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2013.01.26 (Sat)

縁ありて 12


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「うむ…。」
お琴が点てたお茶を重雄は満足げに飲んだ。
「なかなかましなものになったの。」
「そうでしょうか?」
「手付きはまだおぼつかないものの、茶碗を何個も割ったそなたを知っていると夢のようだ。」
「ま。」
「茶の師匠もそなたにはほとほと、手を焼いておった。」
「入江の義母上様が優しく手ほどきして下さいますから。」
この邸に暮らしていた頃は、本当に茶道の稽古が嫌いで仮病を使って休んだことも数知れずのお琴であった。
しかし紀子が相手だと稽古が楽しくて仕方がない。紀子はどんな些細なことでも褒めてくれるし、頭ごなしに叱りつけてこない。
そんな優しい姑、そして舅を苦しめているのはもしや自分ではないかと思うと、お琴の胸は苦しくてたまらない。

「して、今日はどうした?」
茶碗を置き重雄は愛娘を見た。茶室には親子二人きりである。突然のお琴の来訪に何か重要な話があると見た重雄がここへ誘ったのであった。
「父上。」
「ん?」
「…私がこの家を出て、何か不都合なことは起きておりませぬか?」
「不都合なこと?」
「父上のお子は私しかおりませぬ。本来ならば婿を取って家を継ぐ身であるのに…。」
「何か騒動は起きていないかということか?」
「はい。」
ここへ来るまでの間、どう話を切り出そうかずっと考えていたお琴であった。入江の家がこうなっているから相原に迷惑がかかっていないかと率直に聞こうかとも思ったが、自分の元へ届いた投げ文と入江家のことが関わっているような気もする。そこでお琴は相原家に変わったことはという聞き方をしたのだった。

「今更何を。」
重雄は笑ったが、すぐに真顔になった。
「まあ、跡取りはどうするのかという声が起きても不思議ではない。」
「やはり」とお琴は思った。
「だがそれはわしの所まで届いておらぬから確証があるわけではない。あったとしても届かぬように家老たちが国元で押さえているであろうし。」
「そうでしょうか。」
「しかしな。」
重雄がお琴を見る。
「わしはそのような声は起きていないと信じておる。」
「起きていないと?」
「跡取りを放り出したからといって、わめかれるような政はしてこなかった自信がある。」
重雄の声はきっぱりとしたものだった。
「そなたがいなくなったことで不安を与えるような真似はしていない。これだけは自信をもって言える。」
「父上。」
「わしの民たちは、そのようなことで取り乱す者はいないはずだ。家臣も同様。」
「…まことでしょうか?」
お琴の目にはまだ不安の色が残っている。
「娘の幸福を犠牲にしてまで血縁にこだわるつもりはない。親族だっているのだからきちんと跡取りは決めることができる。跡取りがいなくてお家がつぶれ民や家臣たちを路頭に迷わせるようなことは決してしない。」
「そうだった」とお琴はこの時やっと気が付いた。父はそういう人間であった。だからこそ、この度石高が加増されたのである。それは父が藩を立派に治めている証拠である。

「申し訳ございませんでした、父上。」
お琴は手を付き頭を下げた。
「父上の大事な家臣、民を私は疑ってしまいました。愚かな娘をどうぞお許し下さいませ。」
何と馬鹿なことをしたのだろうとお琴は恥ずかしくなった。相原家の姫、いや相原重雄の娘として失格である。

「…人を悪く思わないそなたが、そこまで思い詰めるのだからよほどのことがあったのだろう。」
重雄も娘のことをよく理解していたので、怒ってはいなかった。その顔は娘を慈しむ顔だった。
「何かあったのか?もはや隠し事は無用。」
お琴は頭を下げたまま考えた。確かにここまで父に話したのだから、隠すことは却って申し訳ない。

「実は…。」
お琴は懐から投げ文を出し事情を説明した。
「成程、そちが飛んでくるわけだ。」
投げ文を見て、重雄は眉を潜める。
「入江家のことも加われば尚更のこと。」
「ご存知でしたか?」
お琴は驚いた。
「娘の嫁ぎ先には目を配っておるからの。」
だからといって、大名が旗本救済のために動くことは憚られる。
「入江殿は実直な人間。すぐに誤解は解けよう。」
「そうだといいのですが。」
「だが、こちらの方はちと厄介かもしれぬ。」
投げ文を返しながら重雄は考え込んだ。
「入江家の問題とこの投げ文、関係が全くないとは思えぬ。」
「私もそう思います。」
誰かが自分たちを陥れようとしていることはお琴にも分かっていた。

「しかし、相原家とこの文が関係していないことが分かっただけでも安堵いたしました。」
元通り懐へ入れ、お琴は漸く笑顔を見せた。
「入江の義父上が、此度のことで相原家に何か起きていないかと心配されておいででしたので。」
「そうであろうな。入江殿はそういうお方であるから。」
「はい。」
「この文のこと、婿殿は?」
「話しておりませぬ。余計な心配をかけたくなかったので。」
「そうだな。父上のことや物書きのことで婿殿も心労が重なっておろう。」
とにかく相原家に関しては何も心配する必要がないのだから、この文のことは今まで通り直樹へ伏せておく方がいいと重雄は言った。お琴もそうすることに同意した。

「では、戻ります。」
お琴は重雄に挨拶をした。
「戻るか?」
「はい。嫁でございますから、早く戻って義父上のお世話をいたします。」
娘の言葉に重雄は破顔する。
「頼もしく成長したものよ。」
父の褒め言葉にお琴はうっすらと頬を染めた。



茶室を出て父と別れ、来た時同様お琴は一人で入江家に戻るつもりであった。格好こそ旗本の奥方といった姿であるが、どこへ行くにも女中たちに付いてこられた暮らしを送ってきたお琴は、今、一人で出歩く喜びをかみしめているところであった。近い所であれば駕籠に乗ることすらしないお琴である。

そんなお琴を相原家の家老が呼び止めた。
「殿より入江様へお見舞いの品をこれに。」
「これにって…え!?」
お琴は目を丸くした。一体いくつあるのか、多数の品がそこに並んでいる。
「ご安心なされませ。供に持たせます。」
と、家老は早速供につく者たちに指示を飛ばした。
「入江様や渡辺屋、その他姫様のご裁量にてお配りされますようにとのご伝言でございます。」
「父上はまあ…。」
お琴は驚きつつも、父が自分を心配していることを痛い位に感じていた。重雄は身分柄見舞いに出向けないし、出向けたとしても逆に迷惑をかけることになると思っているのに違いない。
父と家臣たちに感謝しながら、お琴は大八車を引いた伴と共に帰途についたのだった。



入江家に戻ると、どうやら客が来ているようであった。
見舞いの品の多さに目を丸くしている女中に、お琴は来客が誰か訊ねた。すると、
「渡辺屋様とご隠居様でございます。」
という言葉が返ってきた。




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 |  2013.01.26(Sat) 05:41 |   |  【コメント編集】

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 |  2013.01.26(Sat) 06:37 |   |  【コメント編集】

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 |  2013.01.26(Sat) 06:54 |   |  【コメント編集】

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 |  2013.01.26(Sat) 07:55 |   |  【コメント編集】

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 |  2013.01.28(Mon) 10:05 |   |  【コメント編集】

★紀子ママさん、ありがとうございます。

あ~わかります。
私も結構そのクチかも(笑)というか、じれったくなって飛ばしまくるんですよね(^^ゞ
まどろっこしい書き方とか飛ばしまくって、気づいたら結末だったとかあります。
本読む資格ないかも…。
鬼平、まだ見てないんですよね。うちは母が老後の楽しみにとテレビシリーズをせっせと(私が)録画してBDに落としてます。つうか、いつ老後になる予定なんだろか?
水玉 |  2013.01.28(Mon) 22:26 |  URL |  【コメント編集】

★たまちさん、ありがとうございます。

すごいですよね~江戸時代って。
三歳の姫様の婿に二十そこそこの男が来たり、家を継ぐためには手段を選ばないって感じで。
あと大名家のお姫様って乳母日傘で育ったせいか、結構体が弱かったみたいですよ。
お琴ちゃんは元気いっぱいでおうめ婆さんなみに長生きしそうですけれど。
いや、続くって感じの終わり方にしないと読者の皆様が読んで下さらないなあと思って(笑)
色々と工夫をしてつなぎとめようと必死になってます。
水玉 |  2013.01.28(Mon) 22:29 |  URL |  【コメント編集】

★佑さん、ありがとうございます。

あ、入江くんの賢さをすっかり忘れてた…。
完全にただの凡人に成り果てている…どうしましょ(笑)
水玉 |  2013.01.28(Mon) 22:29 |  URL |  【コメント編集】

★ぴろりおさん、ありがとうございます。

うわ~お忙しい中ありがとうございます!
大丈夫です!最後の最後にすごいパワーが人間は出ますからっ!
高校時代に担任の先生が「現役生は最後まで伸びるからあきらめるな!」と言ってました。
息子さん、頑張れ~!!!

ゴルゴにキュンする方はぴろりおさんだけでしょう(笑)
かっこいいセリフを口にさせているんですけれど、座薬弾とかですべて帳消しになっているぽい…。
ついでに請求する後輩が、シリーズ一番の反応でした…なぜ?
ガッキーのサービスカット効果でしょうか?脱がせたら反応よくなるなら、今書いているお話でも脱がせた方がいのでしょうかね?(笑)突然出てきて脱いで去っていく…。
いつも私を癒してくださるぴろりおさんを癒せたら最高です。私もぴろりおさん大好きです。
水玉 |  2013.01.28(Mon) 22:34 |  URL |  【コメント編集】

★reikoさん、ありがとうございます。

「はい、優勝!トランプマーン」と続けたくなりました(笑)
大丈夫です、イチャコラをRもんだと思った方多かったですから(笑)そりゃあそう思いますよね。
もう、そんな悩みながら書いているお話に胸キュンしていただけてうれしい限りです。
注意報出しまくりたいです。
ていうか、今のお話は胸キュンどころか胸ボリ注意報(「進まないな~」と胸をボリボリかきむしりたくなる)が出そうな気配で…尚更reikoさんのコメントが嬉しかったです!!
水玉 |  2013.01.28(Mon) 22:37 |  URL |  【コメント編集】

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