日々草子 縁ありて 16

縁ありて 16




「ふうん、勿体ないくらいの名刀だ。」
江藤は直樹から奪った刀を鞘から抜いて眺めた。
「お琴をこちらに。」
直樹が言うと、江藤は浪人に顎を動かす。
「師匠!!」
縛られたまま、お琴が直樹の所へ突き出された。直樹はお琴を背に庇うようにして立った。

「大丈夫だ、俺たちだってそんなに悪ではない。」
江藤が冷酷な笑みを浮かべる。
「夫婦揃って、あの世に行かせてやるさ。」
「師匠…。」
お琴は唇をかみしめた。自分がもっとしっかりしていればこんなことにならなかったのにと後悔が止まらない。
「…俺だけの命じゃ足りないのか?」
直樹はお琴を庇いながら江藤に訊ねる。
「ああ。足りないね。」
江藤は刀を直樹に向ける。
「死後もお前は評判を落とすんだ。妻まで巻き込んだ愚かな男として!」
直樹は切腹したと見せなければならない。江藤は刀を直樹の体へ突き刺そうと動かす。

その時、直樹の手が懐へと動いた。

シュッ!!

懐から出た直樹の手の先から何かが飛んだ。

「痛ええ!!」
江藤が手を押さえた。その手からは血が流れている。
「手裏剣?」
江藤の手に刺さっているものは、棒手裏剣であった。
浪人たち三人が刀の鯉口を切った。が、直樹は痛さのあまりにしゃがみ込んだ江藤の腰から素早く刀を奪う。

「ぎゃあっ!!」
「ああっ!!」
直樹の刀は目にもとまらぬ速さで動き、気づいたら三人の浪人たちは太腿や脛から血を流しうめいていた。

「入江、お前って奴は!」
血が流れる手に江藤は直樹の刀を握りしめた。が、直樹が下からそれを掬い上げるようにして飛ばした。直樹の刀は蔵の端まで飛んでいく。
刀を奪われた江藤は武士としての誇りを捨て、一人だけ逃げようとした。直樹はすかさずその足を切った。

そして直樹は江藤をあっという間に壁際へと追いつめた。
「…散々俺のことを調べまわった割には、俺が剣以外にも極めたものがあることを知らなかったみたいだな。」
直樹は剣の他に手裏剣の道場にも通っていたのだった。もっともこちらは養子である自分に嫌気がさしていた頃に憂さを晴らすために通っていたものであったが、生まれついての才能か手裏剣も師範代を務められるくらいまで修業を重ねていたのである。

「刀を奪えばなんて甘いことを考えていたお前の負けだ。」
「くっ…。」
もはや江藤にあらがう気力は残っていなかった。
「お琴によくも!」
直樹は刀を江藤の頭上へと振りかざした。江藤は命が絶たれることを覚悟して目を閉じた。

バサッ。

しかし江藤は無事だった。代わりに髷がバッサリと切り落とされていた。

「…お前みたいな下衆野郎の命を奪うことで俺の手を汚すのはごめんだ。」
後は目付に任せればいいと直樹は思った。

敵は全て足を傷つけられており、もう攻撃することは不可能であった。

「師匠…。」
お琴が直樹の刀を鞘におさめ、袖に包んで持っていた。
「お琴…。」
直樹はお琴を抱きしめる。
「無事でよかった。」
「ごめんなさい…ごめんなさい…。」
安堵したのか、お琴の目から涙がぽろぽろとこぼれ始めた――。



その後、浪人たちは奉行所より斬首を命じられた。
渡辺屋、入江家を窮地へと陥れた罪、それに加えお琴の誘拐と罪は十分揃っていたのだから仕方のないことであった。
江藤は藤波家への養子の話は当然なくなった。やがて江藤家より病死の届けが出された。実際のところ父親に命じられ腹を切ったのだという。江藤が腹を切ることで、江藤家の存続は石高を減らされたうえ、存続が決定した。
そして重樹の病も回復していき、入江家へかけられた疑いも無事に晴れ謹慎も解けることとなった。
そんな中、幕府の重職を担う一人が突然隠居を命じられた。おそらく江藤が入江家取り潰しのために協力を願った者だろう。渡辺屋を牢へ入れたのもこの者が一枚かんでいたに違いない。

こうして事件は幕を下ろした――はずだった。



「お琴ちゃん。」
「渡辺屋さん、いらっしゃいませ。」
江藤たちの事件から二週間が経過した。渡辺屋も身の潔白が証明されたこともあり、客足も戻りつつあった。
だが渡辺屋、そしてお琴の顔には笑顔がなかった。

「入江、どう?」
遠慮がちに渡辺屋が訊ねると、お琴は黙って首を横に振った。
「…話をして下さらないのです。」
渡辺屋は足を忍ばせ、直樹の部屋をのぞく。
直樹は机に向かうこともせず、縁側に座り庭を眺めていた。

あの事件から、直樹はずっとこのような調子だった。

「入江の傷は相当深いんだな。」
玄関に戻り、渡辺屋が悲しそうな目をする。
「無理もないことですから…。」

事件が終わり皆に笑顔が戻ると誰もが思っていた。
しかし、自分の生家の跡取り問題が原因で慈しんでくれた父、力を貸してくれていた親友、支えてくれていた妻を危ない目に遭わせたということが直樹には大きな傷となって残ってしまったのである。
直樹は心をすっかり閉ざしてしまったのだった。

勿論、誰も直樹を責めてなどいない。むしろ直樹が一番の被害者だと思っている。その皆の優しさが皮肉にも今の直樹を苦しめていた。

「すみません、せっかく来ていただいたのにお仕事ができなくて。」
謝るお琴に、
「いやいや、そんなことは気にしないでいいんだよ。」
と渡辺屋は手を振った。
「この間も義母上様がいらして下さったのですが、やはり会わないままでした。」
「母上様にまで?」
「会わせる顔がないと、後で一言だけ仰って。」
「自分をどんどん追い詰めているな。」
二人の顔もどんよりと暗いものだった。



「先生、どうだい?」
洗い物を干しているお琴に、おうめ婆さんが声をかけてきた。
黙って首を横に振るお琴に、おうめ婆さんからも溜息がもれる。
「いっそのこと…おうめ婆さんに夜這いでもかけてもらったら元気になるかしら?」
とうとうそんなことがお琴の口から飛び出した。
「何を言ってるんだい、この馬鹿娘。」
おうめ婆さんがコツンとお琴の頭を叩いた。
「あたしゃ、奪い合う相手がいないと火がつかないんだよ。」
それはおうめ婆さん流の励ましであった。
「あんたの無駄な元気を先生に分けてあげな。」
「そうできたら、どんなにいいか。」
ぐすっとべそをかくお琴を、直樹がぼんやりと眺めていた――。



「お琴。」
その晩、二組敷いた布団に横になろうとしていたお琴を直樹が呼んだかと思ったら、お琴の傍へ体を入れてきた。
「師…?」
その名を呼び終わらないうちに直樹の唇がお琴の唇を塞ぎ、手がお琴の寝間着へと伸びてきた。
久方ぶりの夫婦の夜――お琴は戸惑いと嬉しさを覚えながらも直樹を迎え入れた。
たとえ苦しみを忘れるために自分を抱いているのだとしても、直樹の役に少しでも立つのならばとお琴は思っていた。

直樹の荒々しさにすっかり翻弄されたお琴は、直樹に抱きつくようにして眠りに落ちた。
その腕をそっと外すと直樹は寝間着を軽く羽織り、布団から抜け出した。
月が広くない庭を照らし出して幻想的な世界を創り上げている。
直樹はそれを眺めながら、お琴に目をやる。
「師匠…。」
お琴は愛される喜びをかみしめているのか、その口元には微笑が浮かんでいる。



「ん…?」
朝の光に、お琴の目がゆっくりと開いた。
「あ、そうか…。」
昨夜のことを思い出しお琴は顔を赤らめた。髪に手をやると髪結いが必要なほどになっていた。
お琴は隣を見る。直樹の姿はどこにもない。
昨夜がきっかけで少しずつ元気を取り戻してくれたらと期待しながら、お琴はとりあえず何か着なければと寝間着を身につけた。

「師匠?どこですか?」
お琴は家の中を探し回った。しかし直樹の姿はどこにもない。
「師匠?」
直樹の部屋に入ると、机の上に自分宛の文が置かれていることに気づいた。
お琴は急いでそれを広げる。

「嘘…。」
お琴の手から文がパサッと落ちた。

――自分のことは忘れてほしい。

直樹の筆跡ではっきりと、そこには書かれていたのだった。



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sayuさん、ありがとうございます。

いえいえ、急かしてくださっても大丈夫ですよ~。急かしていただけるうちが華ですもん♪嬉しいです。
お気遣いありがとうございます。
入江くんにとっての最後の夜…お琴ちゃんを残してどこへ行ったのやら。
プロフィール

水玉

Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
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