2017年10月 / 09月≪ 12345678910111213141516171819202122232425262728293031≫11月

2012.11.08 (Thu)

いとし、いとしと言う心 31

もしや…過去最長作品か!?






【More】






大学の級友たちは皆、温かく迎えてくれた。教授も同じであった。
学年末から新学期にかけて拘束されていたことから進級が心配であったが、その直前に受けていた試験の成績は何の問題もなかったので無事に最終学年、四年に直樹は進級できていた。

琴子は最低、ひと月は軽井沢に滞在してくると重雄からは聞いている。その間とにかく琴子をそっとしておいてほしいと重雄から頼まれているので、直樹は学問に精進することにした。
学年末試験の成績が優秀だったとはいえ、皆より二月遅れてしまっている。その分を取り戻すことに直樹は次第に集中するようになっていった。

このように学問にいそしむ暮らしを送るうちに、琴子が戻ってくる。そうすれば…直樹はやや楽天的に構えていたのだが、そうもいかない状況が待っていた。



直樹は遅れを取り戻すため、連日夜遅くまで大学図書館で勉強をしていた。
せっかく医者になることを許してくれた両親、そして医者になることを支えてくれた琴子のために今自分にできることはそれしかない。勘当も解かれ、ようやく勉強に集中できる環境が整い、直樹は思う存分医者をめざせることに喜びを感じながらこの日も帰宅した。

「それでは、会長。」
「失礼します。」
重樹の会社の重役たちが家に来ていた。彼らは直樹の姿に気づくと、笑顔を見せた。
「これは若様。」
「お久しぶりです。」
この間まで学校の休暇を利用して会社を手伝っていた直樹である。重役たちとも顔見知りであった。
「ずいぶん遅くまで…父がご迷惑をかけているのでしょうか?」
時刻は夜の十時であった。
「いえ、そのようなことは。」
「最近忙しいものでして、このようにお宅にお伺いまでしてしまっているのです。」
そう話す重役たちであったが、その顔は疲れ切っていることが直樹には気になった。
「何か会社で問題でも?」
自分にはもう関係のないことではあるが、やはり家業のことが直樹は気になっていた。
「いえ、そのような…。」
重役たちは顔を見合わせると「もう遅いので失礼します」と、そそくさと出て行ってしまった。



「おかしい」と直樹は思った。明らかに重役たちの態度は不審であった。
それに重樹の様子もおかしい。前にもまして帰りは遅いし、休みの日も出勤している。
紀子に訊ねても「世の中も色々変わって、ついていくことも大変なのでしょう」と答えになっているのだかどうだかわからない返事しか返ってこない。
重樹の様子がどうしても気になり、直樹は会社を訪ねることにした。

「若様!」
秘書や先日家に来た重役たちが驚いて直樹を迎えた。
「今社長は…。」
「いえ、今日は皆さんにお尋ねしたいことがあって。」
重樹は留守であった。それは直樹にとって好都合であった。重樹の前では重役たちは何も話してくれないに違いない。
「跡を継ぐことを放棄した私に訊ねる資格がないことは分かっております。」
主のいない社長室にて、直樹は重役たちを前に話を切り出した。
「しかし、今日は入江家の長男として伺いました。長男として家長である父が心配なのです。父が築いた会社が心配なのです。何かあるのでしたらお話いただけないでしょうか。」
真剣な直樹に、重役たちは目と目を交わした。



「失礼します。」
その晩、直樹は重樹の書斎を訪れた。重樹は机から顔を上げた。
「何だ?お前、勉強しないといけないのではないか?」
「お話があるのですが。」
「何だ?今忙しいから後にして…。」
「忙しいのは俺のせいですよね?」
普段ならば父親の言葉を遮るなど絶対にしない直樹の珍しい態度に、重樹は驚いて再び下げかけた顔を上げた。
「何のことだ?」
「とぼけないで下さい。俺の逮捕のせいで取引が中止になっていることは分かっています。」
「お前のせいではない。」
「いいえ。」
直樹は机の上に両手をついた。このようなことも今まで重樹に対してしたことがない。

「息子が政治犯の疑いなんてとんでもないと、取引先が手を引き始めていること。どうして俺に黙っていたんですか。」
「…それをお前に話してどうなるというのだ?」
重樹は机の上で手を組み、息子を見上げた。
「お前が一軒一軒、取引先に頭を下げて回るとでも?ふん、商売はそんな甘い世界ではない。」
「父上!」
「お前に心配してもらわんでも平気だ。それよりわしの跡目を蹴ってまで目指すものに命かけたらどうだ?もっと真剣にやらねばあれだけ言い争った意味が無意味になってしまうではないか。」
もう行けと、重樹は手を振った。直樹は重樹に何も言い返せず書斎を出るしかなかった。

直樹は自室に戻ったが、当然勉強など手がつかなかった。
確かに父の言うとおり、自分に何もできることはない。
迂闊だったと悔やんだ。大泉家が自分との縁を切った時点で、同様の商売人である入江家のことも心配するべきであった。自分のことしか考えていなかった身を、直樹は恥じる。
しかし、恥じたとてどうにもならない。

大学を休学し、会社を手伝うべきだろうか?いや、それでは余計悲惨な状況になる。
自分が原因で会社は危機に陥っているのである。そこに顔を出したら足を引っ張ることは間違いない。
自分にできることは――直樹はその晩、眠らず考え続けた。



「琴子はまだ戻っていないのだが。」
あれから一か月半が過ぎようとしていた。予定はとうに過ぎているのに琴子は軽井沢から戻っていなかった。連絡があり、もう少し滞在を延ばすことにしたのだという。
「いえ、今日は義父上にお話がありまして。」
「わしに?」
突然の直樹の訪問の目的はてっきり琴子の帰宅の確認かと思っていた重雄は驚く。
「話とは?」
「お詫びせねばなりません。」
直樹は苦しげに口を開いた――。



「お父様、ただいま戻りました!」
直樹の訪問から二週間後、琴子の元気な声が相原家に響いた。
「お帰り。」
「ごめんなさい。理美がもうすぐお嫁入りするでしょう?こうやって過ごせることもないと思うと、私もじんこも名残惜しくなってしまって。」
「そうか。」
元気そうな琴子に比べ、重雄はどこか歯切れが悪かった。
「お父様、どこか具合でもお悪いのですか?」
長いこと留守にしていた琴子は心配になった。自分が元気のないことをあれだけ心配してくれた父である。元気を取り戻した様子を見て喜んでくれると思っていたのだが。

「お前が留守の間に、直樹くんが来たよ。」
「直樹さんが?」
重雄に渡そうとしたお土産を琴子はうっかり落としそうになった。その名前は軽井沢滞在中、できるだけ思い出さないようにしていたのである。
「そう…ふうん。」
直樹は沙穂子と結婚するのである。もう関係ない。おそらく釈放に尽力したお礼でも几帳面に述べに来たに違いない。

「琴子。」
「お父様、これおいしいクッキーなの。みんなの分もあるから…。」
「琴子、聞きなさい。」
わざと父の話を聞かないようにしていた琴子に、重雄は厳しい声を出した。琴子は父の顔を見る。
「直樹くんはドイツに行くそうだ。」
「え…?」
琴子は耳を疑った。
「直樹くんは、ドイツへ留学を決めたそうだ。」
重雄はゆっくりと言い直した。それでも、琴子は呆然としたままだった。

「ドイツって…だって…直樹さんは大泉様の…。」
「その話は流れたらしい。」
「嘘…。」
「本当だ。直樹くんから直接聞いた。」
「それでどうしてドイツに?」
琴子の頭は完全に混乱していた。ただ、「ドイツ」という名前だけがずっと頭の中をぐるぐると駆け回っていた――。




関連記事
23:33  |  いとし、いとしと言う心  |  CM(9)  |  EDIT  |  Top↑

*Comment

★管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
 |  2012.11.09(Fri) 00:25 |   |  【コメント編集】

★管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
 |  2012.11.09(Fri) 00:27 |   |  【コメント編集】

★管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
 |  2012.11.09(Fri) 00:32 |   |  【コメント編集】

★管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
 |  2012.11.09(Fri) 00:44 |   |  【コメント編集】

★管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
 |  2012.11.09(Fri) 06:54 |   |  【コメント編集】

★管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
 |  2012.11.09(Fri) 06:58 |   |  【コメント編集】

★管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
 |  2012.11.09(Fri) 07:57 |   |  【コメント編集】

★管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
 |  2012.11.09(Fri) 09:30 |   |  【コメント編集】

ほとぼりが冷めるまでドイツへ医学の勉強?
彩 |  2012.11.09(Fri) 16:13 |  URL |  【コメント編集】

コメントを投稿する

URL
COMMENT
PASS  編集・削除するのに必要
SECRET  管理者だけにコメントを表示  (非公開コメント投稿可能)
 

▲PageTop

 | BLOGTOP |