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2012.04.02 (Mon)

マドモアゼル・カメリア 6

ベタベタな展開を愛して下さる全ての皆様に…(笑)







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「先日はありがとうございました。」
「ちゃんと誤解は解いてくれたんだろうな?」
今夜は琴次の琴子から酌を受けながら、直樹は確認する。
「それが父とばあや、更に驚いちゃって。」
その時のことを思い出して琴子はクスクスと笑った。

娘が水揚げされると思い込み泣く泣く見送ったのに、戻ってきたら行きとは違うドレス姿、しかも別の男性を連れていた。琴子の父とばあやは腰を抜かさんばかりに驚いていたという。

「でもちゃんと、渡辺先生が説明して下さったので二人とも分かってくれました。」
「弁護士だけに話は上手だしな。」
あのパーティーが終わった後、直樹が渡辺に琴子を送ってくれるよう頼んだのだった。

「今夜おいでになったのは、そのためですか?」
あの時のドレス姿とは全然違う、島田に黒地の和装姿の琴子が直樹を見つめる。
「…当然だ。ちゃんと誤解は解いてくれたか確認する必要がある。」
直樹は盃をぐいっと飲み干した。
自分でも不思議だが、十日に一度は琴子の顔が見たくなる。

「…お前、俺以外に呼ばれないのか?」
直樹が頼むといつも琴子はやってくる。売れっ子だったら次から次へとお座敷を回っているだろうに、こうやって直樹と一緒にのんびりと過ごしている琴子だった。
「そんなことありません。これでもお誘いは多いんですよ?」
ぷうっと頬を膨らませて琴子は反論する。
「でも…こう言っては失礼ですがおかみさんがお客様を選んでくれるんです。」
「置屋の?」
琴子は頷く。
「私はどんなお客様のお座敷でも大丈夫だとお話しているんですけれど、おかみさんが危険な目に遭わせるわけにはいかないからって。仲間のお姐さんたちもそう言ってくれて。」
「それは建前で、本音は大事な客に粗相があったら困るからだろうな。」
直樹がからかうと、
「やっぱりそう思います?そうなのかしら?」
と琴子は眉を寄せて考え込む。
おかみの言い分を素直に受け取ると自分は危険な男には入っていないということかと、直樹は少し安心して盃を差し出す。それに琴子が酒を注ぐ。


「あの、あの日は申し訳ありませんでした。」
「何が?」
琴子は何も悪いことはしていなかったはずだと直樹は思った。
「その…女性避けの役目が果たせなくて。」
「そんなことないだろ。充分果たしてくれたと思うけど?」
「でも…あの侯爵様のお孫様…。」
「ああ…。」
大泉侯爵の孫娘のことを話しているのかと、直樹は分かった。
「お話…されてましたよね?」
「彼女は特別なんだ。」
「特別」――その言葉は琴子の胸を突き刺した。
あの時、渡辺は大泉家を直樹は粗略に扱えないからと話していたが、実のところは直樹があの美しい令嬢に心を寄せているのではないだろうか。
令嬢と話をゆっくりしたいがために、他の女性を寄せ付けないために自分を連れて行ったのだろうかと琴子は考えてしまう。


「だいたい、お前は芸は売っても色は売らないんだろ?」
直樹から話を変えてきた。
「ええ。って、先生、私の芸をご覧になりたいということでしょうか?」
でしたらと琴子は準備しておいた大量の皿を手に取り始める。
「違う違う。」
直樹はそれを止めた。確かに見ていて退屈しないが心臓に悪いのが琴子の芸であった。
「色は売らないって言っているのに、何で俺に水揚げされてもいいなんて思ったんだ?」
何でこのようなことを自分は口にしているのだろうかと、直樹は手でその口を押さえたくなった。が言ってしまったことはどうにもならない。
「それは…。」
琴子が考え込む。
「それは?」
直樹は琴子の答えを待った。
「…入江先生には助けて頂いたご恩がありますから。」
琴子の答えに直樹は少しの安堵と少しの落胆を覚えた。ただ、なぜ自分が落胆したのか分からなかった。
そして琴子の答えは半分は本当、半分は嘘であった。
本当は「入江先生となら」と答えたいと思った。他の男においそれと体を任せる気など全くないし嫌だが、直樹ならば…と考えてしまう自分が不思議だった。だがそのようなことは絶対に言えない。

「だったら、お前はもし渡辺に恩があったなら、あいつにもホイホイと水揚げされるのかよ。」
直樹の中の落胆がどんどんと影を落としていく。それが琴子にきつい物言いとなって放出されていく。
「そんな…。」
琴子は直樹がなぜそのようなことを言うのか分からなく、戸惑う。
「そういうことだろ?」
「渡辺先生はそんなことをされる方じゃありません。」
「へえ。それじゃあ俺はそういうことをする人間に見えたんだ。」
渡辺は清廉潔白に見えて、自分は女にだらしない男に見えたのかと直樹は腹立ちを覚えながら立ち上がった。

「先生?」
「…悪酔いしたらしい。」
これ以上ここにいたら、何を口にするか分からない。直樹は脱いでいた上着を掴むと黙って出て行ってしまった。



どうしてあんなことを言ってしまったのだろうかと、次の日の直樹の気分は最悪だった。
これで当分琴子に顔を合わせられないなと思っていたのだが…。

「入江先生、お客様ですよ。」
またもや事務の人間が意味ありげな表情で直樹を呼んだ。

「先生…。」
そして待っていたのは琴子だった。赤い巾着を握りしめてどこか怯えているような顔をしている。
「ごめんなさい。」
直樹の顔を見るなり、琴子は頭を下げた。
「私、何かいけないことを口にしてしまったんですよね?
しゅんとなって落ち込んでいる琴子を見ていたら、直樹は大人げないことをしてしまったことを反省した。
そもそも琴子のせいではない。自分があんなことを突然口にして1人で勝手に機嫌を損ねてしまったことが一因である。
しかし、どうしてそんな気分になったのか直樹は分からないままだった。

一方、琴子は琴子でもしかしたら男にだらしのない女と思われてしまったのではないかと、不安に陥っていた。
そんなことは決してないし、直樹に絶対そのような誤解はされたくなかった。

「いや…あれは悪酔いしていたから、つい言い過ぎた。」
直樹は結局また、酒のせいにしてしまった。
「でも先生、お強いのに…。」
「最近忙しくて疲れがたまっていたのかもしれないな。」
何とか直樹は誤魔化し続けようとする。
「そういうのって医者の不細工っていうんじゃありませんでしたっけ?」
「不養生な、不養生。」
だが確かに昨夜の自分、いや最近の自分の心は不細工だと直樹は思う。
何はともあれ、琴子は直樹の言い訳を素直に信じてくれたようだった。

「でしたら、先生。」
琴子が手を叩いた。
「今度、父の店にいらっしゃいませんか?」
「お前のって、伯爵の?」
「はい!」
大きく琴子は頷く。
「娘の私が言うのもなんですが、父の腕は確かです。結構繁盛しているんですよ。」
琴子は誇らしげに言った。
そういえば琴子が芸者をしている理由には、家の暮らしの足しの他に父の店を大きくしたいということも言っていたことを直樹は思い出す。

「ね?美味しいものを沢山食べて元気をつけましょう!先生が元気がないと患者さんも治りませんよ?」
小首を傾げて誘うこの笑顔に、つい直樹も「そうさせてもらおうかな」と答えてしまった。

「あ、でも…お家の方は大丈夫でしょうか?」
「家?」
そんな一人で外出もできないような人間ではないと言い返そうとした直樹に琴子は、
「その、侯爵様の若様がいらして頂くお店でもないし…。」
琴子は入江家の大豪邸を思い出したのだった。そして直樹がその家の息子であることも。
「ばあか。」
直樹は琴子の頭を小突いた。
「お前から誘ったくせに、何を気にしてるんだ。」
「でも…。」
「そういうことは俺も気にしないし、両親も気にしないって言っただろ。」
「それじゃあ、来て下さるんですね!」
琴子の顔が輝く。
「明後日の夜なら空いているな。」
「わあ!」
琴子は大喜びだった。

「先生、いらしてくださいね!お待ちしてますから!」
赤い巾着をぶんぶんと振り回しながら何度も念を押して琴子は帰って行った。
「何が色を売る、売らないだ。」
直樹はクスッと笑う。あんなに巾着を振り回しているところなど子供のようである。
「お前に男なんて百年早い。」
そう呟く直樹の胸の中にはいつしか、晴れ晴れとしたものが広がっていたのだった。




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