌てた姫君は家老たちに男が消えた理由を問いただす。しかし誰もその理由を知らなかった。
どうしてもあきらめきれない姫君は、何と屋敷を抜け出して男を探し出した。これには男も驚く。
姫君は自分の前から姿を消した理由を男へ問いただした。
――自分といると、姫は不幸になります。
男は自分の生い立ちを姫君に語った。苦労してきたこと、そのせいで自分の周囲の人間が苦しんだこと。
男も姫君を愛し始めていたのである。だが、それは間違いなく姫君を不幸にしてしまうだろう。

――不幸になるなんて、誰が決めるのですか?

姫君は男に言い返した。

――私の幸せはあなたの傍にいることです。

それでも男は姫君を拒絶しようとする。

――分からないのですか?既にあなたは私を幸せにしてくれているというのに。

姫君の言葉に男は驚いた。

――ずっと一人でさびしい思いをしていた私を救ってくれたのはあなたです。あなたに会えて私の世界は変わりました。あなたは私から寂しさを取り去り、代わりに幸せを運んで来てくれたのです。あなたがこの世にいてくれて、私はそれだけでとても幸せなのです。

そして姫君ははっきりと男に告げた。

――私はあなたともっともっと幸せになるためならば、全て捨てても構いません。必要なものはあなたの心だけです。

**********



たすき掛けをしてせっせと廊下に雑巾をかけているお琴の額には、うっすらと汗がにじんでいた。
直樹が書く『姫と絵師』の話と似ているとは思ったが、自分の思いをすべてぶつけて書いてみたらあの仕上がりになったのだから仕方がない。
薙刀を持って乗り込むことはできなかったが、自分がどれだけ直樹に助けてもらったか、直樹と出会えて幸せかということを伝えたい一心で、お琴はあの話を書き上げたのだった。
自分ができることは全てやった。あとは直樹次第である。
吉原に乗り込んでから、三日が過ぎていた。
「このまま戻って来なかったら…。」
その時はいさぎよく、この家から出て行こうとお琴は決めていた。

「さ、もうひと頑張り!」
悪い考えは捨て、お琴はまた雑巾をかけ始めた。

カサッ…。

庭に落ちていた葉が動く音がお琴の耳に聞こえた。
「おうめ婆さん?」
またおかずを持って来てくれたのかと、顔を上げたお琴の目が大きく見開かれた。

「師匠…。」

吉原にいた時は髪も衣服もどこか乱れていた直樹が、きちんと身なりを整えてそこに立っていた。

お琴は息をのんでその姿を見つめている。

「…またここで暮らしたい。」
直樹が口を開いた。
「…いいか?」

「な、何を言ってるんですか!」
お琴は雑巾を握りしめた。
「ここは…師匠のお家ですよ?そんな許可を求める必要なんてありません!」
「お琴…。」
「それより。」
お琴は直樹から目をそらした。
「…ふんどし。」
「ふんどし?」
「早く出して下さい!」
お琴の言葉に直樹の口元に笑みが浮かんだ。
「もう…忙しいんですからね!ここのお掃除が終わったら買い物にも行かないといけないし。」
「分かった。」
「あと、ほら…ええと…。」
色々と話すことを考えるお琴を直樹は後ろから抱きしめた。
「…悪かった、お琴。」
「師匠…。」
お琴の目からまた涙がこぼれる。今度は嬉し涙であった。
「こんな俺だけど…お前の傍にいたい。」
「…当然じゃないですか。」
泣きじゃくりながらお琴が答えた。
「師匠がいるおかげで、私は幸せになれたんですよ?」
あの話と同じ台詞である。
「渡辺屋さんだって師匠がいるからお仕事一緒にできるし、義父上様と義母上様だって師匠のような頼もしい息子で喜んでおられるし、裕樹さんだって尊敬する兄上のようになるって頑張っておいでですし。師匠がいるからみんな、幸せなんです。師匠がいるからみんな頑張れるんです。」
「うん…。」
「私は…私は師匠と夫婦になれて幸せです。このご縁は師匠がこの世にいてくれたからこそなんです。」
「…そうか。」
お琴の口からその思いが聞けて、直樹のささくれ立っていた心が丸くなり始めた。
「だから、もう二度と自分なんていなければいいなんて思ったらだめですからねっ!」
最後は泣きながらお琴は叫んだ。
「みんな、みんな師匠がいないと困るんですから!」
「…分かった。」
直樹は今ほど、自分が幸せだと思ったことはなかった。

「もう…師匠のばかあ!!」
お琴はとうとう直樹に抱きついた。そして声を上げて泣く。
「師匠がいなくなったら…どうしようって。」
「本当に悪かった。許してくれ。」
「もう知らない!許さないんだから!」
わんわんと泣くお琴を直樹は優しく抱きしめていた。




「…ほんに、どんなことが書かれていたのやら。」
吉原では直樹の相手をしていた花魁が煙管を手にしていた。
「奥方が持ってこられたものを読まれたら、帰るなんて。」
さぞや熱い想いが込められていたのかと花魁はうらやましく思った。
「でもあんな野暮なお客はもうまっぴら。」
ふうっと煙を花魁は吐き出した。
「あれだけ一緒にいて、あちきに指一本触れない男なんて初めてでありんす。」
床を共にするどころか、文字通り本当に触れなかった男に花魁は呆れつつも、
「あれほど愛されている奥方様がうらやましいこと。」
と笑ったのだった。







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 |  2013.02.24(Sun) 01:55 |   |  【コメント編集】

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 |  2013.02.24(Sun) 10:49 |   |  【コメント編集】

やっと戻ってきたぁ(涙)
やっぱり二人は一緒じゃないと・・・・・
ぷりん |  2013.02.24(Sun) 11:19 |  URL |  【コメント編集】

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 |  2013.02.25(Mon) 13:34 |   |  【コメント編集】

お琴ちゃん,気持ちちが相手にちゃんと届いて良かったね!頑張って物語を書きあげた甲斐があったというものですね。 そうだこの二人は夫婦だけではなく師弟関係でもあったんですよね!
アンユリ |  2013.02.25(Mon) 16:05 |  URL |  【コメント編集】

★アンユリさん、ありがとうございます。

18から続けてのコメントありがとうございます。
そうなんですよ~みなさん同じ反応なのですが、この二人は夫婦の前は師弟関係だったんです(笑)
水玉 |  2013.02.27(Wed) 22:08 |  URL |  【コメント編集】

★おばっちさん、ありがとうございます。

ふんどしにこだわるところがお琴ちゃんらしいですよね。
きっと何を言おうかと考えた末の言葉だったんだろうなと思います。
やっと二人で暮らせてよかった、よかった。
水玉 |  2013.02.27(Wed) 22:08 |  URL |  【コメント編集】

★カスガノツボネさん、ありがとうございます。

お久しぶりありんす(今回なぜかこの語尾の方が多い(笑))
ヘタレ街道まっしぐらでどこまで堕ちていくんだという入江くんでしたが、琴子ちゃんが道を照らしてくれましたよね!!
琴子ちゃんは絶対入江くんを責めたりしないし、側にいてくれるだけで嬉しいんだと思います。
おうめ婆さん、もちろん出番ありますよ~!
水玉 |  2013.02.27(Wed) 22:10 |  URL |  【コメント編集】

★ぷりんさん、ありがとうございます。

やっと戻ってきましたよ~!
そうですよね、二人はやっぱり二人じゃないといけませんよね!
水玉 |  2013.02.27(Wed) 22:10 |  URL |  【コメント編集】

★anpanさん、ありがとうございます。

17にもコメントありがとうございます。
そしてメールもありがとうございました!ご心配おかけしてすみませんでした。
皆さんすっかりお忘れでしたが、お琴ちゃんは弟子でもあるんですよ(笑)押しかけですけど。
タイトル、そういっていただけてうれしいです。
ふと浮かんだのですが、なんとかここまでもってこれてよかったなあと。
水玉 |  2013.02.27(Wed) 22:12 |  URL |  【コメント編集】

★marimariさん、ありがとうございます。

乗り込んでいって口で言うより、この方がお琴ちゃんらしいかなと思ったのです。
文章書きの弟子でもありますし、きっとお琴ちゃんだったらこうするんじゃないかなと思って。
お琴ちゃんを裏切っていませんよ~。ここで裏切ったらもう本当にどうしようもないヘタレですもん(笑)
水玉 |  2013.02.27(Wed) 22:14 |  URL |  【コメント編集】

★ナイトさん、ありがとうございます。

ありがとうございます。
入江くんには絶対お琴ちゃんが必要なんですよ~。
一生懸命なお琴ちゃんの文章に直樹の心もやっと落ち着くのではないでしょうか。
一日幸せな気持ちで過ごせるなんてうれしいです。
水玉 |  2013.02.27(Wed) 22:15 |  URL |  【コメント編集】

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