日々草子 縁ありて 19

縁ありて 19




「お琴ちゃん。」
「渡辺屋さん!」
店に呼ぶなんて何事か、もしや渡辺屋かご隠居に何かあったのかと心配しながら駆けつけたお琴であったが、渡辺屋がいつもの通りの笑顔で迎えてくれたことに胸を撫で下ろした。

「何か?もしかしたら、師匠に?」
「うん、とにかくこちらに。」
直樹に何かあったのかと今度は思う琴子を渡辺屋は奥の座敷へといざなう。

「失礼いたします。」
座敷の襖の前で渡辺屋が中に声をかけた。
「お琴様、お見えになりました。」
「お琴様」と珍しい呼ばれ方をしたことにお琴は驚いた。
一体、誰が中にいるのかとお琴は緊張する。

「お久しぶりでございます、琴姫様。」
「裕姫様!」
座敷に座っていたのは、松本家の裕姫であった。
「ど、どうしてこちらに?」
お琴は裕姫の姿をまじまじと見た。裕姫は振袖に帯を文庫結びにした、旗本の娘といった格好をしている。
「入江様の新しいご本がなかなか出ないので、待ちきれなくて探しに参りましたの。」
「本を…。」
「そうしたら、ご事情は琴姫様から聞いたほうがいいとこちらが。」
成程、大名の姫君が突然店に姿を見せたら主の渡辺屋が相手をしないわけにはいかない。それで番頭に自分を呼びにやらせたわけかと、お琴は納得した。

「何かございましたの?」
「ええと…。」
お琴は少し迷ったが、裕姫に正直に打ち明けた方がいいと思った。

「お家騒動…ですか。」
お琴から本が出ない事情を聞いた裕姫は「それはまた厄介な」と溜息した。
「それではご本を書かれるお時間がないはずですね。でも騒動はおさまったのでしょう?」
「それが…。」
「ええい」とお琴は直樹が吉原に居続けていることも裕姫に話した。この賢い姫に隠すことは無理であると判断したからである。

「吉原に入江様が。」
途端に裕姫の眉が顰められた。それを見てお琴は、
「いえ、師匠が女性にだらしないとかじゃないんです。全て私が悪いのです。」
と慌てる。せっかく裕姫の中では直樹は立派な人間なのである。その評判を落とすことはしたくない。
「琴姫様が?なぜゆえ琴姫様のせいで入江様が吉原などに?」
「それは私が至らないからです。」
お琴は唇をかみしめた。それを見る渡辺屋の表情も曇る。

「私がもっと師匠の気持ちを理解できればよかったのです。私が…。」
お琴は裕姫を見た。相変わらず美しい顔立ちでこちらを凝視している。
「私が…もっと賢くあれば。」
「賢く?」
「そして、美しければ…。」
裕姫といい吉原で見かけた花魁衆といい、自分より美しい女性ばかりである。
「賢く美しく…裕姫様のようにあれば。」
そこまで話すとお琴は俯く。

「…。」
裕姫はどんな顔をしてこちらを見ているだろうか。さぞ呆れ果てているに違いない。

バシッ!!

そんなことを考えていたお琴の頭上に乾いた音が軽い痛みと共に響いた。

「裕姫様!?」
何事かと頭を押さえながらお琴は顔を上げた。
「…何をくだらないことをおっしゃいますのか。」
裕姫が扇子を手にお琴を睨んでいた。どうやら扇子で頭を叩かれたらしい。
突然の裕姫の行動に渡辺屋も目を丸くしている。

「くだらないって、私は真剣に悩んでいるのに!」
「悩むよりあなたは動く人でしょう!」
裕姫が一喝した。
「先日、当家にいらした時にあなたは私に何と言ったの?」
「何てって…。」
「私より先に嫁いだことを鼻高々に自慢して、“我が君”と入江様を胸を張って紹介なさったでしょう!」
「それは…だって裕姫様が相変わらず威張るから。」
お琴は口を尖らせる。
「そうよ、あなたは私に真正面から向かってくる人でしょう。」
「何が言いたいのよ?」
こんな時まで言い争いかとお琴は裕姫を睨んだ。

「あなたはうじうじと悩む人じゃありません。第一悩んで解決策を見つけるほど頭もよろしくないでしょう。」
「んまっ!!」
お琴が腰を浮かした。
「ちょっと!黙って聞いていたら何よ!」
「本当のことよ!」
今にも掴みかからんばかりの二人の姫に、渡辺屋も腰を浮かせてどうしたらいいかとうろたえ始めた。
しかし二人はそんな渡辺屋に全く気付かず睨み合ったままである。

「賢くないあなたができることは、人の心にズカズカと入っていくことくらいでしょう?」
「ズカズカって、ちょっと。そんな図々しくなくてよ!」
「そういう意味で言ったんじゃないわよ。」
「え?」
ここでお琴と裕姫が少し落ち着きを取り戻し始めた。

「私と最初に会った時、あなたはまったく私に物怖じすることなく話しかけてきたわね?」
「ええと…千代田のお城のお花見の時だったかしら?」
「千代田のお城のお花見…。」
自分には全く縁のない場所がこの二人の出会いだったかと、渡辺屋は驚く。
「…他の姫君方は何だか私を疎遠していたのに、あなただけが話しかけてきたわ。“お花にふさわしいお菓子が出るのかしら?”ってね。」
「私が食い意地が張っているみたいな言い方しないでよ。」
「本当のことでしょ。」
二人の衝突を警戒していた渡辺屋は思わず噴き出した。

「それがあなたの長所でもあるってことを私は言いたかったんです。」
裕姫がやれやれといった感じで言った。
「長所?」
「そうよ。あなたは私の心にズカズカと入ってきたけれど不思議と悪い気分にならなかった。」
「そうなの?」
「ええ。」
裕姫の美貌と賢さ、そして姫君としての教養の深さは他の大名家でも噂になっていた。が、その噂が裕姫を姫君たちの中で孤立させる原因ともなっていたのである。
それをいとも簡単に打ち破ったのはお琴こと、琴姫ただ一人であった。

「人の懐に入ることにかけて、あなたの右に出る方はいないわ。」
裕姫の目が優しいものとなっていた。
「そうかしら?」
お琴は逆に不安な顔つきになる。
「大体、賢く美しい女性がお好きなら入江様はあなたを奥方にお迎えにならなかったでしょう。」
「確かに。」
悔しいが裕姫の言うとおりである。
「入江様はあなたのそういうところがお好きになったのでは?」
「え?」
お琴の目が大きく見開いた。

「そもそも私にいつも噛みつくように旦那様にも噛みついてくればいいのです。」
「噛みつくって。」
「言いたいことを我慢せずに全部旦那様にぶつけていらっしゃいませ。そうですね、薙刀でも手にして乗り込まれたらよろしいのでは?」
「薙刀って。それに全部ぶつけるなんて、そんなことをしたら…。」
「気取っていなくて裏表のない琴姫様を入江様は選ばれたのですから。」
「裕姫様…。」
顔を合わせれば喧嘩ばかりであるが、裕姫がこんなに優しい女性だったとは。
「裕姫様、あなたって実は…。」
「まあ、あのように何でも完璧にお出来になる方は、あなたのような欠点だらけの人が珍しくて探究してみたくなったのかもしれませんけれど。」
「ちょっと!!」
抗議の声を上げるお琴に裕姫は「ホホホ」と高らかに笑ったのだった。



「乗り物をご用意いたしましょう」という渡辺屋の勧めを裕姫はやんわりと断った。
「せっかく町に出る許しをもらったのです。屋敷に戻るまで雰囲気を存分に味わいたいと思います。」
見ると裕姫は奥女中一人を伴にしているだけであった。

「…入江様が仰った通りですね。」
渡辺屋の店先で人の往来を眺めながら、裕姫が呟いた。
「先日、入江様とお話しした時に。」
お琴を置いて裕姫と話し込んでいた日のことである。
「書物で得た知識を実際に目で確かめてみるといいと教えて下さいました。」
「それで町にいらしたのですか?」
お琴の問いに裕姫は笑う。

「本当に、書物で学んだつもりでも目にすると違うものですね。」
店から聞こえる音、話をしながら歩く人、物売りの声、食べ物の匂い、裕姫はそれらを全身で感じようとしているようであった。
「まこと、人の生きる音とは心地いいもの。」
次はいつ、町へ出られるだろうか。もしかしたらこれが最初で最後かもしれないと裕姫は思う。
そんな裕姫の寂しさを感じたお琴と渡辺屋は黙って裕姫を見つめていた。

そして裕姫はお琴に向き直った。
「お屋敷に戻られたら、当家へ知らせて下さいませね。」
「まあ…。」
屋敷に閉じこもっている裕姫はやはりさびしいのかとお琴は思った。
しかし、
「入江様に離縁されて出戻られた時には、慰めの宴でも開いて差し上げますゆえ。」
「そんなこと、絶対にありませんから!!」
最後までお琴を怒らせて裕姫は奥女中と共に歩いて屋敷へと戻って行ったのだった。




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裕姫チョ~~かっけ~\(☆o☆)/ 早くいつもの夫婦に戻って♪

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なかなかコメントのこせずにいますが、いつも楽しく読んでいます。

裕姫はじめイタキスのキャラクターが江戸時代てイキイキと動いていて素晴らしいです(o^-^o)

続き楽しみにしています!

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あやみくママさん、ありがとうございます。

お久しぶりです!
本当に胸倉つかんでも誰も文句は言いませんよね。こんなに耐えているんだから。
裕姫が裕樹くんだと女形ですね(笑)でもちょっとありかも…なあんて。

しはかさん、ありがとうございます。

うわ~ありがとうございます!!
生き生きとしているなんて…書いていてとてもうれしいです。
キャラを壊していることにやや後ろめたさを感じていたりするので(^^ゞ
素敵なコメントをありがとうございます!
プロフィール

水玉

Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
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