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2012.11.03 (Sat)

いとし、いとしと言う心 27

コメントを本当にありがとうございます。
楽しんで下さる方がおいでとわかるだけで、本当に頑張ろうと思います。
ワンパターンを王道だとおっしゃって下さる方もいらっしゃれば、「それを待っているんだ」とおっしゃって下さる方もいらっしゃって…うう、本当にありがとうございます。
そのお言葉に甘えるのも申し訳ないので、ない頭でちょっと捻ってみました…。






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成金趣味としか思えない、ド派手な色遣いの襖が開いた。
「ほう…なかなかのものじゃないか。」
寝間着姿の薮小路が、琴子を見てニヤリとした。それだけで琴子は震えが止まらない。

薮小路が琴子の前に座った。本来ならば手をついて「よろしくお導き…」とでも言うべきところなのだろうが、琴子はそんなことできなかった。
「さ、おとなしくすればいいんだから。」
薮小路が琴子の帯に手を伸ばしてくる。
――もう、おしまい!
覚悟を決めねばと思ったと同時に、琴子は自分でも驚くべき行動に出ていた。
布団の上に倒され、薮小路の巨体が琴子の上に覆いかぶさろうとした時であった。琴子は無意識に薮小路の巨体を足で突き飛ばしたのだった。

薮小路は琴子がおとなしく、自分の手にかかると思い込んでいたため油断しきっていた。それだけに琴子の反撃のショックは大きく、
「痛たたた。」
と、体を丸めていた。

「ごめんなさいっ!!」
その隙に琴子は逃げ出した。襦袢姿で廊下を走るなど恥ずかしいがそのようなことに構っていられない。
「そいつを捕まえろ!」
何とか起き上がったらしい薮小路の怒声が背後から聞こえると、琴子の行く手を女中頭たちが遮る。琴子は捕まらないよう身をひるがえす。
玄関の方へ向かったら、すでにそこも塞がれていた。琴子は必死になって広い邸内を走り回った。来たばかりの時は無駄に広くてうんざりした屋敷であったが、逃げる時は助かるものだと思いながら懸命に走る。
襦袢の裾がはだけていたが、そんなこと気にしている暇はなかった。とりあえず、どこか部屋に入ろう。そこの窓から逃げ出せないだろうか。

「あそこは?」
どこをどう走ったのか分からないが、黒く重そうなドアが見えた。琴子はそれを開いた。幸い鍵はかかっていなかった。その中へ身をすべらせ、急いで鍵をかける。
「ここ…何の部屋?」
琴子は部屋の中を見回した。がらくたが山となって積まれている。どうやら物置らしい。そういえば埃くさい。
奥に窓があった。そこから逃げ出さねば。
琴子は窓に手をかけた。が、びくともしない。長い間開けられていないため、動かなくなってしまっているのであった。
「どうしよう…。」
窓を割って逃げたくとも、格子がはまっておりそれごと壊さなければ体を入れることができない。
「何か、何か壊すものを!」
琴子は部屋の中を見回した。がらくたの一つを使うしかないかと思い、手を置いた時であった。

「こんなところに逃げ込むとは、なめやがって!!」
最初に出会った時とは全く違う声色が聞こえた。どうやら追いつかれてしまったらしい。
「おい、窓から逃げた時に備えて男たちをやれ。」
この言葉に琴子は絶望するしかなかった。琴子が窓を壊すより先に男たちに先を回られてしまうだろう。
そしてこちらは――。

「ここはもう古いからな。力でこじ開けてやる。」
と、薮小路が指の関節を鳴らす音が聞こえた。
「まったく、これでもう女に金を使うことがなくなると喜んでいたら、とんだ食わせもんだった。」
薮小路がうんざりしているようであった。
「再婚だから生娘じゃないだろうと、そこまで計算したというのに。」
「冗談じゃない」と琴子は青ざめた。確かに結婚はしていたが直樹は指一本、琴子に触れていなかったのである。考えてみればこの男に自分の純潔を奪われるのかと思うとゾッとする。

琴子は今になって自分の短慮を悔やんだ。直樹が自分以外の女性と結婚することが心のどこかで嫌だったのだろう。それで自棄を起こしてしまったのだと気づいても、もう遅い。
――これも罰が当たったんだわ。
琴子がそう思った時、ドアが激しく動かされる。薮小路が無理矢理開けようとしているのである。

ガシャーンッ!!

窓ガラスが割られる音がした。おそらく薮小路の手下の仕業に違いない。琴子は恐ろしくてそちらを見ることすらできなかった――。



「俺はもう我慢ができない!こうなったらここでしてやる!!」
女を相手にできるのならば場所なんて薮小路にはどうでもいいことだった。埃くさい物置でもどこでもいい。
「さあ、もう逃がさんぞ!!」
寝間着姿でドアをこじ開けて、薮小路がその巨体を露わにした。
「琴子!!」
薮小路が琴子の名前を叫んだ。

「…誰の許可を得て、その名前を呼んでいるんだ?」
薮小路は目を疑った。そこには琴子が一人で震えているはずであった。
「お前は誰だ?」
そこに立っているのは琴子ではなかった。見知らぬ男が自分を睨んでいたのである。男は琴子を庇うようにして立っている。琴子が怯えた目で薮小路を見ている。
「どこから入った?え?」
見ると窓が派手に割られていた。
「俺の部下は?」
「ああ、あいつらか。」
男――直樹がフッと笑った。
「主と同じで見せかけだけだったな。あっという間に伸びやがった。」
「何だと!!」
かなりの屈強な男たちを庭へ回したはずである。その男たちをこの、顔のきれいな男がやっつけたというのか。薮小路は信じられなかった。

「悪いが、こいつをお前のような男のものにするわけにはいかない。」
「何を言ってるんだ、お前?」
薮小路が今度は笑った。
「その女は俺と婚約したんだ。きちんと親の了解も得ている。」
「それは今、この場で破棄させてもらう。」
直樹がきっぱりと告げた。その迫力に薮小路はたじろぐ。

「直樹さん…。」
琴子が直樹を不安げに見上げている。
「お前は何も心配しなくていい。」
直樹が薮小路の視線に触れないよう、琴子の姿をその背に隠した。

「こんな格好させて、本当に変態だな。」
「妻にどんな格好させようが俺の自由だ。」
「まだ妻ではない!」
直樹は薮小路を睨みつけた。

「なるほど…若造、ちょっと図に乗っているらしいな。」
薮小路がまた指の関節を鳴らした。
「柔道三段、剣道二段、合計五段のこの俺が相手になってやろう!」
それを聞いて琴子は青ざめた。この体でそんな特技があったとは。
「くたばれっ!!」
薮小路は声を発すると同時に、その体を直樹へ向けて突進してきた。直樹は琴子を後ろへと突き飛ばした。

「きゃあっ!!」
薮小路が直樹の体の上に覆いかぶさった。それを見た琴子から悲鳴が上がる。あの巨体で、あんなスピードで向かってこられたらいくら直樹でも、支えられるわけがない。絶対につぶされるに違いない。
「直樹さん!!」
琴子は名前を呼んだ。自分のせいで直樹が…直樹の命に何かあったらどうすればいいのか。

しかし、驚くべきことが琴子の目の前で起きた。
薮小路の体がふわりと浮いたのである。
そしてその大きな体が宙を飛ぶところを、琴子は自分の目でしっかりと見た。すごい物音と共に、薮小路の体が部屋の壁に叩きつけられていた。

「俺のほうが数は多いらしいな。」
手を叩きながら、直樹はすっかり伸びている薮小路を見下ろして呟いた。
「俺は柔道四段、剣道四段、合計八段だ。」
薮小路が襲ってきた時、直樹は素早くその懐に身を入れたのだった。薮小路の目には直樹が突然消えたように映っただろう。
そして直樹はその襟をつかみ、見事な背負い投げで薮小路を飛ばしたのだった。

直樹は琴子を見た。琴子はその場に座り込んでいる。
「大丈夫か?」
直樹の呼びかけに、琴子はコクンと頷くのが精いっぱいだった。

窓が割られたとき、てっきり薮小路の手下が入ってきたのかと思ったら違っていた。そこに現れたのが直樹と知った時の琴子の驚きといったら、言葉にできないものだった。
「何で…?」
と言いかけた琴子の口を、直樹は素早く手で塞いだのだった。

直樹は改めて琴子の姿を見た。赤い襦袢で襟元がはだけている。
「くだらねえことを。」
とても見ていられず、直樹は自分が着ていた上着を琴子の肩にかけた。すると琴子の目から涙がこぼれる。
「直樹さん…。」
「もう大丈夫だよ。」
直樹は琴子の体を抱きしめた。途端に琴子が声を上げて泣き出す。
「怖かっただろう。」
直樹は前に服部のことを打ち明けられた時のことを思い出した。あの時も琴子は泣きやまず、直樹はこうして抱きしめていた。
「直樹さん…直樹さん…。」
「大丈夫、大丈夫だから。」
抱きしめている琴子の体から、力が突然抜けた。
「琴子!?」
直樹は琴子の顔を見た。が、息はしている。どうやら極度の緊張から解放された安心から、気を失ってしまったらしい。

直樹は琴子の体を抱き上げた。薮小路が目を覚ます気配はない。それを確認すると部屋から出る。
部屋の前では女中頭たちが立っていたが、屋敷の男たちだけでなく主の薮小路までもが直樹にやっつけられたと知り、さすがに手を出せずに黙り込んでいる。
直樹は琴子を抱え、堂々と薮小路家を後にしたのだった。



直樹が向かったのは、相原家であった。
「そうか…そんなことが。」
直樹から一部始終を聞き、重雄は目に涙を浮かべた。そしてまだ気づかない娘の前髪をそっと払った。
「やはり無理にでも止めるべきだった。わしは親なのに…。」
「あまりご自分を責めないで下さい。」
直樹が重雄をなぐさめた。
「琴子はこうして無事でしたから。」
「君のおかげだよ、直樹くん。」
重雄が直樹に笑いかけた。
「君が来てくれなかったら、琴子は大変な目に遭っていた。そうなったらわしもどうなっていたか。君はわしたち親子の恩人だ。」
「勿体ないお言葉です。」
直樹は控えめだった。
「俺は琴子を離縁した男です。そのような言葉を頂戴するに値しません。」
「そんなことはない。離縁だって理由があってのことだとわしは分かっている。」
重雄は今でも直樹を信頼している。大泉への婿入りだって何か理由があってのことに違いない。だがこうして琴子を助けてくれたのだから、事態はいい方向へと転がるのではと、重雄は淡い期待を抱いていた。

「義父上…と呼んでもよろしいでしょうか?」
「勿論だよ。」
重雄の返事に直樹は笑顔を見せた。
「大泉家には話をします。」
「そうか!」
「はい。そして父にも。」
「そうか、そうか。イリちゃんも喜ぶだろう。」
「勘当が解けるかどうか、わかりませんが。」
「いや、そんなことはない。きっと解けるはずだ。」
何なら自分も力になろうと、重雄は力強く言った。
「ありがとうございます。勘当が解け、すべてがおさまったら…その時は琴子…いえ、お嬢さんと結婚させてもらえますか?」
直樹は重雄に手を付き、頭を下げた。
「勿論だ。」
重雄は頷いた。
「薮小路へはきちんと、断りの使いを出そう。」
文句を言うようだったら、出るところへ出るがと脅してでもこの縁談は白紙に戻す、あらゆる方面へ手を尽くし、二度と琴子へは近寄らないようにさせると重雄は話した。重雄も貿易商という仕事柄、顔は広い。おそらく薮小路が琴子に近づくことはもうないだろう。

直樹がいる間、結局琴子は目を覚まさなかった。念のために医者を呼んでおいた方がいいと直樹が進言すると重雄は「直樹くんが医者に早くなってくれたら、助かるのに」と笑う余裕まで出てきたようだった。

さて、これから大泉家へ戻り全てを話さなければいけない。歩きながら直樹は考える。
結局、沙穂子の気持ちを弄んだことになってしまうのだろう。大泉翁が激怒することは目に見えていた。だがひたすら頭を下げるしかないと思う。自分がしたことなのだから始末をつけることも自分だ。

しかし直樹の気持ちは軽かった。全て終われば琴子ともう一度暮らすことができるのである。
もう二度と離さない、何があっても――そう思いながら歩いていた直樹の前に、男が二人現れた。

「何か?」
明らかに自分に用がある態度の男たちに直樹は訊ねた。中年の男が二人、その目つきは鋭い。
「入江直樹くんだね?」
「そうですが?」
「東京帝国大学医学部三年だね?」
「…はい。」
一体何だろうと直樹は男たちを見る。男たちが頷き合った。
――もしや!
直樹が男たちの正体に気づいた時、男の一人が言い放った。
「反政府運動の疑いで、逮捕する。」
男たちは、特高の刑事だった。





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