日々草子 姫と軍師 4

2012.06.07 (Thu)

姫と軍師 4


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「大丈夫ですか。もう少し頑張って下さいね。」
打ち掛けを脱ぎ捨て小袖姿の琴子は避難する民たちを一生懸命励ましながら歩いていた。夜も更け、辺りは真っ暗だが少しでも歩かないと西垣軍に追いつかれてしまう。

「姫様…。」
桔梗に呼ばれ、琴子は振り返った。
「あ…。」
遥か向こうに燃えているものが見えた。それは琴子が生まれてから今まで過ごしてきた城が燃えているのである。
「…軍師様のご指示がきちんと伝わったのね。」
琴子は笑顔で桔梗に話しかける。
「みたいですね。」
桔梗はそう答えたものの、琴子の心中を考えると他に言葉が出ない。
「さあ、行かないと。」
琴子はそんな桔梗を励まし、歩き始めた。



休憩を取っている琴子の傍に鎧姿の直樹がやって来た。城が燃えるギリギリまで指示を出していたため今追いついたのだった。
「申し訳ございませんでした。」
直樹は馬から下りると琴子に頭を下げた。
「姫のお気持ちを考えずに…。」
「そのことなら大丈夫です。」
琴子は笑った。

城を燃やす――それは西垣軍に対抗するための唯一の策だった。奇襲が成功したと見せかけて城を燃やして少しでも時間稼ぎをしようという直樹の考えに家臣たちは言葉を失った。
だが、城主琴子の一言が全てを決めた。
「軍師様が仰るのならば間違いはないはずです。」
この言葉に家臣団も頷いたのだった。

ただ琴子は一つだけ直樹に注文をつけた。それは民を見捨てないことだった。
「ここに残して行ったあと、民がひどい目に遭ったらと思うと心配です。」
「西垣はそこまではしないかと…。」
西垣の目当ては城と琴子である。民に興味はないと直樹は考えていた。
「ですが、私はこの領地を治める者として民を守る義務があります。」
琴子は引かなかった。
「では…民に訊ねてみましょう。」
直樹は琴子についていくもよし、ここに残るもよしと民に告げることを提案したのだった。
その結果――。

「まさか、全員が付いてくるとは思いませんでした。」
琴子たちより少し離れた場所に民たちも休憩していた。それは皆、琴子を慕って付いてきたのである。直樹には驚きだった。
「皆、家を捨てて来てくれました。何としてでも全員守らねば。」
琴子はそれだけは譲らなかった。

「姫の生まれ育った場所をこのような目に遭わせてしまったことは責任を感じます。」
自分の指示で城を燃やした時、直樹は初めて自分のしたことに後悔を感じた。これしか方法がなかったとはいえ、胸が痛んだ。両親がいない琴子にとってはこの城は宝そのものだっただろうに。
「いいえ、軍師様。」
琴子は言った。
「城を守るために民たちを犠牲にする事など、私にはできません。命より大事なものはこの世にありません。」
それは強がりではなかった。琴子は心からそう思っているのである。それは直樹にも伝わってくる。
「ですからもう、気になさらぬよう。」
直樹に琴子は笑いかけた。



少し休憩しただけで、すぐに出発することになった。すぐに追いつかれてしまうことは目に見えている。
城は燃えてしまったが、相原家の広大な領土が全て失われたわけではない。これから一行は相原家の家老、直樹の父が守っているもう一つの城へ向かうことになっていた。
「おば様はもう到着されましたよね?」
琴子は直樹に訊ねた。
「ええ。きっと今頃采配をふるっていることでしょう。」
紀子を先に行かせて、琴子や民たちの暮らしを整える準備をしてもらっている。

「姫もどうぞ先へ。私が警護しますゆえ。」
直樹は馬を琴子に勧めた。だが琴子は首を横に振った。
「私は皆と一緒に徒歩で向かいます。」
「それはまずい。」
直樹は言った。西垣に追いつかれても琴子だけは守らねばならない。そのためには馬で一足先に重樹の待つ城へ行かせたかった。
「私だけが先に逃げることはできません。」
琴子は頑として言い張った。
「皆私に付いてきてくれているのです。それを置いて一人だけ逃げるなんてできません。」
「姫、足を痛めておいでですよね?」
直樹に言われ琴子は足を見た。うっすらと足袋が赤くなっている。
「ではせめて馬にお乗り下さい。」
直樹はここまで乗って来た馬を琴子の前に出した。しかしそれでも琴子は首を縦に振らなかった。
「私だけ楽するなんて、できません。」
「強情ですね。」
「何とでも言って下さい。」
「さあ、急がないと」と琴子は張り切って歩き出した。が、その足はやはり痛そうである。

「軍師様、馬はいかがいたしましょう?」
足軽の一人が直樹に訊ねた。
「…そちらで頼む。」
直樹の答えに、琴子と桔梗が「え?」という顔をした。
「軍師様はどうぞ先に行って下さい。」
琴子は言った。
「そうはいきません。」
直樹はスタスタと歩き琴子を追い越した。
「姫様、軍師様はお怒りなのでは?」
桔梗が心配そうに耳打ちすると琴子も、
「かもしれないわね…。」
と不安になった。強情な女に仕えるのはまっぴらだとどこかへ直樹が行ってしまうのではないかと泣きそうになる。だがそれでも琴子は一人で先に逃げることはできなかった。
そのまま先へ歩くかと思った直樹の足が、すぐに止まった。
「軍師様、いかがなされましたか?」
もしや直樹も足を痛めたのかと琴子が駆け寄った時だった。直樹の手が後ろに動いて琴子の両腕を掴んだ。
「え!?」
驚く琴子の両腕を直樹は自分の肩へと回し、背中へその体を背負った。
「ぐ、軍師様?」
直樹に背負われた形となった琴子は驚くばかりである。
「背負います。そうすれば少しは足も休めましょう。」
「そんな、軍師様だってお疲れなのに!」
「平気です。馬や輿に乗るのは嫌だと仰ってましたが人間の背に乗るのは嫌だとは仰ってませんでしたよね?」
「それはそうですが…いいえ、軍師様。どうぞ気を遣わず先をお急ぎ下さい。」
「私も歩きます。」
直樹は琴子を背負い歩き始める。琴子は大人しくなった。それを桔梗が嬉しそうに後ろから付いて歩く。

「あの…重いですよね?重かったら遠慮なく下ろして下さいね?軍師様は鎧も身につけておいでですし。」
「大丈夫です。私は農作業で大根や芋をしょっちゅう担いでおりましたから。」
「では、私は大根やお芋と同じでしょうか?」
「…さあ?」
直樹から「クスッ」と笑いが漏れたのを聞くと、琴子も笑った。

その二人の間を割って入る者があった。
「プスプス」という音が聞こえ「何だ?」と直樹が首を動かしたら、そこにあったのは馬の顔だった。
「まあ、とんぶり!」
直樹の背中から琴子が弾んだ声を上げた。
「申し訳ございません。姫様のお傍にどうしてもいたいみたいで。」
その白い馬を引いている足軽が謝る。
「いいのよ、とんぶりも一緒に行きましょうね。」
「ヒヒーン!」
琴子に顔を撫でられるととんぶりという馬は喜びの声を上げた。が、すぐに直樹を見て「フンッ!」と鼻を鳴らす。
「何だか私に敵意を抱いておりませんか?」
感じの悪い馬だと直樹は思う。
「軍師様、とんぶりは姫様にしか懐いていないのです。」
桔梗が後ろから言った。
「ですから誰も乗ることができません。」
「何とまあ…役立たずな。」
直樹は呆れた。
「役立たずなんかじゃありません。とんぶりは可愛くて素直ないい子です。ね、とんぶり?」
「ヒヒーン。」
「まあ、役には立つかもしれませんね。」
直樹は得意げなとんぶりを見ながら苦々しく言った。
「食糧がない時は馬肉として食えますし。」
とんぶりが直樹を睨んだ。直樹も睨み返す。
「これ、とんぶり。軍師様は冗談を仰っているのよ。本気にならないの。」
琴子が慌ててなだめた。



しかし穏やかな時間はそう長く続かなかった。
「追手が来た!」の声に度々一団は散り散りになり逃げ惑うことになった。何とか追手を交わしながら歩き続けた。
直樹も後方を守る兵たちの様子を見るために、琴子を桔梗へ任せた。どんどん民の数が減っていた。
「大丈夫でしょうか?」
戻ると琴子が心配して直樹に訊ねる。
「大丈夫でしょう。西垣も無力な民を殺すほど愚かではないはず。」
そう信じたいと思いながら、琴子と共に直樹はまた歩き出す。

そしてまた、直樹は後方部隊を確認しに出かける。何度目かの確認から戻った時だった。
「軍師様!」
桔梗が真っ青になって直樹へ駆け寄った。
「姫様のお姿が見当たりません!」
「何だって!?」
直樹は近くをざっと見回ったが、琴子の姿はどこにもなかった。
「最後に見たのは?」
「民たちと話をしている所を…。」
桔梗が答えた時だった。農民と思われる夫婦が泣きながら直樹の前へやって来た。
「申し訳ございません!私たちのせいです!」
「どういうことだ?」
「私たちの赤ん坊が、荷車から落ちてしまって…それを嘆いていたのを姫様が…。」
「まさか…。」
直樹も顔色を失った。
「…赤子を探しに?」
返事の代わりに農民夫婦は泣き叫んだ。

「姫様!!」
桔梗はもう倒れる寸前だった。
「あのバカ!!」
直樹が姫に向かっての言葉とは思えないものを口にしたところで、続きは次回で――。



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Comment

水玉さん、更新ありがとうございます。

民を守るため、軍師入江くんを信じ、
“城主琴子の一言が全てを決めた”
判断力も備わっていて、家臣団からも民から信頼され、慕われている琴子姫。
なんて良い城主様なの!
『太祖王建』の金ぴか王(熱演)を見ているせいか泣けてきました。

馬の“とんぶり”~登場の仕方も性格も最高!(笑)
「ヒヒーン!」「ヒヒーン。」とんぶりの顔の表情が見えるようです!(笑)
笑えて癒される感じです~♪お話の楽しみがまた増えました。

次回??????どんな展開が???
続きよろしくお願いいたします~♪楽しみです!!!
あお |  2012.06.07(Thu) 23:31 |  URL |  【コメント編集】

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 |  2012.06.08(Fri) 08:57 |   |  【コメント編集】

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 |  2012.06.08(Fri) 10:18 |   |  【コメント編集】

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 |  2012.06.08(Fri) 13:02 |   |  【コメント編集】

あおさん、ありがとうございます。

民のためには琴子ちゃんは自分を犠牲にすることはいといません^^
だからこの時代に、女性の主を皆が支えているんでしょうね!
金ぴか王…最初はいい人だったのに(涙)
この間見たら、自分は弥勒だ~と威張ってました。でも悪人でもあの貫禄にはひきつけられる!
やっぱり俳優さんはそれなりの貫録が必要だなあと思いました(笑)
本当、ワンゴンがメインだとがっくり来ますね←主役なのに

とんぶりがまさかこんなに人気が出るとは(笑)
入江くんをかっこよく描こうキャンペーンをひそかに展開していたのですが、とんぶりにすっかりとられてしまって(笑)
水玉 |  2012.06.08(Fri) 22:33 |  URL |  【コメント編集】

ちぇるしいさん、ありがとうございます。

マザー水玉、リカバリしすぎてハイテンションになってます(笑)
もう誰にも止めることができないくらいに(笑)
精力的に動き回れるようになったため「もうあんたのパラダイスは終わったのよ」と宣言されました←今までは手を抜いてもうるさく言われなかったから(笑)

ここにもとんぶりのファンが!
馬ってヒヒーンの他にどういう声を出すのか全然わからなくて、全部ヒヒーンにしちゃってます!
水玉 |  2012.06.08(Fri) 22:37 |  URL |  【コメント編集】

あけみさん、ありがとうございます。

こちらこそ、軍師様をほめてくださりありがとうございます!
もうすっかり、とんぶりの影に隠れてしまったようで(笑)
うちの中で1、2を争うなんて嬉しいことを!
そういえば最低な入江くん投票はしたことがありましたが、最高な入江くんはなかったかも。
ちょっとやってみようかな?
その時はぜひ投票お願いしますね♪
水玉 |  2012.06.08(Fri) 22:38 |  URL |  【コメント編集】

あやみくママさん、ありがとうございます。

本当に琴子ちゃんを悪くは絶対書けませんね!←当たり前だ
うふふ、あやみくママさんにお嫁にやるのがもったいないと思っていただけてうれしいです。
今回は「琴子ちゃんをもらってほしい」と思わせるようなかっこいい入江くんを書いてみたいと思って、無謀なチャレンジをしております(笑)
水玉 |  2012.06.08(Fri) 22:40 |  URL |  【コメント編集】

水玉さま、とんぶりの登場にめちゃ和みました。
しかも、軍師様に敵意を!!(笑)
この先もライバル関係が続くのかわくわくしちゃいました。

もう、直樹軍師様がかっこよくてどうしましょ?ですよ~。
ただ今脳内で琴子姫を背負う軍師様が絶賛上映中です!
みゆっち |  2012.06.08(Fri) 23:44 |  URL |  【コメント編集】

みゆっちさん、ありがとうございます。

とんぶりちゃんが人気が出過ぎてどうしましょうと思っている私です(笑)
まさかこんなに皆さんに愛されるなんて。
軍師様とのライバル関係、続く可能性は大です。
馬と争う入江くんを書くとは思いませんでした(笑)
私も軍師様が琴子姫を背負うシーンは好きです♪
水玉 |  2012.06.10(Sun) 17:38 |  URL |  【コメント編集】

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