日々草子 マドモアゼル・カメリア 2

マドモアゼル・カメリア 2

前回、「話の出だしでピンと…」と言ったのは、「もしかして元ネタは…?」と突っ込まれる前に言っておこうかなと思ったんです。
なので別に正解を当ててねという意味ではなかったのですが色々考えてくださったり、わからないと落ち込まれたりした方がいらして申し訳ありませんでした。
むしろわからない方が助かります(笑)
だから、あまり深く考えないでいただけたらと思います♪







二度とあのような騒ぎに巻き込まれるのはごめんこうむりたい。
そう思っていた直樹を高校時代の親友が尋ねてきた。

「久しぶりだな。」
勤務先の病院に現れた親友、渡辺は弁護士をしている。
その穏やかな外見、相手を安心させる笑顔は高校時代から変わらない。
「医者として修業もだいぶ積んだだろう?」
「まだまだだよ。」
「でも白衣は結構板についてきたけど?」
渡辺は直樹が医者になることを決めた時に応援してくれた、数少ない人間だった。

「実は今日はめでたい日なんだ。」
「へえ?」
一体どんなめでたいことがあったのだろうと、直樹は渡辺を見た。
「数年に及ぶ戦いに決着がついた。」
「ということは、裁判に勝ったってことか?」
「そういうこと。」
詳しくは守秘義務があるので渡辺も語ったことがないが、ここ数年ある裁判に渡辺が携わってきたことは知っていた。
「それはめでたい。」
誇らしげな渡辺に、直樹の頬も緩み心からの祝いの言葉を送った。
「おめでとう。」
「ありがとう。それでさ、お前今夜空いてるか?」
突然の渡辺の誘いに直樹は――。



「…またここかよ。」
「え?知ってるのか?」
二人で祝杯を上げたいと渡辺が誘った先は、先日の料亭だった。
「まあ知っていて当然か。ここは一流の料亭だもんな。」
「いや、まあ…この間医者の集まりで来ただけだ。」
「そうか。まあいいや。」
記念すべき夜だからたまには贅沢をと渡辺はここを選んだのだという。



「あっち、すごい盛り上がってるなあ。」
渡辺は障子の隙間から中庭を挟んだ部屋を見た。
「なんか“もっと積め、もっと積め”って聞こえるけど?」
その言葉であの部屋にこの間の芸者がいることを直樹は知り、眉を寄せた。
直樹たちは芸者を呼ばず、二人で静かに酒を飲んでいた。

「相変わらず、嫌味言われてるのか?」
眉を寄せていた理由がそれかと思った渡辺が、直樹を心配する。
「まあ、慣れたけど。」
それでも一生言われるのだろうと覚悟していると、直樹は答えた。
「名門華族の息子が医者になっちゃいけないなんて法律はないのに。」
「そういうお前だって華族の息子で弁護士。似たようなもんだろうが。」
「うちはご維新のどさくさと、商売に成功して金を積んで爵位を得た成り上がり男爵家だから。」
渡辺はそう笑うが、渡辺家はきちんとした商売を重ねた家だということを直樹はよく知っている。



「きゃあ!!」
悲鳴が上がったのは、そんな話を二人がしていた時だった。
「誰か、誰かお医者様を!!」
「入江…。」
渡辺が見た時、直樹は既に部屋を出ていた――。

「琴次ちゃん、しっかりして!」
「琴次ちゃん!」
倒れていたのはあの琴次という芸者だった。他の芸者たちが琴次を揺さぶろうとしているのを、
「動かすな!」
と直樹が止めた。その声に驚いた芸者たちは一斉に琴次から離れた。
直樹は琴次の脈をとる。しっかりとした脈だった。
そして琴次の顔に直樹は近づいた。少し息が荒いが瞳孔も大丈夫だった。

「…ただ酔いつぶれただけだな。」
琴次の口からは酒のにおいがしている。どうやら飲み過ぎただけのようである。
「そうか、よかったな。」
後からついてきた渡辺も胸を撫で下ろした。

「そういえば、おかみさんから琴次ちゃんにはあまり飲ませるなっていわれてたわ。」
などと、仲間の芸者たちが言い合っていた。
「とりあえず、静かな部屋へ運んだ方がいいだろう。」
騒ぎを聞きつけてやってきた料亭の女将に開いている部屋を尋ねると、直樹は琴次の体を抱き上げた。その瞬間に「まあ…」というため息がもれる。
「ったく、こんな時に何を騒ぐんだか。」
こちらとしては、また騒ぎに巻き込まれたことがおもしろくないのにと直樹はいい気分ではない。しかし医者としての本能がこの騒ぎを避けることを許さなかったのだから仕方がなかった。

「まあ、騒ぐのも無理はないさ。」
「あ?」
渡辺まで何を言うのかと直樹が睨む。
「だって結構似合ってるしさ。」
渡辺は直樹に聞こえぬよう小声で呟く。琴次を抱き上げて歩く直樹には男の自分でも見とれてしまうくらいだった。



渡辺を先に帰し、直樹は琴次に付き添っていた。他の芸者たちも次のお座敷へと向かい、この部屋にいるのは直樹と琴次、そして料亭の女将であった。
「お嬢様!」
バタバタと足音がしたかと思うと、直樹たちのいる部屋のふすまがガラリと開けられ、和服に身を包んだ五十代の女性が飛び込んできた。
「お嬢様、ご無事ですか!」
「お嬢様…?」
この芸者をそう呼んでいるのかと理解するまで、直樹には少し時間がかかった。
「大丈夫ですよ、こちらのお医者様が診て下さいましたから。」
料亭の女将が説明をした。
「よかった…。」
女性はへなへなとその場に座り込む。安心して力が抜けたのだろう。
「お嬢様」という呼び方が直樹は気になった。
「ありがとうございました。」
落ち着きを取り戻した後、女性は手を付いて直樹に頭を下げた。
「こちらはお嬢様…琴次ちゃんの置屋のおかみさんです。」
料亭の女将(おかみと呼ぶ人間が二人もいると紛らわしいと直樹は思った)が紹介する。
「そしてこちらは、入江先生。日赤病院にお勤めのお医者様ですよ。」
「まあまあ、日赤の先生でいらっしゃいましたか。」
感心した置屋のおかみだったがふと「入江」という名前に首を傾げる。
「失礼ですが、入江侯爵様の…。」
「…息子だが。」
またそれを言われるのかと直樹はうんざりした。
「やはりそうですか。」
「噂になっているのでしょうね。」
この料亭は政財界はもとより、華族も利用する高級料亭である。そこで自分が何と噂されているかは聞かずとも分かった。
その直樹の気持ちをくみ取ったのか、置屋のおかみはそれ以上何も言わなかった。そこはさすが花街に生きる人間、空気の読み方は抜群だと直樹は思う。

「ところで、先程お嬢様と彼女を呼んでいたようだが。」
「え?あ、そうでしたかしら?」
今頃何をごまかすつもりなのかと、直樹は呆れる。
置屋と料亭、それぞれの女将は顔を見合わせた。
「大丈夫です。入江侯爵様のお人柄はよく存じております。」
料亭の女将が話す。そういえばこの料亭は父も商用で利用していたことを直樹は思い出した。
「ご子息様のことを侯爵様も誇りに思われておいでです。ですから、ね?」
父がそのようなことを口にしていたのかと、直樹は内心驚いていた。
そこで料亭の女将を呼びに、女中がやってきた。あとはよろしくと料亭の女将は部屋を出ていく。

「では…。」
置屋のおかみが口を開いた。
「こちらは私が昔、大層お世話になったお方のお嬢様なのです。」
眠りこけている琴次を見ながら、置屋のおかみが話した。
「さる伯爵家の御令嬢でいらっしゃいます。」
「伯爵家!?」
何でそんな家の娘が芸者をしているのかと、直樹は目を丸くした。
「相原様と仰いまして、大層お人柄のよろしい伯爵様でございます。こちらのお嬢様…琴子様は伯爵様の一人娘でいらっしゃいます。」
本名は相原琴子というのかと、相変わらず眠りこけている琴次―琴子を直樹は見た。

「ですが相原様は財産を失い暮らしにお困りになってしまって。」
よくある没落ということかと直樹は思った。零落した華族令嬢が働きに出るというのは珍しい話ではない。
「そこでお嬢様がこちらで働きたいと申されたのです。」
「それで芸者を選ぶところがすごいな。」
もっと他に仕事があるだろうにと直樹は思った。
「早くお父様を楽にしてあげたいと、なので手っ取り早くお金が儲かる仕事がしたいと仰せで。その昔、私は相原伯爵様と奥様に大変お世話になった身でございます。お嬢様のお力になりたいのはもちろんでしたが、やはりこの世界においでになるのはどうかとお止め申し上げました。」
「それでも芸者になりたいと。」
おかみは頷いた。
「ですが、伯爵様の大事なお嬢様でございます。こちらとしましては社会勉強のつもりでとお話申し上げました。お家から通われることを約束していただいて。」
芸者は置屋に住んで座敷に呼ばれることが普通である。それを考えても琴子の待遇はかなり変わったものだった。
「勿論、水揚げ(客と枕を共にして一人前の芸者になること)はさせません。とにかく大事なお嬢様をお預かりするという形を通しております。」
おかみの話を聞いていると、いかに琴子が大事に扱われているかが伝わってくる。

「それで大道芸を披露しているわけか。」
通常ならば芸をたんと仕込まれなければいけないが、そのようなことはしていないからあのように変わった「芸」を披露していたのかと、直樹は合点した。
「そう、それでございます。」
それを聞いたおかみが相好を崩した。
「本当にお嬢様は愉快な方で。華族様というのに気取っておらず。しかもあのような芸を持つ芸者は他におりませんでしょう?」
「そりゃあ一流の新橋芸者にはいないでしょうね。」
「ですからお客様にも結構な評判で。元々家のために働いておいでですからお客様の取り合いもされませんので他の芸者たちからも琴次ちゃん、琴次ちゃんと人気があるんです。」
おかみはかなり琴子を可愛がっているのだった。

「う…ん。」
そこに琴子の口から声がもれた。
「お嬢様?お目覚めですか?」
おかみが琴子の傍に寄る。
「あれ?おかみさん…私?」
「もう、あれほどお酒をたしなまれないようにと注意申し上げたじゃありませんか。お嬢様はお酒に飲まれやすいのですから。」
「それは酒癖が悪いとはっきり言ってやった方が本人の身のためだろう。」
直樹の呟きをよそに、琴子はゆっくりと起き上がった。
「お嬢様、起きては!」
「平気です。」
ニッコリ笑う琴子だが、すぐに起きることを止められた理由に気が付いた。
「え!?何で!?」
着物は脱がされ帯も解かれ、下着姿で横になっていたのである。
そして琴子は目の前に、先日自分を救ってくれた直樹がいることに気が付き、慌てて布団で前を隠した。

「どうやら大丈夫そうだな。それじゃ俺はこれで。」
今度こそこれっきりにしてほしいと願いながら、直樹は立ち上がった。おかみのお礼を言う声を背に受け、部屋を出ていく。

「やれやれ。」
またくたびれたと、直樹は庭に目をやる。今夜も椿が咲き誇っていた。
「お嬢様!お待ちを!」
おかみの悲鳴とも思える声が聞こえ、直樹は振り返った。
「何!?」
そして目が丸くなった。なんと下着姿の琴子が走ってくるではないか。

「待って!待って下さい!」
「お前、そんな恰好で…!」
息を切らしてやってきた琴子は、直樹に追いつくとニッコリと笑った。
「走ったら気分が悪くなるぞ。」
「助けて下さり、ありがとうございました。」
ぺこりと琴子は頭を下げた。どうやら礼を言いたくて追いかけてきたらしい。
「…医者としての義務を果たしたまでだ。」
直樹は無愛想に答える。

「あの、またいらしてくださいませんか?」
「何で?」
また来たら騒ぎに巻き込まれそうだと、直樹は気が進まない。
しかし琴子はそんな直樹の気持ちに気づかずに、庭を指した。
「ほら、椿もきれいでしょう?」
確かにその通りだとは直樹は思う。
「ぜひご一緒に椿を見ながら、お酒を…。」
直樹は琴子の耳を引っ張り、怒鳴った。
「お前はもう飲むな!」
「ひぃぃ!」
「ったく、少しは懲りろ!」
直樹は付き合ってられないと、玄関に向かって歩き出す。
「またいらして下さいね!お待ちしてますから!お礼がしたいのです!」
下着姿のまま、琴子は直樹の背中に話しかけたのだった。




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プロフィール

水玉

Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
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当ブログは、『イタズラなkiss』の二次創作をメインとしておりますが、時折管理人の趣味や日々の出来事についての記事も書いております。

原作者様や関係各位とは一切関係ありません。

二次創作については、いわゆる原作の隙間をぬった作品もありますが、主人公以外のキャラクターをメインとしたものや オリジナルキャラクターが出てくるものもございます。

そして、原作と違った時代(平安や明治やその他の時代を舞台にしております)、異なる設定(主人公を医者と看護師じゃない職業にしております)で書いてあるものが多いですが、原作を冒涜しているつもりは全くございません。

二次創作が苦手という方及び原作のイメージと合わないと思われる方はどうぞお引き取り下さいますようお願いいたします。

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