日々草子 縁ありて 1

縁ありて 1

例によってタイトルも考えておらず…。
そして「よりによってこれかよ!」というお声がすでに聞こえているような…。
久々に書いてみたら、意外と苦戦してしまっているので続きは気長にお待ち下さい(続きを楽しみにしてくださっている方がおいでだったらの話ですが)。





バシャッ!

井戸からくみ上げた水を、直樹は勢いよく体にかけている。
「いいねえ…若い男は。」
塀の節穴からそれを覗いているのは、直樹の隣家に住むおうめ婆さんである。
諸肌脱ぎになっているその筋骨たくましい体に、おうめ婆さんの目は釘付けであった。もっとよく見ようと目を凝らした時、穴が突然塞がれた。

「…何を覗いているんですか?」
おうめ婆さんが上を向くと、塀の上から直樹の妻であるお琴が睨みをきかせていた。
「うちの師匠のこと、ジロジロ見ないで下さいな。」
「何だい、減るもんじゃあるまいし。」
「減ります!」
プーッと頬を膨らませるお琴に対し、おうめ婆さんは少しも悪びれた様子を見せない。

「少しくらい見せてくれたっていいじゃないか。あんたは毎晩見られるんだから。」
「毎晩って、何を言っているんです!」
お琴の顔がたちまち真っ赤になった。
「毎晩、そんなことしていたら私も師匠も体が持たないじゃないですか!」
「はあ?あんた、何を勘違いしているんだい?あたしゃ、あんたが風呂で背中を流しているんだろうと思っているだけだよ。」
ニヤニヤと笑うおうめ婆さんは、完全にお琴をからかっている。妻となってまだ一年も経っていないお琴はそんなことに気づく由もなく、顔を赤くしてあたふたとしている。
「…まだ慣れないから、連続は無理なんだよな。」
体を拭きながらボソッと呟いた直樹の声など、当然お琴たちの耳に入らない。

「あ、そうだ。おうめ婆さんにいいものがあるんですよ。」
「いいもの?」
「はい、これ。」
お琴の手からバサッとおうめ婆さんの手に落とされた。
「…ふんどし?」
それは大量のふんどしであった。
「これ、実家から持ってきたものなんですけれど。」
「あんたの実家?」
おうめ婆さんはふんどしを一枚、指先でそっと持ち上げた。何やら黄ばんでいる。
「ええ。だって男のふんどしを洗いたいっていつもわめいているでしょ?」
「男って、あたしが洗いたいのは若い男!おたくの先生のだよ!」
「それは私の仕事なんであきらめて下さいね。これ、うちの江戸家老のものなんです。」
「ご家老様の?」
お琴は一見するとおきゃんな町娘であるが、実は大名の姫君なのである。
「ふんどしを洗うことが大好きなおばあさんがいるって話をして。」
「だから大好きじゃないよ!」
「洗い甲斐のあるふんどしを集めたら、江戸家老のものがそれに近かったので。なんといっても三年間押し入れに放り込んでいたとびきりの品だとか。」
「そんなもん三年も放り込んでおくんじゃないよっ!!」
どうりで黄ばんでいるわけだと、おうめ婆さんはふんどしを放り投げた。
「こんなもん、いくら洗ってももう汚れが落ちない!」
「いやあ、これを集めた時ほど自分が大名の姫に生まれたことを喜んだ時はありませんでした。私の一声でたくさんのふんどしが集められたのですもの。」
「あんたの実家の御家来衆は、その時ほどあんたの実家に仕えたことを後悔した時はなかっただろうね。」
「んまっ、失礼な!」

ギャーギャーとわめく女たちを横目に、
「ったく、あの二人は相変わらずくだらないことを。」
と、眉をひそめながら直樹は着物を着ていた。



「入江、戻ってる?」
江戸一番の地本問屋の当主であり、かつ直樹の竹馬の友でもある渡辺屋がやって来た時、直樹はお琴に説教をしている最中であった。
「だから、どうして本気で取り合うんだ?」
「だって、師匠が取られたらと思うと気が気じゃないんですもん。」
前掛けの端をいじいじと触りながら、お琴が口を尖らせている。
「お前が本気になるから、あちらもどんどんからかうんだぞ?」
「でもお隣のおばあさん、元は花魁だったでしょ?師匠がいつかコロッといくんじゃないかと不安なんです。」
思わず渡辺は噴き出すのを堪えた。どうやらまた、お琴は隣の婆さんとやりあったらしい。

「お琴ちゃん、大丈夫だよ。女房が妬くほど亭主はもてないっていうだろ?」
お琴の好物のわらび屋の団子を渡しながら、渡辺屋はお琴を安心させる。
「でも…。」
「ったく、くだらねえことを気にしている暇があったらまともな作品の一つでも書きやがれ。」
直樹は江戸一番と言っていいほどの売れっ子の作家であった。直樹が出す本は飛ぶように売れ、お琴はその一番弟子を自称しているのである。

「まあまあ、お琴ちゃんも家事と化で忙しいんだから。」
なだめながら、渡辺屋は周囲を見回す。この小さな家に何とも似つかわしくない豪華な調度類。それらはお琴の父が入江家への嫁入りを許した際に届けさせた品々であった。
江戸一番の作家の元に転がり込んできた大名の姫君。この二人が結ばれるまでの物語はどんな創作をも凌駕するものであったことは記憶にまだ新しい。

「この前のお話も、師匠にケチョンケチョンにけなされました。」
思い出し、がっくりと肩を落とすお琴はじとっと直樹を見上げた。
「私、思うんですけれど。」
「何だよ?」
「師匠、厳しすぎるんじゃないかなって。」
「はあ?」
直樹の目が吊り上る。
「他の人に読んでもらったら、また違った感想が聞けるのではないかと思いまして。」
「まさか…他人にお前の書いたものを読ませたのか?」
「はい。」
「誰に?」
「父上に。」
直樹と渡辺屋は顔を見合わせた。お琴の書いた話は素朴な町娘があれよこれよと騙され、遊女にまで身を落とし、男から男に弄ばれるという、常日頃から悲恋を描く直樹ですら「救いようがない」と言わざるを得なかった物語であった。
それをお琴の父である相原家の主、重雄に読ませたとは――。

「な、なぜ義父上に?」
青くなった直樹はお琴に訊ねた。
「何となく。他に読んでくれる人が見当たらなかったからです。」
何となくで選ばれた重雄に直樹と渡辺屋は同情を禁じ得なかった。
「それに、この間出した師匠のお話に近いでしょ?なかなかいい出来だと思うんですよねえ。」
直樹の書くものはほとんどが悲恋に終わる。唯一めでたしめでたしで終わるのは、自分とお琴の恋物語を元にした絵師と姫君の作品だけであった。

「それでお琴ちゃん、相原公のご感想は?」
渡辺屋がゴクリと唾をのんだ。
「それが、まだ聞いていないのです。使いの者によると、父上はお体を壊して寝込まれたらしくて。大したことはないようなのですが。」
「そりゃあ寝込みたくもなるだろう」と直樹と渡辺屋は同じことを思った。愛娘がそんな話を書いたと知ったら父親ならば誰でも寝込むに違いない。
「今度お会いした時にでも伺ってみるつもりです。ほら、お祝いの席の時にでも。」
「ああ、それがあったな。」
直樹は思い出した。
重雄はこの度、石高を増やされることになった。その祝いの席にお琴と直樹夫妻を初めとする入江家、そして何と商人である渡辺屋まで招かれているのである。

「俺までいいのかなあ?」
渡辺屋は身分が違うと何度も固辞していた。
「いいんですってば。父上、渡辺屋さんのことが好きみたいですよ。お話が面白いって。」
「お前、人に好かれる性質だしな。」
直樹も竹馬の友が舅に気に入られていることが嬉しいのであった。


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まあちさん、ありがとうございます。

うわ~ありがとうございます!頑張りますね!

いたさん、ありがとうございます。

うわ~読み返してくださったなんて!
アンケートでも見事、コメント一つも入らなかった唯一の哀れな作品なので嬉しいです。
なんとなく続きを書いてみたくなって。
そうそう、町人なんでしょうかね?私も考えているのですが微妙な身分な気がします。
おうめさんと渡辺屋さんはこのシリーズには欠かせないキャラなので!

YKママさん、ありがとうございます。

本当に気の毒ですよね。
近いうちに顔を合わせるんですよ、この婿と舅(笑)
どうなるんでしょうか?無自覚なお姫様のおかげでいらぬ苦労を強いられているような気がします。

さちさん、ありがとうございます。

ありがとうございます!!
いずれも読んで下さっているなんて!特に法律事務所も!これも!
お琴ちゃんを楽しみと言っていただけることが嬉しいです。
さちさんもお体に気を付けて下さいね!

あかとんぼさん、ありがとうございます。

初めましてでしょうか?コメントありがとうございます!
「いとしいとし」も楽しんで下さってありがとうございます。

そして江戸物をお好きだなんて!!うれしーい!!
時代小説に再びハマり始めて、ちょっと書いてみることにしたのですが…。
ひと騒動、一応考えていますがうまく書けるかどうか。
あかとんぼさんに楽しんでいただけるよう、最後までお付き合いしていただけるよう頑張りますね!
あかとんぼさんもどうぞお体に気を付けてお過ごし下さいね。

佑さん、ありがとうございます。

そうです、お江戸シリーズです。
よかった、佑さんがまた来て下さって←といっても大した意味はないので気にしないでください(笑)
琴子ちゃんが身分が高いお話って、なかなか人気が出ないので不安ではありますが頑張りますね!

カスガノツボネさん、ありがとうございます。

ありがとうございます!!
ああ、ここにもお江戸ファンが…よかった!
一人でも楽しんで下さる方がいる限り、頑張ります!

アクセス数もおかげさまで。
これもカスガノツボネさんを始め足を運んで下さる皆様のおかげです。
直樹師匠を私も目指します!(笑)

たまちさん、ありがとうございます。

おお、こまどり姉妹まで覚えていてくださったなんて!(笑)
そうです、ふんどし洗いのお琴ちゃんのお話ですよ。
今回も無邪気にふんどし洗いつつ、とんでもないお話を書くお琴ちゃんです。
最初の「めでたしめでたし主義」はどこへ消えちゃったの、お琴ちゃん(笑)
たまちさんもお体に気を付けてくださいね。
寒いと肩腰が痛む人が増えているようですので!

ゆきたさん、ありがとうございます。

ありがとうございます!
全然暇なんかじゃありませんよ。
これだけの記事を書いている私の方がいかに暇人か…お恥ずかしい。
続きが読めて嬉しいなんて、私も嬉しいです!
こちらこそ、これからもよろしくお願いします!
プロフィール

水玉

Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
そっと見守っていただけたら嬉しいです。

※当ブログに掲載されている文章及びイラストの無断転載・使用はご遠慮下さい。

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当ブログは、『イタズラなkiss』の二次創作をメインとしておりますが、時折管理人の趣味や日々の出来事についての記事も書いております。

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二次創作については、いわゆる原作の隙間をぬった作品もありますが、主人公以外のキャラクターをメインとしたものや オリジナルキャラクターが出てくるものもございます。

そして、原作と違った時代(平安や明治やその他の時代を舞台にしております)、異なる設定(主人公を医者と看護師じゃない職業にしております)で書いてあるものが多いですが、原作を冒涜しているつもりは全くございません。

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