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2012.10.09 (Tue)

いとし、いとしと言う心 17



先日は色々お気遣いいただきありがとうございました。
皆様、本当にやさしいお言葉をありがとうございます。
ハイテンションなコメント、ウェルカムですよ~!!どうぞお気遣いなく♪
歯医者も…さっさと終わるかと思いきや腫れが引かないと次の治療がだめだとか、やれ知覚過敏だとか、やれ欠けているとか…半年くらいは通院かと覚悟しております、はあ。
4か月も歯医者が怖くて痛みをこらえていたツケが今一気に来ました…。
あとすみません、歯医者体験記ってイリコトじゃなくてただ単に私の体験を書こうとしていただけです…。
風邪もちょっとまだ怪しい状態でして。
皆様もどうぞお体に気を付けてくださいね。







【More】







銀座は今日もにぎやかだった。
人ごみの中を歩くうち、琴子は視線に気づく。それは自分の前を歩いている人物へと向けられているものだった。
「まあ、こんなに素敵だったら注目されるのも仕方ないわよね。」
それが自分の夫なのだと思うと誇らしくなってくる。直樹はベージュの背広を着こなし、まこと品が良い。そして琴子はトランプのクローバー柄をあしらった臙脂の着物に、これまたダイヤ柄をあしらった深緑の羽織を着ていた。
「おい、着いたぞ。」
「へ?」
琴子が顔を上げると、そこは木村屋本店であった。焼き立てのパンの香りが鼻をくすぐる。
「一個でいいよな?」
「へ?」
相変わらず間抜けな声しか出せない琴子をよそに、直樹はさっさと財布を出しあんぱんを買っている。
「ほら。」
そして焼き立てのあんぱんを琴子へと渡した。
「もしかして…今日の食事はこれで済ますとか?」
息抜きに外食と聞いた記憶がするが、その外食はこのあんぱんを指しているのだろうか。
「俺はそこまでケチじぇねえ。」
心外だという顔を直樹はする。
「お前が寝ている時まであんぱん、あんぱんとわめいているから、一度連れて来ないとずっとうなされるだろうと思ったんだ。」
「寝ている時?」
琴子は思い出した。
「あれは、その…。」
まさか、家庭教師先の女生徒と直樹を取り合っている夢を見ていたとは打ち明けられず琴子の口はそこで止まった。
「何だよ?」
「いえ、いただきます。」
誤魔化す意味も込め、琴子はあんぱんを半分に割った。
「はい、直樹さんも。」
「俺は…。」
「別にいい」と断ろうとしたが、琴子の嬉しそうな顔を見ているとそれもできず直樹はあんぱんの半分を受け取った。

「うん、おいしい!」
本当ならば立ち食いなどご法度であるが、琴子はそんなこと気にせず往来で堂々とあんぱんを頬張った。
直樹も食べる。
「本物の方がやっぱり勝ってるな。」
「え?本物?ここって本物の木村屋じゃないの?」
直樹の言葉を受け、琴子が木村屋の看板を見上げる。
「本店って書いてあるけれど?」
「本店だよ。」
「それじゃあ本物って?」
「気にしなくていい。」
「ふうん?」
琴子は首を傾げつつ、あんぱんをかじった。
――これで我慢している法学部の奴らは哀れとしかいいようがねえな。
優越感に直樹は笑いが止まらない。



「あれ何だろ?」
直樹が本屋に立ち寄っている間、琴子は傍の店で売っている物が気になった。
「わあ、きれい。」
それは化粧品であった。綺麗なガラス瓶がそこに並んでいる。見ているだけでも楽しい。
「これは何かしら?」
中でも琴子の目を引いたものは、花模様が彫られたガラスの瓶であった。
「こちら、コールドクリームでございます。」
「コールドクリーム?」
女性店員が琴子の前で瓶の蓋を開ける。彼女の指の上にとろりとした白いクリームがのせられる。
「お手をお借りできますか?」
琴子が手を出すと、その上に店員がクリームを載せ塗り込んだ。
「わあ、すべすべ!」
クリームが塗り込まれた手を琴子は何度もなでる。
「こちらをお顔に塗り込んでいただいてマッサージをしていただくと、それはもう、プリプリのお肌に仕上がりますよ。」
「プリプリのお肌…。」



「直樹さん、触って!」
「どれどれ?」
直樹は琴子の頬に触った。
「すごいじゃないか!プリプリだぞ、琴子。」
「でしょう、でしょう?」
「もう一度触っていいか?」
「ああん、もちろん!このほっぺは直樹さんのものなんだから!」



「…いくらでも触っていいわよう。うふふ。」
「…いいんですか?」
「え?」
そこで琴子は現実に帰ってきた。見ると隣に立っている男が琴子の頬に触ろうと手を伸ばしかけている。
「いや、ちょっとそれは…。」
「お前は起きていても夢見ているのか?」
たじたじになっている琴子の前に直樹が呆れた顔で現れた。琴子に見られない位置で男を手で押しやっている。
「ね、これ凄いクリームなの!お肌がプリプリになるんですって!」
琴子がガラスの瓶を直樹に見せた。
「そんなもんはお前にいらないだろ。」
直樹は素っ気なく答えた。
「こんなクリームがなくとも、十分肌はプリプリだ」と直樹は思ってそう言ったのだが、さすがにそこまで言えない。
一方琴子は「こんなクリームで手入れしても、もう手遅れだ」という意味で直樹が止めたと思い、がっくりと肩を落としクリームの瓶を店員へ返した。


――あれでお手入れしたら、直樹さんが触ってくれるかと思ったのになあ…。
店を出た後も、琴子はしょんぼりとしたままだった。
「おい、いつまでしょげているんだよ?」
直樹の言葉も聞こえず、琴子は立ち止まり店をじっと振り返っている。
――使い終わった後も、きれいな瓶だからとっておけそうだし。
「ったく…。」
まるでおもちゃをあきらめきれない幼児だと直樹は琴子を眺めた。


「いいの?本当にいいの?」
「買わねえとお前、梃子でも動きそうになかったからな。」
再び店に戻り、直樹はあのクリームを買ってやったのだった。
「うわあ。」
きちんと包装されたクリームを受け取る琴子の顔は嬉しさに輝いていた。
店員に見送られながら店を出ても、直樹に「ありがとう」と繰り返し続けていた琴子であったが、その口がふと止まった。
「どうした?まだ何かいるのか?」
「いや、まさか…。」
琴子は不安になった。
「このクリーム買ったら、明日からの食費がないとか?」
「あ?」
欲しくて買ってもらったものの、考えてみれば今の自分たちはお金に余裕があるわけではない。直樹の学業優先の生活だというのに、ついこんな贅沢をしていいのだろうか。
「私、やっぱり返品してくる…。」
店に戻ろうとした琴子を、
「ちょっと待て。」
と直樹がその腕を捕まえた。
「だって。」
「お前にそれくらい買ってやる余裕くらい、あるよ。」
「…本当?」
「ああ。」
「でもこれを買ったから明日から水だけの生活とか、直樹さんの本が買えないとか。」
「ないない。」
直樹の言葉にようやく琴子は安堵した。



「お前のあの店、どこにあるんだ?」
ブラブラとショーウィンドウを見ながら、直樹が琴子に訊ねた。
「あの店?」
「お前行きつけの何とか屋。」
「港屋のこと?」
「そう。」
「あれは日本橋だけど?」
「ここから近いな。」
直樹は「行くぞ」と言い、スタスタと歩き出す。
「行くぞって、何、それ?」
琴子はクリームを抱え、直樹の後を追いかけた。



港屋とは竹久夢二が開いた「港屋絵草子店」のことである。日本橋呉服町にあるその店は、夢二がデザインした半襟、封筒、ゆかたなどの小間物が並べられ、今日も女性たちでにぎわっていた。
直樹は立ち寄った書店で女性がその店の話をしているのを小耳にはさみ、そういえば琴子も夢二がどうとか紀子と話をしていたことを思い出したのであった。

「好きなの選べば?」
「…いいの?」
琴子は半信半疑で直樹を見ている。
「でもクリーム買ってもらったし、あんぱんだって…。」
「言っただろ?たまには息抜きをするんだって。俺の気の変わらないうちに好きなの選んで来い。」
「はあい!」
直樹の優しさに驚きつつ、琴子はいそいそと店内へ入っていく。少し前までは女学校の帰りによく立ち寄っていた店である。

「うーん、いちごと大椿、どっちにしようかしらん?
色々見た結果、琴子はレターセットを買うことにした。
「ねえ、直樹さんはどっちがいいと思う?」
「どっちだっていいよ。」
「あん、どっちも可愛いのに。」
迷う琴子を見ているのは楽しいが、女性たちの視線を浴びることは不愉快な直樹である。なのでつい乱暴な言い方になってしまう。



「本当に今日はありがとう、直樹さん。」
「どういたしまして。」
結局琴子は大椿のレターセットを選んだ。その後二人は銀座に戻り洋食店に入った。
「あのレターセット、大事に使うね。」
「ああ、そうしてくれ。」
琴子ならきっと大事に使ってくれると直樹は信じている。
「クロケット、おいしいね。」
「まあな。」
二人の皿にはクロケットが乗っている。琴子は本当においしそうに食べている。
「うん、これはぜひとも我が家で再現してみましょう…。」
「絶対無理だ。」
間髪入れずに直樹が言うと、琴子は、
「んもう、やってみないと分からないじゃないの。」
と、頬を膨らませた。
「まず一度くらい飯を焦がさずに炊いてくれ。」
「ちょっとくらいおこげがあった方がおいしいんだってば。」
直樹に文句を言われても琴子はまったく動じない。



家に帰り、琴子はちゃぶ台に鏡を置き、念入りにクリームでマッサージをした。
「プリプリの琴子ちゃんになあれ、プリプリの琴子ちゃんになあれ…。」
呪文を呟きながら真剣な顔でマッサージをしている琴子を、障子のすきまから見ていた直樹は「ぷっ」と噴き出しそうになった。だが、あそこまで大事に使ってもらえると買ってやった身としても嬉しい。

楽しい一日を過ごした後、二人は並んで床についた。
「ああ、とても楽しかった…くしゅん!」
余韻に浸ろうとしていた琴子がくしゃみをした。
「風邪引いたのか?」
「ううん、そんなことは…くしゅん!」
またくしゃみを琴子がすると、
「…こっちへ来るか?」
と、直樹が声をかけた。
「え!?」
「いや、布団だって入江の家で使っていたものとは全然違うしな。寒いんじゃないか?」
「いや、そんなことは!」
顔を真っ赤にして手を振る琴子に、
「何でそんな赤くなるわけ?あっちでも同じベッドに寝ていたじゃん。」
と、直樹が話しかける。
「いや、だってあのベッドは広かったし…。」
「こっち来いよ。ほら。」
直樹は琴子の返事を待たずに、体をずらし場所を開けた。そこまでしてもらうと断れない。
「それじゃあ…。」
もしや早速クリーム効果が出たのかと胸を躍らせながら、琴子は直樹の隣におずおずと潜り込んだ。
「もうちょっとくっつかないと、布団が足りない。」
「はい…。」
なぜかベッドで寝ていた時よりも琴子は緊張を覚えた。こんなに体を密着させたことなどないのだから当然である。
――今夜は眠れないかも。
琴子は直樹の香りを感じながら、目を閉じた――。

「…寝つきのいい奴。」
くーくーと規則正しい寝息を立てている妻に直樹はクスッと笑った。
「あんぱんも食わせたし、うなされることはないだろう。」
と、ふと直樹は琴子の手に目を止めた。その手は所々荒れている。
「こんなに荒れていたのか…。」
今までお嬢様育ちで水仕事など縁のない生活を送ってきた琴子である。その手がこんなになっていたとは。
これでは化粧品店の店員にどんな目を向けられたことか。それを考えると直樹の胸が痛んだ。
「悪いな…。」
直樹は罪悪感にさいなまれながら、琴子の小さな手にそっと唇を当てたのだった。




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 |  2012.10.09(Tue) 19:24 |   |  【コメント編集】

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 |  2012.10.09(Tue) 19:52 |   |  【コメント編集】

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 |  2012.10.09(Tue) 20:08 |   |  【コメント編集】

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 |  2012.10.09(Tue) 20:41 |   |  【コメント編集】

こんばんは。

うぅぅ・・・ん。
やっぱり、この時代のイリコトは可愛いというか仄々してて大好き。

どうしても、このワクワクする思いをコメにしたくて・・・はい!!
自己満足です。(笑)

次の更新お待ちしております。
ポンタ |  2012.10.09(Tue) 21:43 |  URL |  【コメント編集】

どうしていつも琴子ちゃんが見てない所で唇をあてるのか・・・
あっ!入江君だからか!
kazigon |  2012.10.09(Tue) 23:00 |  URL |  【コメント編集】

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 |  2012.10.10(Wed) 05:59 |   |  【コメント編集】

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 |  2012.10.10(Wed) 07:42 |   |  【コメント編集】

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 |  2012.10.10(Wed) 09:03 |   |  【コメント編集】

デート♪いいなぁ~
もうすっかり二人は通じ合っているのにねぇ~
気付かないのは本人達のみ・・・・

この温かい雰囲気がとても気に入っています♪
お互いを大切に思いやる気持ち、私二人を応援し続けますよ!!


水玉さん!!お互い歯科通い頑張りましょう!!
もう!!いっぱいいっぱい語りたいわ!!
ゆみのすけ |  2012.10.10(Wed) 10:23 |  URL |  【コメント編集】

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 |  2012.10.10(Wed) 18:34 |   |  【コメント編集】

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 |  2012.10.11(Thu) 11:31 |   |  【コメント編集】

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