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2013.01.12 (Sat)

縁ありて 9


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「それでお琴ちゃんが、あんな話をしたわけか。」
店を出て歩きながら渡辺屋がケラケラと笑った。どうやら大分元気を取り戻してきたらしい。
「この間来てくれた時にさ、“渡辺屋さんは師匠にとってかけがえのないお方なんですね”とか言い出すから何事かと思った。」
「ったく、あいつはおしゃべりだからな。」
「いい話は分かち合いたいってところなんだろう。だけど、お前はずるいな。」
渡辺屋が隣の直樹を軽く睨んだ。
「自分の話は全然お琴ちゃんにしてないみたいじゃないか。」
「俺の話?」
「とぼけて。ほら、あの決闘だよ。」
「そんな大げさなもんじゃないだったろう。」
「まあそうだけど。でもあれはすごかったよな。」
と、そこまで話した時渡辺屋の口が止まった。

「…入江。」
「ああ、気づいている。」
並んで歩く二人を、明らかに誰か付けている者がいた。かなり上手な尾行に違いないが、武道の修行を積んできた二人は気づいていた。勿論、振り返って確認するような真似もしない。

「どうする?」
「ここじゃ人が多い。あと少し歩いたら…。」
そこの角を曲がったら店が途切れ人が少なくなる――。



「何だい、相変わらずおぼつかない手付きだね。」
ふんどしを洗っていたお琴は顔を上げた。おうめ婆さんが生垣の向こうからこちらを見ていた。
「そんなんじゃ汚れも落ちやしないよ。」
「だからといって、自分が洗おうなんて思わないで下さいね。」
お琴は頬を膨らませると、じゃぶじゃぶと手を動かす。
「あたしに言い返す元気はまだ残っているようだね。」
「え?」
「何も言い返さないようだったら、その尻引っぱたいてやろうかと楽しみにしてたのに、残念だよ。」
どうやらおうめ婆さん流の励ましらしい。

「…渡辺屋ほどの大店だったら、知らないうちに恨まれていることだってあるさ。」
「おうめ婆さんの耳にまで?」
「まあね。」
どうやら直樹と渡辺屋の件はおうめ婆さんの所まで届いているらしい。お琴は「そんなに広まっているのか」とふんどしを桶の中に落として項垂れた。
「噂なんて面白おかしく広がるもんだよ。広がっている時点で本当のことなんて消えちゃってるもんさ。」
「でも…。」
先日渡辺屋に様子を見に行った時、まだ客足は遠のいたままであった。
「人の噂は七十五日っていうだろ?すぐ消えるさ。」
「そうでしょうか?」
「そのうちに新しい噂が出てくるだろうしね。それに。」
「それに?」
「本当に面白いもんは、どんな噂が立とうが我慢できないもんだよ。」
お琴は前掛けで手を拭きながら、おうめ婆さんの前に立った。
「主が牢に放り込まれようが、作者が極悪人扱いされようが、面白いもんは面白い。それに本当の読者ならば書き手と作り手が本当に悪人か、あの本を読めば分かることだよ。」
「おうめ婆さん…。」
「あたしもそろそろ新しい話を読みたいんだ。」
ニヤリとおうめ婆さんは笑った。つられてお琴も笑う。
「もうすぐ、師匠と渡辺屋さんがここにいらっしゃいますから伝えておきますね。」
「ああ、そうしておくれ。もし老婆がいい男の寝込みを襲う話を書きたいって言うならば、いくらでも協力するよ。」
「あ、それはありえないんで。」
「ふん、ちょっとくらい味見させな。」
「嫌です。」
すっかり元気を取り戻したお琴は、あっかんべーとおうめ婆さんにしたのだった。



直樹たちが角を曲がった後、尾行していた者―浪人風の男が足を速めた。男も人通りが少なくなると知っていた。
「俺たちに何か用か?」
角を曲がったところで、待ち構えていた直樹が男に声をかけた。
「!」
男は鯉口を切り、すぐさま刀を横へと払った。が、直樹は俊敏な動きでそれを避ける。
「入江!」
渡辺屋が直樹の後ろからほうきを放り投げた。直樹はそれをしっかりと受け取る。
男が刀を振り上げてきた。直樹がほうきで見事にそれを受け流す。まるで刀のようにほうきが動く。
しかし、いつまでもほうきで応戦はできない。どうしたものかと直樹が思った時、男がくるりと背を向けた。そして元来た道を走っていってしまった。

「入江。」
「どうやら俺らにとどめを刺すつもりは最初からなかったらしいな。」
「ああ。お前の腕前を確認しているかのようだった。」
「そうだな。」
一体、なぜ自分たちがそこまで狙われなければならないのだろうか。二人はいくら考えても思い当たる節はなかった。



数日後、お琴の元に来客が現れた。
「ご家老から、こちらを預かってまいりました。」
相原家の用人(秘書)は、恭しく黒塗りの箱をお琴へ差し出した。
「おお、わざわざすまないことを。」
相原家の家人を相手にするとお琴は姫君言葉が出る。
「よほど大事な物でございましょうな。ご家老が気を付けて運ぶようにと仰せで。」
「まあ…そういうことです。」
まさか中身が三十年洗っていないふんどしだと、さすがにお琴も言うのが憚られた。
「入江様は本日は?」
「ご実家です。少し調べたいことがあるとかで。」
「左様でございますか。ところで姫様。」
「何でしょう?」
「先日、殿が渡辺屋へお出かけになられました。」
「父上が?」
お琴は驚いた。
「はい。入江様のご本をご自分の目で選ばれたいと仰せになられ。某もお供いたしまして。」
「そうですか…。」
お琴は困った。客足が途絶えた渡辺屋を見て、父はどう思っただろうか。父を心配させまいと直樹たちのことは一切知らせていない。

「…根拠のないことなど、すぐに消えると仰せでございましたよ。」
用人が穏やかにお琴に話した。
「後ろめたいことがないのならば、堂々としていればよい。さすれば皆も分かってくれると仰せでございました。」
「では、父上は?」
「はい、入江様のご本をお求めになられました。渡辺屋の主が感激しておりました。」
それはそうだろうとお琴は思った。
今回の件で渡辺屋と取引のあった大店、武家の中には付き合いを止めたものも出たと聞いている。
「そういう人間はそういう奴だと思うしかない」と直樹も嘆息していた。
そのような中、お琴の父は今までと変わらず渡辺屋を贔屓してくれている。

「家中でも入江様のお話は大変話題で。某の妻も新しいものはいつ出るのかとうるさくて。」
用人が笑った。
「父上に…琴が感謝していると伝えておくれ。いや、父上だけじゃありませぬ。相原家に仕えてくれる皆に、琴は感謝します。」
「姫様、勿体のうござりまする。」
時折は重雄に顔を見せに来てほしいと言い残し、用人は相原家の上屋敷へと戻っていった。



「そうか、義父上が。」
「はい。」
お琴は用人の話を戻った直樹に伝えながら、刀を直樹から受け取った。

あれから直樹は刀を持ち歩くようにしていた。作家とはいえ旗本の息子、武士であるのだから帯刀は許される。
お琴はそれを慎重に刀掛けへと掛ける。直樹が突然刀を持ち歩くようになったことが最初は不思議であり、お琴は理由を直樹へ当然訊ねた。
直樹は自分と渡辺屋が襲われたことはお琴に話さないことに決めていた。いたずらにお琴を不安がらせてもいけないと思ったからである。
そこで「父上から頂いた刀をたまにはささねば申し訳ない」という理由を直樹はお琴に話した。その刀は直樹が家を出る際に重樹から贈られた一級品だと聞かされたお琴は「確かにそうですね」とあっさりと納得したのだった。

「有難いことだ。」
「本当ですね。」
おうめ婆さんといい、重雄といい、本当に分かってくれる人は分かってくれる。それが今の直樹とお琴には嬉しい。
「鴨屋も今まで通り、渡辺屋と商いを続けてくれるらしい。」
「本当ですか?」
「ああ。」
実家からの帰り、渡辺屋へ寄った時に直樹は啓太と顔を合わせたのだった。
「うちは勿論、今まで通りお付き合いさせていただきます」と頼もしいことを啓太が言ってくれ、渡辺屋も喜んでいた。
「こういう状況になって初めて、人の本性が分かるもんなんだな。」
「そうですね。」
「待っていてくれる人たちのためにも早速、新しい物を書かなければな。」
「わあ!」
お琴が手を叩いた。
「それじゃ、とびきりのお茶を用意しますね。」
「ああ。」
と、机の上に物を書く準備を始めようとした直樹は見慣れない黒塗りの箱に気づいた。
「あ、いけない。おうめ婆さんに届けないと。」
「おうめ婆さんに?」
いそいそと箱を抱えて庭に出るお琴を見ながら「まさか」と直樹は思った。

「何であたしが、そんな汚いふんどしを洗わなければいけないんだい!!しかもこんないい箱に入れて運んでくるかね!」
「人様に差し上げるのに何も包まないなんて失礼なことできません!!それに師匠のふんどしに手を出されたら困るからですっ!!」

「…やっぱり。」
外から聞こえてくるおうめ婆さんとお琴の言い争いに、直樹は頭を抱えたがその口元には笑みが浮かんでいた。
こうしていつもの騒がしさがあることが、今は何よりも嬉しいのである。



こうして直樹とお琴がささやかな喜びを感じていた時、直樹を襲った浪人がとある家で話をしていた。
「かなりの遣い手と見える。」
「道場の代稽古を任されるくらいだから、想像はついたはず。」
浪人を含め男たちは数人。
「しかし、渡辺屋も店を閉じる気配はないし、入江も平気な顔をして歩いている。」
「渡辺屋といえば、この間武家の連中が店に来ていたな。」
「武家?渡辺屋の実家か?」
「いや、旗本というよりどこぞの藩の役人といったところだった。」
彼らは交代で渡辺屋を見張っている。
「藩…待てよ?」
「何か知ってるのか?」
「入江はとある藩と付き合いがあるとか聞いたような…いや、違う!入江の妻女は相原家三十万石と縁のある人間じゃなかったか?」
「何だと?」
そこで男たちが不気味な笑みを浮かべた。
「…そこから攻めていけば、うまい具合に事は運ぶかもしれん。」





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 |  2013.01.12(Sat) 07:15 |   |  【コメント編集】

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 |  2013.01.12(Sat) 17:46 |   |  【コメント編集】

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 |  2013.01.12(Sat) 20:39 |   |  【コメント編集】

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 |  2013.01.13(Sun) 00:55 |   |  【コメント編集】

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 |  2013.01.13(Sun) 10:32 |   |  【コメント編集】

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 |  2013.01.13(Sun) 10:33 |   |  【コメント編集】

★きょがーこさん、ありがとうございます。

お返事遅くなり申し訳ありません。

私の設定を受けいれていただけてうれしいです。
大好きとのお言葉、それだけで胸がいっぱいです!!

お優しい言葉、ありがとうございます。
水玉 |  2013.01.24(Thu) 22:10 |  URL |  【コメント編集】

★佑さん、ありがとうございます。

お返事遅くなり申し訳ありません。

私も書いていて混迷状態になりつつ…。
ちゃんと書けるかな、ちゃんとわかっていただけるようかけるか、それが心配でなかなか筆が進まなくて申し訳ありません!
水玉 |  2013.01.24(Thu) 22:11 |  URL |  【コメント編集】

★カスガノツボネさん、ありがとうございます。

お返事遅くなり申し訳ありません。

直樹のふんどし洗ったら…お琴ちゃんに恨まれますよ~(笑)

そうですか?あんまり気にしなくて大丈夫なのかなあ?
励ましていただけてちょっとそんな気がしてきました。
ありがとうございます!
率直なお気持ち、うれしかったです♪
水玉 |  2013.01.24(Thu) 22:17 |  URL |  【コメント編集】

★たまちさん、ありがとうございます。

お返事遅くなり申し訳ございません。

ありがとうございます。
そうですね、夜は確かに考えない方がいいかもしれませんね。
うーん、難しいなあ…。
私の作風(といえるほど大したものじゃないですが)を気に入って下さっている方がいらっしゃることは本当にうれしいことです。
なんかあまりに自分の好き勝手に書きすぎて、読んで下さっている方を置いてきぼりにしているのではと不安になってしまいました。
「好きなものを自由に」という言葉に甘えてしまっているんじゃないかとか、色々と。
色々なお話についてきてくださる方には本当に頭が下がる思いです。
ありがとうございます。
水玉 |  2013.01.24(Thu) 22:21 |  URL |  【コメント編集】

★まあちさん、ありがとうございます。

お返事遅くなり申し訳ありません。

ありがとうございます。
ハラハラしていただけてうれしいです。うん、頑張りますね!!
水玉 |  2013.01.24(Thu) 22:21 |  URL |  【コメント編集】

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