日々草子 マドモアゼル・カメリア 17

マドモアゼル・カメリア 17

看病疲れを心配してくださりありがとうございます。
A様、とても参考になりました!どうぞA様もあまり無理なさらないでくださいね。
最近は母も元気が出てくることが増えてちょっと気分も明るくなっております(体調に波があるのです)。
大勢の方にご心配をおかけしていて申し訳ないですが、でも嬉しいです。
本当にありがとうございます。










「琴子ちゃん、アイスクリームを作ってきましたよ。」
ガラスの器に乗せたバニラのアイスクリームを紀子が見せると、
「わあ、おいしそう…。」
と笑った。が、その笑顔はやはり元気がない。
「少し食べてみない?」
「…はい。」
起き上がる気力もない琴子の口元に、紀子がスプーンですくったアイスを運ぶ。
「冷たい…でもおいしいです。」
「よかった。」
しかし琴子が食べられたのはほんの二口程度だった。あとは首を横に振ってしまった。

直樹と話をした次の日から、紀子は毎日相原家へ足を運んでいた。毎回琴子が食べられそうなものを作って持参している。時には琴子のばあやと共に台所へ立つこともあった。
「すみません、うちの琴子のために…。」
恐縮する重雄に紀子は、
「まあ、何をそんなことを!琴子ちゃんが元気になるためには何だってしますわ。」
と言い返した。
「私が傍におりますから、ばあやさんは休んで下さい。そして重雄様はお店へ。」
ずっと不眠不休で琴子についていたばあやは「とんでもございません。侯爵様の奥様にそんなことを」と遠慮したが、その体を心配する紀子に半ば強制的に休ませられた。
「重雄様も、ほら早く御仕度を。お客様がお待ちでしょう?」
「ですが…。」
ずっと休んでいる店も紀子は心配していた。
「お店をちゃんと開けられた方が、琴子ちゃんも安心しますわよ。」
「私は一人で大丈夫です…。」
布団の中から弱弱しく琴子が声をかけてきた。
「大丈夫よ、琴子ちゃん。私がずっとついてますからね。」
「でも奥様…。」
「平気なの。どうせ家にいてもやることはないんですもの。」
「だけど侯爵様や裕樹くんが…。」
「あの二人のことは使用人に任せておけばいいから。さ、あなたは心配しないでゆっくりとお休みなさい。」
重樹も家は気にせず琴子の傍についてやればいいと言ってくれている。
「まるでお母様みたい…。」
琴子は笑った。
「そうですよ、お母様だと思って好きなだけ甘えてちょうだいな。」
紀子も笑いながら布団を直した。
――うちにお嫁に来れば、そうなるのに…。
沙穂子よりも琴子に嫁に来てほしいと紀子は願っていた。



そして直樹は相変わらず他に治療法がないのか、帝大の研究室や図書館に足を運んでいた。
そして、大原医師が琴子の元へ出向く時は同伴する日々だった。

そんなある日のことだった。
直樹が大原医師の家へやってきた時、
「ああ、入江先生。今、お宅へ伺おうとしていた時だったんですよ、先生を呼びに行くために。」
と、外出の支度をした大原夫人が玄関で言った。
「琴子に何か!?」
容体が急変したのかと直樹は思ったが、夫人は「いいえ、とにかく中へ」と言うだけであった。

「直樹くん!朗報だ!」
大原医師の部屋へ入ると、大原医師は笑顔で直樹を出迎えた。
「これを読んでくれないか?君、ドイツ語は大丈夫だね?」
「はい。」
一高から医者を目指していた直樹はドイツ語を外国語として履修していた。
直樹が大原医師から渡されたものはドイツ語で書かれていた手紙だった。目を通した直樹の顔にも喜びが広がる。

「これは…先生!」
「そうだ、神は我々を見捨てていなかったのだよ!」
それは大原医師の旧知のドイツ人医師からの手紙だった。その医師がドイツの例の治療法に携わっていたことが手紙に書かれていた。しかも彼はちょうど現在、日本を旅行しているところだという。
「わしは早速、彼が今滞在している箱根の旅館に連絡を取ってみた。そしたら何と、彼は私に渡そうと例の薬を持ってきているというんだ!」
大原医師は大喜びで直樹の両肩をつかんだ。
「こんな…こんなことってあるんでしょうか?」
「あるんだよ、あるんだ、直樹くん!」
直樹と大原医師はこの偶然に感謝した。これで琴子が助かるかもしれない。

ただ問題がまたあった。
そのドイツ人医師は本当ならば旧知の大原医師を訪れたかったのだが、ドイツの著名な医学博士という立場であることから様々なもてなしを受け、その時間が取れないのだという。
「琴子ちゃんのことを話したら、それならば薬だけでも渡したいと言ってくれた。だが…。」
明後日には横浜から船で帰国の途につくので、そこまで取りに来てほしいとのことだった。

「この間のことがあるしなあ…。」
今度も大泉家に邪魔をされることを、大原医師は懸念していた。
「先生、俺が取りに行きます。」
直樹はすぐに言った。
「俺が絶対に薬を受け取り持ち帰ります。」
「君がか?しかし…。」
「大丈夫です。もう他の人間を傷つけることは避けたいし、、それに俺自身の手で琴子の薬を運びたいんです。」
直樹の揺るがない決意に、大原医師も頷いた。
「そうか。君なら大丈夫だろう。」
先方には大原医師から直樹が取りに行くことを連絡しておくということになった。
「くれぐれも無茶はするなよ。君に何かあったら琴子ちゃんが元気をなくしてしまう。」
「分かっています。」



横浜に薬を受け取りに行くことを、直樹は両親にしか話さなかった。それも使用人たちを遠ざけてまで打ち明けている。警戒に警戒を重ねてのことだった。


「…先生?」
「悪い、起こしたか。」
布団から出ていた手を直した時、どうやら目を覚ませたらしかった。その琴子の手首は日を増すごとに細くなり、肌は透き通るように白くなっていた。
最近では紀子の手料理すら受け付けなくなり、一日の大半を眠って過ごすようになっていた。
「…ねえ、先生。」
「何?」
琴子は口角をゆっくりと上げた。
「こんなこと言ったら怒られちゃうかもしれないけれど、倒れてよかったかも。」
「何だ、それ?」
思わず直樹は笑ってしまった。
「だって、先生がお医者様をしているところ、毎日見られるんだもの。」
琴子の言葉に直樹の笑みが凍りついた。
「…やっぱり先生はお医者様をしているお姿がよく似合うと思う。」
「…そうかな。」
「ええ。あと…。」
「あと?」
「…先生とこうやって会えることが嬉しい。」
「自分も」と言おうとした直樹はそれをやめた。自分の思いを打ち明ける日は琴子が回復に向かった時だと決めている。それは一種の願掛けでもあった。



そしてドイツ人医師と会う約束の日がやってきた。
帽子を目深にかぶった背広姿の直樹は、入江家の裏口からそっと出た。辺りを見回す。直樹の行動を警戒している大泉家が手を回している可能性は十分にある。直樹自身を手に入れたがっている大泉家であるから、直樹を殺すような真似はしないだろうがそれでも危険を冒す行動であることは間違いなかった。

首を大きく動かすとばれるので、直樹は目だけを動かしながら早足で駅へと向かう。そこから横浜行の汽車に乗らねばならない。
幸い、歩いている間に不審な人間は見当たらなかった。だが直樹は油断しないで緊張感を持って歩いた。
新橋駅が見えてきて、直樹が少し安心した時だった。
直樹の傍に黒塗りの車が止まった。
「入江直樹様ですね?」
中から出てきたのは屈強な男たちだった。
「何だ、お前らは。」
「あなたに会いたいと仰る方がお待ちなんです。」
「俺は会いたくない。」
「問答無用。」
男たちの力にはさすがの直樹もかなわず、無理矢理車の後部座席に押し込められた。

車は大泉家の門をくぐり、玄関へ寄せられた。そこには大泉侯爵が立っていた。
「御前、お連れしました。」
「うむ、ご苦労だった。」
男たちは大泉家が影で使っている人間たちだった。彼らは車の後部座席のドアを開け、
「さ、どうぞ。」
と直樹に下りるよう促す。
「手荒な真似をしてすまない、直樹くん。だが君がどうしても言うことを聞いてくれないから…。」
話しかけた大泉侯爵の目が大きく見開かれた。

「…確かに手荒な真似でしたね、侯爵。」
車から下り、帽子を取ったのは…渡辺だったのである。
「なぜ、君が!」
「それはこちらの台詞です。ここまでするほど弁護士がお入り用でしたか?」
帽子を手に渡辺がニヤリと笑った。
「お前ら!」
侯爵は男たちを見た。が、侯爵は自分の最大の過ちをすぐに悟った。大泉の邸で働いている人間だったら直樹の顔を知っていた。しかしこの男たちは闇で働く者であることから邸には入れていなかった。だから直樹の顔を知らなかったのである。

「大泉侯爵家ほどでしたら著名な弁護士がいらっしゃるでしょうに。」
大泉侯爵は渡辺を上から下まで見る。
「小癪な真似を…!」
「どこがでしょう?ああ、この服ですか?」
渡辺はわざとらしく身を包んでいる背広を見た。
「儲からない弁護士を憐れんで、入江が自分の服をくれたんです。嬉しくてすぐに着替えてしまいました。」
ニッコリと笑う渡辺だったが、その心臓は早鐘を打っている。
――入江…しっかりやれよ。



それは直樹が横浜へ立とうとする数時間前のことだった。
「入江、元気か?」
「渡辺!」
突然現れた親友に直樹は驚く。
「何だ、出かけるところだったのか。」
支度をしていた直樹を見て悪い所に来たと渡辺は言った。
「どこへ?琴子ちゃんの所か?」
「…まあな。」
直樹は言葉を濁し、渡辺の顔を見る。しばらくそうした後、
「悪い、出かけるから。」
と言った。
「本当はどこへ行くんだ?」
渡辺は直樹が何か言いたそうにしているのを察していた。
「俺にも言えない所か?俺に協力できることはないのか?」
渡辺は直樹の腕をつかんで訴えた。
「入江、一人で何でもやろうとするな。」
「渡辺…。」
直樹はまだ迷っていた。が、親友の目を見て頷いた。
「危険な目に遭わせることになるかもしれないけれど…。」



――囮になってくれた渡辺は無事だろうか。
歩きながら直樹は人のいい親友の安否を気にかけていた。
その直樹はいつもと違う格好をしていた。着物に袴、そして頭には帽子をかぶり一見、どこかの書生に見える。普段洋服しか着ないから和装にすれば相手の目を誤魔化せるのではないかという考えからだった。しかもその着物、袴もかなり古ぼけているものを手に入れたので裕福な侯爵家の御曹司に見えないだろう。
そして直樹の服を渡辺が着て囮になったのである。おそらく今頃は大泉に捕まっているだろうが、渡辺は弁護士かつ男爵家の息子、いくらなんでも手荒な真似はしないだろう。

見事直樹の考えは成功し、追っ手に捕まることなく直樹は新橋から横浜行の汽車へ飛び乗ることができた。懐中時計を見ると船の出航時刻直前に滑り込むことになる時間だった。
このまま行けば、ドイツ人医師と会うことができる。琴子は助かる。少し安堵して座席に座った直樹は車窓に目をやった。

横浜に無事汽車は到着した。あとは港をめざせばいい。
直樹は足早に道を歩き出した。その時だった。
「どなたか、どなたかお医者はいませんか!」
女性の甲高い声が直樹の耳に飛び込んできた。道端に老女がしゃがみこんでおり、付き添いの女性が医者を探しているのだった。
「お医者様はいらっしゃいませんか!病院はありませんか?」
女性は血相を変え叫んでいるが、道行く人の中に医者はいないのか皆通り過ぎていく。
「…。」
足を止めた直樹は二人を見つめる。時間がない。今まっすぐ港へ走らねば琴子は助からない。
――すまない。
二人に心の中で謝り、直樹は歩き出そうとした。

――ご立派ですね。
会ったばかりの頃、自分が医者だと知った琴子の言葉が直樹の脳裏に響いてきた。
琴子は医者をしている自分を立派だと認めてくれた。そして自分も傍で働きたいと言ってくれた。

「誰か!」
女性の叫びがどんどん悲痛なものへと変わっていく。

「…どうしました?」
気づいたら直樹は二人の傍に駆け寄っていた。
「医者です、診せて下さい。」
直樹の言葉に女性たちの顔に喜びが広がった。



幸い、老女は過呼吸を起こしていただけだった。すぐに応急手当てを施すと元気を取り戻した。
何度もお礼を言う二人を振り切るように、直樹は慣れぬ下駄で走り始めた。
今なら、間に合うかもしれない。必死で直樹は走り出す。下駄が邪魔になり途中で脱ぎ裸足で走り始める。

しかし――。

港に着いた直樹の目に入ったのは、岸を離れた客船だった――。



そして――。
「琴子ちゃん!?」
「琴子!?」
相原家では琴子が突然苦しみ出していた。慌てて飛んできた大原医師が脈を取り聴診器を胸に当てる。その間に琴子の顔色はどんどん変わっていく。口からはうめき声と苦しむ息が漏れる。
「このままじゃ…。」
大原医師には成す術がもうなかった。直樹は間に合わない――。








もはや華族というよりマフィ○のような大泉一家…。


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プロフィール

水玉

Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
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当ブログは、『イタズラなkiss』の二次創作をメインとしておりますが、時折管理人の趣味や日々の出来事についての記事も書いております。

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二次創作については、いわゆる原作の隙間をぬった作品もありますが、主人公以外のキャラクターをメインとしたものや オリジナルキャラクターが出てくるものもございます。

そして、原作と違った時代(平安や明治やその他の時代を舞台にしております)、異なる設定(主人公を医者と看護師じゃない職業にしております)で書いてあるものが多いですが、原作を冒涜しているつもりは全くございません。

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