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2012.12.28 (Fri)

縁ありて 5


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「あら、どちら様でしたかしら?」
紀子の態度は予想通りだったので、直樹はさして驚くこともしなかった。

あの日、裕姫の相手を務めた後松本家を出た時はもう夜が更けていた。本来ならばお琴と共に我が家へ戻るはずだった。
しかし家の中は真っ暗であった。お琴の姿はどこにもなかった。夕刻、松本家にお琴の使いがやってきて先に戻っていると連絡を受けていたのだが。

そうなるとお琴がいる場所は一か所、直樹の実家である。迎えに行こうにもいかんせん、遅すぎる。とりあえず昼前にでも迎えに行こうと思いその日直樹は休んだ。

そして迎えに行ったら、この紀子の態度である。

「母上、何を言っておいでですか。」
「だってあなた様に心当たりがないんですもの。」
玄関に息子を立たせ、紀子はつんとそっぽを向いている。この様子ではお琴がいることは間違いない。
「息子ですけれどね、一応。」
「息子?はて、私にこんな冷たい息子などいましたかしら?」
「冷たくても息子です。」
「まあまあ、年を取るとぼけてしまうものですわね。」
紀子は大げさに首を傾げる。
「当家にはそれはもう、素直で可愛い娘はおりますけれど。ああ、そうそう。どこぞの姫君にフラフラとなった、献身的な嫁を見捨てる愚かで無慈悲な男が確か、この家では息子と呼ばれていたような。」
「母上…。」
お琴は全て紀子に話したらしい。その時、直樹は視線を感じた。
見ると、紀子の後ろから見覚えのある大きな目が二つ、ぴょこんと物陰からこちらを伺っている。
「おい。」
直樹が声をかけると、その目はサッと隠れてしまった。

「ったく。」
直樹が視線をそらすと、また目が二つ出てくる。
――今がまさしく、怯えた子犬だな。

「とにかく、家に入れていただけませんか。ここじゃらちが明かない。」
「当家の可愛い嫁に、両手をついて自分の愚かさを謝るのでしたら入れても構いませんけれど。」
「はあ!?」
「当然でしょう。何ですか、妻を一人ぼっちにして。」
「一人じゃありません。渡辺屋もいました。」
「とにかく!謝るのでしたらお入りなさい。謝らないというのでしたら、戻るように。」
「分かりました。もう結構です。」
この母親の前で両手をついて謝ったりなどしたら、今後何を言われるか分からない。
直樹は実家へ上がることもせず、そのまま出て行ってしまった。


「義母上様、私、あの…。」
直樹が去った後、お琴が紀子の傍に寄ってきた。
「まあ、お琴ちゃん。いいんですよ、あれくらい言わないと!」
「でも、そんな謝るなんて…。」
昨日は置いて行かれた悲しさから、紀子に泣きついてしまったお琴であった。しかし直樹に謝ってほしいわけではない。
「いいえ、ここでお琴ちゃんも強く出ないと今後の生活に支障をきたします!」
紀子はバーンと式台を叩いた。
「男はあれくらい言わないと分からないのです。いいですか?女が支えているからこそ、男は外で働けるというものなのです。いいえ、男が生きていけるのは女あってこそ!」
「は、はい…。」
「お琴ちゃん、絶対に負けてはいけません!情けは一切無用です!」

「兄上、気の毒に…。」
「紀子を怒らせたら、後が怖い…。」
激しい紀子の様子を、重樹と裕樹が震えながら見ていた。



「おや、これは入江先生じゃございませんか。昨夜はさぞお楽しみだったのでしょうね。」
「お前までもそれかよ…。」
入江家からの帰途、直樹は渡辺屋に立ち寄った。どこでの親友の他人行儀な言葉遣いに、
直樹はうんざりとした顔をした。

「天下の入江大先生も、美女には弱いようで。」
「ふざけるなよ、ったく。」
何で誰もかれもお琴の味方をするのか。

「お前が悪いんだからな。」
ようやく元の言葉遣いに戻った渡辺屋であったが、その目はまだ直樹を睨んでいた。
「あれはお琴ちゃんが泣くのも無理はないさ。お前、お琴ちゃんがどんなに裕姫様に対抗していたか知っていてあんなことをよくできたもんだ。」
「いや、そういうつもりじゃなく。」
「じゃあ、どういうつもりだよ?」
「だって、あんなふうに言われたら断れねえだろ。」
「お前の頭じゃ何とでも断れたはずだ。」
確かに渡辺屋の言うとおりであった。

「…学問の話ができそうだったから、ついな。」
直樹は正直に打ち明けた。
「話を少ししただけで、裕姫様はかなり賢いお方だと思った。女であそこまで賢い人間とはどんなものかと思って。」
幼い頃より神童とうたわれた直樹である。学問好きの人間は嫌いではない。そういうわけで裕姫に興味を抱いたことは紛れもない事実であった。そして裕姫は直樹が思った通り、そのあたりの男顔負けの優秀な人間で話は尽きなかった。

「だが色恋がどうとかいうわけではない。」
「あ、そ。」
「一緒にいてくつろげて、頑張ろうと思えるのはお琴だけだ。」
「じゃあ、さっさとそれを言ってやれ。俺にはお前だけだ、お前しか目に入らないって。」
「そこまで?」
「当然だ。それくらいしないとお琴ちゃんは戻って来てくれないぞ。」
そんな歯が浮くような台詞、本でも書いたことはない直樹である。

結局、そんなことはとても言えないと渡辺屋に断り直樹は家に戻ることになった。
――お琴の方からたまらず帰ってくるだろう。
そのように楽観している直樹である。そもそもお琴は裕姫に嫉妬しているわけである。それは直樹にとって気分は悪くなかった。
――鴨屋の啓太の時は散々やきもきさせられたんだ。たまには同じ気持ちを味わえ。
そのようなことを考えながら歩いていた時だった。
何かの気配を感じ、直樹は上を見た。
と同時に、突然直樹の傍に立てかけてあった材木がバタバタと倒れてきた。
直樹は寸でのところで身を避け、材木の下敷きにならずに済んだ。ただこれは直樹が武術に優れていたためであり、凡人であったらおそらく大怪我かもしくは…といったところである。
辺りを見回しても、人影はない。
――しっかりと立てかけてなかったのだろう。
お琴のことを考えながら歩いていたせいもあり、直樹はそれ以上は追及しなかった。

しかし、これはこれから起きる出来事の、ほんの始まりに過ぎなかったのである――。



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