2017年10月 / 09月≪ 12345678910111213141516171819202122232425262728293031≫11月

2012.11.21 (Wed)

いとし、いとしと言う心 39


【More】





「さ、ここから好きな物を選んで頂戴。」
エリヴィーネに連れて来られた衣装部屋。そこにある山のようなドレスに琴子は息を呑んだ。

エリヴィーネと藤代の婚約を祝す夜会が、ノイエンドルフ子爵家で開かれることになった。
つい先日、子爵から結婚の許しを得たばかりだというのにと何と早いことと思ったが、
「だって、お父様の気が変わらないうちに周囲をかためておきたいのよ。」
というエリヴィーネの考えに直樹と琴子はただただ、頷くばかりであった。

そして問題がそこでひとつ。
それは琴子が夜会のドレスを持って来ていないということであった。
元々琴子は看護婦養成所の教授の付き添いでイギリスにやってきてその帰途にドイツに寄っているのである。公式な場は和服ということでドレスはない。
それをエリヴィーネに話したら、
「何だ、そんなことなら私のドレスを貸すわ。」
と、そのままノイエンドルフ子爵邸に連れて来られたのであった。

「これなんて似合うんじゃなくて?」
エリヴィーネは迷う琴子のために、一着取り出した。
「ほうら、とても似合うわ。」
確かに琴子によく似合うイブニングドレスである。
「でも、エリヴィーネ。問題があるわ。」
これに決まりだと喜ぶエリヴィーネに、琴子が声をかけた。
「あなたと私ではサイズが全然違うわ。あなたのドレス、私には大きすぎる。」
琴子の言うとおりである。何せエリヴィーネと琴子の身長の差は大きい。
「それは大丈夫、心配しないで。」
エリヴィーネは片目をつぶると、パンパンと手を叩いた。するとドアが開き、女性が数人入ってきた。
「こちらは?」
格好からして子爵家のメイドではない。
「お針子さんたちよ。さ、お願いね。」
エリヴィーネの声を合図に、お針子たちは道具を取り出した。
「え?え?」
「ちゃんと直すことも想定しているわ。本当は一から作りたかったのだけれど時間がないし。さあ、コトコ、あちらで全部脱いでね。」
「脱ぐ!?」
「もちろんよ。ちゃんとしたサイズが測れないでしょ?」
驚きっぱなしの琴子をお針子たちは「さあ」と連れて行き、服を脱がせ始めたのだった。



「で、それが直したドレスってわけか。」
夜会当日、直樹がククッと笑った。
「そうなの。お針子さんたちは仕事だから淡々としていたけどこちらが恥ずかしかったわ。」
溜息をつく琴子はエリヴィーネから借りた(というかもうサイズを合わせたのでおそらくもらうことになるであろう)ドレスに慣れず、どこか動きがぎこちない。
流行ということでドレスの丈はさほど長くない。琴子の綺麗な足が直樹の目にまぶしい。
「でもいいドイツの思い出になりそう。」
呟く琴子は、もうすぐ日本に帰国しなければいけない。ここに来て二か月も経とうとしている。
「船の中で新年ってことになりそうだわ。」
船室で一人過ごすお正月を想像し、琴子は少しさびしくなった。

夜会は盛大であった。名家のノイエンドルフ子爵の令嬢の結婚となると、ドイツのありとあらゆる貴族たちが集まっている。
主役のエリヴィーネと藤代のダンスも決まっており、琴子は目を奪われた。娘を見つめる子爵夫妻も嬉しそうである。

そして今宵も直樹は注目の的であった。
女性たちが直樹の姿を目で追い、そして傍にいる琴子に気づく。ひそひそとドイツ語で交わされる会話。
――日本と同じだ…。
さすがに意地悪はされないとは思うが、どうも琴子には慣れない。何と言っているのかと直樹に訊ねようかとも思ったが、知らない方が幸せなような予感がして黙っている。

「俺たちも踊るか。」
「え!?」
「何だよ、その態度は?」
「だって、この中で?」
琴子は周囲を伺った。ギラギラと女性たちの目が輝いている。
「私、ここで待っているから直樹さん、一人で踊ってきていいよ?」
「馬鹿か、お前は。俺が一人で何を踊れと?ドジョウすくいでもやれと?」
「それはそれで受けそうだ」と言いたいところを琴子は堪えた。

「ったく、ほら行くぞ。」
「ええ?やーん!」
「変な声出すな、人さらいと間違えられる。」
直樹に引っ張られ、琴子はホールの中央に出た。
「前も踊っただろ?」
「大分前だけど…。」
「俺がちゃんとリードするから。」
「うん…。」
上手く踊れるだろうか、すっ転んだら笑われるだろうとビクビクしながら琴子は直樹に身を任せた。

「この曲…。」
聞こえてきた曲に琴子は耳をすませた。
「俺たちが初めて踊った時の曲だな。」
直樹が優しく笑ってくれた。
この曲は琴子の誕生日、初めての夜会で二人で踊った曲だった。琴子は直樹がそれを覚えていてくれたことが嬉しかった。

『ヘル・入江があんなに優しいお顔をされたの、初めて見ましたわ。』
『それにとても嬉しそう。』
『お相手はそれほど大切な方なのね。』
噂している貴婦人たちが悔しがっていると、
『当然ですわ、あちらは直樹の大事な婚約者ですもの。』
とエリヴィーネが誇らしげに言った。
『そして父が認めた…ヤマトナデシコです。』
『あの大層厳しい子爵様が認めた女性!』
そのヤマトナデシコの琴子は直樹のリードでダンスに夢中になり、周囲の雑音も全く耳に入っていなかった。



そしてこれまた早く、エリヴィーネと藤代の結婚式が行われた。勿論、これもエリヴィーネの作戦である。
今度は琴子は和服で参列した。
『まあ、何て綺麗なんでしょう。』
『お人形さんのよう。』
出席者は初めて見るキモノに目を奪われ、琴子をほめちぎる。直樹は鼻が高かった。
パリで特注したというウェディングドレスはエリヴィーネをこれ以上ないくらいに美しく輝かせていた。
「何て綺麗なのかしら。」
そして琴子は直樹を見る。
「何だ?」
「ううん、何でもない。」
いつかまた、直樹と結婚できる日が来るのだろうか。
琴子は間もなく帰国の途につく。しかし二人の間には何の約束もされていなかった。
琴子から結婚してくれるかと確認する勇気はない。直樹は自分を愛してくれているとは思うのだが、その先は一体どうなるのだろうか。
また何年も会えない日が続くとなると、その間に直樹の気持ちが変わるのでは…琴子は心配でたまらなかった。



「先日はありがとう、二人とも。」
帰国準備をしているさなか、既婚者となったエリヴィーネが直樹の下宿先に姿を見せた。
「コトコ、帰ってしまうのね…。」
「エリヴィーネ…。」
仲良くなった二人は抱き合って涙ぐむ。

「でも大丈夫ね。ナオキと一緒に帰るんですもの。」
「ええ、大丈夫…え?」
琴子はエリヴィーネの体を離した。
「今、何て?」
「え?ナオキと一緒に帰るんでしょ?だから私、直樹の分の船の切符が取れたから持って来たんだけど?」
エリヴィーネは切符をヒラヒラとさせた。
「どういうこと?」
琴子は直樹を見た。
「言ってなかったか?俺も一緒に帰るって。」
「聞いてないわ!」
「ドイツで学ぶことも学んだし。帰国することにしたんだ。」
「本当?」
「本当。」
琴子はまだ信じられなかった。これは夢ではないだろうか。
「ナオキもいなくなるとさびしくなるけど…でも二人は一緒にいるべきだものね。」
エリヴィーネがさびしそうに微笑んだ。



やがてとうとう、二人が帰国する日がやってきた。
ベルリンからパリまで列車で行き、そこから船に乗ることになっている。
エリヴィーネと藤代が見送りに来てくれた。

「コトコ、お別れのプレゼントを。」
エリヴィーネと藤代が大きな箱を琴子へ渡した。
中を開けた琴子は驚いた。
「これは…。」
これには直樹も驚く。
中に入っていたのは、ウェディングドレスであった。
「私のドレスを作った時に、パリで一緒に作ったの。琴子のサイズは夜会のドレスの時に分かっていたから。」
「でも、だからって…。」
「これはお父様の言いつけでもあるのよ、コトコ。」
「子爵様の?」
「ええ。お父様が、ナオキとコトコは帰国したら結婚するのだからドレスを作ってあげろって。お父様、すっかりコトコにほれぼれ…?」
「惚れ込む。」
藤代が助け船を出すと、
「そう、コトコに惚れこんでいるのよ。」
とエリヴィーネが笑った。

「ありがとう…ありがとう、エリヴィーネ。」
琴子は涙を流して喜んだ。
「俺からもお礼を言うよ、ありがとう。」
直樹もエリヴィーネに礼を言った。
「お礼を言うのはこちらの方よ。二人のおかげで私たちは結婚できたのだもの。」
「そうですよ。」
藤代も頷いた。

「私、コトコのような素敵な女性になるわね。コトコを目指して頑張るわ!」
エリヴィーネの言葉に、琴子は呆然となった。
「どうかして?私、何かまずいことを言ったの?間違えていた?」
エリヴィーネは日本語を間違えたのかと、藤代を見た。
「ううん…そうじゃなくて。」
琴子は首を振った。
「私を目指して頑張るとか、言われたことなかったからびっくりしちゃって。」
琴子はエヘへと笑った。
「昔から、“琴子みたいに不器用だったら大変”とか“琴子みたいに成績悪かったら困る”とか、なんていうか…下の基準みたいな言われ方していたから。だからそんなこと言われたの、初めてで。」
「まあ、何を言うの!」
エリヴィーネは琴子を抱きしめた。
「不器用とか成績とか、そんなこと問題じゃないわ。大事なのは性格、中身よ。」
「エリヴィーネ。」
「コトコは私が今まで出会った中で、最高の貴婦人よ。あなたはナオキには欠かせない女性なんだから。」
「そう…?」
「勿論!あなたがいるからナオキはお医者様になれたんだもの。ナオキはドイツでも優秀な学生だったのよ?でもナオキが努力したのは、あなたのためでもあると思うの。ナオキ、違う?」
エリヴィーネに求められ、
「…違わない。」
と直樹は素直に答えた。

「この先、ナオキは日本一のお医者様になるはずよ。もしそうなれたら、それはコトコ、あなたの力もあるはず。あなたは誰よりも素晴らしい女性なの、自信を持って!」
「ありがとう、エリヴィーネ。私もあなたのような素晴らしい女性と友人になれてとてもうれしい。帰国したら手紙を出すわね。」
「待っているわ。私もカオルに教わって日本語の読み書きを覚えるから。」
そして二人はワンワンと声を上げて泣き、別れを惜しんだ。

エリヴィーネと藤代に見送られる中、船は静かにパリを離れた――。



「ここが私の部屋…あれ?」
船室に入って琴子は目を丸くした。ベッドがやたら広い。
「一人でこんなに広いんだっけ?」
来るときも一人部屋であったが、こんなに広いベッドではなかったのにと首を傾げる琴子の後ろから直樹が、
「邪魔だ、どけ。」
と荷物を手に入ってきた。

「…何してるの?ここ、私の部屋だけど?」
「俺もこの部屋なんだ。」
「はい!?」
目を丸くしている琴子を無視し、直樹はてきぱきと荷物を片付けていく。一か月半の船旅である。

「どうして、いつの間に!?」
「夫婦だからと言ったら、部屋を変えてくれた。」
「夫婦って!」
「じゃあお前、正月一人で過ごすか?」
新年は船の中で迎えることになる。
「俺は別に一人でも平気だけどな。パーティーもあるみたいだし、まあ適当に女ひっかけて騒ぐのも悪くない。」
「…意地悪。」
琴子は頬を膨らませた。
「私が嫌がること、平気で言うんだから。」
「それじゃ、さっさと荷物を片付けておけ。」
「…はあい。」
どうも直樹のペースに乗せられている気がするが、気分は悪くない。何より一緒に帰国できることが嬉しい。

「安心しろよ。」
片付ける琴子の頭を直樹が叩いた。
「この部屋でお前に何もしねえよ。」
「え…?」
「ちゃんと帰国してお互いの親、そして心配かけた友人知人に報告するまでは何もしない。」
「…はい!」
琴子がようやく笑ったのを見て、直樹も笑った。



そして新年――。
船上パーティーには出ず、二人は船室でゆっくりと過ごしていた。
「乾杯。」
「乾杯。」
シャンパンのグラスを合わせ、新年を迎えた喜びを二人はかみしめる。

「琴子。」
「はい。」
「…帰国したら“入江琴子”にもう一度、なってくれるか?」
直樹の言葉に琴子の目がうるむ。
「…また“入江琴子”にしてくれるの?」
「ああ。」
「本当に?」
「本当。ほら。」
直樹は琴子の頬を引っ張る。
「痛い。」
「痛いだろ?夢じゃないよ。」
すると琴子が直樹の頬を引っ張った。
「痛え。」
「うふふ、昔を思い出すね。」
結婚したばかりの頃、まだお互いの気持ちを図りかねていた頃、こうして頬を引っ張り合ったことがあった。

「…返事は?」
手を離し、直樹は額を琴子の額につけた。
「…はい!」
それを聞き、直樹は琴子の肩を抱き寄せキスをしたのだった。









イリコト、結婚記念日おめでとう~!!
今日はあちこちのサイト様でうっとりとするお話が読めることでしょう。
そう、うっとり路線は他様に任せました(笑)

私の腰なんぞにお気遣い、ありがとうございます!!
予定が変わったので、何とか更新できました♪


関連記事
16:28  |  いとし、いとしと言う心  |  CM(11)  |  EDIT  |  Top↑

*Comment

★管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
 |  2012.11.21(Wed) 17:20 |   |  【コメント編集】

★管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
 |  2012.11.21(Wed) 17:50 |   |  【コメント編集】

★管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
 |  2012.11.21(Wed) 18:34 |   |  【コメント編集】

★管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
 |  2012.11.21(Wed) 20:03 |   |  【コメント編集】

★管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
 |  2012.11.21(Wed) 20:05 |   |  【コメント編集】

★管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
 |  2012.11.21(Wed) 20:08 |   |  【コメント編集】

★管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
 |  2012.11.21(Wed) 20:17 |   |  【コメント編集】

★管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
 |  2012.11.21(Wed) 22:12 |   |  【コメント編集】

★管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
 |  2012.11.21(Wed) 22:30 |   |  【コメント編集】

★管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
 |  2012.11.21(Wed) 22:41 |   |  【コメント編集】

★管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
 |  2012.11.21(Wed) 23:43 |   |  【コメント編集】

コメントを投稿する

URL
COMMENT
PASS  編集・削除するのに必要
SECRET  管理者だけにコメントを表示  (非公開コメント投稿可能)
 

▲PageTop

 | BLOGTOP |