日々草子 いとし、いとしと言う心 2

いとし、いとしと言う心 2





「突然お嫁入りとはね。」
女学院では琴子から話を聞いた理美とじんこが驚いていた。
「ね、ね、どんな方なの?」
「…頭だけはいいわね。」
「ふうん。そうよね、帝大生だものね。」
「でも頭がいいって重要よ。だって琴子は下から数えた方が早い成績だもの。」
「悪かったわね!」
「いいじゃないの。そんな賢い方がお嫁にもらって下さるんだから。」
理美とじんこはこの縁談をいい話と信じて疑っていない。

「ねえねえ、相原さん!お嫁入りされるんですってね。」
こういう話はあっという間に広がるもので、早速琴子の傍に級友たちが集まってきた。
「入江侯爵様って、大層な資産家で家柄も申し分ないのでしょう?」
「ご子息様もご立派な方という噂ですわ。」
「噂ってことは、皆さまお会いしたことないの?」
琴子は逆に級友たちに訊ねた。
「ええ。」
皆一斉に頷いた。
「だって入江様のご子息様はパーティーにもお顔を見せられないって有名ですから。」
「そうなんだ…。」
「優秀な入江様のご子息様」の実の姿を知ったら、皆どんな顔をするだろうかと琴子は思う。

「琴子、駆け落ちできなくて残念だったわね。」
級友たちがいなくなった後、理美がからかった。
「何だったらしちゃえば?何か理由をつけて。」
面白がるじんこに琴子は「冗談じゃない!」と思った。
「あんな人と駆け落ちするくらいならば、お妾さん三十人連れて賭け事大好きな人と駆け落ちした方がずっとましよ!」
と、言いたかったが言えなかった琴子であった。

そして琴子に縁談が決まり驚いたのは友人たちばかりではなかった。
「まあ、相原さんにご縁談とは!しかもお相手はあの入江様!」
驚いているのは、担任の松下すみ子であった。このすみ子は年齢40歳くらいで担当は家庭科である。
「お針、お料理何一つまともにできないあなたにつとまるのかしら?」
「…でしたら先生からこの縁談はやめておいた方がいいと向こうに言ってほしいです。」
「何ですって?」
「あ、いえ。何でもありません。」
「あなたにはまだまだ教えておきたいことが山ほどあったのですがねえ。」
すみ子は溜息をついた。結婚を機に、琴子は女学院を退学することになったのである。



見合いから一か月。とうとう琴子が入江家で暮らす日がやってきた。
「大きなお屋敷…。」
琴子の育った相原家は純和風な造りである。入江家は正反対の洋館。
石造りのどっしりとした構えが重圧感を琴子へと与えた。
「今日からここで暮らすのか。」
そして今日から「相原琴子」から「入江琴子」へと名前が変わるのである。
琴子は緊張しながら、洋館の中へと足を踏み入れた。

「琴子ちゃん、次男の裕樹です。」
琴子の到着を今か今かと待ち構えていた紀子が紹介してくれたのは、年の頃10歳くらいの少年だった。そういえば息子は二人いると父が話していたような気がする。
「裕樹、お兄様のお嫁さんですよ。あなたにお義姉様ができたのよ。」
「初めまして、裕樹くん。琴子です。よろしくね。」
兄弟がいない琴子はどう接していいか戸惑ったが、とりあえず挨拶をして笑顔を見せてみた。
「…どうも。」
「これ、何ですか、その挨拶は!」
紀子が裕樹の態度を叱りつける。
「だって想像と違ったんだもん。」
裕樹は全く反省していない。
「あのお兄様の相手だから、すごい美人で賢い人かと期待してたらさあ。こんなちんちくりんだったから。」
「ちんちくりん…。」
愕然とする琴子。
「これ!」
紀子が叱ろうとすると、裕樹は「べえ」と舌を出して二階へと逃げていってしまった。

「ごめんなさいね、琴子ちゃん。本当に躾のなってない子でお恥ずかしいわ。」
「いえ…。」
あの兄ならば弟もああだろうと琴子は納得するしかない。
「さ、気分を変えて。結婚式なのだけれど…。」
紀子が話を変えようとした時だった。
「式は挙げません。」
冷たい声が居間に響いた。今日から琴子の夫となった入江直樹が大学から戻ったところである。
「何ですって、どうして!」
紀子が眉を吊り上げた。
「俺は学生ですから。そんなことしたくありません。」
「琴子ちゃんはどうするの!」
琴子を着飾らせることを楽しみにしていた紀子は、直樹に詰め寄った。
「こいつだってこの間まで学生だったんですから、贅沢は不要でしょう。」
「こいつって何なの!あなたの奥様でしょうが!」
「勝手に押し付けてきたのはそちらでしょう。」
「あなたがいいって言ったから。」
「父上の友達の娘だからとか、父上の仕事がうまくいくからと並べ立てられれば断りようがないですからね。」
どうやら直樹も自分と同じことを親から言われたらしい。女の自分が拒むことは難しいのだから、男の直樹が断ってくれればよかったのにと思う。
「ようやく見合い写真の嵐から解放され、勉強に集中できるんです。あとは放っておいてください。」
「式は挙げますよ!」
興奮する紀子に、「あの」と琴子が恐る恐る声をかけた。
「直樹さんが嫌というのならば、私も式は挙げなくても。」
「琴子ちゃんまで!」
「お勉強忙しいみたいですし、お邪魔するもの悪いですもの。」
一応直樹を立てる言い方をしてみた琴子である。本音を言えば、嫌がる直樹を無理矢理結婚式に引っ張り出してムスッと仏頂面されても嬉しくない。
「まあ琴子ちゃん…でもね、私は可愛いお嫁さんを皆様に自慢したいのよ。」
紀子は琴子を抱きしめた。紀子はずっと娘がほしくてたまらなかったのだという。
結局、直樹が大学を卒業するまで式は延期ということで直樹と紀子は折り合いをつけたのだった。



休憩した後、琴子は自分の部屋へと向かった。
「ここが琴子ちゃんの居間ね。」
紀子自ら先頭に立って整えたというその部屋は、外国から取り寄せたレースのカーテン、机と椅子などであふれていた。
「女の子の物を準備するのがとても楽しくて。気に入っていただけたかしら?」
「はい!」
まるで外国のお姫様が暮らす部屋のようである。これには琴子も一目で気に入った。
「そしてこのドアを開けると寝室。」
琴子の居間には入口の他にもう一つドアがあった。それが寝室への入り口なのだという。
「うわあ…大きなベッド。」
天蓋つきの大きなベッドに琴子は目を奪われた。純和風の実家で布団を敷いて寝ていた琴子にとっての初めてのベッドである。
「こんなに良くして頂いて、いいのでしょうか?」
「まあ当然よ!」
紀子が笑った。
「仲良くしましょうね、琴子ちゃん。」
「はい、お義母様!」
息子はともかく紀子とは仲良くやっていけそうである。



「お風呂もすごいなあ…。」
檜の浴槽で育った琴子からすると、大理石のお風呂の入江家には目を見張るものがある。
「あ、ライオンまでいる!」
壁には何とライオンの顔が付いており、その口からお湯が流れていた。琴子は手を中へ恐る恐る突っ込む。
「あんまり熱くないんだ。」
なかなか面白く、手を入れたり引っ込めたりとして遊んでしまった。

「いいお湯だった。」
自分の居間を抜け寝室へと琴子は入る。
「うふふ、お姫様!!」
ポンポンとベッドの上で跳ねた後、お肌の手入れをしようとドレッサーの前に座った。
「綺麗な瓶!」
化粧水の入った瓶には綺麗な絵が描かれている。いつか大人になったら使いたいと雑誌で見て憧れていた物が今、目の前にあることが琴子は信じられない。
「さてと、寝るか。」
色々あった一日だった。夫以外は何の不満もない。その夫とも夕食の時に顔を合わせただけ。
色々気を遣って話しかけてくれる重樹と紀子とは全然違い、琴子の方には目もくれなかった。
「結婚式…憧れてたけど。」
美しい花嫁衣裳に身を包み、素敵な殿方と結婚することは幼い頃からの憧れだった。その夢は今日破れてしまったわけである。
直樹の大学卒業後に結婚式をという話であるが、おそらく実現しないだろう。あの直樹の性格からしてうまいこと丸め込んで式も挙げないことになるに違いない。
「理想と現実の違いかあ。」
はあと溜息をついて、琴子はベッドに潜った。

ガチャリ。
うとうととしていた琴子の目が、ドアが開く音で開かれた。
「何だ?」
顔を少し上げると、何と現れたのは直樹である。
直樹はパジャマ姿で、ベッドの中へと入ってきた。
「ちょっと、待ったあ!!」
琴子は思わず声を上げた。
「何だ、いきなり!」
さすがの直樹も何事かと驚いた様子である。
「何だはこっちの台詞よ!何してるの!寝ぼけた?」
寝ぼけて部屋を間違えたのかと琴子は思った。
「あんたじゃあるまいし。」
「じゃあ、何しに来たのよ?」
「寝るために。」
「ここは私の寝室ですけど!」
琴子は起き上がって直樹と対峙した。琴子が王女になれる唯一の空間を邪魔されるわけにはいかない。
「俺の寝室でもあるんだけど?」
直樹の返事に「はい!?」と素っ頓狂な声を琴子は上げた。
「ど、ど、どういういこと?」
思わず声が上ずる琴子に、直樹は平然と続ける。
「ここは俺の寝室でもあるってこと。だからこんな無駄にでかいベッドなんだろうが。」
確かに琴子一人にしては大きすぎるくらいのベッドだとは思っていた。
「嘘だと思うなら、そっちのドアを開けてみろ。」
琴子はベッドからぴょんと飛び降りると、寝室の左側のドアを開けた。本が並んだ、琴子の部屋とは正反対のシンプルな部屋である。どうやら直樹の居間らしい。
つまり寝室の右側は琴子の居間、左側は直樹の居間ということである。

「納得したのならば、静かにしろ。」
直樹は横になって目を閉じた。それを琴子が叩き起こす。
「ちょっと、何一人で先に寝てるの!」
「ああ?」
面倒臭そうに直樹が琴子を見た。
「何だよ。俺に構ってほしいわけ?」
「はあ?冗談でしょう?」
琴子は「やっぱりこの人とは一緒にやっていけない」と思った。
「私のこと好きじゃないんでしょう?だったらよそで寝なさいよ。」
「俺の寝室はここなんだ。ここで寝ないと母上がまたわめくんだ。さっきの結婚式の話で分かっただろ?あの人はしつこいから。」
「だからここで寝るわけ?」
「そう。俺はとにかく面倒なことは大嫌いなんでね。」
直樹は琴子に背を向け、言った。
「そっちが出て行けば?」
「そうはいかないわ。」
この部屋はとても気に入っている。どうして自分が出て行かなければいけないのか。それに一応嫁の立場としてはあまり露骨な態度も取りにくい。

「だったから静かにしろ。」
「…。」
言うことを聞くしかないのかと、琴子は嫌々ベッドへもぐった。じわりと涙が浮かんでくる。
何でこんな人と結婚しなければいけないのだろう。
「お妾さん三十人…ううん百人いてもいい。賭け事大好きでもいい。この人じゃなければ誰でもいいから、私をここから連れ出して!!」
心の中で叫びながら、琴子は直樹に背を向けたのだった。





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楽しみです。

現代ではないお話シリーズ(勝手に命名)大好きです。
とっても楽しみにしています。結婚・・・同居までがすんなりいって、その後の結婚生活を水玉さんにどのように楽しませていただけるのかとわくわくしています。

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keikoさん、ありがとうございます。

現代ではないお話シリーズ、すてきなシリーズ名をありがとうございます。
これだとすごくわかりやすいですよね!
今回は同居も結婚もすんなりといっておりますが、二人の仲があまりよろしくないという…(笑)
ぜひ最後までお付き合いくださいね!

あやみくママさん、ありがとうございます。

恋愛もしていない二人です。
結婚と恋愛が逆になっていますが、二人が関係を深めていく様子を楽しんでいただけたらと思います♪
プロフィール

水玉

Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
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