日々草子 マドモアゼル・カメリア 4

マドモアゼル・カメリア 4



琴子にそう言われても、直樹は琴子に会おうとはしなかった。
また会ってもいいかと思ったものの、自分の仕事を認めてもらえたからということで態度を変えているようで気まずかったからである。

その直樹が再び料亭へ顔を出したのは、琴子が病院へ来てから二週間経った頃だった。
その日、直樹はまた院内でやっかまれた。ただ今回は直樹の優秀さをひがんでの嫌味だった。ある先輩医師が危うく判断を誤るところを直樹が救ったのである。元々その先輩医師は親の力で医学部へ入った人間で、帝大を首席で卒業した直樹のことを快く思っていなかった。それでも先輩風を吹かせていたところ、直樹に手柄をすべて持って行かれてしまったのだから面白くない。それはもう、嫌味をネチネチと言い続けた。
そんな一日を過ごした後、直樹はふと琴子の顔が見たくなったのである。

そこそこの料亭であればおそらく琴子を呼んでもらえると分かっていたが、直樹は初めて琴子と会った料亭を選んだ。
高級料亭らしく一見客は断るので客の身元もしっかりしている。

直樹が店に到着したのは、8時を回っていた。
急いで中へ入り琴子を呼んでもらわないといけないと思っていると、庭に人がいる気配がする。

「ここでいいのですか?」
聞こえてきた声は琴子のものだった。それを知った直樹は庭の中へと進んだ。
椿の植え込みの傍に、島田髷を結った琴子が立っていた。黒地の着物の裾は今夜も椿の花が広がっている。

琴子から少し離れたところ、直樹に背を向けるように男が立っていた。どうやらカメラを構えているらしい。そしてその男は日本人じゃなかった。

「なるほど、芸者が珍しくて撮っているってわけか。」
おそらくこの料亭の客なのだろう。琴子はカメラに向かってぎこちない笑顔を向けている。

「メルシー…ドウモアリガト。」
片言の日本語で礼を述べた後、外国人は直樹に気づかず去って行った。
「ふう。」
緊張していた琴子が肩の力を抜いた時、直樹に気づく。
「先生!やっと来て下さったんですね!」
直樹を見た途端、琴子の顔に花のような笑顔が広がった。
「ちょうどよかった。今のお客様のお座敷が終わったところで戻るだけなんです。」
「あ、そ。」
相変わらず素っ気ない直樹に機嫌を損ねることもなく、琴子は裾をつまんで歩いてくる。

「今のお客様に写真をって言われて。なんかすごく緊張しちゃって。異国の方ですし、日本語分からないし。」
「お前だって向こうの言葉分からねえくせに。」
「そうなんですよね。なんかあの方、私を見て“マド何とかカメ”って繰り返すんです。」
「大方、飼っている亀にお前が似てたんだろ。もたもたしているところとか。」
「え?そういう亀がいるんですか?マド何とかカメが?」
「知るか、俺は亀なんて興味がない。」
やっぱり琴子にうかつなことは言えないと直樹は思う。
「でもきっと、とても素敵な甲羅なんでしょうねえ。美しいところが私とそっくりなんだわ。」
「亀扱いされてもいいのか、お前は。」
本当に都合のいいように考える奴だと呆れながら、直樹はふと思った。

――メルシーって言ってたよな…。

先程の男は「メルシー」と言った。ということはフランス人の可能性が高い。マド何とかカメと繰り返していた男…。

「…マドモアゼル。」
フランス語で「お嬢さん」の意味をもつ言葉を口にしたのかもしれないと思う。そうなると「カメ」は一体…。
「さ、お座敷に参りましょう。」
直樹が来てくれたことを喜んでいる琴子が、椿の間を先に歩いていく。その着物の裾にも広がる椿。

「…カメリア。」
フランス語で椿は「カメリア」と言うことを直樹は思い出した――。



************

「では、あの時においでだったのですか。」
入江氏の話を聞いた私は驚いた。
「私も今話しながら、そのことを思い出したんです。」
彼は笑った。
「そうです。彼女を見て思わず“マドモアゼル・カメリア”と口走っていました。椿の花があまりに似合っていて、まるで椿の精のようでした。」
私の中に当時の光景が鮮明に思い出される。

彼はずっと流暢なフランス語で話をしていた。私も日本滞在が長く困らない程度に日本語を操れるのだがそのままにしておいた。
おそらく、フランス語ならば途中で誰かが来ても分からないだろうと思っているに違いない。


「奥方はごゆっくりのようですね。」
私が時計を見ると、彼の話が始まって一時間が経過していた。
「私の妻も買い物となると時間がかかって。」
「いずれの国も女性は同じですね。」
彼は笑った。
「一緒にと言われたのですが、一人の方がゆっくり楽しめるだろうと思いまして。」
「一緒にと誘われるだけ羨ましい。」
私は言った。
「私の妻なぞ、私がいない方がいいと最初から言い放って出かけてしまいます。」
私の言葉に彼が声を立てて笑った。

そして彼はまた、写真に目をやった。写真を見つめるその目は愛おしげである。
私はできれば、この話を最後まで聞きたかった。彼の奥方がまだやって来ないようにと祈る。

写真から目を戻した後、彼は言った。

「思えば、その頃から私は彼女…マドモアゼル・カメリアに惹かれていたのかもしれません。」



*************


三味線の音に合わせた歌声が聞こえてくる。
「本来のお座敷ってのは、ああいうはずなのに…。」
そう思う直樹の前では、
「よ!は!」
という声と共に、琴子が皿を高く積み上げる大道芸を披露していた。

直樹はあれから度々、この店に来ては琴子を相手にしていた。
琴子に会うと不思議なことに、落ち込んでもまた明日から頑張ろうという気持ちになれる。
明るく朗らかで、何かあったのかとしつこく聞いてくることがない。
自分の容姿や経歴にホイホイと近寄ってくる女性たちとは明らかに一線を画していた。

「さ、次はこの壺をのっけますよ!」
床の間に飾られていた壺を琴子は積み上げた皿の上に乗せる。
「え!?」
思わず止めようとした直樹だが、自分が声を上げたことで琴子の手元が狂ったらと思いなんとか踏みとどまる。

「完成!!」
琴子は見事に壺と皿を積み上げ、直樹に笑った。
「この特技だけは本当にすげえ…。」
浅草の見世物小屋にもこんな人間はいない気がするが、うっかり口に出して言うと琴子がまた売り込みに行ったら困るので黙っていた。

「さ、どうぞ。」
芸を終え、今度は琴子は銚子を直樹へ差し出した。
「なあ。」
注がれた酒に口を付けずに、直樹は琴子を見る。今夜は琴子に話があって来ているのだった。
「頼みがあるんだけど。」
「ま、何でも言って下さい!」
直樹の言葉に、琴子は胸を叩いた。
「先生に助けていただいたんですもの。私にできることなら何でも!」
直樹は口を開いた。
「お前の体、一晩貸してほしい。」

琴子の手から銚子が滑り落ちた――。


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