日々草子 姫と軍師 9

姫と軍師 9






――来ちゃいました。
と、直樹の元へやってきた琴子は桔梗と直樹の弟、裕樹を連れていた。
「まったくお前たちがいながら、どうして姫をここに…。」
琴子の後ろに控えている桔梗と裕樹を直樹は睨んだ。
「二人を叱らないで下さい。」
琴子が庇った。
「来てしまってごめんなさい。でも軍師様がどうしても心配で。あ、信用していないとかじゃないんです。他国で一人でお命は大丈夫だろうかと思うと、いてもたってもいられなくて。」
琴子は直樹を心配していた。
「心配のあまり眠れなくて。お月様を見ても軍師様を思い出し、お茶を見ても軍師様を思い出し、焼き魚を見ても軍師様を思い出してしまって。そしたらおば様が行ってきなさいって仰って下さったんです。」
「母上が?」
直樹は裕樹を見た。
「父上は止めなかったのか?」
「兄上、父上が母上に絶対勝てないことはご存じでしょう?」
直樹は額に手をやり、その場に座り込みたかった。

「領主失格だとお叱りを受けるのは覚悟の上です。でも、どうしても軍師様が心配だったのです。」
「ったく…。」
追い返したいところだが、わざわざここまでやってきたのだ。それに紀子の性格は直樹もよく分かっている。きっと家臣たちもうまく丸め込んだに違いない。
「お邪魔はいたしません。軍師様のお手伝いをこっそりとできればそれでいいのです。」
琴子の気持ちを直樹はしぶしぶながらも受け止めることにしたのだった。
「では、私と桔梗は軍師様付きの侍女ということで。」
「はい?」
「だって姫だってばれたら危ないのでしょう?」
「だから来るなと…。」
「何でもしますので、ご遠慮なくお申し付け下さいね。」
こうして琴子は相原家軍師の侍女として、直樹の滞在する屋敷に転がり込むことになったのだった。


「軍師様、お一人でお過ごしだったのですか?」
桔梗ががらんとした屋敷を見て直樹に訊ねた。
「ああ。一人の方が気楽だから侍女や何やらは断った。」
「お食事などは?」
「一人でできる。仕官するまでは裕樹と二人で暮らしていたからな。」
「なるほど。」
桔梗が納得した時、琴子が声を上げた。
「でも今日からは私がお世話いたしますね!」
「…は?」
不安が直樹、裕樹、桔梗の胸によぎった。
「侍女ですもん!」
一人張り切る琴子だったが――。

「煮過ぎです!」
「ごめんなさいっ!!」
琴子の声と共に何かを落としたような派手な音が、厨から聞こえてきた。居間で書物を読んでいた直樹の眉間に皺がまた寄った。
「邪魔なので、庭で桔梗さんを手伝ってきてください。」
「はい…。」
叱っていたのは裕樹である。裕樹は直樹と共に暮らしていた時から煮炊きを担当していた。

「桔梗、何かお手伝いしましょうか?」
「ああ、大丈夫ですよ。姫…じゃない、琴子さん。」
誰が聞いているか分からないから、姫と呼ばないようにと直樹から厳重に桔梗は言われていた。
「これ、干すの?」
たらいに入れられた洗い物を指さす琴子に、桔梗は慌てる。
「大丈夫です、こちらは間に合っておりますから。」
「でも…。」
昨日、張り切った琴子は洗い物を見事にぶちまけ、桔梗がもう一度洗い直すことになったのである。
「あとでゆっくりとお教えしますから、ね?」
「…そう?」
「はい。あちらで休んでいてくださいね。」
体よく桔梗は琴子を追い払った。

「休んでいろって…休むほど何もしてないのに。」
庭の片隅で、落ちていた小枝で小さな穴を掘りながら琴子は肩を落としていた。
確かに何もできないと思っていたが、まさかここまで役に立たないとは。裕樹たちに邪魔もの扱いされたことよりも、自分の不甲斐なさに落ち込まずにいられない。

「何をしているんですか?」
背後に聞こえた声に、琴子は顔を上げた。
「そんなところに穴を掘って。落とし穴でも作るつもりで?」
直樹が琴子を見下ろしている。
「落とし穴を作れと言われるのならば、作りますけれど?」
「結構です。そんな小枝で掘った穴に落ちる馬鹿はいないでしょうから。」
琴子は口をとがらせながら小枝を放り投げ、穴を埋めた。

「…書物に夢中になっていたら、喉が渇きました。」
直樹は言った。
「お茶を淹れてもらえますか?」
「お茶ですか?」
「確かお茶くらいは淹れることがおできになったかと。」
「は、はい、できますとも!」
琴子は手をパンパンと叩きながら立ち上がった。
「…以前淹れて下さったお茶はなかなかおいしかったので。」
「おいしかった」と直樹に言われ、琴子の顔に満面の笑みが浮かんだ。
「すぐに、すぐにお淹れしますね!」
琴子はタタタッと厨へ向かって走った。その様子を見つめる直樹の口元にはかすかな微笑が浮かんでいたのだった。



さて、鴨狩家では「あの男」が戻ってきたところだった。
「あの相原家から同盟を求められているとは!!」
当主の前に着席するなり挨拶もそこそこに、その男は口角泡を飛ばす。
「ここは誰が考えても西垣家に逆らってはいけません!相原家と手を結んで西垣に戦いを挑むなどもってのほか!」
やってきた男の名は船津という。彼は鴨狩家の水の戦の指揮官であった。といっても、別に彼がとりわけ水の戦いに強いというわけではない。名前に「船」という文字が入っているから、とりあえず水辺に置いておくかという先代の気まぐれであった。

「つまり、船津は西垣との戦はするべきではないと?」
啓太は船津へ訊ねた。
「もちろん!それに相原家と手を結んでも何の利点もありませぬ!」
船津は力強く主張した。
「そうだ、船津の言うとおりです。」
居並ぶ家臣たちも船津に賛成する。
「ここはやはり戦はしてはなりませぬ!」
「相原の軍師の言いなりになるなど、もってのほか!」
「あの軍師は自分の力が一番だと自信過剰になっている!!」
最後の家臣の一言に、船津の眉がピクリと動いた。

「一番…?」
「あ…しまった。」
自分の失言に気づいた家臣は口を押えた。が、時すでに遅し。
「今、何と言った?」
ゆらりゆらりと船津が家臣たちに近づく。
「あ、いや。一番…一番男前とか?」
苦しい誤魔化し方をしようとする家臣たちだが、船津にはもはや通用しなかった。

「何が一番だあ!!」
今まで冷静だった船津が突然、叫び声を上げた。
「ああ…また船津が…。」
啓太は頭を抱える。
「一番?え?どいつが一番だ?」
周囲など目に入っていないかのように、大声を上げ続ける船津。
「相原の軍師が一番?はん!あの弱小国が何だっていうんだあ!!」
「ふ、船津殿が一番でござる!!」
家臣たちは懸命に船津を押さえようとする。
「当家の船津殿が一番!」
「船津殿より勝る軍師はなし!」
「船津、万歳!!船津、万歳!!」
だが一度切れた船津はなかなか落ち着かない。

「殿、私が一番でございましょう!!」
船津は啓太に懇願するかのように目を向けた。
「ああ、一番、一番。お前が一番だ。」
「…わかっていただけて嬉しゅうございます。」
主君に言われ船津はやっとおとなしくなった。
「…これさえなければ、賢い男なのに。」
なぜゆえ亡き父は船津に相談しろと遺言したのだろうかと、啓太は考える。実のところ啓太の父の単なる遊び心からのものだったのだが、真面目な啓太や家臣たちが気付くわけがない。

「とにかく、戦はしない!相原と同盟も結ばない!結ぶなら西垣!これでよろしいですな?」
船津の迫力に「あ、ああ…」という返事しかできない啓太。これ以上怒らせるともっと厄介なことになってしまうのだから仕方がない。
「では、後日、私が相原の軍師と会って話をつけてまいりましょう。」
ということで、鴨狩家では相原家と同盟をせずに西垣と親密な関係を結んでいくという方向で決着がついたのだった。



「軍師様、どうぞ。」
開け放たれた部屋からは、すっかり闇に包まれた庭が見渡せる。
琴子が淹れたお茶を直樹は口にしながら、琴子の手を見た。その手はあちこち傷だらけである。
「傷だらけですね。」
直樹に言われ、琴子は恥ずかしそうに笑った。
「最近は少しずつ、桔梗と裕樹殿に家事を教えていただけて。お皿洗いのお仕事をいただけるようになったんですよ。」
手が傷だらけになってでも、皆と一緒に直樹を支えられるということが琴子には嬉しくてたまらない。

しばらく琴子を直樹は見つめた。
「お茶は熱すぎませんか?」
その視線に心臓をときめかせながら、琴子が訊ねた時だった。直樹の腕が琴子の肩に伸びてきた。そしてそのまま琴子を引き寄せる。
「ぐ、軍師様?」
気づくと直樹に抱きしめられていた琴子は、何が何だか分からず顔を赤くしているだけだった。

直樹は戸惑う琴子の顔を両手で包む。
「琴子…。」
名前を呼ばれ、琴子は瞬きもせずに直樹を見ている。恥ずかしさで目を逸らしたいが、顔を押さえられているのでそれもできない。
「軍師さま…。」
直樹の手は琴子の頬から、その懐へと動いて行った。
「あ、あの?」
直樹は何も言わなかった。
無言で琴子の懐の中へ手を入れた。

触れられて、琴子の体がぴくんと動く。続きは次回にて――。


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紀子ママさん、ありがとうございます。

チッ!外れたか&よいではないか~にバカ受け!!
まさかの急展開に「あっと驚く為五郎~」でしょうか(笑)
鴨狩さんちは相原さんちより西垣さんちを選ぶつもりです。
そこを黙ってみているわけがない、入江くん。
ゾンビ元妻と啓太は、イリコトを盛り上げる欠かせないキャラでもありますね!

ねくまこさん、はじめまして。

初めまして!コメントありがとうございます!
『君がため』は投票するといつも一位になるくらいの、人気のあるお話なんです♪
でも『君と綴る文字』もお好きなんて、ありがとうございます!これは地味なのかなかなか光の当たらないお話で(笑)
うふふ、オタク部にしているようなことを啓太にもしてほしいんですね(笑)
いつか機会があったら書いてみたいです!!でも啓太は入江くんを嫉妬させるキャラとしては大事ですよね!
ぜひとも、これからも来て下さるとうれしいです♪

りんさん、ありがとうございます。

最後まで一気にとおっしゃっていたら…ありがとうございます!
お忙しい中、来て下さるだけで嬉しいです。
配役ぴったり、ありがとうございます!
実は船津くんの役目は大蛇森先生とどっちにしようか迷っていました!
楽しんでいただけて、うれしいです♪

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水玉

Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
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二次創作については、いわゆる原作の隙間をぬった作品もありますが、主人公以外のキャラクターをメインとしたものや オリジナルキャラクターが出てくるものもございます。

そして、原作と違った時代(平安や明治やその他の時代を舞台にしております)、異なる設定(主人公を医者と看護師じゃない職業にしております)で書いてあるものが多いですが、原作を冒涜しているつもりは全くございません。

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