日々草子 イリエアン・デイズ 7(最終話)

イリエアン・デイズ 7(最終話)









「王妃様、寝込んでしまったってよ。」
「…いいかげん自分の国へ戻ったらどうですか?」
執務の邪魔をするのもいいかげんにしてくれとナオキヴィッチはガッキー王子を睨んだ。
「だってこのまま帰ると後味悪いから。」
ナオキヴィッチは書類の山を脇へどけると、椅子に背中を預けた。
「別にあなたが理由で婚約解消したわけじゃありません。」
「うーん、でもねえ。最初は“おめでとう”で帰り際は“元気出してね”じゃ、あまりにもさあ。」
泣きじゃくるコトリーナを無理矢理納得させた後、ナオキヴィッチは両親にも婚約解消を告げた。結婚式の招待状のデザインを考えていたノーリー王妃がその場で倒れてしまったことは言うまでもなかった。
「幸い、婚約の事実は内々にしか伝わっていませんでしたから。大事にならずに済んでよかったです。」
「一応僕、お祝いのプレゼントを発注しておいたんだけど、無駄になっちゃうわけ?」
「何を用意してくれていたんですか?」
「これまでの僕の経験をもとにした夫婦の生活HOW TOブック。」
「解消して正解だった。」
「何だよ、それ。」
「そんな話をするのなら出て行ってもらえます?俺はまだまだ仕事が残っているんで。」
「…わざと仕事を増やしているくせに。」
ガッキー王子の言葉は図星だったため、ナオキヴィッチはまた眉を潜めた。
「分かった、分かった。じゃあね。」
これ以上怒りに触れないように退散することがいいと悟り、ガッキー王子はドアに手をかけた。

「わっ!!」
開けようとしたドアが突然開き、ガッキー王子は驚いた。
「…王子様!」
ドアを開けたのは、コトリーナだった。
「…お前、実家へ帰ったはずだろ?」
外出着姿のコトリーナを見て、ナオキヴィッチも驚いている。
「ええ、帰りました。帰りましたけどまた来ました。」
どうやら実家からまっすぐこの部屋にやって来たらしい。
「王子様に追い出されて、三日三晩考えた末にまた来ました。」
「それじゃあ、僕はこれで。」
二人きりにするのがベストだと考えたガッキー王子は部屋を出て行った。



「婚約解消の理由に納得できないのか?」
帽子を外すコトリーナにナオキヴィッチが訊ねた。
「はい。」
コトリーナは頷く。
「ったく頭が悪い奴だな、やっぱり。」
「そんなこと言われなくても分かってます。」
ナオキヴィッチの嫌味にもコトリーナは一歩も引かなかった。
「もう一度説明してやるよ。お前が現れてから俺の平穏な生活は崩れた。めちゃくちゃだ。そんな生活をこの先ずっと送るのかと思うとうんざりしたんだ。分かったか?」
「分かりません。」
即答するコトリーナに、ナオキヴィッチは「はあ」と溜息をついた。
確かに分からないのも無理はない。自分でも無理がありすぎる理由だと思っているのだから。
だがそう言うしかない。

「他に理由があるような気がしてならないのです。」
コトリーナは机に両手をつき、ナオキヴィッチの顔を覗き込んだ。こんな迫力のあるコトリーナをナオキヴィッチは初めて見た。
「それが何なのか、三日三晩考えました。」
「…で、分かったのか?」
「…何となく。」
と言うと、コトリーナの顔に不安の色が浮かんだ。先程までの迫力が消えつつある。
「…それが当たっているのならば、お傍からいなくならないといけないでしょう。」
「で、何だよ?」
コトリーナは言おうかどうしようか迷っていた。言ったら最後。本当にナオキヴィッチと離れ離れにならなければいけなくなるかもしれない。

「私が…あの男たちに身体を触られたからですか?」
なるほど、そこまで辿り着いたかとナオキヴィッチは思った。
「他の男に触られた女となんて結婚するのも、傍にいるのもいやになってしまったのでは?でもそれを言うと私が傷つくと思って、優しい王子様は言葉を選んで自分を悪者にしたのではないかと思ったのです。」
勿論、コトリーナの体は無事だった。傷一つなかった。だがナオキヴィッチ以外の男に触れられたという事実がナオキヴィッチには許せないのではという結論に、コトリーナは辿りついたのだった。

「あたらからず、遠からず。」
ナオキヴィッチは口を開いた。
「え?それじゃあ…やっぱり?」
コトリーナは愕然となった。あの時もっと自分が隙を見せなければ…いやいやナオキヴィッチとつまらぬ喧嘩をしなければと後悔した。

「ただお前が男たちに触られたからという理由は違う。」
ナオキヴィッチは腕を組んだ。
「…あんな思いは二度とごめんだったからだ。」
「あんな思い?」
「ああ。」
とりあえず座れと、ナオキヴィッチはコトリーナに椅子を勧めた。コトリーナは素直に座った。
「お前の靴を見つけた時、俺は頭の中が真っ白になった。自分が今、どこにいるのか、何をしているのかすら分からなくなった。」
コトリーナの靴を握りつぶした時のことを思い出すと、今でも辛くなる。
「そしてお前の姿を小屋で見つけて…倒れているお前を見て…俺は全身の血が逆流するということを初めて知った。あの時俺はお前がもう息をしていないとすら思った。しかも最悪の方法でそんな目に遭ったのではないかと。」
「そうだったのですか?」
「ああ。」
ナオキヴィッチはクスッと笑った。
「最初にまず確認すればよかったんだよな。しかしあの時の俺にはそんなことを考える余裕はなかった。もう目の前のあの男たちを叩きのめすことしか頭になかった。あの時ガッキー王子がお前が無事だってことを告げなかったら、今頃あいつらはこの世にいなかっただろう。」
「では、やはり私の考えは当たっているということでは?」
「いいや。やや違う。」
ナオキヴィッチは首を横に振った。
「たとえお前があいつらにおもちゃにされていたとしても、俺はお前と結婚する。それは神に誓う。」
「それでは、なぜ?」
そこまで自分を想ってくれていることに胸を熱くしながら、コトリーナは訊ねた。

「最初に言った通り、もうあんな思いは二度とごめんだからだ。」
ナオキヴィッチは机の上で両手を組んだ。
「あの時の男たちはお前の素姓を知らなかった。知らなかったのにお前を攫おうとした。だが、結婚したらお前は王族になる。この国や外国にも顔は知れ渡ることになるだろう。そしたらお前の身に危険が増すことになる。つまり…。」
ナオキヴィッチはコトリーナの顔を見つめた。
「…俺と結婚することで、お前は不幸になるかもしれないと分かったんだ。」

「俺は村でのびのびと育ったお前を愛してる。お前の屈託のない笑顔に心が癒される。何よりも大事にしたい。だけど俺と結婚したらお前からそれらを奪うことになってしまう。そんなことになるのなら俺は…。」
ナオキヴィッチは組んだ手に顔を埋め、絞り出すように言った。
「…お前と結婚しない方がいいと思ったんだ。」

「そんな…。」
コトリーナの目から涙が、ドレスの上に落ちた。
「俺と結婚しなければお前はずっと笑っていられる。幸せでいられるからな。」
ナオキヴィッチの言葉を聞いた後、コトリーナは涙をぬぐった。そして立ち上がった。

「王子様。」
ナオキヴィッチは顔を上げた。コトリーナが自分を見下ろしている。
「私と婚約解消した後、王子様はどうされるのですか?」
「俺か?まあ跡取りはどこかから養子にもらえばいいし。」
「違います。」
コトリーナは言葉を強めた。
「それはこの国の行く末でしょう?私が訊いているのは、イーリエ王国の将来じゃありません。王子様のその後の人生についてです。」
「俺のその後の人生?」
「ええ。王子様はどなたか…他のお妃を迎えられるのですか?私のようなボーッとしてい狙われる隙だらけの人間じゃなく、もっとしっかりとして美しい方を。」
「そんなことはない。絶対にない。」
ナオキヴィッチは否定した。
「俺の妃はお前だけだ。お前を妃に出来ないのならば俺は誰とも結婚する気はない。」
「でしたら、あまりにも寂しすぎます。」
コトリーナは悲しげにナオキヴィッチを見つめた。
「ずっとお一人なんてそんな寂しい真似を王子様にさせるのは、私は嫌です。」
「だけど。」
コトリーナはナオキヴィッチの手をそっと持ち上げた。
「王子様は私を助けに来て下さいました。私はそれだけで幸せです。これから先何が起きても怖くありません。」
「だが、また何が起きるか分からないんだぞ?」
「それは王子様だって同じじゃありませんか。」
コトリーナは笑った。
「王子様の身にも何が起きるか分からないでしょう?その時は私がお守りします。」
「お前が?」
「はい。王子様が私を全力で守って下さるように、私も王子様を全力でお守りします。守られているだけではなく、私も守りたいのです。」
コトリーナの言葉に、ナオキヴィッチは心がだんだんと晴れて来ることを感じていた。
自分がコトリーナに惹かれたのは、こういう強さも大きかったことに改めて気付いたのである。

「忘れないで下さい、王子様。」
ナオキヴィッチの手を優しく撫でながら、コトリーナは言った。
「王子様の幸せは、私の幸せでもあるのです。」
「コトリーナ…。」
「それに、私がいなかったら王子様はまた不眠症になってしまいますよ?」
「…そうだな。」
ナオキヴィッチはクスッと笑った。
そしてナオキヴィッチはコトリーナの手にキスを落とした。

「コトリーナ。」
「はい、王子様。」
「一生俺の傍にいてくれるか?」
「勿論です、王子様。」
コトリーナの返事にナオキヴィッチは立ち上がった。そしてその体を優しく包み込む。
「幸せにするからな。」
「私も王子様を幸せにします。」
二人は長い時間、そのまま抱き合っていた。





「やれやれ。やっと帰ってくれるんですね。」
「また一カ月後、お前たちの結婚式に来るけどね。」
ようやく帰国することになったガッキー王子の見送りである。
「ねえねえ、コトリーナ。」
ナオキヴィッチが家来へ指示をしている間、ガッキー王子はコトリーナを手招いた。
「あのさ、パンツ王子の由来って何?」
「あれは…。」
コトリーナの顔がポッと赤くなった。
「その…私のドロワーズを王子様が黙って見ていたことがあって…それで私、恥ずかしさのあまりにそんな言葉を発してしまったのです。」
「そりゃあ恥ずかしいだろうよ。」
ガッキー王子はあんぐりと口を開けた。
事実はナオキヴィッチがいることに気づかず、コトリーナがドレスを捲りあげていたのだが、ガッキー王子には分からない。
彼はナオキヴィッチが、洗濯済みのコトリーナのドロワーズをにんまりと眺めていたのかと思っていた。
「愛は男を変態にするんだな。やっぱり僕のHOW TO本が必要だ。これは帰国したら推敲を重ねなければ!」
「何をごちゃごちゃ言っているんですか。」
ナオキヴィッチがコトリーナをガッキー王子から引き離した。
「それじゃあ、結婚式にね!」
ガッキー王子は上機嫌で帰国したのだった。



そして穏やかな日々がまた宮殿に戻ってきた。

「王子様、お茶の時間ですよ。」
コトリーナがワゴンをカタカタと運んでくると、ナオキヴィッチは本を閉じた。
「ジャーン。」
コトリーナが銀の覆いを外す。そこにはこんがりきつね色のマフィンが並んでいた。
「どうです?」
「やればできるじゃねえか。」
ナオキヴィッチは見事な出来にコトリーナの頭を撫でた。

「さ、どうぞ。」
「ああ。」
これなら期待できるとナオキヴィッチはマフィンを口へ運んだ。

ベチョッ、ベチョッ、べチョッ。

「…なぜこの外見でこの食感?」
なぜか食感だけは変わらなかったのである。
「おかしいなあ?」
コトリーナも眉をひそめる。


「ねえ、王子様。」
「ん?」
「マフィンをね、こうやって丸く並べていくでしょ?」
コトリーナは見た目だけはいいマフィンを丸く並べた。
「で、敷きつめていくと…ケーキみたいになるでしょ?クリームやフルーツで飾ったら立派なウェディングケーキになると思いませんか?」
「野望は捨てろ!!」
ナオキヴィッチが怒鳴った。
「まだそんな野望を抱いていたのか、お前は!」
「だってえ。やっぱり何かしたいんだもん。」
コトリーナはマフィンをもとどおりに並べながら口を尖らす。

「ったく、しょうがねえ奴だな。」
ナオキヴィッチは溜息をついた。
「仕方がない。俺からヨシヤに頼んで、お前にもできそうな飾り付けを手伝わせてもらえるようにするか。」
「え!本当ですか?」
落ち込んでいたコトリーナの顔に笑みが広がった。
「そうでもしないとお前、あきらめねえだろ。」
「嬉しい!やっぱり王子様、優しい!!」
コトリーナが大喜びすると、ナオキヴィッチは言った。

「そりゃそうさ。だって俺、お前にベタ惚れだから。」

途端にコトリーナの顔が真っ赤になった。こんなにストレートに言われたことはなかったのである。

「え、えと…あ、そうだ!ヨシヤくんが何か希望のケーキのデザインがあるかって言ってたの!」
照れて行動が怪しいコトリーナをナオキヴィッチが愉快そうに見つめる。
「それで私、考えてみたのですが。どうかしら?」
コトリーナがナオキヴィッチにデザイン画を渡した。

「何だ、これは…?」
デザイン画を見たナオキヴィッチの眉が寄せられた。

「ケーキの上に俺とお前を象ったマジパンの人形?それがクルクルと回転して、一定の時間が来たら“Happy Wedding”の横断幕がケーキの上に広がりワルツが流れ、そして小さな花火が上がる…だあ?」
「どうです?なかなかいいアイディアだと思いませんか?」
「こんなの、ヨシヤに作れるか!!」
ナオキヴィッチはデザイン画を放り投げた。
「ああ!!」
慌ててコトリーナが拾いに行く。

「ヨシヤを困らせるな!」
「どこがです?」
「こんなケーキ作れるわけがない!」
「作れますよ!ヨシヤくんは天才パティシエなんですから!」
「いくら天才でも無理だ!こんなケーキ、からくり細工職人でもないと作れねえよ!!」
「そんなあ!」

しかし「それでは、音楽はなしにして…」とデザイン画を訂正するコトリーナを見るナオキヴィッチの目はどこか優しい。
「さっきベタ惚れって言ってくれたのに。」
じとっと自分を見上げるコトリーナに、ナオキヴィッチは「それとこれとは別問題」とにべもない。
「幼馴染を泣かせるなよ。」
「はあい。」

結婚式まであと一ヶ月。
果たしてどんなケーキが出来上がるのかとナオキヴィッチは楽しみやら不安やらでいっぱいになったのだった。












☆あとがき

『イリエアン・デイズ』に最後までお付き合い下さりありがとうございました。

すみません。
前回まるでコメントを要求するようなことを書いてしまって。
一人で乗ってどんどん書いていたけれど、読んで下さる方に意味が通じていない独りよがりな内容になっているのではと心配になってしまって。
あれじゃ「コメントよこせ」と言わんばかりですよね。
全部読み返してみたら、とてもコメントのつけようのない話で、本当にコメント下さった方には頭が下がる思いで申し訳なく思っております。


皆さん、お忙しいのに気を遣わせてしまい申し訳ありませんでした。
感想など書きようがないのに、無理矢理絞り出させるような真似をさせてしまい、本当に申し訳ございませんでした。
拍手数から察するに、あまり面白い話じゃなかったんだろうなあと思います。←この話に限ったことではありませんが。
私自身は書いていて楽しかったのですが、これこそ独りよがりってものなのでしょう。

母の入院話を書いた際にも「お話を待ってます」というコメントをいただいたというのに、最近はこのような話ばかりで楽しみにして下さった方には本当に申し訳なく思います。お待たせしていた結果がこれですみません。


楽しいとコメントを下さった方、本当にありがとうございます。少しでもそういう方々がいらっしゃって安心しました。

読んで下さった方、ありがとうございました。



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水玉

Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
そっと見守っていただけたら嬉しいです。

※当ブログに掲載されている文章及びイラストの無断転載・使用はご遠慮下さい。

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当ブログは、『イタズラなkiss』の二次創作をメインとしておりますが、時折管理人の趣味や日々の出来事についての記事も書いております。

原作者様や関係各位とは一切関係ありません。

二次創作については、いわゆる原作の隙間をぬった作品もありますが、主人公以外のキャラクターをメインとしたものや オリジナルキャラクターが出てくるものもございます。

そして、原作と違った時代(平安や明治やその他の時代を舞台にしております)、異なる設定(主人公を医者と看護師じゃない職業にしております)で書いてあるものが多いですが、原作を冒涜しているつもりは全くございません。

二次創作が苦手という方及び原作のイメージと合わないと思われる方はどうぞお引き取り下さいますようお願いいたします。

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