日々草子 BABY IN CAR

BABY IN CAR

昨日の記事にコメント、ありがとうございました。
医療関係者の方には気を悪くされただろうなと心配していたのですが、優しいコメントを頂けてすごく嬉しかったです。
中には「いえ、そんな!!」と叫んでしまうくらい勿体ないものまで。
ご自分の経験などをお話して下さった方も多くて…。貴重なお話を聞かせて頂きありがとうございました。
本当にありがとうございました。

今日は明るい話をちょっと書いてみようかなと。
そして最後はほどよい甘甘に挑戦…(笑)








「赤ちゃんって大きくなるのが早いですねえ。」
ジュゲムを抱いて「重い」と言ったコトリーナにシップが笑いかけた。
「本当よね。ジュゲムちゃん、結構長いこと抱いていられなくなってきたし。」
「ジュゲムちゃん、表情も豊かになりましたよね。」
シップが「ベロベロバー」とやると、ジュゲムはケタケタと笑った。それを見るコトリーナとシップも笑顔になる。

「先生は今頃、楽しく過ごしているかしらね?」
「そうですねえ。学生さんたちと勉強に励まれていることでしょう。」
コトリーナの夫、ナオキヴィッチは先日から一週間のゼミ旅行へ出かけていた。
「素敵な場所だったら勉強もはかどるでしょうね。私もそんな所だったらもっと勉強頑張ったのにな。」
「時に気分転換も必要ですしね。」



二人はさわやかなゼミ旅行だと信じて疑っていないが、実のところは全く違う。

「…きょ、教授…走り終わりました…。」
10キロのマラソンを終えた学生たちがへとへとになって、ナオキヴィッチの元へ戻ってきた。中には倒れて仲間に起こされている人間もいる。
「それじゃあ、15分休憩後に授業開始。」
時計を見てナオキヴィッチが言うと「ええ!!」という声が上がった。
「何だ?もう合宿も最終日だ。毎日10キロ走って授業の繰り返し、慣れただろう?」
「…慣れませんよ。」
「本にしがみついてばかりの学生など俺は興味がない。体もしっかりと作らないといけない。そうしないと研究生活にも耐えられない。何か文句があるか?」
「…ありません。」
「それじゃあ、15分後に。」

ナオキヴィッチ・イーリエ教授のゼミは入室試験は大学で最難関で有名であり、毎年成績優秀の者たちが集う。
そのゼミの合宿は地獄合宿とあだ名されている程、ハードなものだった。
「ついてこれない者は退室して結構。」
ナオキヴィッチは去る物は追わずの姿勢を貫いているが、このゼミで鍛えられたいと思う者たちは何とか必死で食らいついて来ていた。
ちなみに無事にこのゼミ合宿を乗り越えられた者たちは大学内で「地獄からの生還者」として褒め称えられるのである。




「旦那様は今日お戻りですよね。」
シップがカレンダーを見て確認する。
「ええ、そうね。今夜はお疲れでしょうからお風呂やお食事に気を遣わないとね。」
「かしこまりました。」
そしてコトリーナはジュゲムをベビーベッドに寝かせた。
「おや、これは何でしょうか?」
「え?」
銀食器を磨き始めたシップが、何かを拾い上げた。コトリーナはシップの手元を覗きこんだ。

「“貴族のベビーちゃんを立派に育てましょう…貴族ママの勉強会”?」
それは出産したばかりの貴族の夫人を対象にした勉強会の案内のチラシだった。
「ベビーちゃん同伴も歓迎ですって。まあ、今日じゃないの。」
日付は今日であり、開催時間はあと数時間後となっていた。
「当日受付もしますとありますね。」
「シップさん、私行ってくるわ。」
コトリーナはエプロンを外しながら、シップに言った。
「ジュゲムちゃんも連れて行っていいって書いてあるし。」
「しかし奥様、今日はノーリー夫人もモッティさんもお出かけです。奥様の付き添いを出来る人がおりません。」
ノーリー夫人は息子、ユウキスキーの執事学校の保護者会、そしてモッティはというと。
「オカマの会の会員さんを助けに行ったんだったわよね?」
「違いますよ、奥様。“オカマじゃないのよ、私たちは”の会でございます。略したらモッティさんに怒られますよ?」
「そうだったわね。」
モッティが会長を務める“オカマじゃないのよ、私たちは”の会のメンバーが、オカマであるという理由で不合理な扱いを受けたと連絡が入り、モッティ達他のメンバーは怒り心頭で助けに行ったのだった。
「ワッター様をお連れになったということでしたが…ワッター様もお気の毒ですね。」
ナオキヴィッチの親友で弁護士であるワッターを連れてモッティは出かけていた。

「それでは私が参ります。」
シップは銀食器を片づけ始めた。
「平気よ、平気。一人で十分よ。それに先生が帰って来た時に誰もいなかったら困るでしょう?」
「確かに…。」

そしてコトリーナはママバッグに必要な物を詰めて、ベビーカーにジュゲムを乗せ出かけたのだった。



「ここが会場ね。」
会場となっているビルに入ると、コトリーナはベビーカーをどうしたものかと困った。見回してもどこにも置いていない。
「あの…。」
受付の女性にコトリーナはベビーカーをどこへ置いたらいいか訊ねた。
「ベビーカー?どなたもお持ちになってませんから…。」
女性は困った様子で答える。
「どなたも?」
それでは誰も赤ちゃんを連れてきていないのだろうか。
「いえ、皆様お連れになっておいでです。ですが馬車でおこしの方ばかりですので。」
「そっか、馬車か。」
貴族は馬車で移動することが多い。
しかしコトリーナはジュゲムを連れて散歩する時は歩くことを心がけていた。赤ちゃんを連れていると知らない人も「まあ、おいくつ?」「かわいいわねえ。」などと声をかけてくれる。それがコトリーナは楽しいのだった。
そしてナオキヴィッチも大学までは徒歩で通っていた。「馬車で出勤なんて大仰な」というのがナオキヴィッチの考えだった。だからといってイーリエ家にも馬車がないわけではない。

「ではこちらでお預かりしておきましょう。」
幸い受付の女性は親切な人間で、終わるまでベビーカーを預かってくれることになった。
コトリーナはジュゲムを抱き、ママバッグを手に提げて会場へと入った。

「うわあ…すごい人。」
会場は既に満員状態だった。コトリーナは空いている席を何とか見つけると座った。
見ると赤ちゃんを連れている女性と全く連れていない女性がいる。連れていない女性は素敵なドレスを身にまとっていることが多かった。
「あなた、奥様は?」
後ろに座っている、これまた派手なドレスを着ている女性がコトリーナに声をかけてきた。
「奥様?」
何のことだろうと不思議に思うコトリーナを、女性はジロジロと見つめた。
どこか変だろうかと、コトリーナは自分の服装を確認する。確かにここに来ている女性たちに比べるとかなり質素だが一応、よそいきである。
「ええ、奥様よ。もしかして乳母のあなたに任せて遊んでいらっしゃるとか?」
「乳母?いえ、私はこの子の母親ですけれど?」
「何ですって!?」
コトリーナの答えに女性は隣の赤ちゃんを抱いている女性と顔を見合わせた。
「それじゃあ、乳母は?」
「いません。私が自分のお乳で育ててますけれど?」
「んまあ!!」
女性は扇を口に当て驚いた。
「乳母がいない?あなた、それでも貴族なの?」
「そう言われましても…。」
その時、コトリーナは初めて気がついた。会場の派手な女性は貴族の夫人であり、彼女たちは皆、乳母に子供を抱かせて参加しているのである。
「分かったわ。貧しいから乳母を雇うこともできないのね?」
「いえ、そういうわけでは…。」
「ああ、なんて気の毒なんでしょう。」
女性は勝手にコトリーナを貧乏貴族夫人と決めつけて、話を打ち切ってしまった。

コトリーナの耳にはその後も色々な声が飛び込んできた。
「…でね、○×伯爵と遊んでいたら主人が帰ってきちゃって。」
「ああら、△△子爵夫人なんて仮面夫婦で有名ですわよ。」

いずれもどこそこの奥方が誰と不倫しているとか、夫婦仲が悪いとかそんなことばかりだった。
もしくは、自分の家の祖先がいかに素晴らしい人間かといった自慢である。

「そういえば、イーリエ公爵様はお元気かしら?」
ナオキヴィッチの噂かと、コトリーナは耳を大きく広げた。
「奥様、あまり表に出ていらっしゃらないですものね。」
確かにコトリーナはジュゲムを育てることに一生懸命で社交界に顔を出さない。
「もう夫婦仲冷え切っているんじゃなくて?」
「でしょうね。だったらイーリエ公爵にお会いしたら迫ってみようかしらん?」
「ま、なんてこと。」
「ホホホ」と笑っている声を聞き終えると、コトリーナは頭に、大きな石が落とされたかのような重さを感じた。
「そんなあ…。」
それに加えて、コトリーナは一人で参加している心細さが増してくる。
「あぶ…。」
ジュゲムが落ち込んでいる母親を心配するように、寂しそうな声を上げた。
「ごめんね、ジュゲムちゃん。」
コトリーナは笑顔を作ってジュゲムをギュッと抱きしめる。

その時だった。

「奥様!!」
響いたその声に、夫人たちのおしゃべりがピタリとやんだ。
「あれは…。」
「スーパーメイドのモッティさんじゃないの!」
やって来たのはモッティだった。そして驚くことに、夫人たちはモッティを見ると感嘆の声を上げた。

「奥様、申し訳ございませんでした!!」
モッティはそんな声を無視し、コトリーナの方へと駆け足でやってきた。
一人でやってきたコトリーナの元へモッティが駆け付けたことに、皆驚いていた。
「なぜ、あなたの元にモッティさんが?」
先程コトリーナを貧乏貴族夫人と馬鹿にした後ろの席の女性も、驚いている。

「奥様、私が留守だったために心細い思いをさせてしまいました!」
「まあ、そんなこと気にしないでいいのに。」
口ではそう言ったコトリーナだったが、モッティが来てくれてとてもホッとしていたことも事実だった。

「それよりモッティさん、何か有名人なのね。」
「あなた、何を言ってるの!」
後ろの女性が口を挟んできた。
「有名も有名よ!」
「そうよ、そうよ!」
自然とコトリーナ達の周りに夫人たちが集まってきた。
「モッティさんを雇うことはこの国の貴族にとって名誉あることなんだから!」
「すごい破格のお給料を提示しても、気に入らない家で働いてくれないし!」
「それくらい素晴らしいメイドなのよ!」
そしてコトリーナの後ろの席の女性が訊ねた。
「あなた、一体いくらでモッティさんを雇ったの?」
貧乏貴族が雇える人間ではないといった風である。

「それは…。」
「それは、プライスレスということで。」
言い淀んだコトリーナより先に答えたのはモッティ本人だった。
モッティはニッコリと笑って、
「お金では買えない価値がある、ということですわ。」
と、どこかのCMのような台詞を言った。

「お金では買えない価値って言っても…。」
「宅がいくら頼んでも来てくれなかったのに…。」
伝説のスーパーメイド、モッティにここまで言わせるコトリーナは一体何者なんだろうと、皆が不思議に思っていた時に開始を告げるベルが鳴った。

「モッティさん、ジュゲムちゃんをお願いできるかしら?私はノートにメモを取るから。」
「かしこまりました、奥様。」
モッティはジュゲムを抱き取った。
そして――。

「…なんか想像していたものと違っていたわ。」
モッティの予想通り、講演会の内容は本当につまらないものだった。
「せっかく奥様が真剣になっていらっしゃったのに、残念でしたわね。」
実はこの講演会については、モッティとノーリー夫人が共にコトリーナに隠していたことだった。
というのも、二人はこの講演会の内容もただただ、貴族の栄華をひけらかすだけであり参加する人間も自慢したいがためにやって来る、中身のないものだということを知っていたからである。
「おばさまとモッティさんのアドバイスの方が、ずっとずっとためになったわ。」
「でも奥様は御立派ですわ。こうやってお勉強されようという姿勢が素晴らしいです。」
「そう?モッティさんに褒めてもらえると嬉しいな。」
そして今度はコトリーナがジュゲムを抱き、モッティがママバッグを持つ。

ビルの玄関まで出て来た時、先に帰ろうとしていた夫人たちが一斉に化粧直しをしていた。
「何かしらね?」
「さあ何でございましょう?」
二人は顔を見合わせた。
「まさか、こんな所でお会いするなんて!」
「ああ、パックしておけばよかった!」
アイドルでも撮影しているのだろうかと思ったが、自分たちには関係ないだろうとコトリーナ達は外に出た。

が、出てすぐに二人は「え!?」と驚いた声を上げた。

「よお。」
そこに立っていたのは、ナオキヴィッチだったのである。
「先生、どうしてここに!?」
驚くコトリーナの頭に、ナオキヴィッチは自分の帽子をかぶせた。
「一週間ぶりに家に帰ったら、俺の帽子を受け取ってくれる奴がいなかったからね。」
「ごめんなさい、先生…あのね…。」
事情を説明しようとしたコトリーナの唇に、ナオキヴィッチは素早く自分の唇をかぶせた。

「…ただいま、コトリーナ。」
「…お帰りなさい、先生。」

二人を見つめながら「キィィィッ!」とハンカチを噛みしめている夫人たちに、モッティはほくそ笑む。
貧乏貴族と馬鹿にしていたコトリーナの夫が、自分たちの憧れのナオキヴィッチだったのだから悔しいに違いない。

「先生、ジュゲムちゃんにも御挨拶してあげて。」
「勿論。ただいま、ジュゲム。」
ナオキヴィッチはジュゲムの頬にも軽くキスをした。するとジュゲムは天使の笑顔を見せた。

「お前はいいなあ。お父様がいない一週間の間にお母様を独り占めできたんだから。」
ジュゲムの頬を突くナオキヴィッチ。
「今日はお父様にお母様を独り占めさせてくれよな?」
「ばぶう。」
ジュゲムが愛想よく返事をすると、ナオキヴィッチは嬉しそうに笑った。

「んまあ!!!」
またもやハンカチを噛みしめて悔しがる夫人たちの悲鳴が上がった。
ナオキヴィッチが妻にぞっこんであることをこれでもかと見せつけられたのだから、無理もない。

「それじゃ、帰るか。」
ナオキヴィッチは馬車で迎えに来ていた。ベビーカーを乗せ、ジュゲムを乗せる。
「ほら。」
コトリーナに手を差し伸べるナオキヴィッチはさながら、騎士のようである。
またもや悔しがる夫人たちの悲鳴にモッティは笑いが止まらなかった。

そして馬車は皆を乗せて走り出した。
その後ろには大きく『BABY IN CAR』と書かれたプレートが揺れていたのだった。




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モッティさんって…

モッティさんが優秀とは知っていましたが、まさかあそこまで噂されるようなスーパーメイドさんだとは!うちの家にも来てくれないかなぁ。うちの安月給じゃ無理か(笑)
最後はナオキビッチのコトリーナちゃんへぞっこんぶりが見れて、大満足です。

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プロフィール

水玉

Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
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※当ブログに掲載されている文章及びイラストの無断転載・使用はご遠慮下さい。

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当ブログは、『イタズラなkiss』の二次創作をメインとしておりますが、時折管理人の趣味や日々の出来事についての記事も書いております。

原作者様や関係各位とは一切関係ありません。

二次創作については、いわゆる原作の隙間をぬった作品もありますが、主人公以外のキャラクターをメインとしたものや オリジナルキャラクターが出てくるものもございます。

そして、原作と違った時代(平安や明治やその他の時代を舞台にしております)、異なる設定(主人公を医者と看護師じゃない職業にしております)で書いてあるものが多いですが、原作を冒涜しているつもりは全くございません。

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