日々草子 姫と軍師 12

姫と軍師 12




「船津が寝込んでる?」
直樹は眉をひそめた。
「何でだ?」
「それは…。」
使いの者によると、船津は西垣がどのような陣形を組んでいるか知りたく、こっそりと見に行ったらしい。そのあまりの凄さに圧倒され、これはとても勝てないと寝込んでしまったのだという。
それで心配した鴨狩家の重臣が、直樹に助言を求めるために使いの者を寄越したのだった。

「しかも情報が入りまして。何でも西垣の方は…。」
「軍師が入ったというのでしょう?」
直樹の返事に使いの者は驚いた。
「ご存知でしたか!」
「元々知恵のある者がいるということは聞いていました。しばらく西垣の元を離れていたという話でしたが、戻ってきたようですね。」
「はい。」
西垣の元にも軍師がやって来ている。それだけ今度の鴨狩との戦には本気でかかってくるということだろう。
「入江様、何とかお助け下さい。」
「ったく、面倒なことだ。」
しかし放っておくわけにもいかない。数日中に船津の元へ策を届けると、直樹は使いの者を帰した。



「本当に船津様というのは、へたれですわね!」
桔梗が心底呆れると、裕樹も頷いた。
「でも、あれを見たら自信を失くすのも無理ないかもしれないわ。」
実際に西垣の陣形を見た琴子は、ほんの少し船津に同情する。
「でもそれではとても戦には勝てませんよ、お嬢様。」
「そうね。やっぱりへたれであることには変わりないわね。」
「そんな者を召し抱えている鴨狩と手を組んで利点はあるのですか、兄上。」
好き勝手に話をしている三人をよそに、直樹は机に向かって手紙を書いていた。
「これを届けさせてくれ。」
「軍師様がお届けに行かれるのかと思いましたけど。」
琴子が言うとすかさず桔梗が、
「そんなことできるわけないじゃないですか!軍師様が船津様のお宅を訪れたら、あそこの奥方がすごいことになって、船津様はますます寝込んでしまいますよ。」
と言った。船津の妻は今でも直樹を夫の前で平気でほめたたえているのだという。
「船津様の具合の悪さは、案外それもあるのかもしれませんね。」
桔梗の話を聞きながら、琴子は直樹が行かなくてよかったと思った。



「まあ、あちらの軍師様がおいでになるかと楽しみにしていましたのに。」
直樹からの文を使いから受け取った船津の前で、妻の真里奈は不機嫌そのものだった。
「僕の体がよくないから遠慮したのでしょう。」
この時代の男には珍しく、船津の妻に対する言葉遣いは丁寧なものであった。それだけ惚れ込んでいる証拠だろう。
「つまらないこと。だったらさっさと体を直して戦へお出かけになって下さいよ。」
「ちょ、ちょっと待って下さい!」
やっと布団の上に起き上がった船津は、妻を信じられないというように見た。
「それじゃあ、真里奈さんは入江に来てほしいがために僕を寝かせておいたのですか?」
「当然です。」
真里奈はこれ以上世話を焼くのはまっぴらだと言わんばかりに、船津の元から下がった。
「くそ、入江!!」
これは本気で頑張らねば、直樹にすべていいところを持って行かれてしまう。船津は手紙に目を通した。
「…ふん、そんなこと、僕だって知っていた!」
そこに書かれていた方法は、船津も考えていたものであった。ただ、今一つ実行するには自信がなかったのである。しかし直樹も同じ考えだと知り、少し自信を取り戻した。
さらに直樹は懇切丁寧にそこまでの道筋まで書いていた。



数日後――。

「西垣様の軍師様にお会いしたいのです。」
西垣の陣にそう言って尋ねてきた者があった。
「私に?何者か?」
西垣の軍師は疑いをもった。
「何でも相原の軍師の縁戚とか…。」
「何!!」
西垣の軍師は急いだ。

「相原の軍師の縁戚が何用か?」
西垣の軍師は控えている男に訊ねた。
「名は?」
「…中江裕太と申します。」
それは裕樹だった。名前を変えて西垣の軍師と対面しているのである。
「名軍師と名高い大蛇森様のご尊顔を拝することができ恐悦至極…。」
と、顔を上げた裕樹を見た西垣の軍師、大蛇森は笑みを浮かべた。この大蛇森という男、女性よりも男性命という男であった。
「ほう…これは紅顔の美少年。」
兄直樹に似て、裕樹もなかなかの面構えである。それだけで大蛇森の意気は上がった。
「して、私に何の用かな?」
「実は…私はぜひとも西垣様に勝っていただきたいと思っておりまして。」
「ほう…。」
それを易々と信じる大蛇森ではない。
「しかし、そちは相原の軍師の縁戚なのに?」
「縁戚ではありますが、相原には失望しております。」
裕樹はキリリと顔をひきしめた。その顔に大蛇森の心臓は高鳴る。
「女ごときを主君と祀り上げ、のらりくらりと戦うそのやり方。相原に私の未来はありませぬ。」
「女ごとき」、この単語ほど大蛇森の機嫌を上々にするものはなかった。

「その相原と手を組む鴨狩にも呆れ果てました。これはもう、名軍師大蛇森様によってめちゃくちゃにしていただくのが一番かと。」
「名軍師…。」
恍惚の表情を浮かべる大蛇森。美少年に「名軍師」と呼ばれたら天にも昇る心地である。
「実はここだけの話なのですが…。」
裕樹は声をひそめた。そして目を周囲に向ける。
「ウッホン!」
大蛇森は裕樹の気持ちを察し、人払いをさせた。周囲の兵たちが下がった。大蛇森と裕樹だけになった。

「実は私に鴨狩を破る策がございます。」
「鴨狩を破る?」
大蛇森は笑った。
「残念ながら、この軍はもはや敵なし。なぜならこの名軍師である私が…。」
「大蛇森様、近頃ご気分がすぐれないのでは?」
大蛇森の話を遮って裕樹は言った。
「確かに、近頃どうもめまいが…。」
自分だけではなかった。西垣の兵たちの中には気分がすぐれない者が増えつつあった。それを大蛇森は懸念していた。
「それは船が揺れるからでしょう。四六時中揺れる船の中にいれば常に体が揺れている状態になり気分だって優れませぬ。」
「なるほど!」
大蛇森は膝を叩いた。この美少年、顔だけではなく頭も賢い。
大蛇森は相原家の軍師の直樹について噂を聞いている。わずか一騎にて西垣の大軍の中を駆け抜けて行ったその雄姿、そしてその顔の美しさを聞いた時にはぜひとも一度会いたいと強く願っていた。
その入江直樹の縁戚だけはある。

「そこで策をおひとつ。これは大蛇森様とお会いできたことに対する私の感謝の印でございます。」
裕樹は笑みを浮かべた。
「船同士をつなげなさいませ。そうすれば揺れがおさまります。」
「何と!!」
それは目から鱗であった。
「では早速、我が殿の元へ一緒に…。」
「ああ、お待ちを!」
主君西垣の元へ急ごうとする大蛇森を裕樹は止めた。そして目を大きく見開いて大蛇森を見つめる。
美少年に見つめられた大蛇森は、体が火照り始めた。
「私は大蛇森様に手柄を立てていただきたいのです。この策は大蛇森様お一人が考えたものということにしていただきたいのです。」
懸命に訴える裕樹。
「しかし、それではその方が…。」
大蛇森は他人の手柄を横取りするほど、人が悪くはなかった。
「いいえ。敬愛する大蛇森様のお役にたてるだけで私は光栄でございます。大蛇森様が西垣の殿にお褒めを頂戴している姿を想像するだけで幸せなのです。」
「そんなに私を…。」
「ですから、大蛇森様のお考えということで。」
「…分かった。」
大蛇森は周囲に人がいないのをいいことに、裕樹の手を握り、撫でた。
「そなたの私への思慕、しかと受け止めよう。」
手を撫でられ続ける裕樹の背中には、ゾゾゾッと寒いものが走っていた――。



「裕樹様、こちらです!」
「ああ。」
桔梗の声に導かれ、裕樹は急いだ。
「大丈夫でしたか?」
「うまく行った。兄上が仰った通りに台詞も間違えなかったし、態度も教わった通り、目を大きく見開いて…オエェェェ」
その時のことを思い出し、裕樹は気分が悪くなった。
「それにしても、その大蛇森とかいう軍師の性癖までご存じだなんて兄上様はすごいですね。」
「本当だよ。」

大蛇森の男好き、それを利用して鴨狩が攻撃しやすいよう方法を直樹は考えた。
その方法の実行を裕樹に命じたのである。

「もっとも…。」
裕樹は周囲を見た。そこには西垣の兵たちがいびきをかいている。
「桔梗さんがいなかったら、難しかったかも。」
「あら、私の美貌がお役にたちまして?」
フフフと桔梗は妖艶な笑みを浮かべた。桔梗も美しい顔立ちである。それを利用して兵を油断させたのである。
「眠り薬をぶちこんだお酒を疑いもなく飲みましたからねえ。」
主君は女連れだが、最下級の兵たちはそんなことは許されていない。女に飢えていたところに美女が突如出現したのである。勧められるまま酒を飲んでも無理はなかった。

「さ、急ぎましょう。」
「ああ。」
二人は待たせていた船に飛び乗り、闇の中へと消えて行った。





桔梗と裕樹が留守なので、夕食は琴子が作った。
膳の上には生煮えの煮物に、焦げたご飯、しょっぱい汁物が並んでいる。
直樹は黙ってそれらを口にしていたが、作った本人は全く箸が進んでいなかった。

「召し上がらないのですか?」
直樹に声を掛けられ、琴子は我に返った。
「まずい物でも、ご自身が作られたのですから責任を取って召し上がらないと。」
「やっぱりまずいですか?」
琴子が直樹に尋ねると、
「食べられるだけ、ましということで。」
という返事が返ってきた。

「…桔梗と裕樹殿はうまくやっているでしょうか?」
琴子はどうやら食事がまずくて箸が進まないのではなく、二人が心配で箸が進まないらしい。
「大丈夫でしょう。」
直樹は里芋を口の中へ入れ、ガリガリという音を立てながら答えた。
「あの二人は頭がいいですから。うまくやるはずです。だから任せたのです。」
「…ですよね。」
大丈夫と言われたのに、琴子は深い溜息をついた。

「何が心配なのですか?」
直樹はご飯の焦げの苦さに顔をしかめながら、琴子を見た。
「いえ…軍師様は言うまでもありませんが、桔梗も裕樹殿も頭がいいということを改めて知って。」
「それが何か?」
「…私のような頭の悪い人間に仕えていることが気の毒になっただけです。」
琴子は悲しげに笑った。
直樹は黙々と料理を食べていた。琴子はそれを少し見た後、自分も煮物に箸をつけた。
ゴリゴリという音が静かな部屋に響く。

「…仰る通りだとは思います。」
直樹が口を開いた。
「え?」
「私たちは頭がいい方かもしれませんね。」
「…ですよね。」
やはり自分だけが頭が悪いのかと、琴子は落ち込んだ。
「ですが。」
直樹が話を続ける。琴子は直樹の顔を見た。
「…賢い者は仕える人間を選ぶことができます。」
直樹はいつのまにか箸を置いていた。
「自分でこの人こそという人間を選ぶことができる、それが賢い人間です。愚かな主君に仕えようとは思いません。」
琴子は一生懸命、直樹の言葉の意味を理解しようとしている。

「賢い者が集まるということは、主君に人を集める能力がある、徳があるということだと、私は考えます。」
それを話すと、直樹はまた箸を手にした。

「あのそれは…私に徳があるという意味でしょうか?」
恐る恐る琴子が直樹に尋ねると、
「ご自分の都合のよろしいように考えられるのが、姫のいいところでしょう。」
という答えが返ってきた。
それを聞き、琴子は顔をほころばせた。
「では都合のいいように考えるとして、私は徳があり美しいということでいいのですね?」
「…美しいなんて一言も出てきてないでしょうに。」
突っ込む直樹であったが、その顔は優しいものであった。



「大蛇森という軍師に裕樹殿はひどい目に遭っていないでしょうか?」
気を取り直した琴子は裕樹を心配し始めた。
「大丈夫でしょう。気味が悪い思いはしているかもしれませんが、あの軍師は“男には手を出さない”という人間ですので。裕樹の命は無事なはず。」
「西垣は“女に手を出さない”という人間ですよね?よくそんな主君に仕えてますね。」
そこまで話した時、琴子はふと思った。
「…女に手を出さない主君と、男に手を出さない軍師。この二人がいてどうして戦になるのかしら?」
そして琴子はハッとなった。
「ということは!」
「桔梗なら大丈夫ですよ。男と女の中間ですが、うまくやっているはず。」
直樹の返事に、琴子は驚く。
「軍師様、桔梗が男性だということにいつ気づかれたのですか?」
「最初から。」

二人がそのような会話をしている時――。
「クション!!…誰か噂しているのかしらね?」
「間違えて男に生まれてしまった女」である桔梗が船上でくしゃみをしたところで、次回に続く。





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水玉さん、こんにちわ~♪

力をどんどん伸ばしている西垣軍。
知恵のある軍師のいる、なかなかの切れ者の西垣率いる西垣軍。
(女好きの君主に仕える男好きの軍師←程よい関係?!笑)
陣形のすごさ-------。

まともに戦っては勝ち目がないと、相原家入江軍師。
大蛇森の弱点に裕樹くん投入!!・・・桔梗投入!!
裕樹くんの、「女ごとき」・「名軍師」に気を許した大蛇森。
“美少年に見つめられた大蛇森は、体が火照り始めた。”
マトリョーシカと大蛇森が浮かんで。。。困ったわっ!(笑)
それにしても裕樹くんの災難ったら~~ギャ~~!!
「変態軍師」大蛇森。ゾゾゾッーーー!

徳・・・琴子姫の民と家臣を想う気持ちの強さ。
心ある人々はそんな姫の役に立ちたくなるんですね。
~~入江軍師はその頭脳で。
そして、姫が守りたい琴子ちゃんになっているのですね!
ゴリゴリと里芋を食べながら、軍師様何を思っているのでしょうか!?

姫と軍師の恋の行方は?
作戦・・・船津も考えていた方法とは?その戦いの行方は?
更新ありがとうございました!続き楽しみにお待ちしております!!!

君主→主君

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いつも楽しく読ませていただいています。
以前のお話も繰り返し、よんだりしていますが、何度読んでもまた、読み返したくなるお話ばかりで、文章を書くのが苦手な私はとって羨ましい限りです!
今度も次のお話はまだかなぁと、何度も寄らせていただいているのですが、パタリと止まってしまって、何か心配になりまして...
いつかお話が再開されること、元気なお声(?)が聞けるまでお待ちしておりますね。

カルメンさん、ありがとうございます。

ありがとうございます!
ご心配おかけしてすみませんでした!
ちょっと考えごとしていたら十日ぐらい経ってしまったようで…。

何度も読み返したくなるなんて嬉しいです。ありがとうございます。
そう言われて私も自分の話を読み返してきました(笑)
君がためなんて結構自分で楽しかったです←おい!

いたさん、ありがとうございます。

いえいえ、私もお弁当は作っていたことがありますが、長くは続きませんでした(笑)
自分で作ってみて、高校時代三年間作ってくれた母に感謝ですよ♪
お弁当って難しいですよね…。
金城くんの孔明、なかなかよかったのですが…足見せていたのがショック!!!
でも一番よかったですよね。ええ…ええ…。
でついでに女の人の出番多すぎたような(笑)

るんるんさん、ありがとうございます。

いつの時代も琴子ちゃんの料理を完食するのは入江くんだけなんでしょうね!
私も愛を感じます♪

あおさん、ありがとうございます。

マトリョーシカと大蛇森(笑)
でも大蛇森の見事ストライクゾーンに入った裕樹くん!いい仕事してくれました!
女好きの殿がどうして男好きの軍師を雇っているのかは永遠の謎ですね。
一番可哀想なのは、そんな二人に従うしかない他の家臣たちなんでしょうが。

入江くんは今や琴子ちゃんを守りたい想いでいっぱいなんだと思います。
それを打ち明けることはまだできませんけれど…。
琴子ちゃんの魅力にまいっているはずです!

Foxさん、ありがとうございます。

オールスター勢ぞろいって感じで、私も書いていて楽しかったです!
ぜひまた読んで下さいね♪
プロフィール

水玉

Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
そっと見守っていただけたら嬉しいです。

※当ブログに掲載されている文章及びイラストの無断転載・使用はご遠慮下さい。

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このブログについてのお願い
当ブログは、『イタズラなkiss』の二次創作をメインとしておりますが、時折管理人の趣味や日々の出来事についての記事も書いております。

原作者様や関係各位とは一切関係ありません。

二次創作については、いわゆる原作の隙間をぬった作品もありますが、主人公以外のキャラクターをメインとしたものや オリジナルキャラクターが出てくるものもございます。

そして、原作と違った時代(平安や明治やその他の時代を舞台にしております)、異なる設定(主人公を医者と看護師じゃない職業にしております)で書いてあるものが多いですが、原作を冒涜しているつもりは全くございません。

二次創作が苦手という方及び原作のイメージと合わないと思われる方はどうぞお引き取り下さいますようお願いいたします。

コメント及びメールなどでの苦情及び批判は公開、非公開を問わず、私へ告げることはご遠慮いただけますよう、お願い申し上げます。

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