日々草子 新妻の観戦

新妻の観戦






オリンピック真っ最中である――。

「お前も、観戦したことあるわけ?」
二人でテレビで見ていた時に、直樹がふと琴子に訊ねた。
「うん、あるけど?」
洗濯物をたたみながら琴子が答えた。こういう時に琴子は元はトンブリ王国の王女であったことを直樹は知らされる。
「トンブリでも盛り上がるの?」
「ううん、そんなに。だってあんまり選手を出してないから。」
そういえば、開会式の入場で見たトンブリ選手団は少数だったなと直樹は思い出した。
「でも試合みて応援するし、今回もお父様が行っていると思うの。」
そこまで琴子が話した時、どこかの国の王族が観戦しているとテレビで紹介される。琴子は少し前まではこの仲間だったのである。

「観戦も楽しいけれど、他の国の王室の皆さんと話すのも楽しかったよ。」
直樹の靴下に穴が開いていないかをチェックしながら琴子が言った。
「へえ、付き合いあったんだ?」
直樹は意外であった。
「うん。結構仲良しもいてね。今でも文通してるし。」
「文通!?」
琴子が淹れてくれたコーヒーを飲もうとした直樹は、思わずこぼしそうになった。
「そう。」
琴子は洗濯物から離れて、ベッドの下の引き出しを開けた。

「ほら、見て。」
琴子が出してきたのは、さまざまな外国語で書かれた手紙だった。
「結構、恋愛相談とかされちゃってるのよね。」
「恋愛相談!?」
「うん。ほら、私って一途な想いをつらぬいて結婚したじゃない?」
「自分で言うか、それ。」
「みんなすごく感心してくれちゃってね。どうやったら自分たちも恋を実らせることができるかってアドバイスを私に求めてくるわけ。まあ、私は恋の伝染病ってやつ?」
「それを言うなら伝道師だろうが。」
胸を張っている琴子に直樹が訂正する。
手紙のあて名はいずれも聞いたことのある国の王子や王女であった。
「この人って、結婚したってニュースで聞いたな。」
「そうそう。私のアドバイスで結婚できたんだよ。」
「何てアドバイスしたわけ?」
「すべてを捨てて相手に飛び込め!!って。」

手紙の中には、結構結婚している王族が多かった。
「ロイヤルウェディングの影にお前の存在があったとは…。」
自分の妻が実はかなりな大物であることに、直樹は驚きをかくせなかった。
差出人にはまだ結婚していない王族もいた。彼らからの手紙を眺めながら直樹は、
「なあ。」
と琴子に声をかけた。
「なあに?あ、入江くん。靴下に穴が開いてなかったね。あたしアップリケの用意してたんだけどなあ。」
琴子はすっかり主婦モードに戻っている。
「お前さ、これを俺に見せたら記事にされるとか考えなかったわけ?」
手紙をヒラヒラさせながら、直樹は琴子に訊ねた。直樹の職業は新聞記者である。こんなネタを見せられたら記事にされると琴子は思わなかったのだろうか。あまりにたやすく自分に見せた琴子を直樹は不思議に思う。
「思わないけど?」
琴子はきっぱりと即答した。
「何で?」
「何でって、入江くんはそんなことしないもん。」
琴子は笑った。その笑みには少しも疑いがない。

「ねえねえ、入江くん。」
今度は琴子が直樹に訊ねた。
「入江くんは取材に行かないの?」
琴子はテレビを指さした。
「ああ、俺は行かないんだ。」
「どうして?だって新聞は社会面も五輪一色だよ。」
琴子は夕日新聞を広げて見せた。
「俺は日本選手団に出入り禁止の身だから。」
「出入り禁止!?」
琴子は目を丸くした。
「な、何で?」
「…昔取材に出かけたら、女子選手が俺ばかり見て練習に集中できなくなったんだ。それで出入り禁止になった。」
「へえ…。」
そういうこともあるのかと琴子は納得する。

テレビではまたどこぞの王室メンバーが映った。どうやら自国の選手が試合に出ているらしい。
「パジャマのズボンもゴムはまだ大丈夫みたいだよ。チェッ、今日こそ入れ替えられると用意してたのになあ。」
琴子はそれに気づかず、直樹のパジャマのズボンを引っ張った。
その様子に直樹は、自分と結婚しなければ琴子も今頃はあのロイヤルボックスに座っていたのだろうと思う。パジャマのゴム入れ替えや靴下の穴探しに夢中になっている琴子を見て複雑な気分になる。

「本当はあそこに座って観戦できたのにな。」
思わず直樹が洩らした。それを聞いた琴子はニッコリと笑うと言った。
「入江くんの隣が今までで一番の観覧席よ。こんな素敵な席、絶対誰にも譲れない。」
そして直樹の肩に琴子は頭を軽く乗せた。
「お前って…。」
「ん?」
琴子が自分を見た瞬間、直樹はその可愛い唇にキスを落とす。
「…可愛い奴。」
心から信用され、こんなに愛されて自分は本当に幸せだと直樹は思った。そんなに愛してくれる琴子の気持ちに応えるため、自分に何ができるだろうか――。



「何で入江の奴は泊まり勤務が免除なんですか!!」
夕日新聞社では西垣が絶叫していた。
「仕方ないだろ。二週間ばかり定時で上がりたいなんてふざけたことを言い出したもんだから、冗談半分で“一面を差し替えるくらいの特ダネを取ってきたら許可してやる”って言ったら、あいつは本当に取ってきやがったんだから。」
社会部長がその時の新聞を西垣の前に差し出す。それは政治家がらみの特ダネ中の特ダネであった。
「社長賞は受賞するわ、政治部からはまたしつこく異動してこいと誘われるわ。」
「だったらさっさと放出して下さいよ!」
「冗談じゃない!あんな優秀な奴を簡単に渡せるか!」
「だからって、何で僕が三日おきに泊まり勤務なんですか。」
「どうせお前は女と遊ぶことしか考えてないくせに。」
「うっ…。」
西垣は何も言い返せなかった。

「あ、だったら僕をオリンピックの取材に加えてください!」
西垣はデスクから立ち上がり、部長へ詰め寄った。
「そりゃあもう、入江に負けない記事を取ってきますよ。」
「だめだ。」
部長は西垣の頼みをすぐに突っぱねた。
「お前、忘れたのか?以前のオリンピックで取材に出したら、選手からスタッフまで甘い言葉をかけて口説きやがって。」
「…そんなことありましたっけ?」
「しまいには五十代のコーチまで手を出そうとして、出入り禁止になったのはどこの誰だ!!」
「…僕でーす。」
アハハと乾いた笑い声を立てながら、西垣は自分のデスクに渋々戻った。

「日頃の行いが悪いからですよ。」
その西垣に声をかけたのは、すっかり帰り支度を終えた直樹であった。
「女なら誰でもいいって感じですよね。」
「違うよ。あのコーチは見た目四十代でそこそこ色っぽかったから…ていうか、お前だって出入り禁止の身だろうが!」
「あなたと理由を一緒にしないで下さい。俺は真面目に仕事をしているだけであっちが勝手に寄ってきたんですから。」
「嫌な奴!」
その時、六時を告げる時計の音が鳴り響いた。
「それじゃ、お先に失礼します。」
「ちょっと待て。」
帰ろうとする直樹を西垣が止める。
「お前、何で定時上がりを希望したんだよ?」
「琴子と一緒にオリンピックを観るためです。」
「…は?」
西垣はあんぐりと口を開けた。

「可愛い新妻が俺の隣でオリンピックを観たいって望んでいるんです。それを叶えてやるのが夫ってもんでしょう?」
直樹は自慢げに笑みを浮かべ西垣を見る。そこには西垣が越えられない何かがあった。
「それじゃ、お先です。」
「おい、何だ、そのふざけた理由は!!てめえには記者魂ってものが…。」
直樹を追いかけようとする西垣の背中に、
「西垣、記事まだか!!」
「西垣、これ直せ!!」
と、デスクや部長の声が飛ぶ。
「くそっ!!」
西垣は仕方なく、自分の仕事へと戻るしかなかった。



「入江くん、コーヒーどうぞ。」
「サンキュ。」
琴子は嬉々として、直樹にコーヒーやらお菓子やら準備する。理由は分からないが最近、直樹の帰りが早いために一緒に過ごす時間が増えたことが嬉しくてたまらない。
―― 俺にとっても特等席だな。
可愛い琴子の隣で直樹は幸せをかみしめたのだった。






※この作品は完全なフィクションです。






こんな話を書いたものの、私自身はあまりオリンピックに興味がなく…。
朝に見るテレビで結果を知る程度です。
琴子ちゃんが元プリンセスであった名残を感じる話を書いてみたいとずっと思っていて、今回の話を書いてみました。

ちなみに作中には書きませんでしたが、琴子ちゃん宛の手紙はトンブリ王国の日本大使館宛に送られ、そこの大使館職員が琴子ちゃんにわかるように日本語に翻訳してから、琴子ちゃんの元へ転送しております(笑)返事も同様です。



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琴子ちゃんのいい間違いって可愛くって好きです
伝道師と伝染病って、伝わっていくってところは一緒かもw琴子ちゃんおしいww
しかし、恋の伝染病って、なんだか幸せになれそうな病気ですね^^

琴子ちゃんにとってはロイヤルボックスよりも入江君の隣が一番。
幸せなお話を読ませてもらって私も幸せな気分になれました♪

佑さん、ありがとうございます。

佑さんには可愛いって言ってもらえるかなあと思っておりましたので、うれしいです♪
琴子ちゃん、今は入江くんのパジャマのゴムの入れ替えに幸せを感じる主婦なんですよ~♪

紀子ママさん、ありがとうございます。

入江くんは確かにヘタレじゃないですよね、うちにしては珍しく(笑)
押しかけ女房の琴子ちゃんを大切にしているし!
琴子ちゃんも育ちを鼻にかけずに、入江くんに尽くしてますしね。
庶民ライフを心から楽しんでいるし。そこがまた入江くんは可愛いんでしょうね!!
オリンピックももうすぐ終わりですね~。
親戚の家で見ていたフェンシングはすごかったわ。最後の二秒でまさかって感じでした。

sarasaさん、ありがとうございます。

このシリーズはワースト3に入る不人気なので、気に入ってくださっていることが嬉しいです!!
ワーストに入るからこそ、私は可愛いと思っているんですけどね。
私もここ二週間で読書量が増えた気がします…。
入江くんが取材に行けない理由、これは某チャンネルでの番組で某さんが出ているのを見て思いつきました。
いえね、某さんが取材に来たら、私が選手だったらもう浮かれて手につかないだろうなあと思って。
だから入江くんみたいなカッコいい人が来たらそうなるんじゃないかと思って。
西垣さんは女だったら誰でもよさそうな感じがしますし。あ、美人だったらってことで。
琴子ちゃんは本当に可愛い奥さんですよね。
入江くんに尽くすのが本当に楽しくてたまらないんでしょうね!!

marimariさん、ありがとうございます。

うちの母みたいなことをおっしゃる(笑)
私も入江くんみたいな人と結婚したいです!あ、でもあの冷たさに最初は撃沈しそうだな…
入江くんにはやっぱり琴子ちゃんみたいな根性のある子じゃないと難しいのかも!!
本当に暑いですよ。雨降らないかな~。
雨がザーッと降ってくれたら結構涼しくなってくれそうなんですが。うちの地域だけ忘れ去られたかのように雨が降らなくて。

はるいちばんさん、ありがとうございます。

恋の伝染病、みんなに伝染したらすごく幸せになれそうな感じですよね!!
琴子ちゃんは今の生活を捨てるつもりは微塵もないでしょうね。
皆から大切にされても、入江くん一人に大切にされることが一番の幸せなんだろうな♪

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さちさん、ありがとうございます。

お返事遅くなり申し訳ありませんでした。

ローマに行かれていたんですか!!
私もはるか昔に行ったことがあります。
あの映画は本当にラストが切なくて…ハッピーエンドになると思っていたので、え!!そんな!!と思って驚きました。
だから『東京の休日』はハッピーエンドにしたのですが、映画に沿ったラストも描いてみたかったので両方用意した記憶があります。

それがまさか新妻シリーズとなって細々と続けることになろうとは(笑)
あまり人気があるとはいえないシリーズですが、でも私自身はとても気に入っているのでこれからも続けたいです。
プロフィール

水玉

Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
そっと見守っていただけたら嬉しいです。

※当ブログに掲載されている文章及びイラストの無断転載・使用はご遠慮下さい。

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このブログについてのお願い
当ブログは、『イタズラなkiss』の二次創作をメインとしておりますが、時折管理人の趣味や日々の出来事についての記事も書いております。

原作者様や関係各位とは一切関係ありません。

二次創作については、いわゆる原作の隙間をぬった作品もありますが、主人公以外のキャラクターをメインとしたものや オリジナルキャラクターが出てくるものもございます。

そして、原作と違った時代(平安や明治やその他の時代を舞台にしております)、異なる設定(主人公を医者と看護師じゃない職業にしております)で書いてあるものが多いですが、原作を冒涜しているつもりは全くございません。

二次創作が苦手という方及び原作のイメージと合わないと思われる方はどうぞお引き取り下さいますようお願いいたします。

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このブログ及び掲載されている話が嫌いだと思われたら、黙ってあなた様の中から、このサイトの存在を消去していただけますよう、お願い申し上げます。

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