日々草子 マドモアゼル・カメリア 20

マドモアゼル・カメリア 20






「!!」
後ろには人間の姿はなかった。その代りに高く積まれた箱が私たちに向かってきていた。
それは小さい箱の上に大きな箱が重なっていたり、丸い形の箱が挟まれていたりと、まことに不安定に積み重ねられているというのに崩れる気配がない。
「こ、これは…。」
私は声を出したかったが、出すとその箱が全て崩れ落ちる気がして怖くて何も言えなかった。
その私の傍で彼が小さく溜息をつくのが分かった。

「先生、遅くなってごめんなさい。」
箱の陰から声が聞こえた。
「ったく、お前は。」
彼が言うと、箱が一旦テーブルの上に置かれた。
箱を運んできたのは…マドモアゼル・カメリアだった。私は彼女を見て頬が緩むことが分かった。
「何で運んでもらわなかったんだ?」
「平気よ、これくらい。」
マドモアゼル・カメリアは笑った。
「この後、渡辺と食事をする約束があることを忘れてるのか?」
「あ、そうだった。」
彼女は口に手を当てハッとなった。

「ムッシュ、こちらが奥様でいらっしゃいますか?」
私はフランス語のまま彼に訊ねた。彼女は私を見てキョトンとしている。どうやらフランス語は分からないらしい。
「失礼、お見苦しい所を。」
彼は謝った。そして、
「ええ、妻です。」
と彼女を私に紹介してくれた。

「先生、お話し中にお邪魔してごめんなさい。」
言葉は分からなくとも私たちが話をしていたことは察したらしい。彼女が日本語で夫に謝った。
「いえ、気になさらないでください。」
私が慌てて日本語で言うと、彼女はびっくりしたようだった。
「日本語、お上手なんですね。」
「ありがとうございます。」
私が笑うと、彼女も笑ってくれた。

「それではお話が終わるまで、私は写真を見せていただいていいでしょうか?」
私はマドモアゼル・カメリアに好感を抱いた。ゆっくりと話ができるよう、そして自分は邪魔をしないように下がるその行為。
「勿論ですとも。下手な写真でお恥ずかしいのですが。」
「素敵な写真がたくさんありますもの。」
彼女は写真が飾られている壁の方へ歩いて行った。彼は妻の後ろ姿を見つめている。

「…ご結婚されたんですね。」
私はこのラブストーリーがハッピーエンドであることを知り嬉しかった。
「ええ。三か月前に。」
「それではご結婚されたばかり。」
「おめでとうございます」と私が言うと、彼は照れくさそうに笑い「ありがとうございます」と答えた。
考えてみれば、彼が最初に「妻」と口にした時点で答えは分かっていたものだった。
これまでの話を聞いていたら、この彼がマドモアゼル・カメリア以外の女性を妻にするわけがない。
あんなに愛しているのだ。マドモアゼル・カメリアを妻にできなければ、彼は生涯独身を貫いたはずだ。

************



「婚約を破棄?何を今更。」
直樹が大泉家を訪ねた時、大泉侯爵は一笑に付した。
「今頃何を言い出すんだね?」
「元々愛情があったわけではありませんし、このまま結婚しても沙穂子さんが不幸になるだけですが?」
「愛情?そんなもん問題ではない。大事なのはお互いの家が恥をかかないことだけだ。」
直樹はこの家に生まれた沙穂子に憐れみを感じざるを得なかった。
「先日、警告したことを君は忘れたのか?」
警告、直沙穂子と結婚しなければ相原家にも危害を加える可能性があることを示唆されたことを直樹は思い出す。
「やっと治ったのだろう?せっかく取り戻した命は大事にした方がいいのではないのか?」
どうやら大泉侯爵は琴子が治癒したことも知っているらしい。
「一時はどなたかのせいで危ない状態でしたけれどね。」
思わず直樹の口からそんな言葉が漏れた。
「そうか。それは大変だったね。でもまあ、終わりよければ全てよしだ。」
すっとぼける侯爵に直樹は憎しみを覚える。

「今回の件で私はやはり医者以外にはなれない、いやなりたくないということを知りました。ですので外交官の話も全て白紙に戻します。」
医者を続けると直樹は宣言した。
「もうすでに外務省に裏で打診しておる。」
「そのようなこと、私に関係ありません。」
勝手にそちらが仕組んだことである。どうなろうが直樹の知ったことではない。
「…日赤病院には君を頼りにする患者がいるだろう?」
「…まさか琴子だけではなく病院にまであなたは?」
直樹は眉をひそめた。この男は日赤病院にまで魔の手を伸ばそうとしている。
「わしは何も言っておらんよ。ただ病院一つつぶすことなど造作もないことだと言いたい。」
直樹は拳を握りしめた。
琴子を守り抜くと誓った。自分が琴子と結婚することで多くの災いを招くというのならば…このまま従うことが賢明な策なのだろうか。

「私は先生がお医者様を続けると決めて下さったことが一番嬉しいんです。」
大泉家へ婚約破棄を申し伝えにいくと言った時、琴子が言ったことだった。
「先生が私と同じお気持ちだったことも嬉しいですが、お医者様を続けることを決めて下さったことも同じくらい嬉しいんです。私は先生が患者さんと接しているお姿を見ることが好きなんです。」
自分が直樹と結ばれることは二の次だとも取れた。一番大事なことは医者を続けることだと琴子は言ってくれた。



「…どうも、大泉侯爵。」
部屋に入ってきた人物に直樹と侯爵は驚いた。
「父上!」
それは直樹の父、重樹だった。
「ご無沙汰しておりますな。」
重樹はいつもの温和な表情で大泉侯爵に挨拶をする。
「そちらが全く結婚の話に参加されないからでしょうに。」
沙穂子との結婚話は大泉家が主導して決めている。重樹はほとんどノータッチであったことを大泉侯爵は皮肉った。
「今回はちょっとご報告がありまして。」
「報告?」
大泉侯爵は眉を潜めた。てっきり直樹に加勢しに来たのだと危惧していたのに一体何の報告をしに来たというのだろうか。

「うちに滞在している外国人の客が何でも横浜で恐ろしい目に遭ったと震えておいででして。」
「客?」
重樹の話を聞いた直樹はそれが滞在中のバッベル博士夫妻だと分かった。
「ええ。何でも怪しい日本人の集団に襲われそうになった。とても怖い思いをした。どこかに訴えたいと言っておいでで。」
「怪しい…。」
「欧州の著名な学者ご夫妻でして。来日目的は確か…某政治家の治療のためだとうかがっておりまして。」
そういえばバッベル博士は箱根で誰かを治療していたようなことを話していた。確かに彼ほどの著名な医師ならば政治家に乞われていても不思議ではない。
「その政治家の先生は名前は挙げられませんが、まあかなりの実力のある方で。日本で遭遇した恐ろしい出来事をその政治家へ告発すると仰っておいでです。」
大泉侯爵の眉がどんどん潜められていく。
「そうなると…国際問題へと発展していくでしょうなあ。」
それは明らかに脅しだった。重樹の顔からは笑顔が消えている。

「…全て明らかになってお困りになりませんかな?」
重樹の目が光ると、大泉侯爵の口からうめき声が漏れた。入江家は多くの政治家とも懇意にしている。それは大泉家にも負けてはいない。

「そうそう、ご報告をもう一つ。」
重樹が話題を変えた。
「この愚息ですが、ご存じのとおり華族である我が入江家を継ぐ気が全くなく困ったものです。医者を続けると言い張っておりまして。」
今までそのようなことは言われたことがなかったのにと、直樹は重樹を見た。
「それでもう私もあきらめました。」
「あきらめた?」
「ええ。入江家を勘当することにしました。」
「か、勘当!?」
大泉侯爵が立ち上がった。
「はい、華族からも除籍しました。先日許可が下りまして。」
重樹は懐から戸籍簿を出した。そこには明らかに直樹が華族から除籍になったことが示されていた。
これは直樹は全く知らないことだった。

「これで直樹は平民です。大泉家が平民と縁続きになるお覚悟はおありでしょうか?」
「そんなことできるわけがない!!」
大泉侯爵は怒鳴った。
「平民と沙穂子を縁付かせるなんて…そんなことできるか!!」
「ではこのお話はなかったことに。」
激昂する大泉侯爵と対照的に、重樹は笑顔を浮かべた。
「直樹、こちらは“平民”のお前がいられるような場所ではない。」
重樹は「平民」を殊更強調した。直樹はそれで父親の真意を知った。
「ええ、すぐに失礼いたします。」
「私もそれでは。」
二人はそそくさと大泉家を後にしたのだった。



「すまないな、乱暴な真似をして。」
家に戻ると重樹は直樹に説明をした。
「ああでもしないとあの御仁はお前を付け回すことを止めないだろうと思って。」
「俺は華族じゃなくとも構いませんよ。」
直樹は笑った。むしろ追い出してくれたおかげで入江家に火の粉がかかる心配がなくなる。医者として平民として暮らしていく覚悟はできていた。
「お前はそう言うと思ったが、こちらがそれはと仰っておいででね。」
「え?」
「おーい、アイちゃん!」
「アイちゃん?」
まさかと思った直樹の前に姿を見せたのは、琴子の父重雄だった。

「いやあ、すっかり意気投合してな。」
重樹と重雄はいつの間にかすっかり仲を深めていたのだった。
「わしらのために直樹くんが家を勘当されるなんて、そんなこと耐えられなくて。」
重雄が話す。
「俺は平気ですけれど。」
「だがな、琴子ちゃんもそれだけはって言ってるんだ。」
「琴子が?」
「ああ。」
重樹は重雄を見た。
「…わしは琴子が幸せになるのならば身分なんて関係ないと思っている。琴子も直樹くんが華族だろうが平民だろうが関係ないと考えている。だけど籍を抜いたことで直樹くんが入江家と縁が切れることは耐えられないというのがわしと琴子の考えなんだ。」
「縁を切るといっても…。」
確かに除籍状態ではこの家を訪れることは難しくなる。だからといって親子の縁が切れるわけではない。
「琴子ちゃんはわしら家族の仲を何より心配してくれているんだよ。」
「そこでだ」と重樹は言った。
「少ししたら、またお前を華族へ復帰させる。もちろん琴子ちゃんも一緒だ。なあにその辺はそれこそ…裏から手を回すさ。」
悪戯っぽく重樹が笑った。
「それでは、父上は俺と琴子の結婚を…。」
「今頃何を言っているんだ、馬鹿者が。」
大泉家との婚約解消に夢中になって、重樹と紀子に琴子との結婚の許しを得ることを直樹はすっかり忘れていた。
「わしが許さんかったら、紀子が家を出る勢いだぞ?」
「母上が?」
「今日だって紀子は琴子ちゃんの元へ行っておる。帰って来ては“可愛いお嫁さんがやってくる”と大喜びなんだから。」
「あの…。」
直樹は重雄を見た。
「順序が逆だろ、やはりお前はこういうことには疎い。わしは恥ずかしい。」
最初に許可を得るのは重雄でなければならない。
「いやいや。わしだって嬉しくてたまらないよ。」
重雄が笑った。
「何もできない娘だが、いいのかい?」
「…とんでもないです。彼女がいなければ俺は…生きていけません。」
直樹の言葉を聞き、重樹と重雄は顔を見合わせ微笑んだのだった。









もう少し続きますので!これで終わりじゃないので~!!!
妻がわかったからもういいやと思われた方も、どうか最後までお付き合いくださるとうれしいです(笑)
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良かった~♪

連日の更新を有難うございました。続きが読めてとても幸せです。
そして、「妻」が琴子ちゃんで本当に良かった~♪パソコン画面のこちら側で思わず涙を流してしまいました。
ただひたすらに直樹を想い、そして自分のことよりなにより直樹が医者を続けて行くことを願う琴子ちゃんの愛のパワーに圧倒されます。
まだもう少し此の先を続けて下さるとのこと、幸せになったイリコトの姿をまた拝めるかと思うと、幸せ度も増します。有難うございました。また楽しみに御邪魔します。

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こんばんは

うふふ~っ 奥さんはもち琴子に決まってるわよね♪後は紀子ママに振り回されてアタフタする直樹と琴子でも楽しみますか(笑) 続き楽しみにしてます!けど 無理はしないで下さいね~(*^o^*)

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水玉さん、こんばんは♪

眉を潜めた入江くん?~~♪
琴子ちゃんがどんな登場の仕方をするのか?(笑)って、楽しみにしていました!
期待を裏切らない琴子ちゃん!(笑)~(拍手♪)
怖くて何も言えない私と、溜息をつく入江くん(笑)

“重樹の目が光ると、大泉侯爵の口からうめき声が漏れた”
弱みを握られ、とどめの入江くんが平民になると聞かされた大泉侯爵。
おっほほっ~~もうこれで大丈夫ですね!~すっきり!!

「何もできない娘だが、いいのかい?」
「…とんでもないです。彼女がいなければ俺は…生きていけません。」
(感動!!!)

アイちゃん、イリちゃん、紀子ママ、のお話しは温かくて優しくって、拝読しながら嬉しくってスキップしたくなるような気持ちになりました。

次回もわくわくしながら楽しみにしております。
更新ありがとうございました。

よかったぁ♪

水玉さん、こんばんは。更新ありがとうございました。
よかった!よかったよーっ!!妻はやっぱり琴子だったのね。
そうそう。私もこんなに琴子のこと愛してるのに、今更琴子の命を危険にさらした大泉のお嬢なんかと結婚しないと思ってた~
でも...重樹パパの働きは本当に予想外!!すごい!!
平民にしちゃうなんて!!その手があったのね~
マフィアみたいな大泉だから、どんな手を使っても直樹を諦めない気がして、これからも二人が苦しむのかと...イリパパ、ぐっじょぶ♪
こうゆう、そうかーっ!すごいすごい!!ってワクワクしちゃう鮮やかな展開...まさに水玉さんの真骨頂って感じがします。
もういいやなんて思いませんよ。思うわけないじゃないですかーっ(笑)
最後まで、いや、どこまででもついて行きますよーっww ←それはいいって言わないで下さいね(*≧m≦*)ププッ

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No title

よかったーーーー!!!
直樹さんの妻が、琴子ちゃんで!!!
これでもう!ゾンビに怯えることなく安心して読めちゃうわ♪

直樹さんが眉間にしわを寄せたのは
琴子ちゃんが素晴らしい芸??をしながら現れたからですね(笑)
何をさせてもかわいい琴子ちゃん!!
琴子ちゃんはマドモアゼル・カメリアの写真を見つけることが出来るのでしょうか??

それにしても入江家の皆様最高!!それに比べてゾンビ一家は・・・なさけなッ!!!

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プロフィール

水玉

Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
そっと見守っていただけたら嬉しいです。

※当ブログに掲載されている文章及びイラストの無断転載・使用はご遠慮下さい。

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このブログについてのお願い
当ブログは、『イタズラなkiss』の二次創作をメインとしておりますが、時折管理人の趣味や日々の出来事についての記事も書いております。

原作者様や関係各位とは一切関係ありません。

二次創作については、いわゆる原作の隙間をぬった作品もありますが、主人公以外のキャラクターをメインとしたものや オリジナルキャラクターが出てくるものもございます。

そして、原作と違った時代(平安や明治やその他の時代を舞台にしております)、異なる設定(主人公を医者と看護師じゃない職業にしております)で書いてあるものが多いですが、原作を冒涜しているつもりは全くございません。

二次創作が苦手という方及び原作のイメージと合わないと思われる方はどうぞお引き取り下さいますようお願いいたします。

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