日々草子 入江法律事務所 8

入江法律事務所 8






探偵の幹の腕はさすが、直樹が認めるものであった。

「桔梗が目撃者を見つけた。」
直樹が連絡を受け取ったのは、幹に依頼をして一週間後のことであった。
「すごい、さすがモトちゃん!」
琴子は手を叩いて喜ぶ。
犯行時刻、啓太は現場から一時間以上離れた場所にいた。それを目撃した人物がいたらしい。
「うっかりぶつかって、鴨狩を怖い人間だと思って震えあがったらしいんだが、話してみたらすごいいい人で驚いたことで印象に残っていたらしい。」
「そうそう、啓太くんは優しいのよね。」
頷く琴子。
「とりあえず、俺はその人に会って、証言を頼んでくる。」
「私も行きます!」
フランス製の手帳となぜか時刻表を手に、琴子も立ち上がった。
「お前は来なくていい。」
直樹が手で琴子を制す。
「どうしてですか?」
「お前が来るとややこしくなる。」
「そんなあ。」
「いいから、お前はそこで秘書検定の勉強してろ。俺に全て任せろ。」
「はあ。」
確かに直樹が行けば全てうまくいくだろう。琴子は素直にまた席に戻った。



「先生の役に立ちたかったのになあ。」
直樹に言われた秘書検定の勉強もそこそこに、琴子は手帳をめくっていた。
「何も書けない。可哀想な私の手帳…。」
チェックしてあるのは、自分と直樹の誕生日くらいなものである。
その時、電話が鳴った。

「入江法律事務所でございます…あ、先生!」
電話の主は直樹であった。
「どうなりましたか?」
「お前、この事件の解決のためなら力を惜しまないか?」
直樹は琴子の問いに答えず、なぜか問い返してきた。
「はい。」
「そうか。」
直樹は一体どうしたのだろうかと、琴子は心配になった。

「…頼みがあるんだが。」
「頼み?」
「お前の力を借りたい。」
「お前って…私ですか?」
「他に誰がいる?」
「お前の力を借りたい」がまたもやリピート再生で琴子の脳内をめぐる。そんなことを直樹に言われた日には力を貸さないわけにはいかない。
「もちろんですとも!先生のためなら火の中、水の中!」
電話のコードを引き抜く勢いで琴子は立ち上がった。
「私にできることなら、何でもいたします!」
「それじゃあ、これから俺の所へ来てくれ。」
「はい!」
「来る前に、俺の家へ寄ってきてほしい。」
「はい!…え?先生のお宅に?」
なぜ直樹の家に寄るのか、琴子は首を傾げた。
「おふくろには話をしてあるから。」
「はい、分かりました…。」



「こっちだ。」
啓太のアリバイを証言してくれる人物がいるという店の前に直樹は立っていた。
「先生、潜入捜査ってやつですね?」
「あ?」
息を弾ませている琴子の手には、なぜかテニスのラケットが握られていた。直樹はこれを琴子に家から取ってきてもらったのである。
「もしかして、証言をしてくれる人はテニスが趣味なんですね?それで私が、テニスが趣味の女子大生ということで話を聞くんですよね?」
琴子はラケットをブンブンと振った。直樹はぶつからないよう、それから避ける。
「でも、突然のことなのでまだ役作りができてないんですよね。大丈夫ですか?」
相変わらずラケットをブンブンと振っている琴子から身を守りながら、直樹は眉を潜めた。
「弁護士に捜査権はないから。」
「え?」
「あと、お前に女子大生のふりとか求めてないから。」
「あれれ?」
琴子のラケットがどんどんと下へ下ろされていく。
「それじゃ、これは何のために?」
「とりあえず。」
直樹は琴子の髪に手を伸ばした。
「え、これってもしかして。」
いきなりキスでもされるのかと、琴子は身を固くした。一体どうした、直樹は?
しかし、残念ながら琴子の口にキスは落ちてこなかった。代わりにまとめていた髪の毛がパサッと背中へ落ちた。

「よし、これでいいだろう。」
「へ?」
「じゃ、中へ。」
「はい。」
一体何だろうかと、琴子は恐る恐る店のドアを開けた。

「コトリンだ!!」
「うそ、まじそっくり!!」
「コトリンが来たあ!!」

琴子が店内に入った途端、野太い声が響いた。
「コトリン?」
琴子は直樹を振り返った。

「コトリーン、笑って!!」
「コトリン、あのセリフ言って!!」

怯える琴子を直樹は一度、背中に隠した。

「何だよ、コトリンを前に出せ!!」
ブーブーと文句のオンパレード。
直樹は文句を背に琴子と共に、一度店から出た。

「先生、あれは何ですか!」
琴子の疑問に、直樹は指をさす。
「えと…“ラケット戦士コトリン”?何だっけ?あ、この間発売日にすごい行列ができたって話題のゲームか。」
ゲームのポスターが店の外壁に貼られていた。
「ここは、そのゲームのファンが集う店なんだ。」
「ゲームのファンってことは…。」
琴子はそっと窓から中をうかがった。よく見ると、皆、女の子の絵のシャツを着ている。
「てことは、ここにいるのは…。」
「世間でいうところの“オタク”って奴だ。」
「ということは、啓太くんの証言をしてくれるのも…。」
「オタク。」
琴子は眩暈を起こしそうになった。

「それで、何で私がラケットを持つ羽目に?」
「お前と似てるだろ?」
「ええ!?」
琴子はポスターに目をこらした。
「似てるかなあ?」
「似てるんだよ。」
「そうですかあ?」
オタクたちに愛されるキャラに似ているといわれても、琴子は喜ぶことができない。

「鴨狩のアリバイを証明してくれる奴、青木っていうんだが。こいつが図体のわりには肝っ玉の小せえ奴なんだ。裁判に出るなんて怖くてやだやだってごねやがって。」
「んま、男のくせに!」
「で、仕方ねえから俺が“コトリン”に会わせてやるという条件を出した。」
「それで私?」
琴子はまたポスターを見る。髪の長いところくらいしか共通点がない気がする。
「…お前がモデルなんだから、似ているのは当然なんだよ。」
ボソッと直樹が呟く声も琴子の耳には入らない。
実はこのゲーム、直樹の父重樹の会社で制作販売したものである。キャラのモデルに琴子をと直樹が提案したという裏事情があった。

その後、琴子はラケットを手に引きつった笑顔をオタクたちに三分間サービスした。
たったの三分ということでオタクたちからはブーイングが起きたが、直樹の睨みにすぐに黙り込んだ。


「それじゃ、証言よろしくな。」
「で、でも…。」
琴子を先に店から出し、直樹は青木に迫っていた。しかしこの期に及んでも青木はまだ躊躇している。
「嫌がっているのを無理させなくても。」
その青木の後ろから、唐草模様のセーターを着た男が直樹に抗議した。
「そうだ、そうだ。」
前髪の長い男と、全体的に髪の長い男がはやしたてる。

「おい」
直樹は青木の襟を締め上げた。
「あいつをこんなむさくるしい所へ出す羽目になったんだ。何で俺があいつにそんな辛い思いをさせなければならなかったと思うんだ?てめえが四の五の抜かすからじゃねえか、え?」
「く、苦しい…。」
「もう一度聞く、証言、するな?」
「さ、させていただきますです…はい。」
青木の返事に、直樹は手を緩めた。途端に青木の体がドシンと床に落ちた。



一方、琴子は不満があった。
「先生は、私を他の男の見世物にしても平気なんだ…。」
この間の食事の際に、他の女性たちの視線を集める直樹に琴子は不満であった。恋人でも何でもないが、直樹の一番近くにいる女性として、直樹が他の女性に見られることがおもしろくなかった。だからあんなことを口走ってしまったのである。
それなのに、直樹は自分に対しては同じことは考えてくれていないらしい。

しかし。
「今日はお前のおかげで助かったよ。」
店から出てきた直樹に声をかけられ、琴子の心は少し軽くなった。
「本当ですか?」
「ああ。さすが、有能な秘書は違うな。」
「有能な秘書」がまたもやリフレイン再生される琴子の脳内。
「ラーメンおごってやるよ。」
「本当ですか!チャーシューつけてもいいですか?」
「ったく、本当に食い意地の張った奴。」
「うふふ。」
直樹に感謝され、琴子はあっさりと気を取り直したのだった。


だが、琴子は知らない。琴子が店に到着する前の直樹の行動を。

「カメラおよび撮影機能のある携帯等、すべてこの袋へ入れろ。」
琴子を呼び出した後、直樹は店内でオタクたちを前に告げていた。
「撮影くらいいいじゃないか。」
ブーブー文句を垂れるオタクたちであるが、なぜか直樹を前にするとその口が閉じられ素直に従ってしまう。
「そこ!」
直樹がオタクの一人を指さした。
「てめえの腰に隠している小型カメラも出せ。」
「な、何でばれた?」
「この店から撮影機能を一切排除しない限り、コトリンには会わせない。」
直樹の言葉に、オタクは渋々小型カメラを袋へ入れた。

「よし、これで全部だな。」
ずっしりと重い袋の口を閉じ、直樹はオタクたちを見回した。
「いいか?今日の出来事をインターネットに掲載したら、俺はただじゃおかねえからな。」
「ブログもだめ?」
「当たり前だ。俺が検索して今日の出来事を匂わせる文字を一文字でも発見したら。」
「発見したら…?」
オタクたちは緊張の面持ちで直樹を見た。
「…お前らを社会に二度と復帰できないようにする。頭脳、人脈等、俺が持っているありとあらゆる手段を使って俺はあいつを守るからそのつもりで。」
オタクたちと直樹は初対面である。直樹がどれほどの頭脳を持ち人脈があるのか想像もつかない。しかしこの威厳に逆らえる者は誰もいなかった。

「そして、俺たちがいなくなった後、このことは全て記憶から抹消するように。会話も禁止する。いいな?」
「…はい。」

直樹とて、琴子を他の男の前に出すことは嫌でたまらないのである。
しかし、琴子はそんな直樹の気持ちに気づかないまま、今は直樹の前でチャーシューメンをおいしそうにすすっているのであった。


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プロフィール

水玉

Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
そっと見守っていただけたら嬉しいです。

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そして、原作と違った時代(平安や明治やその他の時代を舞台にしております)、異なる設定(主人公を医者と看護師じゃない職業にしております)で書いてあるものが多いですが、原作を冒涜しているつもりは全くございません。

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