日々草子 縁ありて 6

縁ありて 6

結末は決まっているのですが、そこに至る流れにかなり苦戦しておりまして。
今まで書いた中で一番苦戦、そして一番悲惨な出来になる予感がぷんぷんしておりまする。

それでもいいよという方、どうぞお立ち寄りいただけたらと思います。
内容の不出来具合について責任は負いかねます。







道場では今日も門人たちが威勢のいい声を出して稽古に励んでいた。
正面の一段高い見所(けんじょ)から、直樹は稽古を見ていた。
幸い、道場主の風邪はすっかり回復に向かいそろそろ代稽古からも解放されそうである。

――またか。
直樹は立ち上がり、稽古をつけながら格子窓の傍に立ち外を伺った。直樹の一喝が効いたのか、騒ぐ女たちは今はもういない。
――確かに誰かに見られている気がしたのだが。
視線を感じることがどうも最近多い。だが誰が自分を見ているのか、全く見当がつかない。



代稽古は終わりそうでも、家の中は今だがらんとしたままであった。お琴が戻って来ないのである。紀子が阻止しているのか、使いの者も姿を見せない。
さすがにそろそろ迎えに行かねばならないだろうかと迷いながら、直樹は庭に出て洗濯を始めた。
「おや、色男は洗い物をしても様になるもんだねえ。」
その声に直樹はフッと笑った。
「あのふんどし小娘、まだ戻って来ないのかい?」
「ええ、まあ。」
「ふうん、もしかしてあたしに先生をくれるつもりだったりして?」
「さあ、どうですかね。」
おうめ婆さんとたわいもしない会話を交わしながら、直樹は手際よく洗濯をしていく。
「ふうん、ふんどし小娘よりいい手付きじゃないかい。」
おうめ婆さんの前で、直樹が竿に洗濯物を干した時だった。
「先生、いらっしゃいますか?」
家の前から珍しい声が聞こえた。
「啓太?」
「あ、先生!」
鴨屋の啓太が息を切らして、庭へと回ってきた。
「どうした?」
「先生、大変なんです。今…今渡辺屋へ出向いたら!」



「入江先生!」
啓太と共に渡辺屋に駆けつけた直樹の姿を見て、古くから仕える忠義者の番頭が駆け寄った。
「一体、何があった?なぜあいつが連れて行かれたんだ?」
この日、啓太は商用で渡辺屋に出向いた。二人で商談をしていたところ、突然同心(町の治安維持をする人)が現れ渡辺屋をしょっ引いていったのだという。それで啓太は直樹の元へ飛んで来たのだった。

「それが、ご禁制の書物を売ったとかで。」
主人を連れて行かれた番頭はじめ、手代から小僧までオロオロしている。
「ご禁制?」
そんなはずはないと直樹は思った。確かに発行を禁止されている書物はあるが、自分が書いているものも、そうでないものも、渡辺屋で売っている本にそのような類のものは一切ないはずである。
「突然、なぜそんな話になったんだろうか?」
啓太もおかしいと思う。

「師匠!!」
そこへ現れたのは、お琴であった。
「渡辺屋さんが大変なことになったと聞いて。」
お琴は、直樹の様子が気になりこっそりと家まで戻ってきた。そこでおうめ婆さんから渡辺屋の話を聞いて、飛んで来たのだという。
「あの、ご隠居様は?」
「え?」
そこで直樹たちは初めて、渡辺屋の祖母のことに気づいた。男たちは皆、渡辺屋のことや商売のことで頭がいっぱいで奥向きまで頭が回っていなかったのである。
「ご隠居様が心配です。私、様子を見てまいります。」
「頼むぞ。」
直樹の言葉に力強く頷き、お琴は奥へと急いだ。

とにかく渡辺屋は何も後ろめたいことはしていないのだからという直樹の励ましで、番頭たちは落ち着き始めた。
「お前たちがしっかりしないと、あいつが戻ってきた時に叱られるぞ。」
「左様でございました。」
日頃から渡辺屋がしっかりと商いをしているだけに、下の者たちも信頼できる者ばかりである。主がいなくても商売は続けると直樹と約束してくれた。
啓太はとりあえず自分の店に一度戻るということで、直樹は一人で奥へと向かった。
と、ちょうどお琴がご隠居の部屋から出てきたところであった。

「ご隠居はどうだ?」
「少し落ち着かれて、横になられました。」
心配で気が張りつめていたところに、お琴が顔を見せ少し安堵したのだろう。
「女中さんたちも、皆さんどうしていいか分からず落ち着かなかったようですし。」
「だろうな。」
「渡辺屋さんのご実家からもすぐに渡辺屋さんの母上様が飛んでいらしたそうです。」
渡辺屋の母方の実家がこの店であった。
「ですが、ご隠居様は武家が商家に関わるのはいけないことと仰られて戻られるよう諭されたとか。」
「さすがご隠居だな。強いお方だ。」
直樹は感心したが、お琴は「いいえ」と言った。
「強くあらねばと思われているように、私には見えます。」
ご隠居が休んでいる部屋をお琴は見た。
「渡辺屋さんがあのようにご立派に商いをされているのは、ご隠居様のお教えですよね。だとしたら、ご隠居様も奉公人を安心させるため必死だったのではないでしょうか。そうでしたら、泣いたり弱音を吐いたりはできないのではないかと思います。」
「お琴…。」
お琴はハッとなった。
「ごめんなさい!そんなこと私よりも師匠がずっとご存知ですよね。」
つい出しゃばった真似をと、お琴は頭を下げた。
「いや、お前の言うとおりだ。」
直樹は優しく笑った。
「そうだよな。孫が突然連れて行かれたんだ。泣きたくなるのが普通だし、倒れなかったことが不思議だ。すまない、俺の考えが浅はかだった。」
そして直樹はお琴の頭に手を置き、言った。
「人を思いやることでは、お前にかなう者はいないだろう。」
「師匠…。」

「入江先生!」
そこに番頭が転がるようにやって来た。
「今、店に入江様の奥方様が!」
「母上が!?」
直樹はお琴と顔を見合わせた。

店には紀子が立っていた。
「母上、どうしてこちらに?」
「何を言っているのです。あなたがお世話になっている渡辺屋さんが大変なことになったというのに。」
店先ではと番頭が急いで紀子を奥へと案内する。

「そうですか。ご隠居様はお休み中なのですね。」
お琴から様子を聞いた紀子は「少しでも眠れたらいいのですが」と心配した。
「直樹さんが暮らしていけるのも、こちらのお店のおかげなのですから。」
大身の旗本の妻が足を運ぶような状況ではないというのに、紀子は全く気にしていなかった。直樹はそういう母もすごいと思いつつ、その母の行動を許している父も大したものだと思わずにいられない。
「こちらを用意してまいりました。」
紀子付いてきた女中に持たせていたのは重箱を開けた。
「食欲はおありじゃないでしょうが、少しでも召し上がっていただけるものをと思って。」
中身は消化によさそうな、体に優しい食べ物が中心であった。

「師匠。」
渡辺屋の女中たちに色々話を聞いている紀子を眺めながら、お琴が直樹を呼んだ。
「義母上様はやはりすごいお方です。」
「そうか?」
「はい。私はご隠居様のご様子が心配で駆けつけただけですが、義母上様はお食事のことまで気を配られて。手ぶらで飛んで来た自分が恥ずかしいです。」
「まあ、世話好きなのは確かだな。」
お琴から面と向かって母を褒められ、どこか直樹は照れ臭かった。
「私も義母上様の様な女人になりたいです。」
「…俺を叱りつけるところは真似しないように。」
直樹の言葉にお琴はクスッと笑ったのだった。





関連記事

comment

管理者にだけ表示を許可する

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
プロフィール

水玉

Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
そっと見守っていただけたら嬉しいです。

※当ブログに掲載されている文章及びイラストの無断転載・使用はご遠慮下さい。

現在の御訪問者
現在の閲覧者数:
御訪問ありがとうございます
このブログについてのお願い
当ブログは、『イタズラなkiss』の二次創作をメインとしておりますが、時折管理人の趣味や日々の出来事についての記事も書いております。

原作者様や関係各位とは一切関係ありません。

二次創作については、いわゆる原作の隙間をぬった作品もありますが、主人公以外のキャラクターをメインとしたものや オリジナルキャラクターが出てくるものもございます。

そして、原作と違った時代(平安や明治やその他の時代を舞台にしております)、異なる設定(主人公を医者と看護師じゃない職業にしております)で書いてあるものが多いですが、原作を冒涜しているつもりは全くございません。

二次創作が苦手という方及び原作のイメージと合わないと思われる方はどうぞお引き取り下さいますようお願いいたします。

コメント及びメールなどでの苦情及び批判は公開、非公開を問わず、私へ告げることはご遠慮いただけますよう、お願い申し上げます。

このブログ及び掲載されている話が嫌いだと思われたら、黙ってあなた様の中から、このサイトの存在を消去していただけますよう、お願い申し上げます。

カテゴリー+月別アーカイブ
 
最新コメント
最新記事
カボチャの世界
Private
カレンダー
06 | 2017/07 | 08
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -
リンク