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2013.01.20 (Sun)

縁ありて 11


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入江家の屋敷はしんと静まり返っていた。用人も女中も直樹たちを見て喜びを表したが、すぐにその表情が翳ったのはやはり主人が突然謹慎を命じられたからだろう。
どことなく、屋敷の中に薬の匂いが漂っていることにお琴は気づいた。と同時に奥から医師が姿を見せた。
「此度のことがお体にこたえたらしく…。」
重樹が胸の苦しさを訴えて倒れたのだという。
「しばらくゆっくりと休まれたら大丈夫かと。」
医師はまた来ると言い残し去って行った。

重樹は静かに目を閉じて、身を横たえていた。どこかその顔は青ざめている。傍らに付き添っている紀子が直樹たちの顔を見て笑顔を浮かべた。



重樹の謹慎の理由は直樹が聞いても理不尽なものであった。
「先日切腹を命じられた旗本と親しくしていた」という、たったそれだけの理由だったのである。
「あれはその旗本が権力をかさに威張り散らし、更には商人と結託して悪事をはたらいたからだったはず。」
直樹もその話は聞いていた。
「父上とその旗本とは何の付き合いもなかったはず。」
「仰る通りでございます。」
用人が口惜しそうに言った。
「ただ、話しかけられたことがあって殿は一言、二言お言葉を返されただけです。」
「それを親しくしていたと受け取られるとは。」
これだから武士はと直樹は思ったがさすがにそこまでは口にしなかった。
「あまりにおかしい。こんなことが認められることはないはずだ。」
どう考えても何か裏がある気がしてならない。
しかし今は重樹の体が大事である。とにかくゆっくりと休ませたいという紀子の希望もあり、話はそこまでとなった。



「裕樹。」
紀子が重樹の傍へ戻った後、直樹は裕樹を部屋へと招いた。
「包み隠さず教えてほしいのだが。」
兄の言葉に裕樹が身を固くする。
「俺や渡辺屋の話、お前は聞いているか?」
直樹は実家へあの一件を知らせていない。
「…耳には届いています。」
裕樹は正直に答えた。
「となると、父上のお耳にも?」
しばらく考えた後、裕樹は小さく頷いた。

「ああいう話は面白おかしく広げていくからな。」
おうめ婆さんがお琴に言ったことと同じことを直樹は口にした。町の話とはいえ、色々なところから重樹の耳にまで届くのは不思議ではない。




「謹慎も悪くはないな。」
目を覚ました重樹が、傍らに座っている直樹とお琴を見て笑った。
「こうして家族が皆顔を揃えるきっかけになるのだから。」
「まあ、何を仰るやら。」
家族を不安に陥らせまいと気を遣う重樹の気持ちを慮り、紀子も笑う。
「しかし、直樹。」
「はい。」
「お前はお前の仕事があるのだから、早く戻るように。」
「父上。」
「お前の仕事が滞ると渡辺屋が困る。他人に迷惑をかけてはならぬぞ。」
「はい。」
答えながらも直樹は思った。父の心労の一因はやはり自分のこともあるのではないだろうか。



「まあまあ、お琴ちゃん!」
紀子の声にお琴は洗い物をする手を止め上を見た。
「そんなことをしなくていいのですよ。」
若奥様が洗い物をしていると知らされ、慌てて紀子は飛んで来たのである。
「ちゃんと女中が何人もいるのです。お琴ちゃんはいつも直樹さんのお世話で忙しくしているのだから、こういう時こそゆっくりとくつろがなければ。」
「いえ、義母上様。」
手を拭きながらお琴は立ち上がった。
「私にできることはこれくらいしかありません。」
「お琴ちゃん。」
「お料理が上手であれば、義父上様のお口に合うものを作って差し上げることもできますが私はそれができません。唯一お役に立つことがこれなのです。」
「お琴ちゃん…。」
お琴は紀子に笑いかけた。
料理上手な紀子は大身の旗本の奥方でありながら、台所に立つことを好んでいる。今回も重樹が食べられそうな物を色々作っている。お琴も手伝いたいが、今回は病人相手。下手に手を出して食べにくい物にしたら大変と皿を並べたり運ぶことしかできなかった。それが悔しくて、役に立たないことが悲しいのである。
「ごめんなさい、至らぬ嫁で義母上様に余計なお気を遣わせてしまって。」
「そんな、至らない嫁だなんてことはありませんよ。」
紀子はお琴の冷たい手を自分の手で包み込んだ。
「こんなことをしてくれる嫁など、滅多におりません。」
盥の中には重樹の洗い物が入っている。病人の身に着けた物を嫌な顔一つせずにお琴は洗ってくれている。
「直樹さんが私たち夫婦へしてくれた最大の孝行は、お琴ちゃんをお嫁様に迎えたことですからね。」
「義母上様。」
それからお琴はどうか女中を叱らないようにと言うことも忘れなかった。女中たちが止めるのを自分が押し切ってやっていることなのだからと。
「分かりましたよ。あまり無理をしないようにね。」
紀子はお琴に微笑むと重樹の元へと戻って行った。

――もしかしたら、相原家の誰かが…。
再び手を動かしながら、お琴は考えていた。あの投げ文といい、今度の重樹の謹慎。重樹の謹慎の裏には何か力がはたらいているのではとお琴ですら思わずにいられない。
お琴が知る限り、江戸の相原家の藩邸に勤める者たちは皆好意的である。そんな謀をするような人間がいるとは思えない。第一、父の信頼する家臣たちを疑うことなどお琴はしたくなかった。



「お琴ちゃん、洗い物までしてくれたんだってね。すまないね。」
「とんでもございません。」
重樹はお琴をねぎらってくれた。
「でも気を遣わなくていいんだよ。ここはお琴ちゃんの家でもあるんだから。お琴ちゃんはわしらの大事な大事な娘なんだから。」
「ありがとうございます。」
変わらぬ重樹の優しさにお琴は胸がいっぱいになる。だからこそ、自分の実家がそんな重樹を傷つけているのではと不安が膨らむ。

「ところで、相原様より何か来ていないだろうか?」
「え?」
実家のことを考えていた矢先に重樹から問われ、お琴は驚いた。
「わしがこのようなことになり、相原様に何かご迷惑が掛かっていないか心配でならぬ。」
「そうですわね。」
紀子も同様であった。
「お琴ちゃん、何か変わったことなど聞いていませんか?」
「いえ、何も。」
入江家に滞在して五日になるが、相原家からは何も言ってきていない。
「そうか。もしやこちらに気を遣われておいでなのでは。」
「お琴ちゃんのお父上様ですから、その可能性はございますね。」
重樹と紀子は心配している。



「では、一度相原家に顔を見せに行ったらどうだ?」
お琴が直樹に相談すると、そのような答えが返ってきた。
「でも、義父上様が大変な時に。」
婚家より実家を優先するようでお琴は気が重かった。
「だが、そうすることで父上の心は軽くなる。そう考えると一番いい方法じゃないか?」
直樹の言うとおりであった。
「俺も相原家に何か危害が及んでいるか心配であったし。」
「危害?」
「…父上のことで、やはりな。」
直樹は咄嗟に誤魔化した。自分と渡辺屋の件で相原家に何か起きているのではと思っているなどいったらお琴を心配させるだけである。

ということで、お琴は重樹たちの許しを得て、相原家へ顔を出すことに決めたのだった。




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 |  2013.01.20(Sun) 21:20 |   |  【コメント編集】

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 |  2013.01.21(Mon) 07:17 |   |  【コメント編集】

私は水玉さんのお話が大好きです!!
いつもいつもどんな話でも続きを心待ちにしています♪
水玉さん、書きたいものを自信持って書いてください!!
必ず、水玉ワールドを愛している皆様がついてきますよ♪
大丈夫!!

琴子ちゃんの今後の動向が気になりますね。
琴子ちゃんは思い込むと・・・・・
笑顔の絶えない暮らしが戻ってきますように!!
頑張れ直樹!!琴子ちゃん!!
ゆみのすけ |  2013.01.22(Tue) 13:08 |  URL |  【コメント編集】

★たまちさん、ありがとうございます。

皆既日食が起きたかのような暗さ…わ~何とわかりやすいたとえ!!
たまちさんにギュっとされてヨシヨシとされたら、きっと琴子ちゃん涙を流して喜んでくれますね!
今回は色々動きを封じられている感じで入江くんも頭を使う機会がないのかもしれないです。
そうそう、実家になんて簡単に戻れなかったんですよね。
今読んでいる小説が身分と必死で戦う人たちの物語で、今の世に生まれてよかったなあと私も思います。
水玉 |  2013.01.24(Thu) 22:34 |  URL |  【コメント編集】

★佑さん、ありがとうございます。

書いている私もどんどん深みにはまっていっているようです、ドキドキ(笑)
水玉 |  2013.01.24(Thu) 22:34 |  URL |  【コメント編集】

★ゆみのすけさん、ありがとうございます。

うわ~ん、ゆみのすけさん、いつもありがとう!!
いつも同じようなことをこぼしてすみません。
そんでもっていつも甘えてしまってすみません。
嬉しいです、ありがとうございます!!
水玉 |  2013.01.24(Thu) 22:36 |  URL |  【コメント編集】

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