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2013.01.28 (Mon)

縁ありて 13


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「まことに申し訳ございませんでした。」
渡辺屋とご隠居が手を付いて謝っている声が、部屋の外にいるお琴にまで聞こえてきた。
「お手をお上げ下さい。」
そして紀子の声が続いている。
「渡辺屋様のことは、何一つ関係ございません。」
「しかし。」
「本当でございますとも。そのようにお気にされずとも大丈夫なのですよ。」
紀子が優しく話すが、
「いえ、手前共の影響が入江様にまで及ぼすことになったのでございましょう。」
「お世話になっておりながら、このようなことになってしまい何とお詫びを申し上げたらいいか。」
と、渡辺屋と隠居が交互に話した。
「手前がもっとしっかりと商いをしておれば、直樹様へご迷惑をかけることもなかったに違いありません。本当にどのようにお詫びしていいか。」
渡辺屋は謝罪の席ということで、直樹に敬称をつけていた。

部屋に入るべきか迷っていたお琴であったが、
「失礼いたします。」
と心を決めて中に声をかけた。そして作法通り襖を開ける。
「ああ、お琴ちゃん。戻ったのね。」
紀子がお琴に笑いかけると、お琴に背を向けるようにして座っていた渡辺屋たちが振り返った。
「ただいま戻りました。渡辺屋様、ご隠居様、お越しなされませ。」
嫁らしくお琴が挨拶をする。
上座に紀子と直樹が並んで座っている。重樹が休んでいるために二人が相手をしているといった風であった。

「義父上はお変わりなかったか?」
直樹がお琴に声をかけた。お琴の実家に影響が及んでいないかと心配しているのは自分たちだけではないはずである。
「はい、何一つ変わったことはございません。」
いつもと違った緊迫した状態のため、お琴の言葉遣いも改まったものとなる。
「そうでしたか?」
紀子の問いに、
「はい。逆に嫁いだ者がやすやすと実家へ帰ってくるなと叱られてまいりました。」
と、皆の気持ちを承知しているお琴が安心させるように答えると辺りの雰囲気がほんの少し、柔らかくなった。

「お琴様にも此度はご迷惑をおかけして、申し訳ございません。」
渡辺屋は今度はお琴にも頭を下げた。直樹の嫁なのでこちらも敬称がついている。
「とんでもございません。私は何も迷惑など。」
「いえ、直樹様まで言われのないことを噂されさぞご心痛のことでございましょう。ほんにお世話になってばかりだというのにこのようなことで。」
小柄なご隠居の体が一層小さくお琴には見えた。
「渡辺屋様もご隠居様もどうぞお顔をお上げ下さいませ。」
「いえ、相原様にもご贔屓にしていただいているというのに本当に何ということに。」
「実家は何一つおかしなことは起きておりません。ご安心下さいませ。」
「ですが。」
渡辺屋とご隠居は何度も頭を下げている。このままではこの場にいる誰もが辛い。
「そうだ」とお琴は思いついた。

「師匠」といつものように直樹を呼ぼうとしてお琴は思いとどまった。そして、
「旦那様、義母上様。」
と呼び直す。
「何だ?」
「あの、父より義父上様への見舞いの品と日頃私がお世話になっている方々への品をことづかってまいりました。」
「ああ、それはちょうどよかったこと。」
お琴の真意に気づいた紀子が手を叩いた。
「そうだな。こう申しては何だが持って帰っていただこう。」
直樹も頷く。
「とんでもございません。」
「そうです。手前どもはお詫びに伺っておりますのにそのようなことは。」
渡辺屋たちが慌てて止めようとしたが、お琴は女中に運ばせた。


「このような物を頂くわけには。」
固辞する渡辺屋たちにお琴が、
「いえ、ご遠慮なさらずに。」
と勧める。
「どうぞ私のためと思ってお受け取り下さいませ。受け取っていただけないと父にまた、お前はお世話になっている方々への礼儀もわきまえぬのかと叱られてしまいます。」
明るくつとめるお琴に、
「ですが…。」
とまだ渡辺屋たちは戸惑っている。

「どうか持ち帰って下され。」
直樹も二人に声をかけた。
「そうですよ。」
紀子も声をかける。
「これからもどうぞ、うちの息子と嫁をお願いいたしますね。」
「ではお許しいただけると…。」
「勿論ですとも。」
紀子と直樹が頷いた。
「許すも許さないも、渡辺屋様は何一つ悪いことをされておりません。」
「母が申す通りです。」
紀子と直樹の言葉に渡辺屋と隠居はお互いの顔を見て、
「ありがとうございます。」
とまた頭を下げたのだった。


裏口からひっそりと帰るという渡辺屋たちを直樹とお琴が見送ることになった。
「本当にありがとうございます。」
「よせ、その言葉遣いは。」
まだ改まったままの親友に直樹が笑った。
「背中のあたりがくすぐったくなる。気持ち悪い。」
その言葉にお琴がクスクスと笑った。
「…じゃあ、元に戻す。」
渡辺屋も少し照れたように笑った。
「お琴様。」
駕籠に乗りかけたご隠居にお琴は、
「ご隠居様も普段通りにお願いいたします。」
と笑う。
「ではお琴ちゃん。本当に色々ありがとうございます。」
待たせていた店の番頭が持つお琴からの土産物を見ながら、ご隠居が礼を述べた。
「近いうちに、わらび屋のお団子を持ってお邪魔させていただきますね。」
「ありがとう、首を長くして待っておりますよ。」
「はい!」
駕籠に乗った渡辺屋とご隠居の姿が見えなくなるまで、直樹とお琴は見送っていた。

「…目立たぬようにと来るときも裏口からだったのだ。」
直樹がポツリとつぶやいた。
「なぜあいつがこんな、コソコソする真似をしないといけないのか。」
「…本当ですね。」
直樹の静かな怒りを感じながら、お琴も悲しげに返す。
なぜ直樹と渡辺屋がこんなに苦しまなければならないのだろうと、お琴は目に見えぬ敵に怒りを覚えずにいられない。



「さあさあ、お食事ですよ。」
紀子は重樹の看病で忙しいため、お琴が直樹と裕樹の食事の給仕をしている。
「…お前、いつまでいるんだよ。」
裕樹がボソッと呟いた。
「いつまでって、嫁ですから。」
「答えになってねえし。」
口では悪態をつきながらも、裕樹は兄とお琴がいることが心中では嬉しくてたまらないのである。
「あらあら、裕樹さん。ちゃんと全部食べないと。」
「子供じゃないから放っておいてくれ。」
魚を少し残そうとする裕樹をお琴が睨む。
「だめです。ちゃんと食べないと兄上様のように大きくならないわよ。そりゃもうあきらめているかもしれないけれど、男の方はまだ伸びる可能性があるんだし、最後まであきらめちゃおしまいよ?」
「あきらめてねえし、ていうか背丈なんて気にしてねえし!!」
実は密かに背の高い兄をうらやましく思っている裕樹がお琴に言い当てられ顔を真っ赤にした。
「兄上、もっとましな嫁を貰った方がいいですよ!」
「んま、何てことを!」
「二人とも静かにしろ!」
直樹が騒がしい二人を叱りつけると、
「お前のせいで叱られた。」
「んもう、裕樹さんが好き嫌いするから。」
とお琴と裕樹が肘でつつきあっている。

「ったく、騒がしいな。父上が臥せっておられることを忘れたか?」
「あっ。」
「申し訳ございません。」
慌てて二人は直樹へ謝った。



「ハハハ、賑やかだな。」
「本当に。」
寝所でお琴から話を聞いた重樹と紀子が声を立てて笑った。
「笑いごとじゃありません。」
裕樹がむくれている。
「裕樹が悪いのですよ。義姉上様に何て言葉遣いを。」
「だって義姉上って感じじゃないんですよ、母上。」
「その言い方が悪いのです。」
「いいのです、義母上様。」
お琴が二人の間に割って入った。
「私も出来の悪い義弟が可愛くてたまらいませんから。」
「お前に出来が悪いとか言われたくねえ!!」
「これ、これ。」
そして重樹がまた笑った。

「うちは本当にお琴ちゃんに救われているな。」
「え?」
重樹の言葉にお琴が首を傾げた。
「本当ですよ。お琴ちゃんのおかげで私たち皆、暗い方に考えなくて済みますもの。」
「そうだな。」
これは直樹と裕樹も同じことを思っていた。
もしこの家にお琴がいなかったら、今回の件で一家はどんどん悪い方へと考えを進めていってしまいそれこそ底なし沼に沈んだような状態になってしまっただろう。
しかしお琴がいるだけでそうならずに済んでいる。

「渡辺屋様のことも、お琴ちゃんのおかげでどれほど助かったか。」
あの場にお琴が姿を見せなかったら、いやお琴が明るく振る舞ってくれなかったらどうなったことか。
「直樹、よい嫁をもらったな。」
「…そういうことにしておきますか。」
父に褒められても人前では素直にうなずけないのが直樹であった。



「ところで直樹。」
「はい。」
紀子と琴子に助けられながら、重樹が起き上がった。
「わしもだいぶ良くなった。」
「当初に比べたらそのようですね。」
最近は顔色もよくなり食も少しずつ増えてきた。
「だからお前はもう自分の家へ帰るように。」
「え?」
直樹とお琴、裕樹が同時に声を上げた。

「しかし、父上。こんな状況でとても戻るわけには…。」
「お前がいたからといって、わしの謹慎が解けるわけではあるまい。」
確かにその通りではある。
「お前はお前の仕事がある。渡辺屋が責任を感じて足を運んでくれたのだ。お前もその心に報いるべきであろう。」
「ですが、父上。」
「渡辺屋が心より安心できるためには、お前が本を書いて売れることだ。違うか?」
「仰せのとおりでございます。」
「ならばお前のいる場所はここではない。ここでも話は書けるかもしれんが、細かい打ち合わせなどはしにくかろう。」
ここでは渡辺屋だって簡単に足を運べないことを重樹はよく分かっている。
「相原様もお前の本を楽しみにしておいでだというではないか。」
重樹の寝所には、相原家よりの見舞いの品が並んでいた。
「さ、帰りなさい。」
「分かりました、父上。」
直樹は父の意に従うことにした。

「ですが、私からもお願いがございます。」
「何だ?金の無心か?」
重樹の冗談に直樹は少し頬を緩めたが、すぐに元に戻して言った。
「お琴をこちらに置いて下さい。」
「師匠?」
これにはお琴が驚く。
「お琴は入江家の嫁でございます。父上の世話をさせとう存じます。」
「それは…。」
「ご存知の通り、お琴は家事はまだまだ。母上の手助け一つすることはできません。しかし、母上が仰った通りこの家を明るくすることはできましょう。お琴が残り父上、母上のために働いてくれれば私も心おきなく、仕事ができましょう。」
「確かにそうだが…。」
重樹と紀子は顔を見合わせた。元々お琴に家事手伝いの期待はしていない。というより、お琴は傍にいるだけで周囲の人間を明るくさせる。気持ちを前向きにするためには欠かせない人間ではある。
「お琴、お前はここに残るように。」
直樹はお琴を見た。
「師匠お一人で戻るのですか?」
お琴は直樹を心配する。
「元々俺は一人で暮らしていたのだ。お前よりは飯もまともに作れる。」
お琴はしょんぼりと肩を落としてしまった。当たっているだけに辛い。
「…分かりました。精一杯努めます。」
夫の言うことは絶対である。お琴は頷くしかなかった。



「…まだ落ち込んでいるのか?」
布団の中から直樹がお琴に声をかけてきた。
「そりゃあ…なんか私なんていなくてもいいって言われたみたいなんですもん。」
お琴は直樹に背を向けて頬を膨らませていた。
「今のこの家にはお前が必要なんだって言っただろ?」
「それは嬉しいんですけれど…。」
家族に頼られることは嬉しいが、肝心の直樹にお役御免と言い渡された感じがしてお琴は悲しい。
「ったく。」
直樹が起き上がった気配がした。お琴はきっと自分にあきれて書でも読みに行くのかとそのままの姿勢を取っていた。
が、その背中に直樹の温もりが伝わった。
「いつまで拗ねているんだよ。」
お琴の布団の中に直樹が入ってきたのだった。直樹は背を向けたままのお琴をそっと抱きしめる。
「…俺の家族を頼むな。」
耳元で直樹が囁いた。それは優しい声であった。
「お前がいてくれて、俺たち…俺は本当に助かっている。」
「…本当ですか?」
「ああ。」
お琴を抱きながら直樹は思った。
この家にお琴を残す理由は重樹たちを元気づけてほしいという思いの他にもう一つあった。

――この家ならば、お琴の身に危険が及ぶことはない。

相原家への危害は今のところないことは分かったが、敵の狙いは一体何なのかが今一つ分かっていない。
自分なのか、入江家なのか、それとも渡辺屋なのか。もしかしたらお琴の身に危険が及ぶことがあるかもしれない。
この家ならば家来がしっかりと警護しているから一応安心である。お琴を守るための、直樹の苦渋の決断である。

「師匠…。」
お琴がクルリと体を向けてきた。
「機嫌直ったか?」
笑いながら直樹はお琴の頬をついた。もう膨らんでいない。
「…浮気、しないで下さいね。」
「当たり前だろ。」
「本当ですか?おうめ婆さんにコロッって…。」
「ない、ない。ふんどしも洗わせないから安心しろ。」
「ならいいです。」
やっとお琴が直樹に笑いかけた。

「お琴。」
「はい?」
直樹は機嫌を直したお琴の唇に自分の唇を重ねると、優しく言った。

「俺の嫁になってくれて、ありがとう。」



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 |  2013.01.28(Mon) 18:35 |   |  【コメント編集】

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 |  2013.01.28(Mon) 18:48 |   |  【コメント編集】

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 |  2013.01.28(Mon) 20:50 |   |  【コメント編集】

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 |  2013.01.28(Mon) 21:23 |   |  【コメント編集】

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 |  2013.01.28(Mon) 21:49 |   |  【コメント編集】

★佑さん、ありがとうございます。

佑さん、相当じれったいと思ってらっしゃいますよね(笑)
そうなんですよ、しまった!と私も焦り始めていて(汗)
話を頑張って動かさないとならんなと。
ついでに入江くんも頭を働かせないとなあと。
水玉 |  2013.01.28(Mon) 22:41 |  URL |  【コメント編集】

★紀子ママさん、ありがとうございます。

俗にいうフラグってやつですかね?
書いていて「オーバーになったか」と思ったのですが、どうしても入江くんに言わせたかったんです。
お琴ちゃんLOVEなのよ~ってところを見せたくて。
うふふ、とりあえず飛ばさないで読んでいただけるよう頑張ります♪そんなに怖い展開にならないかと…むしろ「はあ!?」的なことになりそうで。
水玉 |  2013.01.28(Mon) 22:43 |  URL |  【コメント編集】

★カスガノツボネさん、ありがとうございます。

「おうめさん…」としわくちゃの顔にキスする入江くんとか(笑)
怖いもの見たさで私も見たいかも。
ドキドキ、私もです。
ああ、どんどん山場が近づくと思うとドキドキで…書けるだろうか。
水玉 |  2013.01.28(Mon) 22:44 |  URL |  【コメント編集】

★ようたいさん、ありがとうございます。

うわ~最初から好きなんて嬉しいです!!
しかもドンドン面白くなるなんて…うう!頑張れそうです、最後まで!!
お姫様らしからぬ琴子ちゃんと、なかなか素直にならない入江くんを楽しんでいただけているようで嬉しいです。
読者様がいらっしゃる限り、頑張りますね。
水玉 |  2013.01.28(Mon) 22:46 |  URL |  【コメント編集】

★いたさん、ありがとうございます。

体調いかがですか?お辛いときに来て下さりありがとうございます。
どうぞ、ゆっくり休んで下さいね。
ゴルゴ、いたさんは喜んで下さると思っておりました。私の中でさいとう祭りだったものですから(笑)
読んで下さるだけで嬉しいです。コメントはどうぞ気にしないで下さいね。
私も元気になったいたさんがコメント下さる日を、心待ちにしております。…と、矛盾した内容になってしまった、お許しを!
水玉 |  2013.01.28(Mon) 22:48 |  URL |  【コメント編集】

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