日々草子 頑張れ、あたしたち

頑張れ、あたしたち

「ああ、こいつまたやったか」と思われるかと…。
はい、またやっちゃいましたよ。
少しほめられると調子に乗るのが私なんですよね。
ということで、『いつも噂の中に私たちはいた』の続きです。
調子に乗っている割には、出来は今一つ…うう!








「卒業証書 看護学科入江琴子…。」
お父さんはあたしが渡した卒業証書を声を上げて読んだ。
「お父さん。」
お父さんが読み終えた時、あたしは声をかけた。
「大学まで出してくれて、本当にありがとうございました。」
あたしが頭を下げると、隣の入江くんも一緒になって下げた。
「高校から大学へ上がる時も心配かけて。せっかくエスカレーター式の学校へ入れてくれたのに。」
「まあ、お前の出来じゃそれくらい覚悟してたさ。」
お父さんは笑った。
「大学へ入った後も、看護学科へ編入するって突然言い出して。その時も反対しないでくれて、本当にありがとう。」
「いや、看護師になるだろうなってのは予想はしていたからな。」
「え?」
お父さんはあたしたちに笑いかけた。
「直樹くんが医者になるって言い出した時、ああ、お前ももしかしたら…と思ったよ。」
「お父さん。」
「なれるかどうかは分からなかったけど。でもまあ…。」
お父さんは卒業証書をもう一度見た。
「…なったんだからすごいよな。」
そしてお父さんは卒業証書をお母さんの前に置いた。

「なあ、母さん?琴子が大学をやっと卒業したぞ。」
お母さんに話しかけるお父さんの背中を見ていたら、あたしの目にじんわりと涙が浮かぶ。
「昔はさ、こいつに婿を取って俺の店を継がせるんだなんて話していたけど。こいつ、看護師なんて一生モノの資格を取っちまった。あの琴子がだぞ?」
お父さんの顔は見えないけれど、声がちょっと涙声になっている。

「思えば小学校の一年で両手で数えられない計算はできないとわめきだし…。」
「お、お父さん?」
何を言い出すのかしら?ちょっと嫌な予感が…。
「中学校は数学と英語がからっきしで。こいつは入れる高校がないかもしれないから、16になったら早々に婿を取ろうと密かに考えてたけど。」
「ぶっ!」という入江くんの噴き出す声が隣で聞こえる。
「お父さん、ちょっと!」
「大学の付属だから高校さえ入れればと、猛勉強して入ったのに、そこでも大学へ上がれないと騒ぎ出して。」
「それ、朝も言ったよね!」
「そんな琴子が、卒業どころか看護師という立派な資格まで取ったんだよなあ。」
しみじみとお父さんが言う。
「看護師の試験も俺は5回、いや十回くらいは挑戦することになると覚悟決めていたけどな。でも一度でパスしやがった。」
そしてお父さんは入江くんを見た。
「…直樹くんのおかげだな。」
「いえ、琴子が努力したんです。」
「そうよ、そうよ。」
入江くんの答えにあたしも調子を合わせた。

お父さんは再び、お母さんと向き合った。
「こいつは出来が悪い分、人の何倍も努力しやがった。褒めてやってくれよ、母さん。」
だめだ…耐え切れずにあたしの目から涙がこぼれる。それをそっと手でぬぐった。その手を入江くんがそっと握ってくれる。入江くんの顔をあたしは見なかった。見なくてもどんな顔をしているかがわかる気がしたから。
「琴子が大学卒業して、俺の子育ても終わったな。母さん、俺頑張っただろ?褒めてくれるよな?」
ぐすっ…うん…本当にありがとう、お父さん…。

「さ、二人の口からも母さんに報告してくれ。」
お父さんが振り返った。あたしは入江くんの顔を見る。ちょっと目がうるんでいる気がした。
入江くんは「お前から」というように顔を少し動かした。あたしはお先にお母さんの前に座る。
お線香をあげて、手をそっと合わせた。
お母さん、見て。やっと卒業できたよ。お父さんと一緒にお母さんも心配してたよね?
お父さんが一生懸命頑張ってあたしを育ててくれたから、こうやってお母さんに卒業を報告できたよ。4月からは社会人、看護師として働くのよ。
手を合わせていると、「琴子、本当に頑張るのはこれからよ。」という、かすかに記憶に残っているお母さんの声が聞こえた気がした…。

入江くんもお線香をあげて手を合わせてくれた。
一体何の話をしているのかな?前に秋田へお墓参りに行ったときもこんなふうに手を合わせてくれたけど、何を話したかは「俺とお義母さんの秘密」と言われちゃった。きっと今回もそうなんだろうな。
「お義母さん、俺の琴子は世界一立派な女房です」とか「琴子が看護師になって俺も心強いです」とか…「琴子にふさわしい男になります」「俺は琴子がいないと生きていけません」とか…やあん、照れちゃうなあ。

「残念でした、どれも外れ。」
「外れ?そうなの?」
あれ?今、誰が外れって言った?あたしは入江くんを見た。
入江くんは心底、呆れた顔をしている。
「お前、思っていることを口に出す癖、何とか直せ。」
「え?もしかして…口に出してた?」
「出てた。何自分に都合のいいことばかり考えてるんだか。」
「あはは…。」
恥ずかしいなあ。
「ったくお前って奴は。」
お父さんまで呆れていた。
「ああ、母さん。さっきの言葉は撤回する。琴子はだめだ。学生は終わっても嫁としてはまだまだマイナスだ。」
「マイナス…。」
そんなあ。そこまでひどい点数なの?
「100点までは遠い遠い道のりだな。」
入江くんの言葉にあたしは何も言い返せなかった。



「卒業おめでとう!!」
お義母さんの声と同時に、クラッカーが一斉に鳴り響いた。
夕方からは卒業パーティー。モトちゃんたちはもちろんのこと…。
「琴子さん、卒業おめでとうございます!」
「ありがとう、好美ちゃん!」
好美ちゃんもお祝いに来てくれた。
「どう?高校は?」
「楽しいです。」
「裕樹くんとはどれくらいで会ってるの?」
「そうよお!どんなお付き合い?健全なお付き合いしているんでしょうね?」
「うるさい、馬鹿とオカマは黙ってろ!」
裕樹くんの怒声を無視し、あたしとモトちゃんは好美ちゃんにインタビューを開始。
「えと…土曜日とか、金曜日の帰りとかに。」
好美ちゃんが頬をそめて答える。
「まあ、なかなかマメじゃないの!」
「うるさい!好美、お前も答えるな!」
「あ、ごめん。」
うんうん、何かほほえましいわあ。学校違ったらどうなるかと思ったけれど、うまいことやってるみたいじゃないの。

「さあさあ、船津くんだっけ?どんどん食べな!」
お父さんは船津くんにどんどん料理を出している。
「おじさん、こっちの魚もさばいていいですか?」
「おう!悪いね、智子ちゃんに手伝ってもらって!」
「いいえ、好きですもん。」
智子は目を輝かせてお父さんを手伝って魚をさばいている。着物にたすき掛けしているその姿は迫力満点。
「おじさん、内臓もらっていいですか?」
「お、おう…。」
「やったあ!ありがとうございます!」
嬉々として魚の内臓を瓶に詰めている智子に、お父さんも言葉を失っている。
うん、この性格は誰も理解できないわ。
智子、こんなに可愛い外見しているのに、いざデートに応じたらスプラッタ映画を見にいくから彼ができないのよね…。

「もう、信じられない。どんだけ食べてなかったのよ?」
船津くんの食欲に呆れているのは真里奈と啓太。食事代を削って愛する真里奈へ花を贈った船津くんは出てくる料理を片っ端から食べている。
「医局には食べ放題のクラッカーが置いてあるんです。それで何とか。」
「クラッカー?栄養が偏っちゃうじゃないの!」
「大丈夫です。ほら、この通り。」
と腕をまくる船津くんだけど、その腕は生白い…。

「お前、謝恩会で食べてきたんじゃねえのか?」
モリモリとローストビーフを食べるあたしを入江くんは不思議そうに見ていた。
「あんまり食べられなかったの。」
「そうよねえ、琴子は食べる暇なんてなかったわよねえ。」
モトちゃんがニヤニヤした。
「先生たちに囲まれちゃって。」
「あれすごかったよな。」
真里奈と啓太も頷く。

「まあね。あたしって先生に結構可愛がられたっていうか。」
「お前のような人間を合格させることができて、教員として自信が持てたって喜ばれたんだろ?」
「んぐっ!」
ローストビーフを喉につまらせながら、入江くんを見る。
「そうなんですよ、その通り!」
「さすが入江さん!」
モトちゃんと真里奈が手を叩いた。
そりゃあ確かに、その通りですよ。
謝恩会って普通は学生のあたしたちが先生に感謝を伝える場でしょ?それなのに、先生たちはあたしを見るなり「いやあ、入江!お前は本当に奇跡だ!」「よく合格したな、国家試験!」「俺はもう一年お前の面倒を見るつもりで計画を立てていたけれど」とかよってたかって話しかけてきたんだもん!
中には「偏差値○○からでも国家試験合格しました!」って受験生向けにメッセージをとまで言った先生がいたわよ。失礼しちゃうわ!



と、こんな感じでパーティーは楽しく進んだわけで。
後から金ちゃんとクリスも合流して、それはもう賑やかだったの。
そしてみんなで後片付けもして、お開きになった。

「ふう…楽しかったね。」
綺麗に片付いたリビングのソファであたしは入江くんの腕に抱きついていた。
「お前、まだ着替えないのかよ?」
好美ちゃんを送ってきた裕樹くんが、まだ袴姿のあたしに呆れている。
「いいの!できるだけ長く着ていたいんだもん!」
「べえ」と裕樹くんに舌を出すあたし。出来るだけいっぱい、入江くんに袴姿を見てもらいたいの!全く女心が分からないんだから。そんなんじゃ好美ちゃんに振られるわよ。

「そういや、これポストに来てた。」
裕樹くんがあたしのまえに茶色い封筒を出した。
「何だろ?」
裏をひっくり返し、あたしは差出人を見る。
「神戸医科大学付属病院人事課…!」
入江くんもあたしの手元をのぞきこんでいる。
そう、これは入江くんが今いる病院から!
「面接の連絡だ、きっと!」
封を開けながらあたしの心はざわめく。
うん、大丈夫。いつ連絡があってもいいように荷物はちゃんと準備している。

ところが中に書いてあったことは違っていた。
「…今回は募集は見合わせ?」
そこには「今回は新入職員の採用は見合わせた」という意味のことが、無機質な文字で打たれていた。

「え?これってどういうこと?」
「…人が足りてるって意味だろうな。」
入江くんの声が耳を素通りする。人が足りてる、人が足りてる、人が足りてる…つまりあたしは…入江くんと神戸で働けない?

「琴子!」
「琴子が倒れた!」
「きゃあ、琴子ちゃん!」
入江くんや裕樹くん、お義母さんの悲鳴をあたしはすごく遠くで聞いていた…。



気づいたらあたしはベッドの上だった。
「…大丈夫か?」
入江くんがあたしを見つめている。
「うん…何とか。」
あたしはゆっくりと起き上がった。
天国から地獄ってこのことを言うのかな?看護師になれて卒業もできて、あとは神戸って思ってたのに…。
そう考えたらあたしの目にまた涙が浮かぶ。

「残念だったな。」
入江くんがベッドに腰掛けた。
「うん。」
本当に残念だよ。空きがないなんて。
看護師って万年人不足なんじゃないの?

ショックのあまり何も話さないあたしに、入江くんはさすがに心配そうな顔をしている。
「お風呂は?」
何か話さないと悪いと思って、あたしは全然関係のないことを口にした。
「まだ。」
「じゃ、入ってきたら?」
入江くんはあたしを一人にしたらと心配しているようだったけど、一人にした方がいいのかもと思ったのか「そうする」と言い残して部屋を出て行った。
うん、ちょっと一人になりたかったかも…。

一人になったあたしは考える。
神戸に行けないのか。入江くんと一緒に暮らせないのか。
入江くんの元へ行くことだけを考えて頑張った一年だったんだけどなあ…。
まだ袴のままだったけど、あたしはそのままベッドに倒れ込んだ。



しばらくして、入江くんが戻ってきた。
「琴子。」
濡れた髪を拭きながらあたしを呼んだ。
「俺、考えたんだけど。」
「うん、あたしも考えた。」
あたしの言葉に、入江くんは少しびっくりした顔をした。
いつもだったら「入江くんから先に」って言うところだけど、今日は先に話させてもらおう。
「あたし、空きが出るまでこっちで頑張るね。」
笑顔であたしは入江くんに言った。
うん、頑張る。考えて出した結論はこれだった。
「斗南大病院だったら、少し空きがあったと思ったし。何とか頑張ってそっちに就職する。で、そこで一人前になるから。」
「琴子…。」
「神戸の病院に空きができた時、“あれが入江先生の奥さんよ!”ってみんなに驚かれるくらい、成長してみせるから!」

入江くんがお風呂に入っている間、あたしはずっと考えた。
いっそのこと、看護師にならずに神戸の入江くんの傍で違う仕事に就こうかとか。
でもそれはピンとこなかった。
あたしは入江くんと同じ病院で働きたかった。それだけを目指してきた。
それが叶わないなら神戸に行っても意味がない。
あたしは看護師として働く姿を入江くんに見てもらいたい。
だったら、空きが出るまで待つしかない。待ちながら頑張ろう。

「そっか。」
入江くんは笑った。
「お前がそう決めたなら、そうしよう。」
「入江くんの考えたことって?」
入江くんはあたしの傍に座った。
「神戸の他の病院なら空きがあるかもしれないって言おうと思った。」
それは一年前と同じことだった。あの時入江くんは神戸で看護学校を見つけようとまで考えてくれていた。

「こういう時ってお前の方がしっかりしているよな。」
どうやら一年前を思い出しているのは入江くんも同じだったみたい。
「確かに俺もお前と同じ病院で働きたいもんな。他の病院じゃ今と変わらない。」
「うん…。」
あたしは入江くんに両手を伸ばす。入江くんはあたしを抱きしめてくれた。
「俺もお前に医者として働いている姿を傍で見てほしい。」
「うん…うん…。」
「俺も頑張るよ。お前が神戸に来た時に笑われないように。」
「笑わないよ。」
そしてあたしたちはどちらからともなく、クスッと笑った。

「入江くん?」
「ん?」
入江くんはあたしの顔を優しい目で見つめた。
「…今夜、その。」
こんなこと、あたしから言うことは滅多にない。でも今夜は言いたい。言いたいけど何て言ったらいいか分からない。昼間「待ってる」とか言われた気がしたけど、そういう意味じゃなかったのかな?やだ、嫌われたらどうしよう。

「最初からそのつもりだけど?」
入江くんはあたしが言いたいことがすぐに分かったらしい。あたしは恥ずかしかったけど嬉しかった。

「さくら模様のパンツ、ちゃんと見届けないと。」
「…結構可愛いよ?」
あたしの言葉に入江くんはまたクスッと笑った。

そして入江くんは耳元でささやいた。
「俺以外の男に、絶対見せるなよ」って――。

入江くんから贈られたバラの香りに包まれた部屋で、あたしたちはしばらく抱き合っていた。

大丈夫、一年頑張れたんだもん、もうちょっと我慢できるよね?
その夜あたしたちは何度もこのセリフを口にした――。








ということで、調子に乗って書いてしまいました。
書かないで後悔するよりは、書いて後悔した方がいいかと思って。

でもこの流れで二か月後に戻ってくる入江くんっていったい…(笑)
それだけ琴子ちゃんから離れているのがつらかったってことで!


励ましてくださったぴくもんさん、ありがとうございます!!



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プロフィール

水玉

Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
そっと見守っていただけたら嬉しいです。

※当ブログに掲載されている文章及びイラストの無断転載・使用はご遠慮下さい。

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このブログについてのお願い
当ブログは、『イタズラなkiss』の二次創作をメインとしておりますが、時折管理人の趣味や日々の出来事についての記事も書いております。

原作者様や関係各位とは一切関係ありません。

二次創作については、いわゆる原作の隙間をぬった作品もありますが、主人公以外のキャラクターをメインとしたものや オリジナルキャラクターが出てくるものもございます。

そして、原作と違った時代(平安や明治やその他の時代を舞台にしております)、異なる設定(主人公を医者と看護師じゃない職業にしております)で書いてあるものが多いですが、原作を冒涜しているつもりは全くございません。

二次創作が苦手という方及び原作のイメージと合わないと思われる方はどうぞお引き取り下さいますようお願いいたします。

コメント及びメールなどでの苦情及び批判は公開、非公開を問わず、私へ告げることはご遠慮いただけますよう、お願い申し上げます。

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