日々草子 姫と軍師 17

姫と軍師 17





鴨狩家に入った琴子は、自分が嫁ぐ相手の顔を見て驚いた。それはついこの間、自分が手当てをした浪人だったからである。
「あの…手はいかがですか?」
二人きりで散歩をと誘われたところで、何を話していいか分からない琴子は啓太の手を見た。
「このとおり。」
啓太の手には傷痕一つついていなかった。
「よかった。」
心から琴子は安堵した。
啓太は一目惚れした琴子を妻にできる喜びで天にも昇る心地である。琴子は琴子で夫となる人が優しそうな人間であったことが救いであった。



「ふうん、相原家の姫君が嫁いでいらしたんですか?」
船津家では夫から縁談について真里奈が話を聞いていた。
「あの入江が仕える姫だから、とんでもない女で殿の寝首をかくのではないかと心配していたのですが。」
「そんな感じではなかったでしょう?」
「ええ、普通の…って、真里奈さん!」
船津は食事の膳をひっくり返すくらいの勢いで叫んだ。
「その言い方だと、相原の姫をご存知のような…。」
「ええ、知ってるわよ?」
真里奈は「全く、食事くらい落ち着いてできないの」と文句をこぼしながら答えた。
「何で?何で?」
「だってこの間、こちらにいらしてたでしょう?」
「この間、来てた?」
「ほら、あの素敵な軍師様と一緒に。」
「入江と一緒に?」
船津は憎き直樹の顔を思い出したが、一緒に姫がいたかと言われると首を傾げる。

「確か入江に探りを入れた時、一緒に妾がいたことは確認しましたが。」
「その方が姫君だったんでしょうよ。もう、にぶいわねえ。」
「じゃあ入江と姫はそういう関係!?」
「さあ、そこまでは。」
さっさと食べてくれと真里奈は船津を促す。船津は再び箸を取った。
「真里奈さんは、どうしてその女人が姫だと分かったのですか?」
「何となく。」
「何となく?」
「入江様とご一緒のところをお見かけした時に、そうなのかなあと。」
「女の勘ってやつですか。」
それを信じていいのかと船津は考える。
「お妾としていたのは、姫の身分を隠すためかもしれないわねえ。」
「なるほど。」
それなら分かる気がする。
「けれど、他国までついてきたということは、姫君は入江様を…。」
「え?そんなことはないでしょう?」
船津は妻の言葉を否定した。
「身分がありますし。」
「そんなこと関係ないでしょう。でもそんな感じだったのだけど。」
「たとえそうであっても仕方ないことです。それが身分というものなのです。」
「身分ね…。」
真里奈は溜息をついた。

「それに比べて私は幸せ者です。」
真里奈におかわりをよそってもらいながら、船津はニンマリと笑った。
「こうして愛する真里奈さんと夫婦になれたのですから。」
「…自分の一方通行ってことを考えた方がいいのでは?」
途端に船津は受け取った茶碗を膳の上に落としてしまった。



「え?と、殿様が姫様の元に?」
桔梗は驚いて言葉を失った。
啓太からの使いの侍女がやってきて、今宵啓太が琴子と食事をし、そのまま泊まっていきたいということであった。意味するところは一つである。
「で、でも…まだご婚儀も上げてませんし…。」
何とか言い訳を考えて桔梗は口にする。
「そのようなことは形式。心が通じ合った今は何も問題ないとおおせでして。」
使いはにこにこと機嫌よい。
「殿と姫様は本当に仲睦まじくおいでなのは、桔梗殿もご存じでしょう?」
「そ、そうですわね。」
というより、啓太が琴子に夢中なのである。琴子は啓太の機嫌を損ねぬよう、そして自分が相原と鴨狩の同盟を強固にするために来たということを自覚して行動しているだけのこと。啓太に愛情が出てきたかというと疑問符がつくところ。
「ではよろしくお願いします。」
琴子もこれには同意するだろうと信じて疑わない侍女は去って行った。

「啓太様と!?」
それを聞いた琴子は倒れそうになった。
「ああ、姫様!」
桔梗は何とか琴子の体を支えた。
「そんな…突然…だってそういうことはご婚儀の後に…。」
赤くなりながら琴子が呟く。
「ええ、ええ。普通はそうですけれどね。鴨狩の殿様は一刻も早く姫様をご自分のものにされたいようで。」
「そんな!」
それほど慕われて喜ぶべきところなのだろうが、どうしても琴子は喜べない。そもそも琴子の心の中にはまだ直樹が存在している。

「それ、お断りするわけには…。」
「よほどの理由がなければ難しいかと…。」
「そんなあ…。」
それから二人は仮病をつかうかとも考えたが、それでは日を先延ばしするだけである。何の解決策にもならない。

「そうだ!」
桔梗はこの時になって、例の物を思い出した。
「これを今使うべきでした!」
そう言って桔梗が懐から出した物は、赤い錦の袋であった。
「それは?」
「軍師様からお預かりしてきたものです。」
「軍師様から?」
「はい。軍師様は鴨狩の殿様が姫様とこうなりたいと思われることを予測されていました。」
「まあ…。」
「それで、姫様の気が進まない時はこの袋を開けろと。」
「開けて、開けて。桔梗、早く。」
琴子が桔梗をせかした。
そして桔梗は袋の中を開けた――。



その晩、啓太は琴子がいる奥へとやってきた。琴子に会うために奥へやってきたのは初めてだった。
「殿様のおなりでございます。」
侍女の先触れと同時に、琴子の居間のふすまが開いた。
「な、何だ、これは?」
入ろうとした啓太の足が止まった。
それもそのはず、琴子の居間に居並んだ侍女たちの格好が変わったものだったのである。

「その恰好は一体…。」
啓太は立ちすくんで部屋の中を見回した。
「申し訳ございません、殿様。」
桔梗が口を開いた。
「姫様は大層怖がりでおいでなのです。今もこのお城になかなか慣れることができずに、夜は大層怯えておいでです。それで私たち侍女がこのような恰好をしてお守りして安心していただいております。」
桔梗を初めとする侍女たちは皆、甲冑を身にまとい女武者といった格好であった。手には刀、薙刀、弓矢と武器も携えている。
その居並ぶ女武者たちに囲まれるように、琴子が座っていた。
ここで啓太が西垣のような男であったら、「この者たちがいなくても自分が守る」と言えるのだろうが、この啓太は真面目一筋。そのような台詞は頭の片隅にも存在しなかった。
このような者たちに囲まれて夜を過ごすなどたまらない。これでは風情も何もあったものではない。

やはり夫婦の営みはきちんと婚儀を上げてからと思い直し、啓太はそそくさと帰って行った。

「よかった…。」
啓太が去って琴子は胸を撫で下ろした。とりあえず婚儀までは何とかなりそうである。
「本当に、軍師様のお考えは素晴らしいですわね。」
桔梗は例の袋を出した。中には直樹からの手紙が入っており、桔梗はじめ相原家からついてきた侍女たちに女武者の格好をさせるよう、そして啓太へ説明する内容まで事細かく指示されていたのだった。

しかし、これがきっかけとなり琴子の中には直樹への思慕がまた膨れ上がってしまった。日を追うごとにそれは抑えきれないものとなっていく。だがどうすることもできない。

そしてとうとう、婚儀は明後日といったところまできてしまった。
「姫様…。」
ここ数日、琴子はふさぎ込んでしまっている。啓太の散歩の誘いにも応じない。とりあえず婚儀を前に緊張していると桔梗が言い訳をしていた。
「明後日になったら…もう軍師様のことを忘れなければいけないのね…。」
琴子は目に涙を浮かべた。
桔梗は今、二つ目の袋を開けるべきだと思った。
「姫様、ご一緒に見てみましょう。」
何か琴子を安心させるものが入っているかもしれないと、桔梗は期待する。
山吹色の袋の中を見た桔梗の言葉が止まった。
「なあに?何が入っているの?」
桔梗は琴子に袋を渡した。中に入っていた物は――。
「これは…。」
袋から出てきたもの、それは半分に割られた刀の鍔だった。直樹の初陣に際し、琴子がお守りにと贈ったもので、琴子を守ろうと槍に刺された直樹の命を救ったものであった。



鍔のもう半分は、直樹の手元にあった。
「明日はとうとう…。」
明日、琴子は自分じゃない男のものになる。それを思うだけで直樹の胸はかきむしられる。
そして直樹も明日、この相原家を出るつもりだった。
鍔を眺めていた時、厩でとんぶりが暴れているので来てほしいと厩番が飛び込んできた。

直樹が厩へかけつけると、とんぶりが確かに荒れていた。こんなとんぶりは初めてである。
「とんぶり、落ち着け。どうした?」
直樹が声をかけても、とんぶりはいつものように睨みもしなければ唾もかけてこない。
「とんぶり、大丈夫だ。」
直樹は琴子が世話をしていたように優しくとんぶりの背を撫でた。やがてとんぶりが落ち着きを取り戻してきた。
「ったく、ご主人様が他の男のものになるのが気に食わないのか?」
直樹は笑う。
「ちゃんとおとなしくしてないと、あちらの殿に可愛がってもらえないぞ?」
そのうちに琴子から迎えが来るだろう。


そしてとうとう、婚儀の日がやってきた。
「姫様、お目覚めですか?」
いつものように桔梗が襖の向こうの琴子に声をかけた。が、返事がない。
「姫様?」
緊張のあまり熱でも出して唸っているのではと、桔梗は襖を開けた。
「姫様!?」
桔梗は真っ青になった。
琴子の寝所はもぬけのから、誰もいなかったのである――。





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水玉さん、更新ありがとうございます♪

身分、身分。。。身分。
琴子ちゃんと入江くん、自分の気持ちを押し殺して、
姫と軍師として生きようとしているのですね。
気持ちを暴れることで表しているとんぶりに、
暴れることができない二人の気持ちと重なり。。。胸が痛いです。

と。。。琴子姫気持ちのままに行動???
姫と軍師様の想いが叶いますように。。。

プロフィールにガプスの名前が加わりましたね!
登場に~パチパチパチ~~~♪

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Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
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そして、原作と違った時代(平安や明治やその他の時代を舞台にしております)、異なる設定(主人公を医者と看護師じゃない職業にしております)で書いてあるものが多いですが、原作を冒涜しているつもりは全くございません。

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