日々草子 縁ありて 14

縁ありて 14

やっと話が動き出したと思います。
じれったい中、ずっと読んでくださった方ありがとうございます。








「おや、一人でお戻りかい?」
戸を開けようとしたところで直樹はおうめ婆さんに声をかけられた。
「お父上の具合は大丈夫?」
「ええ、徐々に元気を取り戻しつつあります。」
「それはよかった。で、ふんどし娘は?」
「こんな時くらいはしっかりと嫁修行をさせようかと思い、置いてまいりました。」
「アハハ。そりゃあいいねえ。」
笑うおうめ婆さんであるが、すぐに笑みを消す。

「先生、ちょっと。」
何事かと思いながら直樹はおうめ婆さんの元へ近寄った。
「…先生がお留守の間、変な男たちがうろついていたんだよ。」
「やはり」と直樹は眉をひそめた。お琴を実家へ預けてきたことは正解だった。
「どんな男たちでしたか?」
「浪人のなりだったね。うさんくさそうな感じでさ、目つきも悪くて。」
「家の中に入ろうと?」
「ああ。あたしが“そちらのお宅は留守だよ”って声をかけたら舌打ちして去っていった。」
「それは助かりました。」
「心当たりは?」
何とも言えず直樹が黙り込むと、
「渡辺屋の旦那がしょっぴかれた件かねえ。それでふんどし娘を置いてきたってところかい?」
と、直樹の腰にある見慣れない刀を見ながらおうめ婆さんが言い当てる。
「まあ、当たらからず遠からずといったところでしょうか。」
「ならいいさ。もしあの娘も戻ってきたなら、先生が留守の間はうちでしごいてやろうかと思ってたところだし。」
おうめ婆さんもお琴の身を案じてくれていた。
「ご実家なら安心だ。」
「色々ありがとうございます。」
「何かあったら遠慮なく言いにきな。うちの息子の店はこんな時に備えてそれなりのこれをお上に渡しているから、こちらに回ってもらうことくらい簡単だから。」
おうめ婆さんの息子が跡を継いでいる大店は、町廻りの役人に袖の下ってものを与えている。もっとも大店ともなるとそんなことは当たり前なのである。
「ええ、ありがとうございます。」
直樹は家の中へと入っていった。



「師匠、元気にしているかしら?」
直樹と離れてまだ七日くらいだというのに、お琴は数年も離れているかのような気分であった。
「おい。」
「師匠、ちゃんと食べているかしら?今頃痩せ細って倒れているのでは…。」
「おい。」
「ああ、気になる!おうめ婆さんが寝込みを襲っているかもしれないし!」
お琴の脳裏では、
「悪い、お琴。お前がいない間につい寂しくなってフラフラと。」
と謝る直樹。そ
「まだまだ、あたしも女だったんだねえ。」
と、隣で大きなお腹を抱えてケタケタと笑っているおうめ婆さん。
「丈夫な子を産まないと。先生とあたしによく似た子を。」

「師匠、あたしも!あたしもまだ女なんですってばあ!!」
「いい加減にしろ、この馬鹿嫁!」
裕樹の声にお琴は現実に返った。
「裕樹さん?」
「一体、どんだけ鰹節を削れば気が済むんだ?」
「あ…。」
お琴は台所で出汁に使う鰹節をせっせと削っていたのだった。それが今夜どころか毎日食べても一年は持つだろうというくらいの、こんもりとした量になっている。
「ったく、僕が声をかけてるのに無視しやがって。」
「ごめんなさい。何か御用?」
「お前を呼んでこいって母上が。」
「あら、大変。」
「これ、裕樹。」
立ち上がったお琴の前に、なかなか戻って来ない紀子がやって来た。
「何です、お琴ちゃんの仕事の邪魔をして。」
「邪魔してません。僕が声をかけなかったらこの台所は鰹節に押しつぶされてました。」
「いけませんよ、お琴ちゃんは我が家のために尽くしてくれているのですから。」
「全然我が家のためになっていないかと。」
「これ。」
紀子は裕樹をたしなめる。
「すみません、義母上様。」
「いいんですよ、今夜の煮物にでも使いましょうね。」
重樹もお琴が削った鰹節の出汁だと喜ぶと、紀子はお琴を慰める。
「さ、あちらでお茶とお菓子をいただきながらおしゃべりをいたしましょう。」
「はい。」
「ったく、甘いんだから。」
ブツブツと文句を言う裕樹に紀子が、
「裕樹、渡辺屋様からいただいたお菓子はいらないのですね?」
と声が飛ぶ。
「いります、いります。」
菓子は裕樹も好物の名店の落雁である。
「なら黙っていらっしゃい。」
「チェッ。」
親子の様子をお琴が笑いながら眺めていた。



お琴のいない家は文字通り火が消えたようで直樹は落ち着かなかった。
なので自然と渡辺屋へ足が向くことになる。
「うちに泊まり込んでもいいんだぞ?」
渡辺屋が親友を気遣った。
「部屋はいくらでもあるし、その方が仕事もはかどる。」
「そう甘えるわけにはいかないだろ。」
「とか言いつつ、お前は囮になっているんだろ?」
渡辺屋の表情が曇った。
「一人で歩いて狙ってくる奴を見極める?違うか?」
「その方が手っ取り早いかと思ってね。」
父から譲られた刀を離さない直樹を渡辺屋は心配している。
「誰かに狙われた様子は?」
「視線は感じるがどうも襲ってくる気配がない。」
「何だろうな?」
「お前の方は?」
「うちは平穏だな。お客も少しずつ戻っては来ている。元に戻ったとは言えないが。」
「なら狙いは俺なんだな、やはり。」
そうなるとお琴も狙われることはないと直樹は少し安心する。

「お前を狙うとなると…同業者か?」
渡辺屋は江戸で物を書く直樹の同業者の名前を数人口にした。
「お前がいなくなれば江戸一番の人気は自分のものって考えを持つ…おかしなことではない。うちを狙った理由もつく。」
「しかし俺の実家を狙った理由までは行き着かない。」
「そうだな。」
そこへ手代が鴨屋の啓太の来訪を告げた。

「お二人揃って。」
啓太はすっかり商人の顔つきで二人に挨拶をした。
「こちらこそ、変わらぬ取引をしていただいて。」
「いえいえ、とんでもございません。」
渡辺屋と啓太が商売人の挨拶を交わすのを、直樹は黙って見ている。

「へえ、おかみさんはご実家ですか。そりゃあ先生、お寂しいことでしょう。」
お琴が直樹と離れていることを知り、そんなことを啓太は口にした。
「それでうちに来ているんだ。」
「そんなことはない。」
渡辺屋をジロリと直樹は睨む。

「そういや、うちの同業者のこともあるなあ。」
渡辺屋が思い出したかのように言った。
「俺とお前みたいに、物書きと地本問屋が手を組んでいる場合も多いわけだし。」
「渡辺屋さんと先生を狙っている輩についてですね?」
啓太の顔が引き締まった。
「俺も気になって、色々調べてはみたんです。」
一時は世話になった直樹のことである。啓太も気になってこっそりと調べていたという。
「先生方が窮地に陥っている間に突然羽振りがよくなった物書きやお店は特に見当たりませんでした。」
「やはりお前もそちらから考えたか。」
「入江先生の人気を考えますと、やはり。」
「じゃあその件は考える必要はもうないんだね。」
三人は再び頭を抱えた。



「あの…お尋ねしにくいんですが。」
しばらくした後、啓太が遠慮がちに直樹を見た。
「何だ?」
「いえ、その…。」
「何だ、はっきり言え。」
「先生、女の恨みってやつは?」
ずばりと啓太は直樹にぶつけてきた。
「女の恨み?」
途端に直樹の眉が顰められる。
「ほら、この間道場で先生、女に騒がれていたし。」
「確かに。」
あの時はお琴が困り果てていたことを渡辺屋も思い出す。
「入江が道場で稽古すると昔から女たちが騒いでいたよ。道を歩けば女は振り返る。」
「ですよね?」
「気色の悪いこと言うな。」
「違います。女の恨みが世の中で一番恐ろしいものですよ。」
啓太は真顔であった。
「昔、誰かを振ったとか?」
「ない。」
直樹はきっぱりと答えた。
振ったといわれると大泉家の沙穂子を思い出す。かつての許嫁であるが、沙穂子はお琴に勝てないことを悟り自ら身を引いた。直樹を恨むことはないし、そのような女性ではない。

「それじゃ、吉原とか品川とかの女かも?」
啓太が顎に手を当てる。
「吉原の花魁あたりはそれなりの人間を雇うこともあり得るし。」
「何だ、それ?」
「何だって、先生だって一度や二度は遊んだことがおありでしょう?」
啓太が何を今更といった顔をした。
「吉原で?」
「品川でもいいですけれど。」
「俺が?」
「ええ。」
「ない。」
直樹の言葉に啓太だけでなく渡辺屋の動きも止まった。

「…ない?」
啓太が絞り出すような声を出した。
「…本当に?」
渡辺屋も直樹を見つめている。
「ない。何の目的でそんなところで俺が遊ぶんだ?」
「何の目的って。」
「一つだろうが。」
二人の言葉に直樹はまた眉を潜めた。

「男ならそういう時があるわけで。」
「愛もないのに?」
直樹の言葉に二人が驚愕する。
「あ、愛…。」
「確かにそれはそうだけど…。」
「愛してもない女となんでそんなことをしなければならない?」
直樹の顔は本気である。
「俺はやだね。そういうのは。そもそも愛していない女とそんな気になれないし、したくもねえ。」
「てことは…。」
啓太と渡辺屋は口には出さなかったが同じことを思っていた。

――お琴ちゃんだけなんだ…。

なんとまあ純情な男かと思う独身者二人であった。



「それじゃ女の恨みもなさそうですね。」
「お前が知らないうちに傷つけたりしてなければだけど。」
だが直樹のあまりの男ぶりの良さに、正面から想いをぶつける勇気がその辺の女にあるとは思えない。

「俺の実の父親みたいな男だったら、女からの恨みもありそうですが。」
「お前の?」
直樹は啓太を見た。
「ええ。ちょっと見目のいい女や興味を持った女にすぐに手を出す男ですからね。」
啓太の父もお琴同様大名の藩主であった。奥向きに奉公していた啓太の母に手をつけ啓太を生ませたのである。
「愛情も何もない男ですから。生まれついての女好きです。」
そんな父に愛想を尽かせ、実母が戻っていた実家に啓太も転がり込み、今や実母と義父に囲まれ充実した生活を送っている。

「相原家は何の騒ぎも起きていないんですよね?」
「ああ、お琴が確認してきた。」
「だろうな。相原のお殿様は俺の父親と違うし。俺の父親みたいに子供を適当に作っていたらお家騒動の元もできそうだけど。」
「入江の実家もその心配はないしな。」
渡辺屋も頷く。
「入江様は奥方様一筋だから、他に女性もおいでじゃない。」
「お家騒動もないとなると、本当に何だろう…。」
と、話していた啓太の口が止まった。

「先生?」
「入江?」
渡辺屋も直樹の様子がおかしいことに気づいた。
「お家騒動…。」
啓太の何気ない一言に、直樹が気付いたのである。今まで気づかなかったのは、いかに自分が幸せであったかの証であった。



その頃、お琴は相原家より持たされた酒を手に歩いていた。
「おうめ婆さんに届けないと。」
もし、お琴が直樹に投げ文のことを相談していたら一人で歩くことはなかっただろう。しかしお琴は直樹が自分を実家へ置いていた本当の理由は全く気付いていない。それは息子が狙われていることすら知らされていない重樹たちも同様であった。息子が狙われていることを知っていたら、重樹たちはお琴を一人で歩かせる真似はしなかっただろう。

「おうめ婆さん、お留守ですか。」
おうめ婆さんは息子の元へ出向いているという。久しぶりにおうめ婆さんと騒げると期待していたお琴は当てが外れてしまった。
留守番の者に酒を渡し、お琴は隣の自分の家へと向かった。
「あら、師匠もお留守なのね。」
外から見たら、直樹の部屋は人がいる気配がなかった。
「渡辺屋さんの所かしら?ちょっと寄っていこうかな。」
ついでである。途中でご隠居へのお土産とするわらび屋の団子でも買っていこうと考えながらお琴が足を向けた時だった。

目の前に見知らぬ男たちが現れた。
「え?」
人相の悪い男たちである。その中に直樹を襲った男がいた。お琴は青ざめながらも身に着けている懐剣に手をやった。
だが男たちの方が動きは早かった。懐剣へと伸びたお琴の手を素早く握り、その腹に当て身を食らわせたのだった。
ぐったりとなったお琴を用意していた駕籠へ放り込むと、男たちは何気ない様子でその場を去ったのだった。

直樹がお琴や親たちを気遣い自分の状況を黙っていた、そしてお琴も直樹を気遣い話していなかった、そしておうめ婆さんの留守――これらがすべて重なったことがお琴にとって不運であった。




関連記事

コメントの投稿

非公開コメント

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

YKママさん、ありがとうございます。

私も入江くんに愛なんて口にさせるとは思いませんでした(笑)
たまにはいいかなと。
助さん格さんみたいにバッタバッタ(笑)そうなるといいですね~。
当身は時代劇のお約束のようなもんですしね。確かに帯していてあれはすごいですよね。
大丈夫ですよ、構想の邪魔だなんてそんな!すぐ先のことしか考えて書いていないので気にしないで下さいね♪

紀子ママさん、ありがとうございます。

とってつけたような挨拶って(笑)
いつもご丁寧にありがとうございます♪
純情直樹ですよ~だからお琴ちゃんが大事なんですよね、きっと。
お琴ちゃんがこんな目に遭っていると知ったら、いてもたってもいられなくなっちゃうでしょうね!

おばっちさん、ありがとうございます。

ありがとうございます。
読んで下さって、続きを楽しみにしていただけてうれしいです。
もうこのシリーズは足を止めてくださっていることだけで嬉しいですので!

カスガノツボネさん、ありがとうございます。

なんだかカスガノツボネさんに影響されて、ついそんなシーンを描いてしまいました(笑)
お琴ちゃんよりおばあさんを選んだら、それはもう本物の愛ですね!
やっと進みました、すみません、お待たせして!

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

佑さん、ありがとうございます。

そちもなかなかだのう…と(笑)
佑さんを翻弄できたら、私も本物ですよ!←何の本物だ?
お琴ちゃん、ピンチです。
そういや今回はお琴ちゃんがあまり可哀想になってませんね…?

ようたいさん、ありがとうございます。

こちらこそ、また来て下さってありがとうございます!
しかもめちゃめちゃ面白いなんて…書いていて幸せです!
今回、あちこちに入江くんが琴子ちゃんへの愛を振りまいていますよね。
無自覚ぽいですが。
かっこよく救出…できるかしら?ドキドキしてきました~!!

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
プロフィール

水玉

Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
そっと見守っていただけたら嬉しいです。

※当ブログに掲載されている文章及びイラストの無断転載・使用はご遠慮下さい。

現在の御訪問者
現在の閲覧者数:
御訪問ありがとうございます
このブログについてのお願い
当ブログは、『イタズラなkiss』の二次創作をメインとしておりますが、時折管理人の趣味や日々の出来事についての記事も書いております。

原作者様や関係各位とは一切関係ありません。

二次創作については、いわゆる原作の隙間をぬった作品もありますが、主人公以外のキャラクターをメインとしたものや オリジナルキャラクターが出てくるものもございます。

そして、原作と違った時代(平安や明治やその他の時代を舞台にしております)、異なる設定(主人公を医者と看護師じゃない職業にしております)で書いてあるものが多いですが、原作を冒涜しているつもりは全くございません。

二次創作が苦手という方及び原作のイメージと合わないと思われる方はどうぞお引き取り下さいますようお願いいたします。

コメント及びメールなどでの苦情及び批判は公開、非公開を問わず、私へ告げることはご遠慮いただけますよう、お願い申し上げます。

このブログ及び掲載されている話が嫌いだと思われたら、黙ってあなた様の中から、このサイトの存在を消去していただけますよう、お願い申し上げます。

カテゴリー+月別アーカイブ
 
最新コメント
最新記事
カボチャの世界
Private
カレンダー
05 | 2017/06 | 07
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -
リンク