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2012.11.20 (Tue)

いとし、いとしと言う心 38


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エリヴィーネが息を切らして駆け込んできたのは、雪が降る日のことだった。
「来たわ!!来たの!!」
何事かと直樹と琴子は顔を見合わせた。
「カオルから手紙が来たの!」
「まあ!!」
琴子はエリヴィーネの手を取ってぴょんぴょんと飛び跳ねた。
「本当なの?」
「ええ、もうすぐベルリンに来るって!約束通り、私を迎えに来てくれたのよ!」
「よかった、本当によかった!!」
大喜びの女性たちに、直樹は静かに笑っている。

エリヴィーネの恋人、藤代馨は彼女を忘れていなかった。彼は日本から船でまずパリへ入り、陸路でベルリン入りするとのことである。手紙には到着日時も書かれていた。
「迎えに、二人も一緒に来てね。カオルに二人を是非紹介したいの。」
「あら、二人きりの方がいいのじゃなくて?」
琴子は「ムフフ」と笑いながら、エリヴィーネの肘をぐいぐいと押した。
「ううん、それは後でゆっくりと。」
だが琴子は分かっていた。きっとエリヴィーネは藤代がちゃんと来てくれるか不安でたまらないに違いない。自分も直樹と会えるか不安だったからその気持ちはよく分かる。



「ええと…2時に到着するのよね。」
琴子は時計を確認した。間もなく藤代が到着する。
「ねえ、コトコ。やはりおかしいのではなくて?」
「そんなことないわ、とてもよく似合っているもの。きっと藤代様も喜んで下さるわよ。」
琴子は強調した。
エリヴィーネは、琴子の提案で和服をまとっていた。琴子が持って来た振袖を貸したのだった。
それは琴子が一番気に入っている柄であり、珍しい衣装に駅に集う人々は目を奪われている。

『…ねえ、ナオキ。』
落ち着かずにホームの端まで歩いて行った琴子を見ながら、エリヴィーネがドイツ語で話かけた。
『あなた、カオルはもう私を迎えに来ないって思っていたでしょう?』
『え…?』
意表を突かれた直樹の顔に、
『やっぱり。』
とエリヴィーネはクスッと笑った。

『私もそう思っていたから気にしないで。』
なかなか慣れない和服に「ふう」とエリヴィーネは息をつく。
『もう来ないだろうなと思っていたの。だってずっと手紙も届かなかったし。あなたに日本語を教えてと頼んだ時、すでに半分あきらめていたの。』
『そうだったのか。』
『ええ。でもたとえもう会えなくても、カオルの国の言葉を覚えたかったの。カオルを愛した証として。』
『そうか。』
『でもね、コトコが来てからは気持ちが変わったわ。』
エリヴィーネは袖をブラブラとさせながら笑った。
『コトコがあなたを追いかけてはるばる日本から来たのを見て、ああ、私ももう少し信じようって思えるようになったの。コトコが私の恋を実らせてくれるかもってそんな気分になったのよ。』
直樹は優しく微笑んだ。
『コトコは不思議な女性ね。見ていると力がわいてくる。まだ自分は限界まで頑張っていないと思わせてくれる。』
『まあね。あいつは俺の元気の素だから。』
さらりと直樹が言ってのけた時、
「来たわよ!列車が見えたわ!」
と、琴子が二人に呼びかけた。


「…いないわ。」
到着した列車からは次々と乗客が下車し、それぞれの迎えの者たちと抱き合って再会を喜んでいる。
しかしエリヴィーネの待つ藤代の姿は一向になかった。
「私、あちらを探してくるわね。」
もしかしたら違う車両なのかもと、琴子が駆け出した。
直樹も目をこらして藤代の姿を探す。しかしあれほどの巨体ならばすぐに分かるはずなのにその姿は見当たらない。

『日付を間違えたということは?』
直樹はエリヴィーネに確認を求めた。
『いいえ、そんなことないわ。』
エリヴィーネは手紙を懐から取り出した。何度も読み返したものである。

『ところでコトコは?』
エリヴィーネは琴子が戻ってこないことが心配になった。
『迷子になったのでは?』
何せこの人混みである。しかも琴子はドイツ語ができない。

『あ、いたわ!』
エリヴィーネが指さした方を見ると、琴子が長身の見知らぬ男性と話をしている。
『ナオキ、通訳してあげた方がいいのでは…。』
と、エリヴィーネが直樹を振り返った時、その姿はもうそこになかった。



「おい、何をしてるんだ?」
「あ、直樹さん!」
琴子が何かを言おうとしたのを制し、直樹は男性の前に進んだ。
『失礼、私の連れが何か?』
『え?』
「あ、あのね、直樹さん。」
ドイツ語で話す直樹を、琴子は止めようとする。
「何だ?」
「こちら、日本人。」
「日本人?」
直樹は男性の顔を見た。確かに日本人であった。長身だったためてっきりドイツ人だと直樹は思い込んでいた。
「それで、こちらが藤代様。」
「ええ!?」
ただならぬ様子に、エリヴィーネがやって来た。

『エリヴィーネ!』
男性は一目でエリヴィーネが分かった。
『…どなた?』
エリヴィーネが怪訝な表情を見せた。

「無理もないな。」
直樹はそっとポケットから写真を取り出した。その写真に写る藤代は髭もじゃの巨体である。それに比べ、前に立っている男は細身で顔も髭がすっきりとそられたなかなかの美男子である。
「落とした帽子を拾った時にお話したら、藤代様と分かって。」
直樹と琴子が写真と実物を見比べている間、エリヴィーネと藤代の間にはとても再会の喜びは漂っていなかった。

『あなた、誰?』
『僕だ、馨だ。』
『嘘!私の馨はそんなに細くもないし顔もさっぱりとしていないわ!抱きしめると弾む感じがして、髭で囲まれたお顔もチャーミングで。』
『日本で肺炎と食中毒を患ったら、体重が半分に減ったんだ。病院で手当ての邪魔だと髭も剃られてしまったんだ。』

「…なるほど。」
直樹の通訳を聞き、琴子は納得した。


『信じてくれ!君を迎えに来たんだ!』
『嘘!』
『本当だ、ほら!』
藤代は背広を脱ぎシャツの袖をまくった。
『右腕の内側にほくろが三つあるだろ?君が可愛いって言ったほくろ。』
『…本当だわ。』
『な?僕は藤代だ。』
そして藤代はエリヴィーネに笑いかけた。

『ああ、まさか君が着物を着て迎えに来てくれるなんて!』
『…あなたに喜んでほしかったの。』
そしてエリヴィーネはゆっくりと日本語で言った。

「待っていました、カオル。」
まさか日本語を聞けるとは思わなかった藤代は大喜びでエリヴィーネを抱きしめたのだった。



『絶対に許さん!!』
四人はそのまま、エリヴィーネの屋敷へと移動したのだが、エリヴィーネの父、ノイエンドルフ子爵は二人の結婚を認めなかった。
『どうして?お父様、こうしてカオルは来てくれたのよ!』
藤代が今までドイツに来れなかったのは、病気をしていたことに加え家の整理に手間取ったことであった。
両親がすでにいない藤代は帝大を卒業した後、家を整理してドイツへ骨を埋める覚悟を決めて今日の再会となったのだ。

『相手がドイツ人じゃないからという理由は認めなくてよ。だってお父様、ナオキは認めていたもの。』
『ナオキは日本の貴族の息子だからだ。それに比べこの男は財産も何もないというではないか。絶対に当家の財産目当てだ。エリヴィーネ、お前は騙されているんだ!』
『ひどい!』
藤代も必死で子爵に認めてもらおうとしたが、子爵は話に耳を貸そうともしないのでどうにもならない。

『もういいわ!家を出る!カオルと結婚できないなら私も全部捨ててやるんだから!』
エリヴィーネは琴子の胸で泣き叫んだ。
「…エリヴィーネ、お父様とお話させてくれる?」
これまでのやり取りを直樹に通訳してもらって聞いていた琴子であった。
そして琴子は直樹に通訳を頼むと、おずおずと子爵の前に進んだ。

『彼女は?』
子爵は見たことのない日本人の小柄な女性に眉を潜めた。
『私の妻となる女性です、子爵。』
直樹が琴子を紹介すると、
『はじめまして、琴子と申します。』
と、たどたどしいドイツ語で琴子は挨拶をした。

「藤代様はとても素晴らしい方だと思います。」
琴子の言葉を直樹が訳すと、
『君に何が分かる?』
と子爵は顔を背けてしまった。

「だってこうしてエリヴィーネ…お嬢様を迎えに来てくださったんですよ。」
『それは財産が欲しいからだ。』
「そんなことありません。藤代様は家柄や財産で相手を選ぶ方ではないです。」
『どうだか。』
「では子爵様にお尋ねしますが、お嬢様はそんなに男性を見る目がないのですか?」
『何だと?』
子爵はギロリと琴子を睨んだ。琴子はその眼光にひるまない。
「だってそういうことになるではありませんか。藤代様が子爵様の仰るような最低な方だったら、そういう方を選んだお嬢様の見る目がないと。」
『そんなことあるか!!』
子爵は怒鳴った。エリヴィーネと藤代がハラハラしながら二人のやり取りを聞いている。直樹も通訳しながら琴子の言葉に緊張している。
何せこの子爵はドイツの社交界でも顔が広く、厳格で有名なのである。

『エリヴィーネはどこに出しても恥ずかしくない貴婦人に育てたのだ。見る目がないとか知りもしないでよくも!』
「でしたら。」
琴子はニッコリと笑った。「うっ」と子爵が唸るのを、直樹は見逃さなかった。

「お嬢様が選ばれた方です、どうぞ信じてあげてくださいませ。」
『しかし…。』
「お嬢様は藤代様のために日本語を覚えておいでです。たった一年であんなに流暢な日本語を操れるなんて素晴らしいです。それはお嬢様の藤代様への愛情の大きさを示すものではないでしょうか?並大抵の人間にできることではありません。私も…。」
ここで琴子はチラリと直樹を見た。
「ドイツ語を覚えようとしましたが、難しくて全然だめでした。でもやはり大事な人が暮らす国のことを知りたくて、日本ではドイツの写真集や本をたくさん読んでいました。ですからお嬢様の気持ちがよく分かるのです。」
『…しばし考えさせてくれ。』
子爵は考え込んでしまった。ひとまず退散しようと四人は子爵の書斎を後にした。



『お呼びですか?』
しばらくして、子爵は直樹を書斎へ呼んだ。
『君に聞きたいことがあって。』
座るよう子爵が促したので、直樹は椅子に腰を下ろした。

『ヘル・藤代のことならば、琴子が話した通りで間違いないですが。』
『…君もそう思うか。』
『ええ。』
子爵は頭を抱えた。

『ヘル・藤代がドイツに骨を埋める覚悟をしてきたというのは、なかなかできることではありませんからね。いくら財産が欲しかろうが、生まれた国から外国へ渡る、しかも女のためになんてできることではありません。何せ日本の男は誇り高いのですから、女一人のために人生を変えるような真似、できませんから。』
『エリヴィーネはわしを捨てるとまで言った。本気だろうか?』
『ええ、本気でしょう。だから琴子があなたを説得したのです。』
『コトコ?ああ、あのフロイライン(お嬢さん)か。なぜ?』
『琴子は、あなたとエリヴィーネが絶縁状態になることをどうしても防ぎたかったのです。なぜなら私がかつて自分の父親とそうなってしまったからです。』
『君が!?』
子爵は大層驚いた。
『ええ。私は父親の跡を継ぐことを拒否して医者の道を進むことを決めました。それを知った父は激怒して私を勘当したのです。』
『何てことだ…。』
『琴子は当時、私の妻でした。』
『何だって!?』
驚くことの連続に、子爵は眩暈を起こしそうになった。

『この件が原因で私と琴子は離縁となりました。私は実家との縁など切れたままで仕方がないとあきらめていたのですが、彼女は違った。離縁となりもはや無関係の私の実家へ足を運び、私と父の関係を修復しようと努力を続けてくれたのです。おかげで今は勘当は解かれました。だから琴子は親と子が言い争い、その結果生じる溝の深さの辛さを痛いくらい知っているのです。あなたを説得したのはそういう理由からです。』

『そうだったのか。』
子爵は力なく椅子に沈み込んだ。
『…わしとてエリヴィーネを勘当するようなことはしたくない。だが、あの男はドイツの社交界で生きていけるだろうか。』
『ご懸念には及びますまい。』
直樹は笑った。
『エリヴィーネが支えるでしょう。彼女はその辺の令嬢とは違いガッツがある。二人で力を合わせていくでしょう。』
『…わしは一年、君とエリヴィーネに騙されていたわけか。』
子爵は溜息をついた。
『まさか日本語を教わりに君の元へ通っていたとは。』
『申し訳ありませんでした。』
『君の中にもずっとあのフロイラインがいたというわけか。』
『ええ、これから先もずっと。』
直樹のきっぱりとした返事にノイエンドルフ子爵は苦笑せざるを得なかった。
『それにしても、そこまで他人のために尽力する人間がいるとは。』
『琴子は他人のためには信じられない力を発揮しますから。私はそこを愛しております。』
直樹の堂々とした言葉に、子爵は声を上げて笑った。


翌日、ノイエンドルフ子爵はエリヴィーネと藤代を呼んだ。そのまま宿泊した直樹と琴子も一緒であった。

『…ヘル・藤代。』
子爵はギロリと藤代を睨んだ。
『はい、子爵。』
しかし藤代は全く怯まなかった。エリヴィーネが待っていてくれたということが自信になっているようである。
『わしの教えについてくる自信はあるかね?』
『え?』
『ノイエンドルフ家の全てをこれから君に叩き込まねばならない。優しくなどするつもりは毛頭ない。それでも君は歯を食いしばってドイツに残ると?』
『…勿論です、子爵!』
子爵の言わんとしていることの意味が分かり、藤代の顔に喜色が浮かんだ。
『お父様、それでは…。』
『仕方ないだろう。そうでもしないとお前が日本に行ってしまうだろうからな。』
父の許しが得られなければ、エリヴィーネは藤代と共に日本へ渡るつもりだったのである。
『あと、もう一つ条件がある。』
『何でしょうか?』
藤代とエリヴィーネは緊張した。
『…わしにも君の国の言葉を教えたまえ。目の前で二人でわしの知らない言語でべちゃくちゃと喋られたら面白くないからな。』
『喜んで!』
藤代の返事に子爵は漸く固い表情を解いたのだった。

「よかった…!」
見守っていた琴子が直樹の手を取った。直樹もしっかりと握り返す。
するとノイエンドルフ子爵が椅子から立ち上がり、直樹たちの前に歩み寄った。

『ヘル・入江。』
『はい。』
話している内容が分からない琴子は、もしかしたら叱られるのかと不安になる。
『このわしに初対面で真正面から立ち向かってきた人間は初めてだ。』
直樹がクスッと笑う。
『もし、君が許してくれるのならば。』
子爵は琴子をチラリと見た。
『この勇敢で優しい、君の大事なフロイラインにキスをすることを許してほしいのだが。』
直樹は琴子に通訳すると、琴子ははにかみながら頷いた。
直樹と琴子の許しを得ると、子爵は身を屈め琴子の手にキスを落としたのだった。












いつもコメントと拍手を本当にありがとうございます。
お返事ができずにすみません。

明日は結婚記念日ですね。
というのに、すみません。ちょっと忙しいことで更新できるか微妙な状態になってしまいました…。
更新できたとしても、皆様がご期待されている内容にはならないかも…。
ここ数日、忙しいことと、腰痛が出てきたことで更新できなくて計画が乱れてしまったので。
すみません!!

こんなエピは飛ばせ~と思われる方も多いでしょうが、これも色々事情がありまして。
本当、色々すみません!!


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