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2012.12.17 (Mon)

縁ありて 3

書けば書くほど文章に重みがなくなっていく…。元から重みがあったかと問われたら答える術もないのですが。
眠れなくて江戸時代の時代小説を三日くらいで十冊近く読んだのですが(時代小説は実は現代物より読みやすいので一冊あっという間に終わるのです)、効果がないのが悲しい。







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「父上、この度はご加増おめでとうございます。」
お琴が手をつき、祝いの言葉を述べた。
「おうおう、元気そうじゃのう。」
お琴の父、相原二十五万石の当主、重雄は久しぶりに顔を見せた愛娘に目を細めた。
この度、重雄は幕府より三万石の加増を認められたのである。その祝いの席に、お琴と直樹夫婦、入江家の面々、そして渡辺屋が招かれていた。

「どうだ、入江家ではつつがなく暮らしているか?」
「はい。義父上様、義母上様には真の娘のごとく可愛がっていただいておりまする。」
「そうか、そうか。それは何より。」
そして重雄はお琴の傍に座っている直樹を見た。
「何せ姫育ち。色々いたらぬこともあり迷惑をかけているだろうな。」
「いえ、そのようなことは。」
直樹はかしこまって答える。
「お琴…いえ、その…。」
直樹はここで妻を何と呼んでいいか迷った。
「師匠、どうされました?」
お琴は直樹を気遣う。
「そうだぞ、もはや姫はそちの妻なのだから遠慮せずとも。」
重雄も直樹を気遣うと、
「そうですよ、師匠。いつものように、“スットコドコイ”とか“このバカが”とか呼んで大丈夫なのですよ。」
とのお琴の言葉である。
「スットコドッコイ…。」
これには重雄をはじめとする居並ぶ家臣たちが驚いた。
「姫様をスットコドッコイと…。」
ざわつく家臣たち。
「ああ、何てことを…。」
直樹たち入江家の面々は真っ青になった。

「いや…うん、妻だからな。何と呼ぼうと自由だ、うん。」
自分が何とかこの場をおさめねばと、重雄がわざと明るく笑う。
「はい、父上。」
お琴一人が幸せそうに笑っているのが救いか。

「ところで父上。お体の具合がすぐれなかったとか。」
お琴が父を心配する娘の顔になった。
「ん?あ、ああ…いや、心配するほどではない。もうこの通りだ。」
重雄は腕を振り上げ元気な様子を表現する。
「そうですか。それは何よりでございます。」
「そうだ、心配することは何もない。」
「ところで父上、私のお話は読んでいただけましたか?」
「え!?」
振り上げた腕を思わずひねりそうになった重雄は甲高い声を上げてしまった。
それも無理はなく、重雄が寝込んでいたのは直樹の推察通り、お琴の話にショックを受けていたからである。

「いかがですか?」
「いや、そうだな…うん、その…姫はおなごなのだから、もうちょっと可愛らしい話を書いたらよいのではなかろうか?」
言葉を慎重に選ぶ重雄に、お琴の眉がひそめられた。
「まあ、何を仰せなのですか、父上。」
「え?」
「巷では可愛らしいお話はなかなか売れないのでございます。あれくらいのものを書かねば食べていくことはできませぬ。」
「そ、そうなのか?」
「はい。父上はお屋敷にずっと籠られているから世間のことがよくお分かりではないのです。もう少し市井のことをご覧あそばせ。」
「す、すまない…。」
「それにあの程度ではまだまだと、師匠に叱られました。」
「あの程度でまだ何か足りないのか!」
重雄は目をむいた。
「はい。師匠のお話に比べたら足元にも及びませぬ。私も師匠のように、もうこれ以上辛くて読めないというようなものを書かねばなりませぬ。道は険しゅうございます。」
重雄は直樹を見た。その目には「あまり姫を挑発してくれるな」と訴えている。
――俺は今日、裃ではなく白装束を着てくるべきだったかもしれない。
いつ腹を切れと言われても仕方のない状況である。

「まあ、何はともかく楽しく過ごしているようで安心した。」
物書きの話は置いておいて、娘の元気な様子に重雄は安堵した。
「至らぬ点があったら、遠慮なく叱りつけて構わぬ。」
重雄は直樹たちに声をかける。
「いえ、お琴はまことによくやってくれております。」
ようやく落ち着きを取り戻した直樹が、堂々と答えた。
「今では入江家にとって欠かせない存在でございますゆえ。」
「そうか、そうか。」
直樹の言葉に嬉しそうにしているお琴を見て重雄は満足していた。



やがて無礼講の宴が始まった。
重雄は重樹と紀子と楽しく話をし、お琴は妻らしく直樹、そして渡辺屋に酌をしている。
「姫様。」
そのお琴に話しかけてきたのは江戸家老であった。
「おお、久しぶりじゃ。」
「某のふんどし、お役にたちましたでしょうか?」
お琴がおうめ婆さんに放り投げたふんどしの持ち主である。
「それが、あの程度の黄ばみじゃ物足りない様子なのです。」
「何と!それは手ごわいことでございますな。」

「婆さんは黄ばみに物足りなさを感じて文句を言っていたわけではないだろ」と直樹が小声で呟く。

「実は、某の祖父の三十年もののふんどしがございます。」
「何と、まことか?」
「はい。先日見つかったのですが、我が家の者は誰も触りたがりませぬ。これでしたら洗い甲斐もあろうかと思います。」
「それはもう!ようやりました。」
「お褒めに預かり恐悦至極。後日お届けに。」
「首を長くして待っております。」

「…つうか、何で江戸家老ともあろう家柄で、三十年もふんどしを放置しているんだろうか。」
「上に立つ方がこの様子だから、相原様の御領地は平和でご加増につながったんだろうね。」
直樹と渡辺屋は平和な相原家の様子に喜ぶやら戸惑うやらといったところである。

「申し訳ありません。色々ご面倒をおかけして。」
お琴が重雄の傍へ行った隙に、直樹は江戸家老へ謝った。
「いやいや、とんでもございませぬ。」
根が明るいのだろう、江戸家老は豪快に笑った。
「何せ琴姫様の奥方としての立場が危ういとお聞きしたら、動かずにいられませぬ。」
酒が入っていたのだろう、家老の声は大きかった。

「…奥方の立場危うい?」
重雄の震える声に、家老と直樹はハッとなった。

「姫は…姫はそちの奥方の座から転げ落ちようとしていると?」
身を切る思いで愛娘を旗本の息子とはいえ物書きの元へ嫁がせたというのに、もうその座が揺れていると重雄は信じられない。
「いえ、そういう意味ではなく。」
「いいえ!」
弁解しようとする直樹を遮ったのはお琴である。

「年齢が高いからといって油断はできませぬ。おうめ婆さんは元は花魁ですから、その色気にいつ師匠がコロリとまいるか不安ですもの。」
「何と、もしやあの隣家のおばばか!」
お琴が転がり込んでいる先が気になり、お忍びで直樹の家まで出向いた折に重雄はおうめ婆さんの顔をチラリと見ていた。

「ですから私も、若さに甘えることなく真剣勝負で毎日挑んでおります。」
「そちは年増好みであったのか?」
もはや泣きそうな重雄である。
「いえ、年増とかそういう問題ではなく。」
「大丈夫でございます、父上。このように家老たちが協力してくれますゆえ。」
どんどん話を大きくしていくお琴に、直樹は肩を落とすしかなかった。
「入江…頑張れ。」
渡辺屋は直樹の肩に手を置く。

「まさか、あのおばばが直樹殿の奥方になり、姫が側室になるとかは…。」
「ございません!!」
紀子が武家女性らしからぬ大声で答えた。
「直樹の嫁は琴姫様だけでございます。他におなごを作ったら、即刻勘当いたしますのでご安心を!」
「紀子、おい。」
「義母上様。」
止めようとする重樹を押しやり、泣きついてきたお琴を紀子が抱きしめる。
「大丈夫ですよ、あなたは私の可愛い娘ですから。」
「はい、義母上様。」
とりあえず嫁姑の仲は円満のようであることに、重雄は胸を撫で下ろした。
その後、直樹が弁明したことは言うまでもない。

楽しい宴の後、重樹夫婦と裕樹は屋敷へと戻った。
直樹はせっかくなのでお琴が重雄とゆっくり過ごせるようにと、自分だけ家に戻ろうと思っていたのだが、
「何も急がずとも。このような時ではないとゆっくりと話ができない。」
と重雄が止めたので、屋敷へ泊まることになった。
「姫に叱られたので、市井の勉強をしたいのじゃ。」
と重雄が笑ったため、渡辺屋まで一緒に泊まることになったのである。
物書きの参考のために各所を歩き回っている直樹と渡辺屋の話はとても面白く、重雄は夜更けまで笑い転げていた。



やがて就寝の時刻となった。
「師匠、私がお傍にいなくてさびしいでしょうけれど…。」
お琴が名残惜しそうにしながら、奥女中たちの手によってビシッと敷かれた布団のしわを伸ばしている。
「お前に蹴られずに済むと思うと、熟睡できそうで嬉しいね。」
お琴が休む場所は屋敷の奥向き。男性は重雄以外は立ち入り禁止の場所である。いくら夫婦とはいえ、直樹がそこで休むことはできない。
「渡辺屋さん、どうか師匠のことをお願いいたしますね。」
「うん、お琴ちゃん。」
「師匠のお布団、めくれていたら直してあげてください。」
世話女房らしいことを口にするお琴に、
「それはお前だ。俺が毎晩お前の布団を直してやってるんだ。」
と、反論する。
朝一番でここに来るからと何度も繰り返しながら、お琴は奥向きへと去っていった。
「悪いね、俺が隣で。」
「何を言ってるんだ、お前まで。」
「お琴ちゃんと間違えて、俺を抱き寄せたりしないでくれ。」
「しねえよ。」
ぷいと背を向けて横になった直樹に、渡辺屋はクククと笑わずにいられなかった。
きっとこの夫婦が離れ離れで寝るのは、婚礼を挙げてから初めてに違いない。



翌朝、熟睡できると豪語していた割には直樹はどこか寝不足のようであった。
――やっぱりお琴ちゃんがいなかったから、眠れなかったんだな。
身支度をしながら渡辺屋が思っていると、
「姫様のおなりでございます。」
という奥女中の声が聞こえた。朝一番で来るとは言っていたが、こんなに早いとは。
「お琴ちゃんも眠れなかったのかな?」
「“も”ってなんだよ、それ?」
直樹が渡辺屋を睨むうちに、襖がスッと開いた。

「!?」
入ってきたお琴を見て、直樹と渡辺屋は驚いた。
「おはようございます、殿。」
確かお琴は昨日、旗本の若妻といった姿であった。それと比べて今日は打掛に髪型まで大名の奥方が結う下げ下地である。
そして「殿」とは一体。そんな呼ばれ方、今まで一度も呼ばれたことのない直樹は面食らっていた。

――今度は何を企んでいる!?

直樹と渡辺屋が同じことを考えている前で、お琴はニッコリと笑っている――。




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