日々草子 サルの惑星 下

サルの惑星 下






「まさか先生があんなに怒るなんて思ってなかった…。」
部屋でグスングスンと泣いているのはコトリーナである。

「慰謝料とか養育費とか…そんな言葉を先生の口から聞くことになるなんて。」
「そんな、旦那様だって本気でおっしゃったわけじゃありませんよ。」
モッティはジュゲムをあやしながらコトリーナを慰めていた。
「ううん。先生は本気よ。だってワッター様のことまで持ち出したもん。」
「あれも売り言葉に買い言葉というところですよ。」
「私が悪いの。子供みたいに拗ねちゃって。おかしいわよね、もう一児の母なのに。」
「いえいえ。一児の母だろうが何だろうが拗ねる時は拗ねますって。」
「一児の父があんなにへそ曲げているくらいですし」とモッティは心の中で続けた。

「別につぶあんのあんパンに腹を立てたわけじゃないわ。」
「家政婦と家事をああだこうだ言われたからでは?」
コトリーナは首を振った。
「先生にね、軽く見られているんじゃないかって不安だったの。」
「軽く?奥様が?」
「うん。その…ね。」
コトリーナはチーンと鼻をかんだ。
「…私って美人じゃないじゃない?」
「美人というか可愛らしいお顔かと思いますけれど。」
モッティはジュゲムの顔を覗きこむ。ますますコトリーナに似て来たジュゲムは母親の嘆きなど気付くことなく「ばぶう…」と可愛い声を上げた。

「いいのよ、無理しないで。」
コトリーナは少しだけジュゲムに笑顔を向けた。が、すぐにその顔は曇る。
「だから先生に愛想尽かされるんじゃないかって、最近すごく不安だったの。」
「そんな馬鹿な!」
大声を出したモッティに驚いたのか、ジュゲムが「うえぇん」と泣きそうになり、慌ててコトリーナとジュゲムはあやす。

「顔だけじゃないわ。先生が言ったとおり未だに家事も下手だし。それに教養だってないし。そのうち先生、綺麗なお嬢様と仲良くなってしまうんじゃないかって。」
またグスングスンとコトリーナは泣き始めてしまった。
「そんなことございませんよ。」
ジュゲムをベッドに寝かせるとモッティはコトリーナに寄り添った。
「つまらないヤキモチなんて焼いたから、先生は怒ってしまったんだわ。」
「大丈夫ですって。今の奥様のお気持ち、私がお伝えしましょうか。」
「ううん、いいわ。」
力なくコトリーナは断った。
「言ってもどうしようもないって、分かってるもの。慰謝料も養育費もいらないわ。」
コトリーナはジュゲムの小さな小さな手を握った。
「ジュゲムちゃん、お母様と二人で高崎山で暮らしましょうね。」
「ばぶう、ばぶう。」
高崎山で暮らす意味が分かっていないジュゲムは御機嫌で笑った。



「旦那様、トンブリ号と一緒だったのですか?」
トンブリ号の手綱を引いてきたナオキヴィッチを見つけると、モッティは駆け寄る。
「たまに走らせないといけないからな。」
トンブリ号を乗りこなせるのは、ナオキヴィッチだけである。

「あの、旦那様?」
「何だよ?」
「奥様のことなんですけれど。」
しっかりとトンブリ号を繋いだ後、ナオキヴィッチは寝床である藁を解し始めた。
「何だ?慰謝料代わりに家を寄越せとか言ってきたか?」
「違いますよ。」
もう、どうしてこうひねくれているのだろうとモッティは溜息をつく。
「好きな奴と再婚でもしろって伝えておけ。高崎山のボス猿でもいいぞ。ハハハ。」
ナオキヴィッチはそう言い残すと馬小屋を出て行ってしまった。
「もう…つまらないヤキモチを焼いているのは旦那様じゃないの!」
残されたモッティはプンプンと怒っている。
そもそもコトリーナがモテているのがナオキヴィッチは気に食わないのだ。だからあんなつまらないことを言ってしまったということをモッティはよく分かっていた。
「私が分かるのに、どうして奥様が分からないんでしょ?」
捨てられるどころかこんなに愛されているのにと、コトリーナの鈍感さをモッティは呪った。



その夜、賑やかな声がアイハーラ家から聞こえてくるのを馬小屋でナオキヴィッチとモッティは聞いていた。
「何でもカラオケ大会が開かれているそうですよ。」
夕食にコトリーナからもらったジャムパンを食べながら、モッティがナオキヴィッチに伝える。
「ふうん。」
自分には関係のないことだと、ナオキヴィッチはパンを食べ終えた後、藁の中へもぐろうとした。
しかし、ナオキヴィッチは体を起こした。
「どうかしまして?」
「…シッ。」
ナオキヴィッチは人差し指を口へ当て、モッティを黙らせる。
そして音を忍ばせ、馬小屋の小窓を開けた。



「イヒヒヒヒ…コトリーナはあの部屋におるんやな。」
笑いながらコトリーナの部屋を見上げているのはキーンだった。
「ジュゲムちゃんを抱っこした時、ぷーんと乳の匂いがしたんや。そういえばコトリーナの胸は今、富士山クラスやしな。」
何とキーンはコトリーナに夜這をかけようとしていたのである。

「待て。」
闇に聞こえた声にキーンは振り向いた。
「お前、抜け駆けはずるいっぺ。」
それはエフ村日報の記者を含めた数人の若者だった。
「わしらだってコトリーナと再婚する権利はあるっぺ。」
「はあ!?」
キーンが呆れる。
「わしとコトリーナは親父さん公認なんや!」
「いいや、平等ずら!」
そして若者たちは我先にとコトリーナの部屋めがけて家を上り始めた。
カラオケ大会のため、この騒ぎはシゲオに聞こえないのである。

「だ、旦那様、大変ですわ!」
止めないといけないとモッティが振り返った時、そこにナオキヴィッチの姿はなかった。

「ぐええっ!!」
闇にキーンの悲鳴が響いたと同時に、その体が落ちる音がした。
「てめえ、何をやってるんだ。」
ナオキヴィッチがキーンの襟をつかんで引きずりおろしたのである。
「人の嫁に手を出すなんて。」
「嫁じゃないっぺ!!もうお前とコトリーナは破綻しているっぺよ!!」
「そうだ、そうだ」と若者たちがキーンに続く。

「うるせえ!!」
ナオキヴィッチが怒鳴ると、若者たちはその威厳に怯んだ。
「さっさと消えろ、この屑どもが!」
ナオキヴィッチがステッキをキーンの喉元へ突きつけると、身の危険を感じた若者たちは散り散りに逃げて行った。
「くそうっ!!」
それでもキーンだけはナオキヴィッチに挑もうと、拳を突き出した。が、ナオキヴィッチのステッキの方がずっと動きが早くキーンの首にピタリと付けられた。
「お前もさっさと消えろ。それとも首の骨をへし折られたいか?」
冷たい声にキーンはさすがに対抗できなかった。



「旦那様、大丈夫ですか!」
モッティが駆け付ける。相変わらず外にまでカラオケの歌声が響いていた。
ナオキヴィッチはコトリーナの部屋を見上げる。
「旦那様?」
どうしたのだろうとモッティが不思議に思っていると、ナオキヴィッチは、
「ちょっと行って来る。」
と一言残し、ステッキをモッティへ渡した。
「行って来るって、どこへ?」
ステッキを握りしめているモッティの前で、ナオキヴィッチはヒラリと一階の窓辺に立ち上がる。そしてそのまま軒へ上がった。

「もしかしてこれは…奥様に会いに!!」
モッティの顔が輝く。
「ああ、これはまるで『プリティウーマン』のようじゃないの!!」
モッティの脳裏にその昔、とある男とのデートで観た映画のラストシーンが浮かんだ(その後、モッティが“間違えて男に生まれてしまった女”とばれたため、二人は別れたが)。
「まあ、リチャード・ギアは壁をよじのぼらなかったけれどね。」
それでも愛する女性のために高い所を上って行く姿は同じである。
「頑張って下さいまし、旦那様!」
モッティは声援を送った。

「待て、ホモ公爵!!」
颯爽と登っていくナオキヴィッチの後に何とキーンが続いた。
「お前、まだここにいたのか!」
これにはナオキヴィッチも呆れ果てる。
「コトリーナは渡さんずら!!」
「俺らもいるっぺさ!!」
何と一度逃げたはずの若者たちもキーンに続いていた。彼らは何としてでもナオキヴィッチを止めようとその手を伸ばす。

「どけ、お前ら!邪魔だ!」
ナオキヴィッチは長い足を使い、器用に男たちを振り落としていく。
「ああ!!」
「ぎょええ!!」
一人、また一人と落ちて行く男たち。それらを縛るのはモッティの役目である。

「しつこいぞ!!」
「フフン、温室育ちの坊ちゃんに負けてたまるかいな!!」
ナオキヴィッチはキーン達と争い続けていた。

「何か…。」
次から次へと落ちてくる男たちを縛りながらモッティは思った。
「リチャード・ギアというよりも…。」
モッティの脳裏に、別の映画のシーンが浮かぶ。

「…キングコング?」

それは映画『キングコング』のワンシーンをモッティに思い起こさせていた。
エンパイア・ステート・ビルによじ登り、複葉機と格闘するキングコング。
まさに今のナオキヴィッチと男たちも似たような状況ではないだろうか。



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「キングコングみたいに、どうか落ちませんように!」
ハラハラしながらも、手はせっせと男たちを縛り上げて行くモッティは祈った。

そして最後に残ったキーンを長い足で蹴り落とし、勝利の女神はナオキヴィッチに微笑んだ。すかさずモッティは落ちて来たキーンを縛り上げる。

「やれやれ…。」
ナオキヴィッチは再び二階目指して登り始めた。



「高崎山って…どんな所かしら?」
その頃部屋ではコトリーナが地図を広げていた。そして階下から聞こえる歌に眉をひそめる。
「もうお父さんは調子に乗り過ぎ!!」
ジュゲムがうるさがらないかと思い、コトリーナはベッドに近づく。
しかし家でシップのヒステリーやウェスト男爵を叱りつけるナオキヴィッチにすっかり慣れているジュゲムは相変わらず御機嫌だった。

コツコツ。
窓を叩く音にコトリーナはハッとなった。
「だ、誰?」
ここは二階である。一体誰が外にいるのだろうか。
恐る恐るコトリーナはカーテンを少し開けた。

「先生!!」
コトリーナは驚いて窓を開ける。
「どうしてこんな所から…。」
言いかけたコトリーナの口をナオキヴィッチは素早くキスで塞いだ。
「…入れてくれる?」
とろけるようなナオキヴィッチの笑顔と声にコトリーナは真っ赤になってしまった。

「何だ、この地図は?」
コトリーナの机の上に広げられていた地図を見るナオキヴィッチ。
「ったく、どこに引っ越すつもりなんだか。」
「だって先生が私を猿だって言うから。」
コトリーナは地図をガサガサと畳む。

「ごめんなさい、先生。」
ここでやっとコトリーナは素直になった。
「先生が私に飽きちゃうんじゃないかって、すごく不安だったの。」
「馬鹿か、お前は。」
自分がヤキモチを焼いたことを棚に上げ、ナオキヴィッチはコトリーナのおでこを弾いた。
「お前みたいな面白い奴、一生飽きねえよ。」
「面白いってそんな…。」
「何を不安に思っているんだか。」
ナオキヴィッチはクスッと笑うと、コトリーナをしっかりと抱きしめた。
「この国一番の大貴族であるイーリエ公爵に跪かせて結婚の申し込みをさせ、結婚の許しを得るために領地内でカエル捕り競争をさせ、そしてまた二階まで壁をつたって登らせる女はお前しかいないんだから。」
「…何だかすごいひどいことをさせているみたい。」
「俺にそこまでさせるだけの女なんだよ、お前は。」
ナオキヴィッチが笑うと、コトリーナも笑った。
「だから自信を持て。いいな?」
「はい、先生。」

そしてナオキヴィッチは、ジュゲムを抱き上げた。
「よしよし。久しぶりだな、ジュゲム。」
「ジュゲムちゃん、お父様が迎えに来てくれましたよ。」
ジュゲムは「きゃっきゃっ」と笑った。その笑顔にナオキヴィッチとコトリーナもつられて笑顔になる。
ジュゲムを抱いた時、ナオキヴィッチの鼻腔をあの香りがくすぐった。
「これがあいつの言っていた匂いか。」
「え?なあに?」
コトリーナに顔を覗きこまれ「いや何でもない」とナオキヴィッチは笑って誤魔化す。
「確かにこの匂いは結構毒かもしれないな。」
ナオキヴィッチはジュゲムを抱いたまま、コトリーナに訊ねた。
「カラオケ大会はいつまでやってるんだ?」
「ええと、一晩中やるって。もうお父さんたら、お酒も入っちゃったんだもん!」
プリプリと怒っているコトリーナとは対照的に、ナオキヴィッチはほくそ笑んだ。
「それじゃあ、邪魔は入らないってわけだな。」



ナオキヴィッチが戻って来ないところを見ると、どうやら仲直りに成功したのだろう。
「やれやれ。」
縛り上げた男たちを横目に、モッティは肩の荷が下りた気分だった。
と思ったら、コトリーナの部屋の明かりが消えた。

「え!?ちょ、ちょっと!?何、それ!!そういう展開?」
仲直りができればそうなることは想像がつかないでもないが…。
「それじゃあ、私一人馬小屋に泊まるってことなの!?」
モッティの嘆き声は、仲直りした夫婦の耳に届かなかった…。



「悪かった、モッティ。」
帰りの汽車の中でナオキヴィッチはモッティに謝っていた。
「お詫びに俺の大学の友人を紹介してやるから。」
「ま、本当ですか!」
途端にモッティは機嫌を直した。
「独身ですか?」
「勿論。」
「やったあ!!」
喜ぶモッティに、ナオキヴィッチはやれやれと溜息をついた。

「シゲオ様、何だかんだと嬉しそうでしたわね。」
二人が二階から下りて来た時シゲオはギョッとなっていたが、仲直りしたこととナオキヴィッチが迷惑をかけたことを謝罪した時には嬉しそうだった。
「お義父さんも内心、コトリーナを俺が捨てるんじゃないかって心配しているからな。」
「そうなんですか?」
「ああ。」
出発前にシゲオとナオキヴィッチは二人きりで話をした。
その時にシゲオはこう言っていた。

「本気でわしも別れてほしいなんて思ってなかったずらよ。ただ、貴族様の一時のお遊びだったらどうしようっていつも不安なんだっぺさ。ほら、お前さんは顔がいいからの。」
村の人々も思いはシゲオと同じだった。玉の輿に乗ったコトリーナを心から祝福しているだけに、ずっと幸せでいてほしいと願っているからこそ、たまに喧嘩して帰って来ると徹底的にナオキヴィッチを敵視するのである。

「それであの仕打ちですか。」
「それだけコトリーナがみんなから愛されているってことなんだよな。」
そのコトリーナは、少し離れた場所でジュゲムに景色を見せていた。

「でも旦那様、エフ村での生活を楽しんでいらっしゃったでしょ?」
モッティがじっとナオキヴィッチを見つめた。
「まあな。」
ナオキヴィッチが笑う。
「あの村は俺が公爵で領主だからといって、特別扱いをしない。それが新鮮で心地いいんだ。」
公爵だの領主だのと打ち明けると、すぐに態度を変えてくる人間が多い。そういう人間は大抵、陰で自分の悪口を吹聴してはナオキヴィッチの前ではへこへこと愛想よくする。
ナオキヴィッチはそういう類の人間が何より嫌いである。

「あそこで育ったから、コトリーナも裏表がないんだろうな。」
自分を公爵だと知った時、「先生じゃなく公爵様って呼ばないとだめなの?」という不安を一番に口にしたコトリーナをナオキヴィッチは思い出す。そしてその後も態度は何一つ変わっていない。

「だから俺はエフ村が好きなんだよな、結局のところ。」
「ホモ扱いされても?」
「まあな。」
ナオキヴィッチとモッティは笑った。

「ジュゲムちゃん、ほら、牛さんがいっぱいいますよ。」
コトリーナの朗らかな声を聞きながら、ナオキヴッチは心地いい眠気に誘われ始めたのだった。








一方でシリアスを書いていると、その反動ですごいくだらない話を書きたくなるんです。
お付き合い下さった皆様、ありがとうございました!!

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プロフィール

水玉

Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
そっと見守っていただけたら嬉しいです。

※当ブログに掲載されている文章及びイラストの無断転載・使用はご遠慮下さい。

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このブログについてのお願い
当ブログは、『イタズラなkiss』の二次創作をメインとしておりますが、時折管理人の趣味や日々の出来事についての記事も書いております。

原作者様や関係各位とは一切関係ありません。

二次創作については、いわゆる原作の隙間をぬった作品もありますが、主人公以外のキャラクターをメインとしたものや オリジナルキャラクターが出てくるものもございます。

そして、原作と違った時代(平安や明治やその他の時代を舞台にしております)、異なる設定(主人公を医者と看護師じゃない職業にしております)で書いてあるものが多いですが、原作を冒涜しているつもりは全くございません。

二次創作が苦手という方及び原作のイメージと合わないと思われる方はどうぞお引き取り下さいますようお願いいたします。

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