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2012.12.30 (Sun)

縁ありて 7


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いつまで牢に入れられているのだろうか。直樹やお琴たちが、渡辺屋を心配する日々はいつまで続くのか。
お琴はせっせと渡辺屋のご隠居の元へと通っていたし、直樹は何とかして渡辺屋を救おうと色々と調べていた。
もしや斬首にこのままなってしまうのか、いや遠島かと不安は募る一方であった。

ところが、渡辺屋はあっさりと釈放されたのであった。心配していた人々が拍子抜けしてしまうくらいであった。

「勘違い?」
「ああ。」
心配かけた詫びと、店と祖母が世話になったお礼を述べるためにやってきた渡辺屋の言葉に、直樹は首を傾げた。
「そんな単純なことでお前を牢へ放り込んでいたのか?」
「牢といっても、どういうわけか揚がり座敷だったんだよな。」
揚がり座敷とは、旗本や医師などの身分の者が入れられる牢座敷で、普通の牢よりも待遇はよかった。
「俺の実家が旗本であることが考慮されたのかな?」
それにしても、この様子では本気で渡辺屋を罪に処すという気がなかったのではないだろうかと直樹は不思議に思った。
「まあ、疑いが晴れたんだからよかった。」
「ああ。」
「本当にそうですよ。」
そこへお琴がお茶を運んできた。
「お琴ちゃんにもすっかりうちの祖母がお世話になって。」
「とんでもない。私も前に渡辺屋さんやご隠居様に助けていただきましたから。」
心から嬉しいお琴は終始笑顔である。

「道場の代稽古も落ち着いたし、お前も無事だった。そろそろ新作について考えないといけないな。」
不可解なことではあるが、気を取り直そうと直樹は渡辺屋に言った。
「そうですね!今度はどんなお話が出てくるのかしら?」
お琴も二人を手伝う気満々である。
それなのに、渡辺屋の表情がどうも浮かない。

「渡辺屋さん?」
「え?ああ、ごめんね。」
お琴に顔を覗き込まれた渡辺屋は笑顔を見せた。が、その目は笑っていなかった。
「悪い、少し待ってくれないか。ほら、俺も出てきたばかりだからまだ色々と雑用がね。」
「ああ、そうだな。俺の方こそ先走って悪かった。」
僅かな間とはいえ、主が店を空けていたのである。やるべきことは山積みに違いない。



しかし、何時まで経っても渡辺屋は姿を見せなかった。
「お体でも悪くしたのでしょうか?」
牢暮らしが体にこたえたのではと、お琴が心配していた。
「そうだな…。」
忙しくしているだろうからと、店に足を運ぶことを遠慮していた直樹とお琴であった。渡辺屋自身が姿を見せることができないのなら、番頭や手代が来てもよさそうな頃合いであるが誰ひとり渡辺屋からは来なかった。
「前の話からもう一月と半分経っている。そろそろ出さないとまずいだろう。」
「ですよね。」
直樹の手元には次回作の構想が出来上がっていた。
「私、ちょっと様子を見てきます。」
お琴が家を飛び出した。



「え…?」
渡辺屋の暖簾をくぐろうとしたお琴は、その異常な様子に言葉を失った。
いつもなら店先は貸本屋や直接買い付けに来る客たちで賑わっている大店の渡辺屋。それが人っ子一人いないのである。
「これは入江先生の奥方様。」
帳面をめくっていたが、その目はうつろだった番頭がお琴に気づいてやって来た。
「あの、今日はお休みでしたっけ?」
そんなわけない。こうして店の大戸は開いている。だがお琴にはそれしか言葉が見つからなかった。
「いえ、そんなことは。」
番頭は手代に目配せをする。手代が奥へと行ったのは、主を呼ぶためだろう。

「お琴ちゃん、来ちゃったんだ。」
やがて渡辺屋が現れた。その顔は疲れきっている。
「渡辺屋さんのお体を師匠が心配していて…私も。」
こんな渡辺屋を見るのはお琴は初めてであった。気の利いた言葉の一つでも言えればと思うのだが、それだけが精いっぱいである。
「ごめんね。奥へどうぞ…といっても、この有様だからここで話したって平気なんだろうけれど。」
客が誰もいないのだから聞かれて困ることもない。
「あ、ご隠居様はお元気ですか?」
お琴は話題を変えようとした。
「ご隠居様にお会いできたらいいなって。」
「お琴ちゃんは優しいね。」
お琴の気遣いに感謝しながら、渡辺屋は奥へと案内する。

ご隠居は元気そうであった。お琴に世話になった礼を述べる。が、やはり孫の渡辺屋同様、その顔は精彩を欠いていた。
「お疲れのご様子ですので、どうぞお休み下さいませ。私はお顔を見られただけで嬉しいので。」
「ありがとう。お琴ちゃん。」
弱弱しく微笑むと、ご隠居は女中の手を借りて自室へと戻った。



「ええと…まあ、こんな感じなんだよね。」
二人きりになると、渡辺屋が口にした。
「お客様も来なくなってしまって。」
「それって…。」
まさかと琴子は信じたくなかった。
「うん。俺が牢に入れられていたからだろうね。」
牢に入れられるということは後ろ暗いところがあるからに違いない、そんなところで売っている本など買えないといった理由だった。
「だって渡辺屋さんは勘違いされただけですよね?」
「世間の噂は面白おかしく伝わるものだからね。」
このような状況では渡辺屋は勿論のこと、ご隠居も使用人たちも元気をなくすことは無理もなかった。

「入江の所にとても顔を出せる立場じゃないから。」
「そんなことないです!」
お琴は渡辺屋を何とか元気づけたかった。だがやはり言葉が見つからない。
「渡辺屋さんは何も悪いことはしていないんです。師匠だって分かってます!」
「そうだけど、世間はね…。」
商売人は世間体というものがある。渡辺屋が躊躇することもお琴にはよく分かっていた。

「入江には、俺から説明しに行くから。」
それまでお琴には黙っていてほしいということらしい。
「…分かりました。」
何でこんなことにと悔しい思いを抱きながら、お琴は渡辺屋に見送られて店を出た。
そこに丁稚が飛び込んできて、お琴とぶつかる。
「これ、お客様がいる前でなんと行儀が悪い!」
すかさず番頭が注意をした。
「いえ、大丈夫ですよ。」
笑顔でとりなすお琴であったが、足元に何か落ちていることに気づき拾い上げた。
「これは…。」
それはどこかに貼られていたものを剥がしてきたものであった。そこに書かれていた文言に、お琴は愕然となった。

『渡辺屋、そしてそこの本を書いている入江直樹は揃って大悪党である。』

「お琴ちゃん!!」
渡辺が裸足で土間に駆け下りてきた。
「渡辺屋さん、これって一体…。」
震えながらお琴は渡辺屋を見た。
「お客様がいなくなったのは、渡辺屋さんが牢に入っていただけじゃ…ないですよね?」
番頭が丁稚を奥へ連れ込んで行く様子をお琴は横目で見た。きっとこれから叱りつけるに違いない。だが、そんなことはお琴にどうでもいいことであった。

「渡辺屋さん、全部…一人で背負われるつもりだったのですね?」
目に涙を浮かべ、お琴は渡辺屋を見た。渡辺屋はとてもそんなお琴を見ていられず目を逸らした。
「違う、俺が悪いんだ。俺が不甲斐ないばかりに入江にまで…。」

「…何、一人で気取ってやがるんだ、このなべ屋。」

「師匠!」
「入江!」

暖簾を手で上げ顔を見せたのは、直樹であった。
「お琴がなかなか帰ってこないから、また迷惑かけているのかと思っていたんだが。」
直樹は店内を見回し、おおよその状況を理解した。
「成程、こういうわけか。」
「入江、違うんだ。俺が悪いんだ…。」
「俺の名前が出てきた以上、そんなことは通用しない。」
直樹は親友を見る。その目の奥には気遣っている色が浮かんでいた。

「全部、お前の口から聞かせてもらうぞ。」
「入江…。」

二人の間に何とも言えない緊張感が走る。

「あの…うちにいらしてください。」
その緊張感を破ったのは、お琴の声だった。
「ここはお店ですし、うちは狭いから緊張しなくて済むし…あれ?なんか変なことを言ってるな、私。」
「…本当、変だぞ、お前。」
直樹は呆れながらも助かったとお琴に感謝していた。このままでは渡辺屋は口を割らないことは分かっている。自分たちの家で、お琴の不器用なもてなしを受けながらの方が渡辺屋も緊張が和らぐかもしれない。

「お前、こんなでかい家に籠っているから考え方がおかしくなってるんだ。気分転換した方がいい。」
「ええ、そうです。それが私も言いたかったのです。」
お琴が笑顔でうなずく。
「さ、渡辺屋さん。」
「入江…お琴ちゃん…。」
渡辺屋は番頭たちを見た。皆が一斉に頭を下げ、店を任せろと目で言ってくれた。
「それじゃあ。」
渡辺屋は直樹とお琴に引っ張られるように、久方ぶりに外に出たのだった。






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