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2012.03.25 (Sun)

マドモアゼル・カメリア 1

不定期更新で、のんびりと書いて行ってみようかと思います。
出だしで何かピンと来られた方、非公開コメントでこっそりと教えてください♪





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日本に来てかなりの年月が経過した。
貿易商の仕事の傍ら、私はこの不思議な国の様々な光景を写真におさめてきた。
写真は素人の趣味にとどめておくつもりであったが、親切な日本人の友人が一度個展を開いたらどうかと勧めてくれた。最初は固辞したのだが、記念になればいいかと思うようになり友人の勧めに乗ることにしたのである。

銀座という、日本の東京の中でも一、二を争う賑やかな街のとあるホールを借りられ想像以上に大きな催しになりそうな気配でいささか恥ずかしい。
はたして、見に来てくれる人はいるのだろかと不安の面持ちで当日を迎えたのだが、仕事や私生活で親しくしている人たちが次々と足を運んでくれ、嬉しかった。
親しい友人たちに趣味を披露したと思えば、まずまずの成功ではないだろうか。

次から次へと来てくれた友人たちから祝いの言葉をもらい、感想を述べられ、気が付いたら午後になっていた。
私一人しかいないと思い、次の来客まで少し休憩を取ろうと奥の部屋へ下がろうとした時、客がまだいたことに私は気が付いた。

その客は私の知人ではなかった。いや、顔も見たことがない。
銀座の街を歩いていて面白そうな催しをやっていることに気が付いて立ち寄ったのかもしれない。
客は私の写真を一枚一枚、丁寧に見ていた。
客がいる以上、私も奥へ引っ込むわけにはいかない。挨拶をしようと客が見終ることを待つことにした。

客は男性だった。後姿しか見えていないが年齢は若い気がする。
一流の仕立て人に仕立ててもらったと分かる背広に身を包み、まっすぐ背筋を伸ばして写真を見ていた。
大体どの写真も同じ時間をかけて見ていた彼だったが、ある写真の前から動かなくなった。
私は不思議だった。彼が見ている写真はこの個展の目玉というわけではない。だが私自身が気に入っており展示作品に加えたものだった。

ふと、写真から彼が視線を外し私を見た。
「…あなたが撮影されたものですか?」
彼の口から発せられた言葉に、私は驚きを隠せなかった。彼は流暢なフランス語を話したのである。
「ええ。」
私もフランス語で返した。
彼は入口を指さし、驚く私に笑いかけた。
「お名前からフランスの方だと思いまして。」
「ああ、なるほど。」
入口には一応、私の名前が掲示されている。

私はフランス語に堪能な彼と少し話をしてみたくなった。フランス語を話す人間に親しみを感じたのだろう。仕事相手とは大体英語で話すことが多い。少し前まで外国と接触を嫌っていたこの国の人間は外国語に堪能というと大抵、英語かドイツ語だった。

応接用のソファに座らないかと誘うと、彼は応じた。

私は彼の顔をこの時、初めてまじまじと見た。
若いと思っていたが、二十代後半か…三十になったかならないかだろう。
背は私より少し低いが、それでも日本人の中では高い方に違いない。
切れ長の目によく通った鼻筋、薄い唇。日本人の中にもこのように美しい男性がいることを私は初めて知った。

「あの写真がお気に召しましたか?」
会話の糸口はそれしかなかった。
彼はすぐには答えず、優しく微笑んだ。

「あの写真は…。」
私は写真を見ながら話を続けることにした。
「知人に連れられて行ったレストラン…日本では何と言いましたかな?」
「料亭でしょうか。」
「そうです。料亭で偶然見かけて、心惹かれて撮影したものです。」
「そうでしたか。」
彼も写真に目をやる。

その写真の被写体は「ゲイシャ」だった。美しく飾られた髪、蝶を思わせる華やかなキモノに私は魅せられ、写真を撮影する許しを乞うたのだった。
いや、飾りだけではないだろう。その「ゲイシャ」の身を包む何とも言えない雰囲気に酔っていたに違いない。

「“マドモアゼル・カメリア”…。」
彼が口にしたのは、私が付けた写真のタイトルだった。
「…私は彼女を知っているのです。」
彼の言葉に私はまた驚いた。
「そうでしたか。」
成程、知り合いだったら気になるのも無理はない。

「私は…彼女を苦しめてしまったのです。」
彼は目を伏せて話し出した。
「私は彼女に酷い仕打ちをしてしまった。この写真を見たら封印していたことを思い出してしまいました。」
「それはお辛い経験をされたのでしょうね。」
「しかし、同時に幸福な時間でもあったのです。」
「…よかったら聞かせていただきますか?」
私は彼と「マドモアゼル・カメリア」の関係に興味が湧いてきた。
彼は頷いた。

「お時間は大丈夫ですか?」
お茶を運ぶよう受付の女性に頼んだ後、私は彼に訊ねた。
「ええ。妻が今、そこの百貨店で買い物をしています。長くかかるでしょうから。」
彼はクスッと笑って答えた。

「自己紹介が遅れました。」
話を聞く前に、私は名刺を差し出した。彼も懐から名刺を取り出す。

名刺には「入江直樹」と書かれていた――。



************


「…隣の座敷、賑やかだな。」
盃を飲み干した後、入江直樹は隣の座敷から聞こえてくる声に眉をしかめた。
ただでさえ、このような場は好きではないというのに、うるささで不快感が一層高まる。
しかし今日は大学時代に世話になった教授からの誘いだった。まだしばらくは耐えねばならない。
「いやあ、しかしわからんねえ!」
すっかり出来上がった教授の知り合いが声を上げた。「またか」と直樹は舌打ちする。見ると直樹の恩師が「すまない」という視線を直樹へ送っていたので辛抱することを決めた。
「華族の御曹司様がどうして医者なんてやってるんだ?」
直樹はうんざりした。この男だけではない。大体こういう集まりに顔を出すと一度は言われる台詞だった。だから酒の席は好きではない。
「いいじゃないか、入江には志があってだなあ…。」
直樹の恩師はいつも庇ってくれる。この恩師は直樹を一学生として扱ってくれて尊敬できるのだが。
「入江侯爵家といったら、財産家でも有名ではないか。安月給の医者なんてやめてだなあ…。」
そこまで話すと、その男は酔いつぶれて倒れてしまった。
「あらあら。」
酌をしていた芸者が困った声を出す。それを合図に直樹は気分転換のため外へ出ることにした。

新橋にあるこの料亭のいいところは庭が見事なことだった。冷たい風が気持ちいい。
嫌な気分を晴らそうと風に当たろうとした時だった。
「よ、よ、それっ!!」
素っ頓狂な声が直樹の気分をまたもや台無しにした。見ると騒がしい隣の座敷からの声だった。しかも声は女だった。
「一体、どんな奴が騒いでるんだ?」
顔を見てやろうと直樹は障子の隙間から中を除いた。

「よ!琴次!さすが!」
「琴次ちゃん、かっこいい!」
直樹は口をあんぐりと開けてしまった。
何と声を出しているのは芸者、そしてその芸者は膳を高く積み上げていた。
「大道芸か!」
直樹も小声で突っ込まずにいられなかった。大道芸人のように高く高く、天井まで届くくらい膳を積み上げているにもかかわらず、その琴次と呼ばれた芸者は見事なバランスを取っている。

「くだらねえ。」
直樹は庭に下り、今見たことを忘れようとした。



「そろそろ戻らないとまずいな。」
腕時計を見て直樹は気が進まない足取りで建物へ上がる。
「やめてください!」
薄暗い廊下の奥から、女の声が聞こえた。と思ったら、バタバタという足音がこちらへ近づいてきた。
「あ…。」
走ってきた女は直樹の姿を見つけると、ホッとした顔を一瞬浮かべた。
「さっきの…。」
そして直樹はその女が先程の大道芸を披露していた芸者だということに気づく。
「待てよ、琴次!」
琴次の後を追いかけてきたのは、これまた一目で成金とわかる男だった。やたら体中に金色の物を身に着けておりまぶしいくらいだった。
「これじゃ足りないのか?それじゃあこれでどうだ?」
男は懐から札束を無造作に取出し、振った。
それを見て直樹は顔をしかめた。一番嫌いな人間の類である。

だから関わる気は毛頭ない。二人が何を争っているのか予想はついたが巻き込まれるのは面倒である。
通り過ぎようとした直樹だったが、その腕を何と琴次が掴んでしまった。
「おい!」
直樹は振り払おうとしたが、琴次は素早く直樹の背後に回ってしまった。
「一晩付き合っただけで、こんな大金が手に入るんだぞ?」
「馬鹿にしないでよ!」
直樹を盾にするようにして、琴次が叫んだ。
「芸者はね、芸は売っても色は売らないんだから!」

「芸者風情が何を!」
相手にされない男は怒りを募らせた。そして強引に琴次に手を伸ばした。
「きゃっ…!」
琴次の前にいた直樹は、気づいたらその男の腕を掴んでいた。そして強くひねり上げた。
「痛たたたっ!!」
男が悲鳴を上げ、琴次は閉じていた目を開けた。
「は、離せ!」
「わかった。」
直樹は素直に男の腕を離した。そしてその背中を押す。
「うわあ!」
男はバランスを見事に崩し、廊下から庭、そして池へと落ちた。



「ったく。」
疲れたと、直樹は首を動かす。とんだことに巻き込まれてしまった。
「あ、あの…。」
戻ろうとした直樹は、呼ばれてそこに琴次がいたことを思い出した。
「ありがとうございました!」
琴次は深々と頭を下げた。
「別にあんたを助けたかったわけじゃないから。」
「え?」
「ああしないと、俺は部屋に戻れなかった。それだけ。」
「そう…ですか。でもありがとうございました。おかげで助かりました。」
直樹の素っ気ない態度に驚きながらも、琴次は笑顔を浮かべた。
直樹は琴次をじっくりと見た。
「…芸は売るが色は売らない、か。」
「はい?」
「確かにそれが芸者だが、新橋芸者はいつから大道芸を披露することになったのかと思ってね。」
「だ、大道芸!」
「あんた、新橋より浅草の見世物小屋の方が似合ってる気がする。」
「見世物小屋!」
口に悪い直樹に呆気にとられる琴次を置いて、直樹は部屋へと戻る。
一昔前の明治の頃は新橋芸者といえば、政府高官の正妻にも迎えられたくらいのものだった。それがまあ、いつからあんなのを雇うようになったのか。時代も大正になったらこうも変わるものだろうかと直樹は呆れていた。

直樹は部屋に入る前にもう一度、庭に目をやった。
庭にはちょうど見ごろとなっている椿が花開いていた。
そういえば、先程の大道芸の芸者の着物の裾にも椿があしらわれていたことを、直樹は思い出した――。




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