日々草子 イリエアン・ナイト 5

2012.05.23 (Wed)

イリエアン・ナイト 5


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ナオキヴィッチは宮殿内の図書室で、独り静かに読書に耽っていた。
イーリエ王国の宮殿に設置されたそこは、かなりの蔵書数を誇っておりナオキヴィッチのお気に入りの場所でもある。
今いるのはナオキヴィッチ一人だけだった。誰にも邪魔されず本の世界に没頭していたその時、ドアが開く音が聞こえた。

「わあ、すごい本!」
声の主はコトリーナだった。
「誰もいないんだ…。」
どうやらコトリーナからはナオキヴィッチの姿は本棚の陰に隠れていて、見えていないらしい。
「何しに来たんだ?」
自分から姿を見せるタイミングを失ってしまい、ナオキヴィッチはこっそりと様子をうかがうことにした。

「ええと…眠れる方法が書いてありそうな本はどれかなあ?」
コトリーナは本棚を見上げながら、トコトコと歩き始めた。
「王子様が眠れるようになる方法、見つかるといいんだけど。」
どうやらコトリーナはナオキヴィッチのために本を探しに来たらしい。
「変な奴…。」
ナオキヴィッチは不思議な気分でコトリーナを見ていた。
今まで来た人間は王子の妃、未来の王妃の座を得るために必死でナオキヴィッチをものにしようとする人間ばかりだった。不眠を心配している言葉を次々と口にしていたが、おそらくそれはナオキヴィッチの前でだけだったに違いない。その証拠に彼女たちの目の中を覗くと王妃の冠がばっちりと映っていた。そこに自分の姿はなかった。
コトリーナが過去の女性たちとは違い、ナオキヴィッチがいない所でもこうしてナオキヴィッチのことを考えているとは。
「あいつの目には、一体何が映っているんだろうか?」
ナオキヴィッチはふとそんなことを考えていた。

「あ、これなんかどうかしら?」
コトリーナは本棚から厚い本を一冊取り出した。それをテーブルの上に広げる。
「眠れる方法、眠れる方法…あ、眠れるための薬の作り方だって!」
「胡散くせえ…。」
ナオキヴィッチは思わず小声で呟く。しかし本に夢中になっているコトリーナの耳には届かなかった。

「なになに、用意する物。トカゲの皮、猿の歯を砕いて粉にしたもの、蛾の羽を絞ったもの…。」
「そんなものを飲まされたら、別の意味で意識を失う!」
ナオキヴィッチは青ざめた。
「うーん、これはちょっと…。」
コトリーナが本を閉じた。
「よかった、あいつにも常人の意識があったみたいだな…。」
ナオキヴィッチが胸を撫で下ろした時、
「用意する物が多すぎて大変そうだから、やめておこう。」
とコトリーナが言いながら本を元の棚へしまった。
「俺の体の心配をしろよ!!」
思わず突っ込むナオキヴィッチ。しかしそんなナオキヴィッチの心など気付くことなく、コトリーナはまた棚を見上げる。

「あそこに置いてある本なんて、どうかしら?」
高い棚の一番上に陳列されている本を見つけ、コトリーナは辺りを見回した。
「あった!」
可動式の梯子を見つけ、ガタガタとコトリーナは引っ張ってきた。
「ドレスが邪魔だな。」
身につけているふんわりと広がるドレスを見ると、コトリーナはキョロキョロと周囲をまた見回す。
「誰もいないわよね。」
ナオキヴィッチがいることに全く気付かず、コトリーナはドレスをたくしあげると腰の辺りでそれをしっかりとまとめた。その下に着ているドロワーズが丸見えである。
「あいつ、なんという格好…。」
呆れるナオキヴィッチに相変わらず気付くことなく、コトリーナはその格好で梯子を登り始めた。
「ん?なんか動かないぞ?」
本は隙間なく収められているため、なかなか動かない。
「せえの…!!」
掛け声と共に、コトリーナは両手で本を引き出そうとした。が、その拍子に梯子の上の体がバランスを崩してしまった。
「きゃあっ!!!」
コトリーナは悲鳴を上げながら、床に叩きつかれることを覚悟した。
が、痛みも何も体に感じず、代わりに何かふんわりと受け止められる感覚があった。
「え…?」
コトリーナが目を開けると、そこにナオキヴィッチの顔があった。
「…危機一髪。」
ナオキヴィッチは「ふう」と息をついた。
「え?王子様?どうしてここに?」
その時コトリーナは自分がナオキヴィッチに抱えられていることに漸く気付いた。
「え?あれ?」
抱えられていることでナオキヴィッチの顔がかなり近い。コトリーナは顔を赤くした。
「あ、あの…。」
「ったく、お前は無茶ばかりしやがって。」
ナオキヴィッチはコトリーナを睨んでいるが、その体を下ろそうとはしなかった。
「あ、あの…王子様。もう大丈夫ですので…。」
「え?ああ、そうか?」
ナオキヴィッチはコトリーナの体をそっと下ろした。

「いつこちらにいらしたんですか?全然気付きませんでした。」
ナオキヴィッチの取ってもらった本をコトリーナは受け取る。
「あ、これで王子様を殴って眠らせようなんて考えているわけじゃありませんからね!」
「分かってるよ。」
「よかった。」
コトリーナはしっかりと本を胸に抱えた。
それを見ていたナオキヴィッチは、
「…お前さあ。」
と声をかけた。
「はい?」
「そんなに俺の妃になりたいわけ?」
「え?」
コトリーナは本から顔を上げ、ナオキヴィッチを見た。
「俺を眠らせたら妃になれるって話だろ?俺を眠らせようとそんなに一生懸命なのは、俺の妃になりたいからか?」
「…いいえ。」
コトリーナの答えに、ナオキヴィッチは少し驚いた。が、それを顔に出さないように務めた。
「私は王子様を眠らせてあげたい、それだけです。」
笑顔でコトリーナは答える。
「だって眠れないのって、とても辛いですよね。早くそんな辛さから王子様を解放してさしあげたいんです。」
「解放…。」
「はい。眠れるようになれば王子様のその眉間のしわも減るでしょう?」
「悪かったな。」
「それに御機嫌もよくなって、穏やかになられます。そうすれば物の言い方もきつくなくなるし、みんなからモンスターだの化け物だのと言われなくなりますよ。」
「化け物…。」
「私はもっと王子様のいい所をみんなに知ってほしいんです。」
「みんなに知ってほしい、ね。」
ナオキヴィッチはなぜかあまり嬉しくなかった。

「王子様?」
様子がおかしいナオキヴィッチを心配しようとしたコトリーナだったが、ふと下を見る。
「きゃあっ!!」
悲鳴が上がり、何事かとナオキヴィッチはコトリーナの視線を追った。
「あ、あたし…何て格好!!」
コトリーナは腰でドレスをまとめたままだった。すなわちドロワーズが丸見えのままだったのである。
「…今頃気付いたのか。」
自分の下着姿を見ても平然と顔色一つ変えないナオキヴィッチに、コトリーナは顔を真っ赤にした。
「気付いているなら、どうして教えてくれなかったんですか!!」
「別に。好きでしているんだろうなと思って。」
「そんなわけないじゃないですか!王子様の意地悪!」
「意地悪?」
ドレスを下ろすコトリーナを見るナオキヴィッチの顔が険しくなった。
「何で俺が怒られないといけないんだ?」
「だって教えてくれないし、ボケッと見ているし。」
「別に見てねえよ。」
ナオキヴィッチは顔を背けた。
「そんなまな板みたいな、色気も何もねえ体に興味ないね。」
「ま、まな板!?」
コトリーナの目が丸くなる。
「ああ、そうだよ。まな板から枯れ枝を生やしているようなそんな粗末な体、興味も何もない。」
「まな板…枯れ枝…言い過ぎじゃありませんか?」
「本当のこと言ったまでだ。」
プイと横を向いたままのナオキヴィッチに、コトリーナは怒りで体を震わせ叫んだ。
「何よ…パンツ一丁のくせに!」
「な…誰がいつパンツ一丁になった!」
これにはナオキヴィッチの顔色も変わる。
「それはお前の妄想だろうが!下らねえ妄想するんじゃねえ!俺がいつパンツ一丁でお前に姿を見せた!」
「うるさい、うるさい、うるさい!パンツ王子!!」
コトリーナは顔を真っ赤にして叫び続ける。ナオキヴィッチに下着姿を見られたことへの恥ずかしさで自分でも何を言っているか分からなくなってしまっていた。
「王子様なんて知らない!」
「知ってほしくもねえよ!」
「意地悪な王子様なんて大嫌い!」
コトリーナは捨て台詞を残し、図書室を出て行ってしまった。

「ったく、何だよ、あいつは。」
ナオキヴィッチは椅子に座った。疲れがどっと襲ってくる。
「てめえが恥じらいを知らないのが悪いんだろうが。」
どうして自分が叱られなければいけないのか。コトリーナがいなくなった後も苛立ちが消えない。
しかし、その苛立ちの本当の原因はコトリーナに叱られたことではなかった。

「何だよ、あいつ…。」
ナオキヴィッチはテーブルに頬杖をついた。
「何がみんなに俺を知ってほしいだよ。」
コトリーナが自分のために手を尽くしてくれている気持ちは痛いくらい分かるが、どこか違う気がする。
そしてナオキヴィッチの口から次の言葉が漏れた。
「あいつ、俺の妃になりたくないのか…。」
コトリーナの目に映っているのは王妃の冠でもなかった。そして自分でもなかったのである――。



一方、二人の親たちは子供たちがそんなことになっていることに全く気付いていなかった。

「何ですって、図書室からそんな声が!」
図書室の傍を通りかかった侍従から話を聞いたノーリー王妃は、またもや喜びに震えた。
「パンツ一丁…まな板…まあまあ、なんて賑やかなこと!」
侍従は断片的にしか話を聞いていないので、その単語の本当の意味が王妃には分からない。
しかし、そこは周囲がついていけないくらいのポジティブシンキングの王妃である。
「わかったわ!きっとナオキヴィッチはコトリーナちゃんが可愛くて我慢できなくて、図書室でパンツ一丁で待ちぶせしていたのね!もう、ナオキヴィッチはせっかちさんなんだから!」
「それじゃ、まな板は?」
呆れるシゲキヴィッチ国王に、王妃は満面の笑みで答える。
「それは“まな板の上の鯉になった気分でいろ”とでも言ったのよ!もう、ナオキヴィッチのコトリーナちゃんへの執着ぶりといったら!」
「そんな息子で喜んでいいのか…?」
国王の嘆きを無視し、王妃は大喜びで自室へと戻ってしまった。

「パンツ…一丁…。」
聞こえた声に国王はハッとなった。
「し、シゲオ!」
「パンツ一丁で図書室で…まな板の上の鯉…おお…コトリーナ…。」
シゲオは顔を真っ白にして、ヘナヘナと座りこんでしまった。
「シゲオ、シゲオ、しっかりしろ!!」
またもや親友を介抱する羽目になる国王。
シゲオが倒れるのも無理はない。いくら王子とはいえ場所も選ばずパンツ一丁で襲いかかる変態、いやちょっと変わった趣向の男に娘を奪われかけているのだから。
「ああ…コトリーナ…。」
「シゲオー!!」
国王の悲痛な叫びが、宮殿内に響いたのだった。



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 |  2012.05.23(Wed) 23:20 |   |  【コメント編集】

水玉さん、更新ありがとうございます♪

パンツ一丁!まな板!
ポジティブシンキングの王妃は大喜び(笑)、シゲオパパは深刻なネガティブ思考に。かわいそうに!(笑)
☆~ドタバタのテンポのいいこと!(拍手)
☆。。胡散くさい薬にゲゲゲのゲッ!

「何がみんなに俺を知ってほしいだよ。」
ふむふむ。
コトリーナちゃんの素直で飾らないところ、刺激的なびっくり天然に、ナオキヴィッチは一緒いると楽しくて、リラックスでき癒されているんだろうな!
コトリーナだから、本来の優しくて素直なとろを現すんですものね!
ナオキヴィッチにとって特別な存在になりつつあるコトリーナ。
意識し始めた二人、どうなるのかな?
ナオキヴィッチは眠ることができるのか???~続き楽しみです。
あお |  2012.05.24(Thu) 08:02 |  URL |  【コメント編集】

ぶっ!!サイコ-です!!

こんにちわ♪水玉さんの喜劇♥最高でございます♪
パンツ王子!!ぶっ(爆)
どうやらナオキヴィッチの方が先にコトリーナを意識し始めたのでしょうか・・・この先の展開が楽しみで仕方ありません♪
もりくま |  2012.05.24(Thu) 08:11 |  URL |  【コメント編集】

No title

水玉さん♪いつもありがとうございます。

うふふ~♪の展開♪
こんな風にじわりじわりと、ミラクル琴子ちゃんにはまっていくのね。直樹さん!!
これから、色々とどう進展するのか楽しみです!!

アイちゃんの心境はとってもつらい。本当にかわいそう!!けどそこがまた面白い!!ごめんよぉ~アイちゃん。
ゆみのすけ |  2012.05.24(Thu) 11:01 |  URL |  【コメント編集】

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 |  2012.05.24(Thu) 18:50 |   |  【コメント編集】

りんさん、ありがとうございます。

私もわかります~!!私もほかのサイト様で癒されてました。
時折うちを癒しに使っているという方からコメントいただきますが、こういうことかと改めて分かったとともに、すごくうれしかったです。
これからもりんさんの癒しになるために頑張りますね!ええ、ええ、こんなんで癒しになるならいくらでも書きますよ!お体気を付けてくださいね。『明日できることは明日やろう』を私は最近モットーにし始めました(笑)
水玉 |  2012.05.25(Fri) 23:11 |  URL |  【コメント編集】

あおさん、ありがとうございます。

ナオキヴィッチは自分の良さをコトリーナちゃんだけが知ってくれれば満足なんですよね。
でもコトリーナちゃんはナオキヴィッチが実はいい人ということをみんなに知ってほしい。
それもナオキヴィッチに愛情を抱いているからなんですが、気づかない二人…ぷぷ。
こういう話はテンポが命なので、そこをほめてくださって嬉しいです!
水玉 |  2012.05.25(Fri) 23:13 |  URL |  【コメント編集】

もりくまさん、ありがとうございます。

ありがとうございます!
喜劇は頭をあまり使わず勢いで書いているので、時に滑っているときもあり…それはそれで難しい(笑)
パンツ王子、さてどうなる!
水玉 |  2012.05.25(Fri) 23:14 |  URL |  【コメント編集】

ゆみのすけさん、ありがとうございます。

可哀想!でもそこがおもしろい!ごめんよぉ~に大爆笑しました!
そうなんですよ、アイちゃんの哀れっぷりがまた書いていてもとても愉快で…。
もう完全にミラクル琴子ちゃんのとりこですよね、直樹さん♪
水玉 |  2012.05.25(Fri) 23:15 |  URL |  【コメント編集】

佑さん、ありがとうございます。

イケイケgogoの琴子ちゃんですが、さて次回は!といったところでしょうか?
なんか入江くんにもイケイケgogoと言いたい気分です(笑)
水玉 |  2012.05.25(Fri) 23:15 |  URL |  【コメント編集】

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