日々草子 いとし、いとしと言う心 34

いとし、いとしと言う心 34






「モルゲン、ナオキ!」
大学へ行く支度をし、居間のドアを開けたら、早朝だというのにエリヴィーネがそこにいた。
「…子爵令嬢がこんな朝っぱらから男の部屋に乗り込んできていいと思っているのか?」
直樹が呆れると、
「あら、平気よ。だってお父様はナオキなら大丈夫だと安心しているもの。」
と、エリヴィーネは全く悪びれている様子がない。
「さあさあ、朝食ですよ。」
この様子にすっかり慣れっこになっているキルマイヤー夫人が食卓を整え始める。
「今朝は私が作った料理も持ってきたの。日本人のナオキの口に合うといいのだけれど。」
エリヴィーネがキルマイヤー夫人と並んで支度を手伝い始めた。

エリヴィーネと初めて会ったあの夜会からもう一年が過ぎた。ということは直樹のドイツ生活ももう三年目に突入したということである。
初対面の時からどうも一風変わっていると思っていたが、付き合い始めて一年経った今はそれをはっきりと確信している。
最初は「ヘル・入江」と呼んでいたエリヴィーネも今では「ナオキ」と気安い。

「それにしても寒いわ。」
キルマイヤー夫人お手製のスープを飲みながら、エリヴィーネがブルッと体を震わせた。
「11月なんだから当然だろ。」
直樹はドイツの新聞を広げそっけない。しかし日本より厳しいドイツの三度目の冬はやはり慣れそうもなかった。
「来週はおばあ様の誕生日パーティがるのよねえ。」
話しながらエリヴィーネがチラリと直樹を見た。
「…来週は教授について研究室に籠るから暇はない。」
「あら残念だこと。」
エリヴィーネはそれ以上無理強いを求めなかった。こういうところはサバサバしていて付き合いやすい娘である。だから直樹も相手をしやすいといったところ。

「そういえばナオキの誕生日っていつなの?」
エリヴィーネがカレンダーに目をやる。
「私もお聞きしたことございませんでした。」
キルマイヤー夫人も興味を持った。
「誕生日?」
直樹がカレンダーを見た。
「今日、何日だ?」
「12日。11月12日よ。」
「今日だな。」
「ええ!?」
エリヴィーネとキルマイヤー夫人は同時に声を上げた。

「今日って、大変じゃないの!」
「そうですよ!」
「子供じゃあるまいし、今更祝ってもらう必要もない。」
「そんなことないわ!」
「そうですとも!」
女性たちは今夜はケーキを用意しなければとか、メインディッシュはどうしようとか騒ぎ始めた。それを機に直樹は朝食を終え席を立つ。
「ちょっとナオキ!」
「大学へ行く準備をしないと。」
付き合っていられないと直樹は自分の部屋へと戻った。



「誕生日か。」
部屋に飾ったカレンダーを見て、直樹は改めて確認をした。
日本にいた頃も気にしたことはなかった。
「あいつも知らないだろうしな…。」
琴子と一緒に暮らしていた頃はバタバタしていて誕生日のお祝いどころではなかった。だがもし落ち着いていたら、きっと琴子が色々と準備をしてくれたに違いない。日本の、二人で暮らしたあの家でささやかなお祝いを。
「…俺もしつこい男だな、ったく。」
長椅子に直樹はだらしなく寝ころんだ。あの別れから二年が経過している。
きっと琴子のことだから自分の言ったことを守ってくれただろう。相原伯爵家の令嬢ともなれば、たとえ再縁でもいい縁談が舞い込んでくるに違いない。さすがに今度は自暴自棄にならないで相手を吟味してくれていると信じたい。
「今頃は相原じゃないんだろうな。」
今日だって自分の知らない男と一緒に過ごしているのかもしれない。もしかしたら、その男の腕の中で…そこまで考えて直樹は頭に拳をぶつけた。
「くだらないことを想像した。」
直樹は呟くと上着のポケットから例の物を取り出した。それは琴子が刺繍してくれたハンカチに包まれた、あの雑誌の切り抜き写真であった。直樹は写真の琴子の顔をそっと撫でた。少なくとも、この写真の琴子は自分の妻である。



「子爵令嬢とはうまくいってるのかい、ナオキ?」
大学へ到着するとすぐに学友たちがからかってくる。
「ご想像にまかせるよ。」
直樹はいつも通り、曖昧な返事をした。
エリヴィーネとの仲はすっかり知れ渡っていた。どうやら出所はエリヴィーネの父親らしい。
「日本の名家の子息ならば当家の婿にふさわしい」と、直樹が日本人であることも気にならないようである。だからエリヴィーネが直樹の下宿に入り浸っていてもうるさく言わない。

直樹はもうドイツで学ぶことはほとんどなかった。
琴子のことを考えまいと勉強に没頭した甲斐あり、通常の留学生ならば三、四年かかるカリキュラムを一年半で終えてしまったのである。
この秀才ぶりに教授たちも感心し、この先もドイツに残って研究を続けないか、いや大学病院にて働ないかと誘いをかけているくらいであった。

「おや、女性がいる。」
級友が珍しそうに呟くのが聞こえた。
「どれどれ?」
医学部は日本同様、女性が皆無であった。なので女性と聞くと学生たちがざわめく。
「本当だ、あれはどこかの貴族令嬢のご見学だな。」
「令嬢?」
医学書から顔を上げた直樹が口を挟んだ。
「ああ。後姿しか見えないけれど子供だ。小さいうちから学問の場を見せておこうという親の考えだろう。」
「へえ、そうか。」
直樹は皆のようにその女性を見ようという気はなかった。どうでもいいことである。
「ナオキはもう決まった相手がいるからな。」
級友たちが途端に笑い声を上げた。直樹は口の端を上げて笑顔を見せただけであった。


午後になると直樹は校舎を出た。今日はもう受ける授業もない。
家に帰ったらエリヴィーネとキルマイヤー夫人が大騒ぎして準備しているのだろうと考えたら疲れがドッと出てきた。
「あそこで少し休んでいくか。」
直樹にはお気に入りの場所があった。それは医学部の中庭、菩提樹の下のベンチであった。
中庭の端にあるその木の下は静かで、ゆっくりと読書をすることに適している。

直樹がベンチに腰を下ろした時であった。
カサカサと風に飛ばされたレポート用紙が足元に飛んできた。誰かの手から飛ばされたのかと、直樹が拾い上げた時であった。

「ダンケー!」
女性の声が耳に聞こえてきた。

――え?
直樹はその声に聞き覚えがあった。

――まさか、そんなはずは…。

あまりに考えすぎて、とうとう幻聴まで出てきてしまったかと直樹は笑おうとした。
そう、幻聴に違いない。女性の声だから勝手に脳内で忘れられない声に変換してしまったのだろう。

「ダンケー!」

しかし、それは幻聴ではなかった。
自分に近づいて走ってくる音が聞こえる。直樹はゆっくりと顔をそちらへ向けた。

「え…?」
相手が足を止めた。自分を驚いた顔で見ている。だがきっと直樹も同じ顔に違いない。
「直樹…さん?」
「琴子…?」
それは直樹が何度も何度も会いたいと思った顔であった。

「嘘…まさか…。」
琴子が信じられないと頭を振っている。
「まさか…会えるなんて…。」
琴子の言葉はそこで止まった。
なぜなら直樹が琴子の体を抱きしめていたからである。
気づいたら、直樹は琴子を抱きしめていたのだった。

「琴子…。」
「直樹さん…。」
なぜここで会えたのか、そんな疑問は今どうでもいい。
二人はお互いが本物であることをしっかりと確かめ合うように、幻でないことを確かめるために抱き合った。





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やっと会えたね(^_^)

でも・・・エリヴィーネ・・・

もぉー琴子に苦しんでほしくないよぉー

水玉さまお願いします。

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お互いに想い合ってるから自然と抱きしめあったのね。
ずっとずっと会いたかったんだもん。

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え!!

まさか、付き合うってあの付き合うですか?!ぇえぇえ!!!入江くんの裏切り者ぉお!!

…という感じなので続きを期待してます。
琴子には幸せになってほしいです

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プロフィール

水玉

Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
そっと見守っていただけたら嬉しいです。

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