日々草子 イリエアン・ナイト 4

イリエアン・ナイト 4






「何ですってえ!!!」
翌日、宮殿内にノーリー王妃の叫びがこだました。
「もう一度、もう一度言ってちょうだい!」
「は、はい。」
侍女は王妃の迫力にたじろぎながらも、繰り返す。
「王子様は今夜、コーヒーを二人分持ってくるようにと命じられました。そしてその時に…。」
「“今夜は絶対眠らせない”と言ったと!」
「は、はい。」
「まあ、何てこと!こんな日が来るなんて!!」
侍女を下がらせた後、王妃は身をよじらせて喜んだ。
「そうなのね、そうなのね!ナオキヴィッチもコトリーナちゃんの可愛らしさにノックアウトされちゃったのね!」
「お、落ち着きなさい。」
傍で妻の様子を見ていたシゲキヴィッチ国王がなだめる。
「これが落ち着いていられますか!」
王妃は夫を見た。
「あの王子が女性を追い出さなかったばかりか、コーヒーを飲んでまで、一晩眠らせないなんて!!ああ、なんて積極的になったことなんでしょう!」
「待ちなさい!こっちをご覧!」
国王に言われ、王妃は「何なの」とブツブツ言いながら目線を動かした。

「眠らせない…眠らせない…。」
真っ青を通り越して真っ白になってブツブツと繰り返しているのはコトリーナの父、シゲオであった。
「わしの…わしの娘…わしの娘がそんな…。」
「まあ…。」
シゲオの様子に王妃のテンションが元に戻る。
「娘がそんな目に遭おうと聞いたら、可哀想にこんな状態になってしまって。」
国王はシゲオを抱えるように慰めている。
「ごめんなさいね、シゲオ様。」
王妃はシゲオに謝った。
「そうだぞ。それにナオキヴィッチがその気でもコトリーナちゃんが…。」
「でもいつかは来る日だったのですわ、シゲオ様。」
「え?」
妻を止めようとした国王の口があんぐりと開いたまま止まった。それはシゲオも同じだった。
口をあんぐりと開けている二人の男性を前に王妃は、
「娘が他の男のものになる、いつかは来る日です。ごめんなさい、ここは耐えていただかないと。」
「は?」
「勿論、コトリーナちゃんの気持ちが一番大事であることは言うまでもありません。ですが二人が同じ気持ちである以上ここは黙って見守るのが私たち親の役目ですわ。」
「お、おい…。」
「見守る…。」
王妃はシゲオの手を握った。
「ご安心を。シゲオ様が大事に育てたコトリーナちゃんを不幸な目に遭わせたりしません。ええ、それはもう私の目が黒いうちはさせやしません。」
王妃はそこまで話すとニッコリと笑った。
「ああ、でもナオキヴィッチは朝まではりきるつもりなのね!もう、コトリーナちゃんは慣れていないのだから優しくしてあげないといけないのに…。」
そして王妃は歌を歌いながら二人の前から消えてしまった。
「朝まで…はりきる…。」
シゲオは呟くと「うーん」と目を剥いたまま倒れてしまった。
「シゲオ、シゲオ!」
国王は哀れな親友を必死で介抱したのだった。



「苦い!」
夜、またもやナオキヴィッチの部屋を訪れたコトリーナは用意されたコーヒーに顔をしかめていた。
「王子様はこれを毎晩飲んでいらっしゃるのですか?」
「ああ。」
「それじゃあ人の生き血をしぼって毎晩飲んでいると言うのは、コーヒーを飲んでいるという話がどっかでおかしくなったんだ。」
「生き血?何だ、それは?」
「あ、しまった!」
うっかり漏らしてしまったことに、コトリーナは口を押さえる。
「いえ、何でも…。」
「…言え。」
「…大した話じゃありませんよ。」
「言え、全部吐け!!」
ナオキヴィッチの怒声にコトリーナは「ええと…」と少しずつ話し出す。

「そのですね?王子様は体が5メートル(噂より倍増している)あって、口から針を出して攻撃し、毎晩人の体を雑巾絞るみたいにギューッって絞ってそこから出た生き血を飲んでいて“まずい、もう一杯”とお代わりしつつ、あと腕を振ったら火の玉が出て前の人が焦げちゃって、目から光線を出して女の人を石にしちゃった…みたいな。」
「…化け物扱いかよ、俺。」
ナオキヴィッチは呆れ果てた。
「体は…身長高いですよね。それがオーバーに伝わったんでしょうね。」
「オーバー過ぎだ。」
「口から針は、女の人たちを攻撃した時の話でしょうね。」
「俺に相手にされなかった腹いせに吹聴したんだろうよ。」
「で、生き血はこれですかね?」
コトリーナはコーヒーを指した。
「コーヒーが生き血に変化するって、噂ってすごいなあ。」
「感心している場合か。」
「あと火の玉は何だろ?」
コトリーナは首を傾げた。
「火の玉…ああ、あれのことか?」
ナオキヴィッチはコーヒーのお代わりをコトリーナに注がせながら思いだした。
「前にテニス大会した時に、俺が打ち返したボールが相手のラケットのガットを突き破ったんだ。」
「…なるほど。」
話せば話すほど、ナオキヴィッチは怪物ではなく普通の人間である。

「それじゃあ光線とか石にしたってのは?」
「メデューサじゃあるまいし。何だ、それ?」
「何でしょう?お心当たりがおありでは?」
「俺そんな覚えは…あ、あれか?」
ナオキヴィッチは思い当たることがあったらしい。
「前にどっかのパーティーでどっかの貴族が娘を紹介した時に、俺と目を合わせただけでそいつがぶっ倒れたことがあった。」
「それですよ、それ。」
コトリーナは手を叩きながら、ナオキヴィッチの顔を見る。こんなきれいな目に見つめられたらドキドキして倒れるのも無理はないかもしれない。
「しかし、失礼だな。俺は何もしてないじゃねえか。」
「まあそうですねえ。王子様、黙っていればお顔は綺麗ですもの。あ、すみません。オブラートに包んで言うのを忘れました。」
「いちいち断らなくてもそれくらい分かる。」
コトリーナの率直さに呆れつつ、しかしどこか心地いい気分のナオキヴィッチである。

「それより、お前の動物…じゃない、友達の話だよ。」
「そうでした、そうでした。」
コトリーナは思い出す。
「ジーンの話しでしたよね?そうなんです、見ちゃったんです、私。」
「何をだ?」
魚に変身して、海を目指して泳いだのだろうか。
「それがジーン、素手で魚を捕まえていたんですよ。こうやってバシャーンって!」
コトリーナはクマが魚を獲るような真似をして見せた。
「で、それを焼いて食べさせてくれたんですけれど…それ見てたら“共食い”って言葉が浮かんじゃって。ああ!私ったらジーンの親友なのに、何てことを!!共食いって思ってしまった自分を何度叱りつけたことか!そこだけ今も気になってしかたないんです!」
頭を抱え「ごめんね、ジーン」と謝るコトリーナを見ながらナオキヴィッチは、
「いや、気にするポイントはそこじゃなくて素手で捕まえているところじゃねえの?」
と呟いた。

その晩はナオキヴィッチも怒ることなく、穏やかに過ぎて行った。しかし、相変わらずナオキヴィッチは眠れないままだった。



「ああ、コトリーナちゃんの肌がツヤツヤだわ。」
朝、一人で庭を散歩するコトリーナの様子をうかがいながら王妃は喜びに浸っていた。
「よかったわ。どうやらナオキヴィッチは優しくしてくれたみたいね。」
「おい、いい加減にしないか。少しはシゲオの気持ちを考えろ。」
「だから我慢するのが親の務めなんですって!」
うるさい夫をシッシッと追い払いながら、王妃はコトリーナに目を細めている。
「その話は別として、王妃様。」
何とかショックから立ち直りながら、シゲオが王妃に声をかけた。
「肝心の王子様の不眠症が治らないようですが。これではコトリーナの役目も意味がないかと。」
次の方法を考えるべきではないかと、シゲオは思っている。
「私共はこれで失礼しますので、どうか別の方を…。」
「まあ何てことをおっしゃるのです、シゲオ様!」
王妃はキッとシゲオを睨んだ。
「コトリーナちゃんを私から離すのですか!そんな非道なことをあなたがされるなんて!」
「い、いえ。ですが…。」
「ここでコトリーナちゃんがいなくなったら、ナオキヴィッチは生涯独身ですわよ!跡取りはどうなるのです!」
「それだったら無理にナオキヴィッチを結婚させなくとも、養子を迎えるという方法も…。」
国王の言葉にシゲオも頷いた。
「養子ですって!だったらコトリーナちゃんを養女にして私が素敵なお婿さんを探します!」
「はあ!?」
「それじゃ王妃様、あまりにも王子様が…。」
「変な女が来るくらいならそれがベストです!私はコトリーナちゃんとずっと仲良く暮らすんです!!」
王妃は聞く耳持たずといった感じで、コトリーナの方へと歩いて行ってしまった。
「だめだ…。」
「はい…。」
残された男たちは「はあ」と大きな大きなため息をついたのだった。



「王子様、コーヒーのお礼にこちらを作ってまいりました。」
コトリーナがナオキヴィッチの部屋を訪れるようになって何日目かの夜のことだった。
「コーヒーのお伴にどうかと。」
銀の覆いをコトリーナが取った。
「…何だ、これは?」
「マフィンですよ。マフィン。私が焼いてみたのです。」
「マフィン…俺の知っているマフィンとはかなり違うが、お前の村ではこれをマフィンと呼ぶのか?」
「やだなあ。マフィンは全国共通でしょう?」
ナオキヴィッチが驚いたのも無理はなかった。
コトリーナが運んできたトレーに乗っていたマフィンは、こんがりきつね色どころかほとんどが黒い代物だったのである。

「さあ、どうぞ。お口に合えばいいのですが。」
コトリーナから皿を渡され、ナオキヴィッチは恐る恐るマフィンを口へ運んだ。

ネチョ…ネチョ…ネチョッ…。

とてもマフィンらしからぬ音がナオキヴィッチの口から洩れる。

「マフィンってこんな音がするもんか?」
「そういうものですよ。どれ、私も。」
コトリーナは自分の口へ運ぶ。

バリ…バリ…バリ…バリ!!

「なかなかいい歯ごたえかな?」
「歯ごたえなんてねえよ、マフィンには!!」

二人はそれから黙々とマフィンを食べた。
ネチョ、バリ、ネチョ、バリ…不思議な音が部屋に響く。

「ごめんなさい、ちょっと失敗した感じです。」
漸くコトリーナが自分の失敗を認めた。
「次回はちゃんと作りますから。」
「期待はしねえ。」
ナオキヴィッチは作るなとは言わなかった。それを聞きコトリーナは笑顔を見せる。その口元にはマフィンの欠片がついていた。
「え…?」
ナオキヴィッチの長い指がコトリーナの口元へ伸び、その欠片をつまむ。そしてナオキヴィッチはそれを自分の口へ放り込んだ。

「何だ?」
指を舐めながら、ナオキヴィッチはコトリーナを見た。
「あ、いえ。何でもありません。」
コトリーナは赤くなりながら手を振った。
「ふん、この得体のわからないもんで目が冴えた。お前、また何か話せ。」
ナオキヴィッチはベッドにもぐる。
「は、はい。あのそれじゃあ…ええと…。」
その晩のコトリーナの話はしどろもどろになってしまい、「もっと簡潔に話せ!」とナオキヴィッチにまた怒鳴られてしまったのだった。



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☆こんにちわ☆

二人で仲良く、
“ネチョ、バリ、ネチョ、バリ…”(笑)~(拍手!)
ナオキヴィッチ、コトリーナの口元についていたマフィンの欠片を、
コトリーナの笑顔に癒されているって感じで、意識せず自然に自分の口にヒョイと入れたわ~~♪
お顔が赤くなったコトリーナちゃん!
コトリーナの話をさあ聞くぞって感じで、ベッドにもぐってリラックス態勢を整えるナオキヴィッチが可愛い~!!
ノーリー王妃の期待が叶えられつつあるような~♪

水玉さん楽しいお話をありがとうございます!続きすごく楽しみです♪

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あおさん、ありがとうございます。

ネチョってことは絶対生焼けなんでしょうね(笑)
それを食べるナオキヴィッチ、ある意味なんていい人!!
口元についていたものをひょいと食べるなんて、好きでもなければできませんよね。
素直にベッドに入ってお話を聞く態勢のナオキヴィッチ(笑)本当に可愛いですよね!

あけみさん、ありがとうございます。

お手付きコトリーナちゃんと思いこまれているのがまた何ともですよね。
そりゃあお父さんはショックでしょう!!結婚前にそんな~といったところでしょうか?
心はどんどん癒されて、もうコトリーナなしの暮らしなんて考えられないのかもしれませんね。

佑さん、ありがとうございます。

わ~佑さんがドキドキしてくれた!うれしい!!
佑さんをドキドキさせられたら、私ももう一人前ですよ(笑)

紀子ママさん、ありがとうございます。

そうなんです(笑)
本当、そのまんまなタイトルでお恥ずかしい(笑)
千夜一夜といいたいところなのですが、そうなると三年近くコトリーナちゃんが話し続けなければいけないので、そこは短くしております!
今回も紀子ママさんに可愛いと言ってもらえてホッとしました~!!

いたさん、ありがとうございます。

はずれなしなんて嬉しいお言葉をありがとうございます!
自分でも今回は珍しく成功に近いのではないかと自負したりなんかして!まだ最後まで行かないとどうなるかわかりませんけれどね。
三毛猫のお兄ちゃん!最初は原作にないキャラなのでどうなることかと心配してましたが、結構いい味出していてかなり笑えますよね。あの黒板とか私、本気でamazonで探しちゃいましたもん!
プロフィール

水玉

Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
そっと見守っていただけたら嬉しいです。

※当ブログに掲載されている文章及びイラストの無断転載・使用はご遠慮下さい。

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このブログについてのお願い
当ブログは、『イタズラなkiss』の二次創作をメインとしておりますが、時折管理人の趣味や日々の出来事についての記事も書いております。

原作者様や関係各位とは一切関係ありません。

二次創作については、いわゆる原作の隙間をぬった作品もありますが、主人公以外のキャラクターをメインとしたものや オリジナルキャラクターが出てくるものもございます。

そして、原作と違った時代(平安や明治やその他の時代を舞台にしております)、異なる設定(主人公を医者と看護師じゃない職業にしております)で書いてあるものが多いですが、原作を冒涜しているつもりは全くございません。

二次創作が苦手という方及び原作のイメージと合わないと思われる方はどうぞお引き取り下さいますようお願いいたします。

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