日々草子 マドモアゼル・カメリア 14

マドモアゼル・カメリア 14

温かいコメント、ありがとうございました。
おかげさまで母も退院してまいりました。が、当分は療養生活が続くので私の看病生活もかなり続きそうで…。
息抜きに書けたらいいなと思っておりますが、コメントのお返事はちょっと難しいかもしれません、ごめんなさい。
というわけで某所同様、拍手コメントのみに当分させていただきます。御了承下さい。

☆追記
スマホ向けに公開コメントも引き続き開けておきます(非公開選択可能です)
ただお返事はちょっとできないかもです(その意味で拍手コメントだけにしようと思いました)
そこをご了承くださいますようお願いいたします。







「それでだな、直樹くん。」
「え?」
不意に名前を呼ばれ、直樹は顔を上げた。
「直樹様、どこか御気分でも悪いのでは?」
向い側に座っている沙穂子が心配そうに顔を見ていた。
そうだった、今は大泉侯爵と沙穂子と三人で食事をしている所だったと直樹は思い出した。
「すみません、ちょっと患者のことを考えていて。」
本当はあの時会った琴子と西垣とかいう男のことを考えていたのだが、嘘をつく。
「そうですか?」
体調が悪いわけではないことを知り、沙穂子はホッとしたようだった。が、大泉侯爵は眉を潜めていた。
「…やはり結婚後もその調子なかね?」
「はい?」
大泉侯爵は口元を拭いながら、溜息をついた。
「いや、医者を続けるのはやはりどうなのだろうかと思ってね。」
「…どういうことでしょう?」
「実はだね、直樹くん。」
給仕が皿を全て片付けたテーブルの上で、侯爵は手を組んだ。
「外務省の高官にわしの知り合いがいるんだが。」
沙穂子は俯いて祖父の話を聞いている。
「欧州のとある国に一つ、書記官の席が空いているそうなんだ。どうだろうか?」
以前だったらすぐさま「自分は医者だ」と主張してこの話を退ける所だろう。しかし今、沙穂子と婚約をしている自分はそうではないことに、直樹はどこか気付いていた。その証拠に唐突な侯爵の申し出をすぐに拒めずにいる。

「…いや、別に孫婿が医者であることが不満というわけではないのだ。」
侯爵は笑う。
「だが、今もそうだったが君は常に仕事のことで頭がいっぱいだ。今の病院へ勤め続けるということになると夜も沙穂子を一人放置してしまうことになるだろう。そうなるとわしはこの孫が不憫でならないのだよ。」
一人放置といってもと、直樹は笑いたいのを堪えた。家には使用人がいるわけだから完全に一人ぼっちになるわけではあるまいし。そんなに放置されることが耐えられないのならば、いっそのこと看護師にでもなるかと訊ねたいくらいである。看護師になれば自分の傍にいくらでもいられるぞとからかいたいのを直樹は堪えた。

「外国で色々経験して来るのも悪いことではないと思うのだが。君ならば大使だってなれるだろう。」
「…大使ですか。」
外国で愛想笑いを浮かべながら、傍に美しい妻を侍らせてパーティーに散会している自分を直樹は想像した。
ヒラの医者の妻より、外交官夫人の方が世間体がいいと大泉家は考えているに違いない。
「結婚して新しいスタートを切るという意味でも、悪い話ではないと思うんだが?」
新しいスタートという言葉に、直樹の心が少し動いた。
このまま日本で医者を続けると、絶対琴子のことを忘れることはできないだろう。今だって他の男に愛されている琴子を想像しただけで発狂したくなるくらいなのである。
それは決して自分にとっていいことではない。自分も妻を迎えるのだから環境を変えることは必要なのかもしれない。

「…私は政治学、法律学を専攻しておりませんが、それでも務まりますか?」
直樹の返事に大泉侯爵と沙穂子の顔が輝いた。
「そんなこと問題ない!君の知識はその辺の外交官も顔負けだ。語学力だって…。」
「一応、英語とドイツ語は困らない程度に、フランス語も日常会話なら何とかなります。」
「十分だとも!!」
侯爵は大喜びで直樹の両手を握った。沙穂子も嬉しそうに笑っている。その顔を見て直樹はやはり沙穂子は自分が医者であることを好ましく思っていなかったのだと知った。

その後、侯爵は沙穂子に「仕度が大変だ」と色々話をしていたが、直樹はずっと上の空で聞いていた。





「渡辺様!」
「やあ、入江はいるかな?」
出迎えた家令に渡辺はニッコリと笑った。
「直樹様はいらっしゃいますが、その…。」
「…婚約者殿とお話し中ってわけか。」
「はい、沙穂子様がおいででして。」
事情を知っているのなら話が早いと家令はホッとした顔で答えた。
「応接間でお待ちいただけますか?」
「…いや、結構。」
気を利かせて帰るのかと思った家令の横を渡辺はサッと横切り、直樹たちがいる応接間へと歩き始めた。
「渡辺様、お待ち下さいませ!」
入江家に長く仕えているこの家令は、直樹の親友である渡辺をよく知っている。その渡辺はこんな振る舞いをする男ではなかったはずである。
「気にしないでくれ。」
渡辺は慌てる家令に笑いかけると、あっという間に家の奥へと姿を消してしまった。



応接間では直樹と沙穂子が欧州での生活について、あれこれと話をしていた。欧州には大泉家の知り合いも多いらしく、沙穂子に不安はほとんどないらしい。直樹がそんな沙穂子の話を適当に相槌を打ちながら聞いていた時に、ノックの音がした。

「失礼。」
姿を見せた渡辺に、直樹は驚いた。
「まあ、渡辺様。」
沙穂子は邪魔をされたことを少しも怒らなかった。むしろ直樹の親友に会えたことを素直に喜んでいるようである。
「お二人の邪魔をするのは無粋だと分かってはいるんですが。」
渡辺はいつもの温和な笑みを浮かべながら、沙穂子に話しかけた。
「入江が独身でいるのもあと僅かでしょう?今の内に学生時代のことを懺悔しておいた方がいいかと思いまして。」
「まあ、渡辺様が懺悔なんて。」
クスクスと沙穂子は上品に笑い声を立てた。
「僕も若かりし頃は色々とありまして。ああ、入江もそうなんですよ。ですから入江が新しい生活を始める前に気分をスッキリさせておいた方がいいかと思ったんです。」
そんなことがあったかと直樹は怪訝な顔をするが、渡辺は一切無視して話を続ける。
「一高の時から始まり帝大までの話ですけれどね。何分男だけのむさくるしい世界でのことなので沙穂子さんが耐えられるかどうか心配です。もしかしたら入江に愛想をつかせてしまうことになるかも。」
「そんなことはありませんけれど。」
沙穂子はお茶目な渡辺に笑い続けていた。
「ですが男の方同士でお話された方がいい内容のようですわね。ちょうど私、これからお花の先生に御挨拶へ行く時間でしたの。」
どうやら自分はタイミングのいい時間にやって来たらしいと渡辺は内心喜んだ。



「…何だ、懺悔って。気味が悪い。」
玄関まで沙穂子を送り戻ってきた直樹は渡辺に訊ねた。
「俺はお前に懺悔される覚えはないし、俺もお前に懺悔をすることなんて何一つ…。」
「そりゃそうさ。嘘だから。」
あっけらかんと言ってのける渡辺に、直樹は呆れた。
「何だっていいんだ、沙穂子さんさえ遠ざけられれば。」
「人の婚約者に失礼な奴だな。」
「婚約者、ね。」
直樹がソファに座ると、渡辺はその前のテーブルに手を突いて、直樹へ身を乗り出した。

「…医者をやめるって本当か?」
直樹は少し間を置いた後、答えた。
「…ああ。」
「何で!大泉家に何か言われたんだろ?」
「…別に。新しい生活を始めるにあたって新しい職業を選択しただけだ。」
「嘘つけ。」
「嘘じゃない。」
自分を睨みつけてくる渡辺を、直樹も睨み返す。

「医者はお前の天職じゃなかったのか?」
「そう思った時もあったけど。」
「…琴子ちゃんがいないからか?」
「は?」
「琴子ちゃんといられないから、自棄になってるんだろ。」
「何で俺が自棄にならないと?」
直樹も立ちあがり渡辺と対峙する形を取った。

「何であいつが傍にいないだけで、俺が自棄になって医者を辞める必要が?え?」
「…お前が琴子ちゃんを愛しているからだよ。」
渡辺の答えに、直樹は目を大きく見開いた。
「お前は琴子ちゃんを愛しているんだよ、ずっと。」
「…愛してる?俺が?」
直樹は意味が分からないといった表情を浮かべた。
「自分で気がつく日が来ると思って、俺は黙っていたけどね。でも気付かないから教えるために今日来たんだ。」
渡辺はソファに座った。直樹は立ったままだった。

「俺、前にお前に聞いただろ?何で琴子ちゃんのことをそんなに面倒見るんだって。でもお前は気付かなかった。」
「あれはだから…。」
「ついでにもう一つ教えてやるよ。琴子ちゃんもお前を愛しているんだ。どうせ気付いてないんだろ?」
「それは絶対ない。」
直樹が即答した。
「は?」
この期に及んで何をと思う渡辺の前で、直樹は足を組み冷たい表情を浮かべる。
「あいつが俺を愛してる?それは絶対ない。」
「何でそう言いきれる?」
「…あいつは俺に言った。」
そして直樹は琴子が水揚げされること、その時に看護師の仕事を愚弄したことを渡辺に話した。話す度に直樹の胸が痛む。

「てわけだから、それは絶対ないね。所詮あいつは金が大好きなんだよ。ま、金で散々苦労しているからしょうがねえけどな。」
肩をすくめる直樹。
「…お前の頭の中は優秀な脳みそが詰まっていると思っていたけどな。」
「あ?」
てっきり渡辺も「そうだったのか。俺の勘違いだったか」と認めるかと思っていた直樹は、意外な渡辺の反応に怪訝な表情をまた浮かべた。
「お前の頭って役立たずのゴミでも入ってるのか?え?」
「何だと?」
怒った直樹は立ち上がる。渡辺は発言を撤回することもなくムスッとしている。
「今日のお前はおかしいぞ?」
「俺はいたって普通だ。おかしいのはお前だ、入江。」
渡辺はどんなに直樹に詰め寄られても恐れることがなかった。

「お前は琴子ちゃんのどこを見て来たんだ?」
「どこ?」
「琴子ちゃんにそう言われて、素直に信じたのか?あの琴子ちゃんがそんな酷いことを言う人間なのか?昨日今日知り合ったわけじゃないだろ?琴子ちゃんがそんな酷いことを言う背景を考えなかったのかって聞いてるんだよ!」
「背景?」
「あんなに一生懸命看護師になろうと二足、いや三足のわらじを履いていた子がさ、そんな安易に方針を転換するか?俺はそうは思えないね。」
今度は渡辺が肩をすくめる番だった。
「…普通なら、突然そんなことを口にする理由を考えないか?」
「…。」
直樹は反論できなかった。確かにその通りだと思う。
何で自分はそこまで考えが及ばなかったのだろうか。

「…それだけお前が琴子ちゃんを愛しているから。だから深く傷ついて何も考えられなかった。冷静さを失っていたんだよ。」
直樹の考えを見透かすかのように、渡辺が教えてくれた。
渡辺だって、琴子と直接話をしていなかったらそこまで考えなかっただろう。だがあの時、直樹の傍にいたいからと涙を零しながら話していた琴子を知っているからこそ、居ても立ってもいられずにこうしてやって来たのである。
直樹と琴子が相思相愛である以上、二人に何としてでも幸せになってほしい。それだけが渡辺の願いだった。



生け花の教授の元へ向かっていた沙穂子は車の中から、見覚えのある人影を見つけた。
「琴子さん。」
呼び止められた琴子は振り返った。
「あの…一度お礼をと思っていたのです。」
息を切らせて走って来た沙穂子を見ながら、琴子は今一番会いたくなかったと思ってしまう。
「…何でしょうか?」
「あの…直樹様のこと、ありがとうございました。」
沙穂子は頭を下げた。
「…ご婚約、おめでとうございます。」
琴子は無理に笑顔を作った。心の中は泣き叫んでいる。
「ありがとうございます。あの…結婚したら私たち、欧州へ行くことになりました。」
「欧州?」
「はい。」
欧州とは外国のことだと琴子は考える。直樹が欧州へ?
「祖父の勧めで、直樹様、外務省へ入られることになったのです。」
「外務…省?」
聞いたことがある名称だった。だがそれは確か外交関係の仕事の場ではなかっただろうか。医者の直樹がなぜ外交関係をと琴子の中で疑問が膨らむ。
「はい。外交官になられるんです、直樹様。」
「外交官?」
琴子の頭の中が真っ白になった。
「あの…入江先生…お医者は…?」
「…辞められるそうです。でも私、正直ホッとしたんです。」
沙穂子が嬉しそうに笑う。
「お医者様のお仕事はとても忙しくて、いつかお体を壊すのではないかと心配でたまりませんでしたもの。祖父も同じ気持ちだったので外務省でお仕事を見つけてくれて…。」
「おじい様…大泉侯爵様が外交官のお仕事を?」
「ええ、そうなんです。祖父はずっと直樹様にお医者様をやめていただきたかったのでとても喜んでおります。」
「それでは、呼び止めて申し訳ありませんでした」と言い残し沙穂子は車へ乗り込んで行った。
琴子は茫然と立ち尽くす。
「そんな…約束が…違う…。」
膝がガクガクと震え、血の気が引いて行く。
直樹に医者を続けさせる、それが条件だったはずである。大泉侯爵は約束してくれたではないか。

「お嬢様、お帰りなさいませ。」
ふらふらとなりながらも家へ辿り着いた琴子を、ばあやが迎えてくれた。
「あ…ただい…ま…。」
それを言うと、琴子は玄関へ倒れ込んだ。
「お嬢様!!お嬢様!!」
ばあやが自分を呼ぶ悲鳴のような声を、琴子は遠くで聞きながら意識を失っていったのだった--。




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プロフィール

水玉

Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
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当ブログは、『イタズラなkiss』の二次創作をメインとしておりますが、時折管理人の趣味や日々の出来事についての記事も書いております。

原作者様や関係各位とは一切関係ありません。

二次創作については、いわゆる原作の隙間をぬった作品もありますが、主人公以外のキャラクターをメインとしたものや オリジナルキャラクターが出てくるものもございます。

そして、原作と違った時代(平安や明治やその他の時代を舞台にしております)、異なる設定(主人公を医者と看護師じゃない職業にしております)で書いてあるものが多いですが、原作を冒涜しているつもりは全くございません。

二次創作が苦手という方及び原作のイメージと合わないと思われる方はどうぞお引き取り下さいますようお願いいたします。

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