日々草子 姫と軍師 20

姫と軍師 20

お待たせしてすみませんでした!
長くなったのでふたつに分けますね。









琴子の突然の帰還に、重樹は「うーむ」と唸ってしまった。
「おじ様、勝手なことをして本当に申し訳ございません。」
琴子は重樹の前で手をついた。その傍らには直樹が座っている。
「まあ…桔梗殿から連絡は受けていましたので…さほど…驚きは…。」
と言いつつも、やはり驚きを隠せない重樹。

「父上。」
直樹が重樹を呼んだ。
「私と姫は気持ちを確かめ合いました。私は姫と共にこれから生きていきたいと考えております。」
「そうは言ってもだなあ。」
「お願いします、おじ様。」
琴子も重樹を見る。
「私は軍師様をお慕いしております。軍師様以外の方に嫁ぐのは嫌です。」
「だが、こちらから縁組を申し入れたのです。」
重樹は溜息をついた。
「こちらから申し入れておいて、反故にするというのはさすがにまずいかと。それに。」
重樹は直樹を見た。
「…お前が相原家の頂点に立つことを他の家臣たちが納得するかどうか。まずは身内を納得させることからでないと。」
「では、ほかの家臣が認めてくれたら父上も私と姫のことを認めて下さるのですね?」
直樹が念を押した。
「…まあな。」
琴子は婚家から逃げ帰ってきたわけだし、ここまでされたら認めるしかない。正直なところ、そこまで琴子が行動するとは思っていなかった重樹だった。
それだけ二人が真剣に愛し合っているということだと心の中では納得している。
しかし、問題は家臣たちであった。家老の息子が自分たちの主君になることに快く賛成してくれるだろうか。

「…というわけで、皆さまにお許しをいただけたらと。」
この話は現在の主である琴子が話をした。居並ぶ家臣たちの前に、琴子は懸命に自分の気持ちを説明した。
「わがままだとは分かっております。どうかお許し下さい。」
琴子は頭を下げた。
「私からもお願い申し上げます。」
直樹も頭を下げた。琴子も直樹も心臓が破裂するのではないかというくらいの状態だった。

「…やっとそういうことになりましたか。」
家臣の一人の声に、琴子と直樹は顔を上げた。
「やれやれ。まったく素直じゃないというか。」
「まことに。」
家臣たちは皆、笑顔だった。
これには琴子と直樹が顔を見合わせる。

「我々は姫様と軍師殿が一緒になられるとずっと考えておりましたのに。」
「西垣との戦が落ち着いたら晴れて婚儀かと思っていたら、軍師殿がとんでもない作戦を立てられて。」
「そうそう。“え?なんでそうなるんだ?”と皆びっくりで。」
「今まで立ててこられた作戦の中で、明らかに大失敗の作戦だと思っておりました。」
頷く家臣たち。

「姫様と軍師殿が一緒になられたら、相原家は安泰ですしな。」
「そうそう。軍師殿がこれからもこちらにおいででしたら、怖いものは何もない。」
家臣たちは大声で笑った。
「では?」
琴子は家臣たちに訊ねた。
「反対する理由がありませぬ。めでたい、めでたい。」
家臣たちは大喜びであった。

「ありがとうございます、皆さま。」
「ありがとうございます。」
琴子と直樹はそろって家臣たちに礼を述べた。



さて相原家の問題は難なく解決したが、問題は鴨狩家であった。
しかしこれも運は琴子たちに味方した。

「船津様が鴨狩家の殿様を説得されたそうですわ。」
無事に戻ってきた桔梗が報告してくれた。
「姫様は乱心されて逃亡されたと、あの調子でわめいてくださったので。」
ホホホと笑う桔梗。
「鴨狩家の家臣団は乱心したのならしょうがないという感じだったそうで。」
家臣たちの本音からすれば、船津が乱心になったら困るといったところだった。
「ただ、殿様のお気持ちがちょっと…。」
それを聞いた琴子の心は曇ってしまった。啓太が自分を大切にしてくれたことは知っていた。傷つけてしまったことが本当に申し訳ない。

「でも、ここでまた船津様が頑張られたのですよ。」
桔梗が嬉しそうに話した。
「姫様の中には別の殿方がおられるからあきらめたほうがいいって。」
船津は啓太にだけ、琴子が乱心などではないことを説明したのだった。
「強引に連れ戻すのならば反対はしないが、でも…。」
「でも?」
琴子は桔梗に先を促す。
「でも、ほかの殿方を想う姫様を毎晩抱かれるのはいかがでしょうかと。」
「まあ!」
琴子の顔が赤くなった。幸い、今は桔梗と二人きりだった。
「あの船津殿がそのようなことを?」
「ええ。でもおそらくは奥方の入れ知恵でしょうねえ。」
桔梗の言うとおり、船津は妻の真里奈へ知恵を仰いだのだった。

家臣たちを琴子が乱心したと納得させたものの、啓太はどう説得させるべきか。
悩んだ船津は妻に相談したのだった。
「そんなこと、簡単ですわよ。」
真里奈はあっけらかんと言った。
「相原の姫様は軍師様がお好きなのでしょう?」
「ええ。」
「もし殿が姫様を強引に奥方にされても、姫様は軍師様を忘れることはないでしょうね。」
「はあ。」
「そうなると…殿は自分じゃない男を想っている奥方を抱かれることになるわけで。」
「だ、抱くって真里奈さん!!」
これまた赤くなる船津。
「あらそうじゃありませんか。」
そしてやはりあっけらかんとしている真里奈。
「自分が一生懸命尽くしても、妻の心は自分には向いていないんですよ。下手すれば、睦事に軍師様のお名前が出てくるかも。そうなったらどんなお気持ちになるか。」
船津は頭を抱えブンブンと振った。自分に置き換えて考えてみたが、考えるだけでも恐ろしい。
「…あら、さすが経験者はお分かりになるようで。」
真里奈は意味深な笑みをこぼした。
「け、経験者?そ、そんな!真里奈さんに限って僕以外の男を…。」
「女には男には分からない謎の部分があるのですよ。」
笑う妻に船津は真っ青になった――。

と、真里奈の言葉は冗談かどうかはさておき、船津はこの通り啓太へ忠告したのだった。
これには啓太も引き下がるしかなかった。考えてみたら鎧に身を固めた侍女たちを引き連れていた時点で自分に勝ち目はなかった。

こうして直樹と琴子が結ばれる準備は整った。

「では直樹が相原家に婿に入るということで。」
可愛い姫は戻ってきたし、そのうえ息子と一緒になるというのだから紀子の喜びは大きかった。
「そうだな。幸い我が家には裕樹がいるし。」
相原家は琴子が一人娘である。そこへ直樹が婿へ入ることが自然なことである。直樹もそう考えていた。
しかし、これに異を唱える人物がいた。

「いいえ、私が入江家へお嫁にまいります。」
琴子であった。
「そんな!相原家はどうなるのです!」
これには重樹が反論する。
「だって軍師様は入江家の嫡男ではありませんか。」
「ですから、弟の裕樹が…。」
「鴨狩家へは嫁いでよかったのに、どうして入江家に嫁いではだめなのですか?」
琴子は引き下がらなかった。
「あの時、軍師様は私と鴨狩家の間に生まれた子を相原家の跡取りにと仰いました。今回もそれでいいではありませんか。」
「ですが相原家が空っぽになりますよ?」
直樹が言った。
「そんなことになりません。」
琴子は言い張った。
「相原を名乗る人間がいなくても、私の中には相原の血が流れております。名前よりそちらの方が大事ではありませんか?」
琴子は一歩も下がらなかった。これには入江家が根負けした。

「…なぜそんなにこだわられたのですか?」
二人きりになった時、直樹は琴子に訊ねた。
「だって…軍師様をお婿に迎えたら、なんだか私の方が偉いみたいでいやだったんですもの。」
はにかみながら琴子が答えた。
「元々姫の方がお立場は上ですけれど。」
「ですから。軍師様が相原家に入られたら、ずっと私のことを姫と呼びそうで嫌だったのです。私は鴨狩家と西垣の戦いの時のように、軍師様のお世話をしたいのです。軍師様より十歩下がっているみたいな…。」
「三歩にとどめてください。」
「そう、三歩下がってお仕えしたくて。」
今の琴子は姫ではなく、ただ直樹に夢中な一人の女性であった。




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