日々草子 いとし、いとしと言う心 21

いとし、いとしと言う心 21

22話以降が白紙なのですが…どうしませう。









「雪か。」
いつから降り始めたのか、窓の外はすでに真っ白の雪景色であった。
「あいつも見ているかな?」
ふとそのようなことを考えかけ、直樹はフッと笑った。もう考えまいとしているのに、どうしても頭に顔が浮かんでしまう。
直樹は後ろを見た。そこには誰もいない――。
直樹はしばらく外の景色を見た後、カーテンを閉めた。



著名な日本画家が描いたと思われる襖絵。それが描かれた襖を開けると畳廊下が続いている。直樹は足音を立てず静かに歩いて行く。夜ということで人がいる気配がない。

「直樹様?」
名前を呼ばれ、直樹は足を止めた。
「いかがされましたか?」
梅の模様をあしらったお召がよく似合った、若く美しいその女性は、この家の当主の孫娘の沙穂子であった。
「喉が渇いたので、お茶を飲もうかと思いまして。」
直樹はすぐそこにある食堂を見ながら答えた。
「まあ、でしたら女中を呼んでいただけたら。」
「もう夜も更けておりますし。」
「では私がお淹れいたしましょう。」
「いや、そんな。」
遠慮する直樹に微笑み、沙穂子は先に食堂へと入ってしまった。

食堂は洋間である。白いテーブルクロスがかかった長いテーブル。十人はゆうに座れるだろう。
「年末年始はさぞ落ち着けなかったでしょう?」
美濃焼の湯飲みを直樹の前に出しながら、沙穂子は訊ねた。
「お客様も多かったですし、直樹様のお勉強のお邪魔になったのではと心配いたしておりました。」
「そのようなことはありません。」
玉露を味わいながら、直樹はそつなく答える。

この邸、大泉家に直樹が世話になって間もなく一か月が過ぎようとしていた。その間慌ただしい年末年始があった。直樹は実家へ顔を一度も出すことはなかった。
多額の財産家でその名を世間に知られている大泉家の来客の数は相当なものであった。大泉家の当主、沙穂子の祖父は直樹を来客へ紹介したがっていたが、直樹は勉強があるということでやんわりと断り続けた。

元々、この家には書生として世話になるつもりであった。その旨を沙穂子の祖父へ伝えたのであるが「入江家の御曹司をそのように扱うわけにはいかない」と断られてしまったのである。

大泉家に世話になって少し経った頃、沙穂子の婿にという申し出が出た。どうやら大泉翁は元々そのつもりで直樹の後援を希望したらしい。
その頃には直樹はもう琴子と別れるつもりであったが、それでも一度妻帯したことに変わりはない。それに比べて沙穂子は初婚であるから直樹は一度はその申し出を断った。
しかし大泉翁は初婚でなくとも、直樹は大事な孫娘の婿として申し分のない人間であるし、その優秀さは投資するに値すると強調して譲らなかった。実家も「もはや息子に非ず」という返事であったし、直樹はそれ以上申し出を強く断ることはしないようになり、今に至っている。

直樹はお茶を飲んだ。沙穂子の淹れたお茶は玉露が一番おいしく味わえる温度であり、美味であった。
しかし直樹の望むお茶はこの味ではない。そしてその味はもう二度と味わうことができない。

「明日はお出かけされるとうかがいました。」
「ええ。」
そう。明日は何が何でも出かけなければならない場所が直樹にはある――。



「中までご一緒させてくださいまし。」
懇願する女中に、
「大丈夫よ、すぐに戻るから。」
と、琴子は笑った。
重雄は琴子の外出には車を使わせ、女中が必ず付き添うように厳しく命じていた。琴子が思いつめないかと重雄は心配でたまらないのである。なので今日も女中が琴子に付き添っていた。
「それではここで待っていてちょうだいね。」
「お嬢様…。」
女中と運転手が心配そうに琴子を見ている。
「恐ろしい所へ行くわけじゃないのよ?お世話になっている女学院の先生の旦那様のお墓参りなのだから。」
ここはとある寺の門の前であった。琴子はゆっくりと中へと進んだ。

「…嘘ついちゃったけれど。」
来る途中で買った花束を抱え、琴子は舌を出した。お墓参りであることは間違いないが、女学院の教諭、松下の夫の墓参りではない。
琴子が辿り着いた墓には『服部家之墓』と刻まれていた。そう、ここは直樹の友人、服部の墓である。そして今日は服部の祥月命日であった。
直樹の友人の墓参りと言ったら、もしかしたら重雄の許しが得られなかったかもしれない。だから琴子は皆に嘘をついてしまったのである。

「一番乗りみたいね。」
そこには何の花もまだ生けられておらず、線香も上がっていなかった。琴子は持参した花を丁寧に生けると、マッチを擦り蝋燭に火をつける。そしてその蝋燭を使ってこちらも持参した線香に火をつけ供えた。

――本当だったら、直樹さんと一緒に来るはずだったのに。
手を合わせながら、琴子の目に涙が浮かぶ。
お彼岸の時に初めて連れて来てもらった時に「今度は祥月命日に」と言ってもらった。それなのにこうして一人で来ることになってしまった。それでも琴子は直樹の友人の命日に墓参りをしたかったのである。一度も会ったことはないが、きっと素晴らしい人間だったのだろうと思うと、手を合わせて冥福を祈りたかった。



「渡辺、先に来たみたいだな。」
花と線香を手に直樹が来た時、すでにそこは線香の香りに包まれていた。
墓前には花が生けられていた。その生け方から見ると来たのは渡辺に間違いないと直樹は思った。服部の姉、みさをは生け花の師範の免状を持っている腕前である。今生けられている花は不器用ながら丁寧に生けられた形であった。
本当ならば渡辺と時間を合わせて来たかったのだが、大泉家に居候している身であるためいつ抜け出せるか分からなかったので、今年は別々にという話になっている。

「入江様?」
自分も花を生けようと身を屈めた時、後ろからかけられた声に直樹は顔を動かした。
「みさをさん。」
「今年も来て下さいましたのね。」
変わらず美しいみさをが直樹に笑いかけた。手にはやはり花束を持っている。
「お忙しい中、ありがとうございます。」
「いえ、とんでもありません。」
直樹は制帽を取り礼儀正しく挨拶をした。
そういえばみさをには琴子と離婚したことをまだ打ち明けていなかったことを、直樹は思い出した。渡辺には家を借りていたことから打ち明けていたのであるが。
「どうやら渡辺の奴に先を越されたようです。」
琴子のことを尋ねられる前に、直樹は話を始めた。
「渡辺様に?」
「ええ。ほら、あいつが不器用に花を生けていったみたいです。」
笑う直樹であるが、みさをは怪訝な顔をしている。その理由はすぐに判明した。

「何だ、お前結構早かったじゃないか。」
明るい声が聞こえ、直樹は驚いた。
見ると自分と同じ制帽制服にマントをまとった渡辺が、閼伽桶を手にこちらへ歩いてくる。隣にいる男性はみさをの夫であろう。
「門でみさをさんご夫妻と一緒になってさ。結局、お前とも一緒になったな。」
笑う渡辺と、墓前の線香を直樹は交互に見比べた。
「お前、今来たのか?」
「そうだけど?」
それではこの花と線香は一体誰が供えたというのか。自分たちの他に服部の命日を知っている者、それは――。

「入江様?」
「入江?」

みさをと渡辺の声を背に受けながら、直樹はマントを翻し走り出していた。
自分たち以外に今日が何の日かを知り、墓参りに来る人間。それは直樹の知る限り一人しかいない。
線香はまだ煙が上がっていた。ということは来たのはつい先程ではないか。
直樹は寺の門を飛び出し、左右を見る。しかしそこには人影はなかった。
そこで直樹は思う。
「馬鹿じゃないか、俺。」
仮に追いついたとして、何をするつもりだったのか。何を話しかけるつもりだったのか。
もう離婚して他人なのである。
立ち尽くす直樹の上に、また雪が降ってきたのだった――。



「お墓参りは無事に終わられましたか?」
大泉家に戻ると、沙穂子が玄関に手を付いて出迎えてくれた。
「ええ。」
「それはようございました。」
直樹は沙穂子を見つめる。そのうち自分の妻となる女性――こんなに美しい女性を妻にできるのならば男冥利につきるというものであろう。
だが直樹には、沙穂子を服部の墓参りに伴いたいという気持ちは起きなかった。おそらく、彼の墓前で紹介したい女性はこの先も一人だけだろう。

「やあ直樹くん、ちょうどよかった。一局どうかね?」
大泉翁が姿を見せ、碁を打つ真似をした。
「おじい様、直樹様は今戻られたばかりですよ。」
沙穂子がやんわりと止めようとしたが、
「構いませんよ、沙穂子さん。」
と直樹は笑った。
「そうかね、それじゃあ早速。今日こそ君を打ち負かしたいものだよ。」
大泉翁は豪快に笑う。
「それではお茶をお持ちいたしますね。」
沙穂子の声に送られながら、直樹はまずは着替えに自室へと向かったのだった。







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Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
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